特集 “創造的過疎地”
神山町で暮らす

“創造的過疎地”で、 流れに身をまかせながら、 世界に一足の靴を作る

都心のIT企業が続々とサテライトオフィスを開設して話題を集めた徳島県・神山町。「地方創生のモデルケース」なんて、ちょっと小難しい言葉で語られることもあるこの町に、今年1月、新たな移住者がオーダーメイドの靴店を開いた。

オーナーは愛知県出身の29歳、金澤光記さん。店名は自分の名前にある文字「光」をドイツ語で表現して名付けた「LICHT LICHT KAMIYAMA(リヒトリヒトカミヤマ)」。
かつては電気屋だった店舗の看板をそのまま残して改装したこの店には、地元のお年寄りがふらっと足を運んで、「ちゃんとメシ食っとるか~?」なんて気軽に声を掛けにくる。お客さんと話をしているとつい時間が経ってしまうけれど、「そういうのがいいんですよ」と金澤さん。お客さんの3割は地元住民や移住者たち。一人ひとりの足の形に合わせた、世界に一足だけの靴づくりは評判も上々だ。

「神山で店を開くとは思っていませんでした。でも物件を見たら、この町で仕事を始めるのもいいかなあって。ほら、勝手口の先に大きな桜の木が見えるでしょう。春はあの桜の下で花見もできるんですよね」

取材をしたのは5月のある晴れた日の朝。店の入口からまっすぐにつながる勝手口の外では、桜の木の青々とした葉が風にそよぎ、水入れの終わった田んぼの水面が静かに揺れていた。

現在は奥さんと一緒にこの神山町に住み、工房兼店舗で県内各所から寄せられるオーダーに向き合う日々。目標に向かってまっすぐに走り続けてきた靴職人は、どのようにして神山という土地に導かれていったのだろう。

写真:森本菜穂子 文:根岸達朗

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「靴をつくりたい」と言い続けて
「整形靴」の学校へ

靴に興味を持ったのは高校1年生のとき。テレビの番組と番組をつなぐちょっとしたコーナーで靴デザイナーの仕事が紹介されていて、それがすごく印象的だったんですよね。体に身につけるものとして、服はつくることができるイメージがあったけれど、靴にはなかったから。

親に「将来は靴をつくりたい」と言ったら、「大学に行け」と。やっぱりな、と思いつつも、どうしても靴がつくりたくて何度もそのことを言っていたら、進路相談のときに担任の先生が自分の母親にこう言ったんです。「この子が3年生まで同じことを言っていたら、お母さん、諦めなさい」って。だから、僕は3年生までずっと「靴をつくりたい」と言い続けました(笑)。

進学したのは、神戸医療福祉専門学校の整形靴コース。足に障がいを持つ人の靴をつくることを教えている学校でした。一般的に整形靴はデザインや色など一目でそれと分かるようなものが多いのですが、この学校では整形靴を普通の靴と同じようにおしゃれなデザインでつくる、ということを日本に根付かせようとしていました。

整形靴には足の裏にかかる圧力などを調整するためにインソールと呼ばれる中敷きが入っているのですが、こうしたそれぞれの足の特徴に合わせたつくり方って、普通の靴にも応用できるんです。さらに素材やデザインにもこだわることで、より多くの人に履いてもらえる足に優しい靴がつくれるんじゃないかなって。

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自分の店でものづくりをすること
それを核に、なんでもやってみる

学校を卒業して、整形靴の本場ドイツ・ブレーメンに留学しました。きっかけは卒業した学校からたまたま留学先を紹介してもらえたこと。ドイツ語はまったく話せなかったのですが、「今しかない」という気がして、直感的に。
ドイツでは1年間、研修生として靴づくりの考え方などを学びました。日本ではあまりないことですが、ドイツでは健康診断のときに足のサイズを図るんですよね。足の状態によって、必要な人にはインソールが処方されることも。靴は体を支える土台で健康に直結する、という考え方が浸透しているんです。でも、日本って元々は下駄とか裸足の文化だから、健康というよりも、おしゃれを優先した靴が多い。知らず知らずのうちに足を痛めているのに、それに気付いていない人もたくさんいます。

僕はそんなドイツの靴に対する考え方がもっと日本に広まったらいいと思って。だから、まずは自分の靴づくりでそれをやっていこうと思ったんです。でも、自分にはまだまだ技術が足りないから、日本に戻っても、さらに学びが得られる環境で仕事をしていきたくて帰国後は、神奈川県の義肢装具会社で2年半働きました。それから、専門学校時代からの付き合いだった彼女と結婚するために、実家のある愛知県へ戻って、そこでも別の義肢装具会社で働いたんです。

でも、医療系の靴だけじゃなくて、誰がみても魅力的に感じる靴づくりで、靴の大切さを広く知ってもらえる仕事がしたかったんです。だから愛知県の会社では、ドイツでの経験も踏まえて、靴づくりだけではなく、子どもたちに靴が身体に与える影響を伝えるための講演もしました。イベントを企画したり、資料をつくったり、チラシを配ったり、広報的な仕事も……とにかくなんでもやりましたね。すべて、自分にとっては大切な勉強だったなと思います。

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ドイツ式の考え方をもとにした金澤さんの靴づくり。採寸・採型したデータをもとに、木型とデザインを調整しながら皮を張り合わせていく。細かな作業の積み重ねが必要な根気のいる仕事。

ドイツ式の考え方をもとにした金澤さんの靴づくり。採寸・採型したデータをもとに、木型とデザインを調整しながら皮を張り合わせていく。細かな作業の積み重ねが必要な根気のいる仕事。


仕事が終わってから、隣の市に借りていたアトリエにこもって、自分の好きな靴をつくる日々でした。自分がつくった靴を多くの人に知ってもらうために、個展を開いたり、友達と一緒にクラフトフェアに出展することもありました。そんな暮らしを何年か続けて……。
目標はいつか自分の店を持って、自分のものづくりをすること。そのために必要だと思えることは、すべてやっていこうと思っていました。

LICHT LICHT KAMIYAMA
徳島県名西郡神山町神領字北213−1
☎︎088-636-7920
営業時間:12:00~19:00
定休日:火、水(要予約)
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_NMC1998オーダーシューズでは、細かなフィッティングを行いながら制作していく「フルオーダー」と、1度のフィッティングで制作する「パターンオーダー」の2種類から選べる。金額はデザインや仕様によって異なり、パターンオーダーの場合は約4万円〜。注文から納品までは約2か月程度。このほか、赤ちゃん用の「ファーストシューズ」やオーダーインソールの制作、修理などにも対応。

“創造的過疎地”で、 流れに身をまかせながら、 世界に一足の靴を作る
“創造的過疎地”で、 流れに身をまかせながら、 世界に一足の靴を作る
金澤光記さん かなざわ・こうき/1985年、愛知県生まれ。兵庫県の専門学校で整形靴の技術を学んだ後、ドイツ・ブレーメンにて1年間の職人修行へ。帰国後、神奈川県と愛知県で義肢装具会社に勤務。2014年に徳島県に移住。「神山塾」を経て、2015年に同県の神山町にオーダーメイドの靴店「LICHT LICHT KAMIYAMA」を開く。Facebook
(更新日:2015.05.27)
特集 ー “創造的過疎地”
神山町で暮らす

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神山町で暮らす
靴職人、自給自足のピザ職人、宿で働き始めた人、起業を目指す人……新たな暮らしや働き方を模索する人たちが、徳島県・神山町に導かれる理由とは。
“創造的過疎地”で、 流れに身をまかせながら、 世界に一足の靴を作る

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