特集 まちの流れが動くとき
山口県萩市

憧れていた都会からUターン。 組織にとらわれず働くために 自分の店をひらくまで

山口県・萩市の城下町の入り口にある、平屋の一軒家を改装した「patra cafe(パトラカフェ)」。お昼時ともなれば、あっという間に満席に。煮込みハンバーグやチキン南蛮などボリューム満点の定食が人気で、地元の人たちの胃袋をがっつりとつかんでいる。一度は都会に憧れ上京したものの、組織に溶け込めなかったという店主・中村理恵さんが、地元でカフェを開くまでの話を聞いた。

写真:加瀬健太郎 文:薮下佳代

地域で見つけた、自由で
こじんまりとした空間

山口県・萩市で生まれ育った中村理恵さんは、都会へ憧れ、高校を卒業後に上京。デスクワークよりも販売の仕事がいいと接客業を希望し就職。千葉県にあるショッピングセンターに配属された。

「東京で就職できると思っていたのに、配属された場所は想像していた都会ではありませんでした。会社の寮で生活し、職場と行き来する毎日。時間に追われるばかりで、仕事に面白さを見出だすことができなくて。休みの日にストレス発散をして、なんとかバランスを取っていましたね。3年間はなんとか頑張りました」

地元の萩市に一旦帰ってきてからは、仕事をしながら、休日に山口県内のおいしいお店をまわるのが楽しみだったという。

「田舎ですから、カフェのスタイルもいろいろ。こじんまりしていて、いつ営業しているのかわからないお店も多くて、やっとたどり着いたらお休みだったり。でもそれが、すごく自由だなと思って。いい意味でスローで、マイペース。気ままに好きなことをやってもいいんだと思ったら、組織に向いていない私でも、カフェならできるかもと思えたんです」

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発想を変えて、
自分なりの方法を探る

カフェをやるのに必要なことを学ぼうと福岡県のカフェで働こうとしたものの、その時、理恵さんは29歳、しかも飲食業は未経験。その条件ではいくら探してもカフェでの求人はみつからなかった。

「落ち込んでいても仕方がないので、その時自分の考え方を変えようと思いました。カフェで修業できなくても、開店資金を貯めるために会社に就職して、休みの日にカフェをまわり、自分でお店を研究をすればいいんだって。
いまどんなカフェがあって、どんな料理をいくらで出しているのか、キッチンまわりはどんな造りになっているのかなどを見てまわりました。あと、自宅ではごはんを作って、いろんな人に食べてもらって感想を聞いて、メニューを考えていきました。それが、自分なりにやりたいことに近づくための方法でした」

4年半が経ち、再び萩へ帰り、飲食店で働きながら、物件を探し出した。そしてその1年後、いまのお店がある場所に出会う。

「元釜飯屋さんの物件で、サイズ感も設備も問題なく、そのまま使うことができました。お店を1人で始めることに少し不安はありましたけど、家族が『やってみれば』と背中を押してくてくれましたし、やっとやりたいことができるという気持ちのほうが強かったですね」

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萩市に灯りがともりはじめた

そして、萩市に自身のお店「patra cafe」をオープン。ゆったりと配されたアンティークの家具や温かみのある雰囲気で居心地のいい店内は、男性1人でも来やすく、長居して眠ってしまう人もいるほど。
お客さんは地元の人がほとんどだが、萩市の観光地である城下町の入り口という好立地な場所柄、観光客も訪れる。

「萩市でお店を出してから、この1~2年で交友関係が10倍くらいに広がりました。ゲストハウス『ruco』バー『coen.』ができたことで、夜、暗かった萩の街に灯りがともったんです。東京にいると気づきませんが、灯りって人の心を温かくしてくれるんですよね。いま、それぞれのお店が自立して頑張っていて、いい連鎖反応が生まれています」

patracafe

月に1度、お店の定休日にマーケットを開催。この日は、美弥市にあるパン屋「プチラボ」さんが出張販売に。オープン前には長蛇の列ができるのだとか。

おかわり殺到の秘密は
料理好きのお母さん

野菜中心のおかずをつけあわせにした定食は、意外にも男性のお客さんの胃袋も満足させ、1杯まで無料のおかわりを4杯する常連さんたちのおかげで、炊飯器のごはんがなくなってしまうこともあるのだとか。そんなおかわり殺到中の料理の師匠はお母さん。いまもメニューの試作はお母さんと一緒に行っているという。

「母は料理が好きで、昔から家にはレシピ本や、新聞の切り抜きがたくさんあって。そういう中からおいしいものを見つけ出すのが母はすごく上手でした。私は母の影響を受けて、家庭で食べるようなオーソドックスなメニューを少しアレンジしたり、意外な食材を組み合わせて炒めものにしたりして、やり過ぎない程度に私なりのオリジナリティを出しています」

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作って食べて、おいしい料理を体得していく。そうやって少しずつ、お母さんの姿勢から学んでいった理恵さんのごはんは、食べてどこかほっとする家庭的な料理ばかり。おなかがいっぱいになると同時に、心も満たされる、そんな愛情たっぷりの料理は、地元萩市だけでなく、近隣の市からも通う人がいるほどの人気ぶり。

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週替わりのランチメニュー「パトラごはん」は、メインのおかずに、サラダ、4種のおそうざい、ごはん、お味噌汁、お漬けものがついて、なんと800円。

見つけたら、
前に進むだけ

2014年3月にオープンしてから約1年。「この1年は大変というより、とにかく楽しくて仕方がなかったですね」と、理恵さん。

「萩では、やりたいことがあるという若者にいっぱい出会うんです。そういう人には、『やっちゃいなよ!』って言いたくなる。私はやりたいことが見つかるまでとても時間がかかったし、悩みっぱなしでした。いろんなことをかじっては捨ててきて。でも、カフェだけはやりたい気持ちが消えなくて、本当にやりたいことなんだなって。みつかったら、あとはひたすら前に進むだけ。やりたいことがあるというのは、それだけでラッキーなことだと思うんです」

自分の心に決めてからは、『カフェをやりたい』といろんな人に言っていたという理恵さん。自分にプレッシャーを与えながら、モチベーションを維持してきた。迷いながら探し続けた先にみつけた、カフェをオープンするという夢。「料理を作ることが大好きだから、いまは毎日がほんとに楽しい」とにっこり笑う理恵さんのごはんを心待ちにしている人が、今日もたくさんお店を訪れることだろう。

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郵便局員の小田信吾さんは、休日に車で30分かけて食べに来る常連さん。「普段おかわりしない彼が3杯もおかわりしたと聞いて驚いて一緒に来てみたんです。食べてその理由がわかりました」と奥さんも納得の様子。

patra cafe
住所:山口県萩市大字平安古町603-3
電話:0838-21-7075
営業時間:11:30〜18:30(ランチは15:00まで)
定休日:不定
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憧れていた都会からUターン。 組織にとらわれず働くために 自分の店をひらくまで
憧れていた都会からUターン。 組織にとらわれず働くために 自分の店をひらくまで
中村理恵さん なかむら・りえ/1979年、山口県・萩市生まれ。東京での就職を希望し上京したが、千葉県千葉市の店舗に配属になる。3年間務めた後、萩へUターン。福岡県内で再び就職して開店資金を貯めた後、2014年、地元・萩に待望の「patra cafe」をオープン。HP
(更新日:2015.05.19)
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1軒のゲストハウスに始まり、美容室やカフェなどが次々とでき、まちの景色が変わりつつある山口県・萩市。変化の渦をつくった人々が語るこれからの萩とは。
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