特集 雑多な安心感が湧くまち

自分で見て、歩いて、町の記憶をたどりながら 別府に根ざして暮らす【後編】

前編では、宮川さんと一緒に町を歩き、その目線を通して別府という古い町の記憶をたどった。

後編は、彼女の日常に欠かせないものであり、生業でもある「食」について。
広々としたキッチンスタジオ「スタジオ・ノクード」という人が集まる“場”をつくった宮川さん。スタジオでは食事会やパーティなどが催され、そこで宮川さんは料理を手がける。
彼女が大切にしているのは、「食」を媒介にして人とつながること。建築を学んだ宮川さんだからこそたどりついた、 “フードアーキテクト(たべもの建築家)”という仕事は、別府での暮らしがきっかけだった。

「まちづくりは住まないとわからない」と別府に移住してから5年。
宮川さんにとって、“まちづくり”とは、まさに自分の暮らしをつくっていくこと。その土地を深く知り、人と関係を深く結びながら、時間をかけてつくり上げていくもの。その土地にとことん惚れ込んで住む人がいる町は、なんて魅力的なんだろう。

写真:熊谷直子 文:薮下佳代

別府の人たちが集まる
キッチンのある空間

別府駅から数分のところにある北高架商店街のはずれに、「スタジオ・ノクード」というキッチンスタジオを構えています。別府で自分の“場”を持とうと思った時、キッチンは絶対にほしいと思って。食を通して人が集まれる、自由な場所をつくってみたかったんです。
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この日用意してくれたのは、ナス餃子、焼パプリカとトマトのサラダ、ひじきの煮物、ニンジンのラペ、ピリ辛キュウリなど、地元の市場で買った野菜のプレートランチ。

当初は、ひとりで運営していこうと思っていたのですが、いざ準備が始まると町のいろんな人が気にかけてくれて。スタジオにあるものは、ほとんどがもらいものだし、テーブルやキッチンも、近所の大工のおじさんと一緒にDIYしました。2013年にオープンした時のパーティには、100人くらい来てくれたかな。私が住んでいる浜脇のおじちゃん、おばちゃんや子どもたち、スタジオの近所の人たちも遊びに来てくれたんです。

スタジオをオープンしてから、近所に住む74歳の“きよちゃん”と知り合いになったんです。きよちゃんはとてもおしゃれな人で、いつも私が着ている服を「かわいいわね」ってほめてくれるんですが、今ではスタジオで一緒にお茶を飲んだり、ほぼ毎日会う親友に(笑)。きよちゃんの娘さんとお孫さんとも仲良くしていて、お正月もクリスマスもお誕生日会も一緒にお祝いしました。お孫さんもこのスタジオに遊びにきてはお手伝いしてくれたり、なんだか急に子どもがたくさんできたみたいで(笑)。

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パーティ会場にもなるほど広々としたスタジオ。電車が通過する時に響くガダンゴトンも日常。地元の人と一緒につくったDIYな空間。

私にとっては、別府の町全体が家みたいな感覚。キッチンがここにあって、お風呂も外にたくさんあるし、リビングは町中のお店や家のなかにあって、それぞれの場所に団らんがある。別府はとても居心地が良くて、懐かしさを感じるんです。それは、私の幼少の頃の記憶ともつながっていて……

生まれは熊本県の天草で、3歳になるまでそこで育ちました。東京で暮らしていた父と母が子育てに集中したいと仕事を辞めて、天草へ引っ越してきたのですが、無職だった両親は商店街にあったおばあちゃん家の下のテナントで、突然うどん屋を始めたんです。忙しく働く両親に代わって、私をかわいがってくれたのは商店街の人たちでした。大学時代に別府に通い始めた頃、商店街もあるし、周りで世話を焼いてくれる人がとても多くて、なんだか懐かしい感じがしたんですよね。それもあって「ここでなら生きていける」と思えたというか。
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2009年に、大学のまちづくりプロジェクトで教授について別府に来たのがそもそもの始まりなんですが、その年に開催されたアートイベント「混浴温泉世界」のボランティアとして運営に携わるなかで、別府への興味がさらに湧いてきて。一番の決め手になったのは九州大学の田北雅裕先生のトークショー。彼自身、大学院生のときに、熊本県のさびれた温泉街になってしまっていた「杖立温泉」にたった1人で移り住んで、どこのコミュニティにも属さずに自分で町づくりに関わったという話を聞いて、私にもできるかもしれないと思いました。その土地でお嫁さんをもらって町の住人になろうとしたという話や自分がもともと持っているスキルを活かして町に入り込むという話にも共感して、トークショーが終わってすぐに、別府に行くことを決めたんです。

その場にいた「混浴温泉世界」のアートディレクターの芹沢高志さんに「別府に行きたい」と話をしたところ、「BEPPU PROJECT」というNPO法人を紹介してくれたんです。「platform04 BOOK CAFE」というショップの店長を探していたようで、すぐに別府に引っ越しました。その後は、「platform04 SELECT BEPPU」の立ち上げを担当したり、ショップで取り扱う大分の伝統工芸などの商品プロデュースを手がけたりと、3年の間にいろんなことをさせてもらったのですが、だんだんと自分が本当にやりたいことって何なんだろうって考えるようになっていって。

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人が出会う「建築」と
記憶をつくる「食」

別府に来てから「建築」についての考え方も変わってきました。別府の浜脇で出合った古い建物を通して、そこに住んでいた人の記憶も建築だと思うようになってからは、“記憶はどうつくられるのか”ということが気になり始めて。人が集まって、みんなでおいしいものを食べれば自然と会話が生まれるし、きっと思い出に残るはずだと。もともとごはんをつくることが好きだったし、大学時代に農業をやっていたこともあって、人が集まる装置としての「食」からも建築が生み出せるんじゃないかと考えるようになったんです。

たとえば、アートを見てその印象を人と理解し合うことってすごく難しいですよね。それぞれがどう思うかは自由だけど、その感想を伝えたり、言葉にするのは難しい。だけど、食べ物だったら、まったく知らない人とでも「これおいしいね」ってすぐに話ができて気持ちが共有できる。「食」こそが、人が集まる場の中心になるものなんです。

建築を学んできた私にとって、食卓を囲むこと、そこで出される料理やパーティさえも建築だと思えた。だから、私は別府で暮らしながら、“フードアーキテクト(たべもの建築家)”として、“記憶に残る食卓”という場をつくっているんだと思います。

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2014年5月に行われた「スタジオ・ノクード」1周年記念パーティの様子。カラフルで楽しい仕掛けがいっぱいの料理がテーブルに所狭しと並べられた。写真:本人提供

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スタジオのなかにテントを張り、初めて会った人たちがそこで一緒に食卓を囲んだ「テントの中でお食事会」。美しい料理の数々とおいしい記憶を共にする。写真:本人提供

人の暮らしから生まれる
“建築”じゃない“建築”

建築を学び始めた頃は、まだ“食も建築”だとは思っていませんでした。大学1年の頃、課外活動でベトナムのハノイに1カ月間滞在したんですが、道ばたにはたくさんの屋台があって、そこで女の子がいきいきと働き、子どもたちだけで、みんな仲良くごはんを食べていました。そこには壁も屋根もなくて、建築の要素は何もないけれど、人の生活が確かにありました。その時初めて、建築家がつくるものだけが建築じゃないんだと気がついたというか。私は小さい頃、鍵っ子で1人でごはんを食べていたから、そんなコミュニティっていいなぁってうらやましく思って。

関東に住んでいた頃は、隣にどんな人が住んでいるのか知らなかったし、家族以外との社会的なコミュニティに属したこともなければ、触れたこともなくて、とても寂しかった記憶がある。でも、別府に来てからは人が集まる場所——共同浴場や湯治場、研究していた遊郭など、人と人が出会うコミュニティの場そのものに、だんだんと興味が移ってきたんです。

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だから、このスタジオは誰でも使うことができるオープンスペースになっています。62歳のおじちゃんたちの同窓会とか、立命館アジア太平洋大学(APU)の学生たちのパーティ会場としても使ってもらいました。「いつ誰と何をどうやって食べるか」をテーマに、地域に暮らす人と食材で、記憶に残る料理を提案しています。

料理をつくるときはいつも即興で、今自分が食べたいと欲するものと、季節の食材とコミュニケーションを取りながらつくっていく感じです。味付けもいつも目分量だから、レシピにおこせなくて(笑)。最近、おかゆにハマっているんですけど、それも今、自分の身体が欲しがってるから。中華街で中華がゆを食べたときの感動を思い出しながらつくるんです。

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この日の中華がゆは、鶏ガラに海鮮だしを合わせたという贅沢な味わい。

料理もコミュニティづくりも、私にとっては「自分がどう生きるか?」ということにつながっている。別府に住んでもう5年が経って、私もすっかり別府の人間になってきたなぁって思うんです。時々、東京に遊びに行っても1週間も経たずに別府に帰りたくってしょうがない(笑)。だから今度は“別府の私”として、新しい人生が始まるのかなって。これからは“巣づくり”というか、自分が帰って来る場所をきちんとつくりたい。いつかオランダに住んでみたいし、ほかにご縁がある場所があったら、そこに行くかもしれません。だけど帰ってくる場所は、別府しかないって思っています。

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スタジオ・ノクード DH000086
住所:大分県別府市南的ヶ浜1-1
S1ガレージ 2F (駐車場なし)
電話:090-9405-8814
http://noquudo.jimdo.com/




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EAT LOVE FACTORY
http://eat-love.jimdo.com/works

 

自分で見て、歩いて、町の記憶をたどりながら 別府に根ざして暮らす【後編】
宮川園さん みやかわ・その/1987年、熊本県天草市生まれ、東京、神奈川で育つ。東京造形大学へ入学し、建築を学ぶなかで、大学4年の2009年、別府・浜脇集落で行われたまちづくりプロジェクトで初めて別府を訪れる。東京と別府を何度も行き来しながら別府の魅力にはまり、2010年より移住。NPO法人「BEPPU PROJECT」へ入社後は、「platform04 BOOK CAFE」の運営、「platform04 SELECT BEPPU」の立ち上げや、フリーペーパー『旅手帖 beppu』の企画、編集などに携わる。2013年から、別府・北高架下にあるスペースで、キッチンスタジオ「スタジオ・ノクード」をスタート。“食も建築”との思いから、フードアーキテクト(たべもの建築家)として活動。食を通したコミュニティづくりを行う。
(更新日:2015.09.04)
特集 ー 雑多な安心感が湧くまち

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雑多な安心感が湧くまち
まちじゅうのいたるところから湯けむりが立ち上る大分県・別府市。古くて、どこか懐かしい、雑多な魅力にあふれたこの場所に暮らす人々を訪ねました。
自分で見て、歩いて、町の記憶をたどりながら 別府に根ざして暮らす【後編】

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