特集 雑多な安心感が湧くまち

街並みにとけこむショップから、 アートを通じて別府の魅力を発信

2009年から3年に一度開催されている、別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」。“湯の町”として知られる大分県・別府市の街なかにアート作品が点在し、それらを自分の足で歩いて、見てまわる、町全体を舞台に行われるアートフェスが、いま開催中だ。

どこに続いているのかわからないほど入り組んだ細い路地や、使われていない古いアパートやビルなどを会場として、古いものと新しいものが混在し、アートと街が不思議なほど共存している。

2009年の混浴温泉世界で制作され、いまも常時公開されているのが、マイケル・リンのふすま絵。市街地にある築100年の古い長屋の2階を会場とし、1階は大分県内や別府在住のアーティスト作品などを扱う「別府の街のミュージアムショップ」として、街の風景にすんなりとけ込んでいる。

吉村真実さんはそのショップの店長として、日々、アーティストやお客さんと対話しながら、別府の魅力を広く伝える仕事をしている。大学時代や京都で働いていたときから、自分のまなざしを言葉や絵にして綴る「MAMI’S LIFE REPORT」を手描きで作り、身近な人に発信していたという吉村さん。誰かに、何かを“伝えること”は彼女にとって当たり前の、自然なこと。
軽やかに、いさぎよく動く吉村さんがたどり着いた別府での暮らしとは。

写真:熊谷直子 文:薮下佳代

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休学して自由に動き回って
見えてきた「働く」ということ

大学を卒業するまでは大阪で実家暮らし。いまはもう大阪大学に吸収合併されてしまった大阪外国語大学に通っていました。東アフリカで話されるスワヒリ語というマイナー言語を学びながら、環境・開発を専攻し、途上国の教育問題や環境問題について考えたり、カンボジアにスポーツ振興のボランティアで行ったり。夏休みには、インドやタンザニアにも行ってましたね。

在学中に、大阪大学と合併したので、文学部のいろいろな授業を受けられるようになって、知り合う人も興味も、いままでとは違うジャンルに広がって。演劇をやる人や、アートの学芸員を目指している友だちができました。アートやサブカルは好きでしたが、現代アートに興味を持ち始めたのはこの頃からです。

実は大学4年の秋から1年間休学をしたんです。就職活動があまりうまくいかなかったこともあるけど、学生という自由な身分をもう少し満喫したいという気持ちもあって。「こういう仕事がしたい!」というのは特になかったのですが、せっかく仕事するなら、お金のためだけではない仕事がいいなと思っていました。
大学時代、開発や環境問題を学ぶなかで「sustainable development」(持続可能な開発・発展)という言葉に出合いました。より良い生活を求めるあまり、発展が行き過ぎることってありますよね。土地欲しさに森林伐採、食糧確保のための乱獲、富を求めすぎた結果の貧富の格差といった社会問題が現実にある。それは遠い国の極端な社会問題に思えるかもしれませんが、私たち個々人の生活も、積み重なれば大きな変化をもたらすことができるんじゃないかなと思っていて。

「sustainable development」という言葉を意識しながら、環境や地球に負荷をかけない生き方をするにはどうすればいいんだろう。どんな働き方があるんだろう。そんなことについてずっと考えていました。お金を稼ぐだけならいくらでも手段はあると思うけど、その仕事によって自分の人生や、時間を犠牲にするのはどうなのかなと。そうやって考えているうちに答えのでないまま、就活が始まってしまったので、一度ゆっくり考えてみたくて。

卒論では、有機農業のCSA(コミュニティ・サポーテッド・アグリカルチャー/地域支援型農業)について書くつもりだったので、休学中は沖縄で新しくCSAを立ち上げようとしている人々のもとを訪ねたり、指導教官が有機野菜を育てていて、その畑の手伝いがおもしろくて、鹿児島県の沖永良部島にある菊農家さんのところへ「ボラバイト」に3カ月間行ったり。また大阪・十三にある「カフェスロー大阪」というオーガニックカフェのボランティアスタッフや、大阪・中之島にある「アートエリアB1」というアートスペースのお手伝いをしてみたり。

自分の興味のおもむくままに過ごしてみると得ることはたくさんあって、まだまだ自分の知らない職業や働き方があることに気がつきましたね。でも結局、大学を卒業するまでのタイミングでは就職先が見つからなかったんです。

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京都での街暮らしから
地方での田舎暮らしへ

卒業後はアルバイトをしながら、ネットで求人情報をチェックしていました。そこで京都精華大学の広報課の職員の募集を見つけて。前に一度受けて落ちていたから、迷ったんですけど、受けてみたら採用してもらえることに。

京都精華大学は人文学部や芸術学部だけでなく、マンガ学部があったりカルチャーに強い大学でユニークなんです。広報課では、大学の広報誌の制作、ウェブサイトの更新、SNSでの情報発信などをしていました。ブログを書くための授業取材では学生に交じって授業を聞くこともあったり。とてもためになる授業内容ばかりで、なんだか学生の続きをやっているような感じで、2年間、嘱託で働きました。

仕事に不満はなかったんですが、ずっとこのまま街なかで暮らしていくことにストレスを感じていて。次々に新しいものが生まれて、何となく追われている気分になるし、カルチャーもたくさんあって、自分の好きなものもたくさんあるのに、なんだか息苦しくて。

学生時代から、漠然と地方で暮らしてみたいなと思っていました。そんなとき、学生時代からつきあっていた彼の地元が、大分県竹田市の久住町(くじゅうまち)というところだったんです。いろいろ煮詰まっていたし、移住も考えていたから、遊びに行ってみようと。山がとてもきれいで、水もおいしくて、暮らしていくにはとてもいいところでした。旅の最後にお土産を買いたくて、別府に「platform04 SELECT BEPPU」というお店があることを知って、寄って帰ることにしたんです。

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築100年の古い長屋をリノベーションした「platform04 SELECT BEPPU」。1階に大分県内や別府在住のアーティスト作品などを扱うショップ、2階には作品を展示。

その時に、別府がアートの町だということや、「BEPPU PROJECT」というNPO法人があって、地域で活動しているおもしろい人たちがいることを知りました。そしてちょうど、この「platform04 SELECT BEPPU」の求人を偶然見つけて。その時はまだ京都で仕事をしていたのですが、後先考えず履歴書を送ってみたら、働けることになりました。

このお店で働くことは、別府に移住することが前提ではあったんですけど、全然深刻には考えていなくて、一大決心をした気もありませんでした。みんなには「よく来たねー!」って言われるんですけど、私自身は「嫌だったらまた動けばいいや」ぐらいの軽い気持ちでしたね。

先に私が仕事をみつけて、無職だった彼を「一緒に帰るよ!」と連れ帰って来た感じです。仕事を辞めてから、1カ月もたたないうちに別府へ引っ越してきました。決断が早いように思われるかもしれないけれど、それまでかなり煮詰まっていたので、パッと道が開けたような気がしたんです。

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彼の広瀬翔太さんはフリースペース「PUNT PRECOG」で、3カ月限定のカフェをオープン。現在は、地元・竹田でライダーズハウス&カフェを企画中!

ずっと続けているライフワークは
自分の暮らしの記録

とはいっても、私自身が実現したいことは、実はあまりなくて。これといった特技もないですし。でもただひとつ、自分でストレス発散のために絵や文章を描いて「MAMI’S LIFE REPORT」という壁新聞のようなものを作っていて、それは大学時代からずっと続けています。

小さい頃から、イラストレーター・おおたうにさんのイラストエッセイ『チェリーコーク』を見ていて、日常や、お洋服のことなどをイラストと文章で綴っているものが好きで。もっと人のことを知りたいっていう気持ちもありましたし、もしかしたら、自分のことを人にわかってもらえていないもどかしさもあったのかもしれません。

それを手で描いてコピーして、友だちに手配りしていました。就職してからはいろいろな場所で働く友人たちに手紙代わりに近況報告として送ったり。最近読んだ本だとか、あった出来事とか、たわいもない話なんですけど、日記ではなく、私が感じたことや考えていることを伝えるために誰かに向けて描いています。移住してからも続けていて、今は別府に暮らしていない人に向けて「別府ってこんなところだよ」と伝えていくものにしています。これは、自分の暮らしをどうやってつくっていこうかな?という、自分なりの“記録”なのかもしれません。
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別府へ移住が決まった2014年5月の「MAMI’S LIFE REPORT」には、「誰でもない、自分自身の手で暮らしを組み立てていくという、とても貴重で幸せな体験を、この夏始めます」と書かれていた。

別府のいいものや良さを
伝える仕事

お店では、2カ月に一度「platform04 SELECT BEPPU」のニュースレターを作って、別府市内のショップなどに置いてもらっています。自分で写真を撮って、SNSで発信して。広報活動は私の得意分野ですから。

お店に遊びに来る近所のおじちゃんの長話につき合うこともありますし、観光客の方に観光案内もしています。お客さんによって、求めているものが違うので、その人に合わせた商品をオススメしたり、興味がありそうなもののお話をしてみたり……。もちろん、お店のことを考えれば売り上げを上げるのが一番なんですけど、来てくださるお客さんのことを考えると、それだけじゃない“やりとり”も大事なんじゃないかなという気持ちがあります。

お店は、商品を販売すると同時に、情報を提供する場でもあって。個人的に「いいな」と思ったものをほかの人に伝えることは、ずっと趣味でやってきたことですし、大学の広報課でやっていたことの延長でもあって、このお店のコンセプトも、“別府や大分のいいもの”を紹介することと、別府のおもしろさを伝えること。どちらも、私のやってきたことと同じなんです。

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別府の伝統工芸品である竹細工や、つげ細工、作家ものの器など、別府ならではのプロダクトが並ぶ。既存の商品を独自の視点でセレクト&プロデュースするのも「platform04 SELECT BEPPU」の仕事。

別府は大阪や京都と違って、いろんなお店自体の数も少ないなか、「platform04 SELECT BEPPU」には、イベントのDMやフリーペーパーをたくさん置いているので、観光客にとっても、地元の人にとっても、アートやイベントの情報が集まってる貴重な場所。だから、別府という小さな町だからこそ、伝えがいはありますね。

ほかにも毎年開催されている「ベップ・アート・マンス」という市民参加型で、文化祭のようなアートイベントがあって、そのプログラムを手描きで描かせていただいたり。そのイベントに参加していた別府在住の彫刻家マーク・トラスコットさんの作品も、最近販売を始めました。アーティストとのつながりから、その商品を扱うこともありますし、新たな作品を商品化していくことも大事な仕事です。

私はアーティストではないし、専門家でもありません。あくまでも“外野”でいたいといつも思っています。ものや人に対して「好き」って気持ちが人一倍ある。だから、私は専門的に深堀りしていくよりまずは“ファン”でありたい。その気持ちがあるから、多くの人と同じ目線で伝えることができるんだと思います。

別府は、時間がゆるりと流れているので、時間に追われて、急かされるようなことは全然なくなりました。私の周りにはストレスを感じて働いている人よりのびのび好きなことを仕事にしている人が多いから、「自分もマイペースでいいんだ」「好きなことを貫いていいんだ」って変な自信がつきました(笑)。私は地域で何かを成し遂げたいという思いよりも、のびのびと自分のペースで暮らしたいという気持ちのほうが強いんです。でも、その夢は別府に来たことでもう叶っているから、何かをやりたいことがある人のサポートがしたいなと思っています。私にできることといえば、物事の良さを伝えていくこと。それが地域であれ、人であれ、ものであれ、そのものの良さを見出だして、広く発信していくことができればいいなと思っています。

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編集協力:大分県

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platform04 SELECT BEPPU
住所:大分県別府市中央町9-33
電話番号:0977-80-7226
営業時間:11:00~18:00
定休日:火(祝日は営業)
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混浴温泉世界 別府現代芸術フェスティバル
日程:開催中~9月27日(日)
会場:大分県別府市内各所〈中心市街地・鉄輪地区〉
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街並みにとけこむショップから、 アートを通じて別府の魅力を発信
吉村真実さん よしむら・まみ/1988年、愛媛県・松山市生まれ。大阪府・八尾市で育つ。大阪外国語大学(現 大阪大学)卒業。京都精華大学の広報課に嘱託職員として2年間勤務した後、2014年7月より別府へ移住。現在は、アートNPO「BEPPU PROJECT」が運営する「platform04 SELECT BEPPU(プラットフォーム04 セレクト ベップ)」の店長として勤務する。http://www.beppuproject.com/space/platform04.html
(更新日:2015.08.12)
特集 ー 雑多な安心感が湧くまち

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雑多な安心感が湧くまち
まちじゅうのいたるところから湯けむりが立ち上る大分県・別府市。古くて、どこか懐かしい、雑多な魅力にあふれたこの場所に暮らす人々を訪ねました。
街並みにとけこむショップから、 アートを通じて別府の魅力を発信

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