COLUMN
あの子が故郷に帰るとき
五味文子

34歳

音楽家、鍼灸師

第4話 『ギターに出会って変わった私の人生』

1983年の3月21日、私は山梨県の甲府市で生まれました。
どんな幼少時代を過ごしたのか、思い出して書きたいのですが書けないのには理由があるんです。
中学2年生の頃、14歳でギターと出会いました。
その衝撃があまりにも大きすぎたからなんでしょうか。それ以前の記憶が一切なくなってしまったんです。ギターを手にした瞬間、頭の中が真っ白になって私の新しい人生が始まったんです。

「今おいくつですか?」と聞かれて、ギターに出会ってからの年齢を答えてしまうのはそのせいなんです。

戸籍上は現在34歳らしいのですが、感覚的には20歳なんです。

<歌>
年齢なんて誰が決めたの? 私の年齢は私が決める 
思った年齢言ってみよう。それがあなたの、私の年齢。
私は二十歳(はたち) 私は二十歳(はたち)

ごめんなさい、歌っちゃいました。

あの日から私は片時もギターを放さなくなりました。
学校に行くときも、寝るときも。
お風呂には入りません。ギターが濡れるから。
濡らした手ぬぐいで体を拭くので充分なんです。髪は、ギターを背中に背負って水道で洗います。修学旅行のバスで先生が「誰か犬連れ込んでないか?」と問いかけてきたことがありました。獣の匂いがする、とのことでした。
多分原因は私でした。が、私の前に座っていたクラスで一番毛量が多い雰囲気の茂田君が疑われていました。前の座席からひょっこり出ている虫が迷い込んだら二度と逃げ出せなそうな茂田君の髪の毛に心の中でごめんねと謝ったことは未だに思い出します。

高校の時は必ず部活に入らないといけないので、テニス部に入りました。
ギターを持ちながらテニスをするのはなかなか困難だったので、2年生の頃にはラケットを置いてギター1本でテニスをするようになりました。もちろんギターで球を打ち返すようなことはしません。コートで歌うんです。
球を打ち返すだけがテニスじゃないんです。

ほんと最近になって気付いたのですが、ギターとの出会いが私を既成概念に囚われない自由な人間にしてくれたんです。

高校在学中、市の交換留学プログラムの支援を受けて私はハンガリーに留学しました。ハンガリーでも私は毎日ギターを持ち歩きました。
日本ではギターを持って歩いていても話しかけれられることはほとんどありません。視線は感じるのですが、私がそっちを見ると大体の人は目を逸らします。
ですがハンガリーでは沢山の人に話しかけられました。大体の人が何か一曲弾いてくれと言ってきます。
ハンガリーでは人と触れ合うことの楽しさを知り、色んな人の前で物怖じせず歌う勇気が身に付いたと思います。

ギターがあればどこの国でも生きていける。

そう思えるようになったのもハンガリーに行ってからだと思います。

高校卒業を間近に控えて帰国の時が迫っていましたが、日本で私はかなり浮いた存在だったのでハンガリーは居心地が良すぎました。
ここで私は人生で一番の決断をしました。

ハンガリーに残ろう。

もちろんビザは切れます。不法滞在ということになります。
でもこの国で歌い続けないといけない理由があるような気がしたんです。

私は街に立って歌いながら生活をしようと考えました。が、街中で歌うアジア人が警察の職務質問を避けられる訳もなく、私は即連行されました。

ハンガリーに残ろう、と決意した翌日のことでした。

私を担当してくれた警察官の方はとても気さくな方で、職務質問の時も私からギターを奪わず持たせてくれました。

<歌>
ハンガリー ハンガリー 
勇気を出して言ってみよう
ハングリー ハングリー
ハンガリーの定番を教えて?
日本はカツ丼 カツの乗ったどんぶり
ハンガリーは? グヤーシュの入ったお皿?

ハングリー ハングリー 
ハンガリーでハングリー

さっきまでの温和な空気からは想像できないほど激高されました。
人に怒鳴られたのもこの時が初めてでした。ハンガリー人の警察官に怒鳴られたことがある日本人て、そうそういないんじゃないでしょうか。
何日かを留置所みたいなところで過ごし私は日本へ強制送還されました。

私が6歳のときのことです。戸籍上で言うと20歳の頃になります。
ハンガリーに残ることはできませんでしたが、不法滞在してまで残ろう思った決意は私の人生の中で大きな財産になったと思います。

日本に帰ってきて私はすぐに沖縄に移住しました。

日本的な環境、人間が合わなくて。ハンガリーで過ごした時間が長かった分、日本という国を生理的に受け付けなくなってしまっていたのです。

海外に行くことも考えましたが、強制送還されたばかりの私にそれが叶うはずもありません。日本で一番日本ぽくない場所、と考えた時に真っ先に沖縄が頭に浮かんできたのです。

沖縄で私は恋をしました。

路上でいつものように歌っていると、ハーモニカの音色が私の耳に飛び込んできました。私の歌に合わせて吹いているようでした。
このリズミーな感じ、そして躍動感。日本人じゃないな、と私はすぐに気付きました。演奏を終えて横を見ると、暗闇の中に光る目を見つけました。

私は声をかけました。

「Hi」

すると暗闇の中から声が返ってきました。

「こんばんは」

明らかに日本人でした。
てっきり黒人の男性だとばかり思っていたので拍子抜けしました。
暗闇の中の光る目が近付いてきます。

やっと容姿が確認できる明るさのところまで出てきてくれてまた驚きました。光っていた目の男性は日本人だったのですが、その後ろに、黒人の男性がもう一人いたのです。ハーモニカを持っていたのは黒人の男性の方でした。

名前はアンディーと言いました。アンディーは米軍に所属している軍人でした。
一緒にいたのは日本で知り合った友人らしく、通訳をしてくれていたようでした。

私は一目でアンディーに恋をしました。

日本人でもすぐに受け入れられる感じの見た目の黒人男性だったのです。うまく言葉にできないのですが。柔らかいというか、通常の黒人男性の4分の1くらいの野性味、とでも言えばいいんでしょうか。すごくフィットする感じがしたんです。私達はすぐに付き合いはじめました。

人前でも恥ずかしそうにキスをするアンディーが好きでした。アメリカ人なのにアメリカ人ぽくないというか。

お互いに自国の言葉しか話せないので私は日本語、アンディーは英語で話すのが常でした。お互いに何を言ってるのか全くわかりません。わかろうともしないんです。お互いの気持ちをお互いの言語でただただ言い合う。そんなお付き合いがとても新鮮に感じました。

別れは突然やってきました。

ある日アンディーがもの悲しげに何かを語り、今までにない情緒ある感じでハーモニカを海岸沿いで吹いたことがあったんです。その日別れの意思を告げてくれてたんだと思います。でも何を言ってるのか私には全くわからなかったので、正装した軍服で大荷物を持って私の前に現れたときは本当に驚きました。

アンディーが渡した紙切れには住所が書かれてありました。

ベリーズという国に行くようでした。

そういえばアンディーがやたらとベリーズベリーズ言ってたなと思い出しましたが、私はてっきりベリーズ工房のことを言ってるんだと思っていました。

アメリカって日本に比べて幼児愛が強い人が多いと勝手に思い込んでいたので、アンディーにもその趣味があるんだろうなと思っていたんです。

調べたらベリーズという国はメキシコと南米大陸の間にある小さな国でした。
アンディーが飛び立った数日後、私は何着かの服とギターを抱えて空港に向かっていました。

ほんの一瞬たりとも迷いませんでした。

飛行機に乗ってふと一息ついた時、愛の力の偉大さに気付かされました。

<歌>
私を動かすもの それは愛
私を狂わすもの それも愛

歌い出してすぐCAさんにギターを没収されました。
すべての困難が私のアンディーへの愛を試しているような気がしました。

ベリーズに向かう機内の中の私が、今までの人生の中で一番前向きな私だったと思います。機内で歌を奪われた私は、アンディーが突然私が現れたときどんな顔をするか想像しながら詩を書き溜めました。

ベリーズには入国できませんでした。

格安切符の罠です。ハンガリーでの不法滞在歴が引っかかったようでした。
私はまた連行されそうになりましたが、警官を振り切り、ギターケースだけを持って逃げました。

逃げているときの自分の目に映る景色は今でも覚えています。

ものすごいスピードでした。新幹線から外を眺めている時と同じくらいのスピードで景色が流れていくんです。
空港内でどれだけの時間を過ごしたかわかりません。人気のないところ、ないところを転々としながら息を潜めていました。いつか出会えるだろうアンディーのことを考えたら一切苦痛じゃありませんでした。

<歌>
愛しのアンディー どこにいるの
同じ空の下に 私はいるの
ベリーズの空は 何色?
見上げてもオフホワイトの空
そう これは空港の天井
ベリーズの空を思いながら 貴方を思う

Oh マイ アンディー どこにいるの
Oh マイ アンディー どこにいるの

歌い終わって顔を上げると私は警察官に包囲されていました。

歌わなきゃ良かった。

歌うことに対してそう思ったのはこの時が初めてでした。
自分が愛した「歌」が、自分の愛する人への道を断ったのです。

私は日本へ帰されました。人生二度目の強制送還です。ギターも没収されました。

私が14歳。戸籍上で言うと28歳の時のことです。

日本に帰って、自分からギターが奪われた意味を考えました。

14年です。14年一緒にいたものが奪われたのです。簡単に、「じゃあ新しいのを……」という気持ちには到底なれませんでした。神様が私とギターを引き離したことには何か意味があるんじゃないか、そう思ったんです。

ギターに出会ってからギターを持たない時間がなかったので、日常生活の中で自分の両手の置き場所がわからなくなっていました。今までは左手はネックを握り、右手は弦の上に置いていたのですが、ギターがなくなってしまったので両手がどこにいても落ち着かないのです。
手に何かをさせようと思い、私は東京で鍼の学校に通い資格を取ることにしました。
ギターで培った指の動きの繊細さが思いのほか役に立って、私の針灸師としての実力は日に日に進歩していきました。

ギターのことは考えないように、視界になるべく入れないように、そんな風に過ごした2年間でした。

就職先も無事決まり、年齢も戸籍上の年齢をちゃんと言えるようになってきた3月の夜のことです。形ばかりの卒業式を終えて同期のみんなと飲み、終電で中央線に乗り込みました。12時もとっくに過ぎていたので三鷹を過ぎたあたりから人もまばらでした。うっかり寝てしまって、慌てて目を覚ましたらまだ国分寺でした。よかった、と安心したとき私の正面の荷物置きにギターケースがあるのが目に飛び込んできました。ギターは視界にいれないようにしてきたので、実に、2年ぶりにギターが私の視界に入っていました。

体が動かなくなりました。

誰のギターだろう。忘れ物かな。どんなギターが中に入ってるんだろう。開けてみたいな。車掌さんに言った方がいいかな。アンディーはどうしてるかな。

いろんな思いが私の頭を駆け巡りました。

「お姉さん。お姉さん」

車掌の声で我に返りました。私は降りるはずの八王子を通り過ぎ終点の高尾まできていました。車内には私しかいませんでした。

「このギター、お姉さんの?」

言いたいことはなんでも言うタイプでした。思ったことはすぐ言えるタイプでした。でもこの時ほど自分の思っていることと、言いたいことが一致しない時間はありませんでした。
宇宙にいる感じがしました。無重力の空間で浮いているような。でも喉元だけはすごく重くて、何か言葉を発しようとすると吐いてしまいそうなそんな感じがしました。

自分の言いたいことを振り絞ろう振り絞ろうとするのですが、言葉が出て来ないんです。やっとの思いで振り絞った私の声は声帯を奪われた犬のような声でした。

「はうはうはうはうはう………!」

「………え?」

車掌さんが一歩後ずさりしました。

「はうはうはうはうはう!!!!」

「………………」

車掌さんの生唾を飲み込む音が聞こえました。
私はゆっくり呼吸をして、両手で車掌さんをなだめ、最後の一声を振り絞りました。

「私のです!」

車掌さんは荷物置きからギターケースを下ろして、

「危ないお姉さんかと思ったよ。最近ね、男よりも女の人の方が危ない人多いの。気をつけて帰ってね」

と私にギターケースを渡してくれました。
受け取ったときのギターケースの重み、あの感触、本当に懐かしかった。
両手も、持つならこれこれ、と言ってるような気がしました。

誰もいない高尾の駅で私はギターケースを開けました。

もしかしたら私がベリーズで没収されたギターが入ってるんじゃないかと思ったのですが、そこまで劇的ではありませんでした。

私は高尾からタクシーに乗り、八王子ではなく、故郷の甲府へ帰ることにしました。

<歌>
忘れたわけじゃない
忘れたふりをしていたの
離ればなれになった私達
私から会いに行くわけにはいかなかったの
ずっと待っていた あなたから会いに来てくれるのを

左手の薬指に 指輪なんかいらないの
左手の薬指に 指輪なんかいらないの

この左手は あなたを握るためにあるから 

「いい歌だね」

人生で初めて私の歌を褒めてくれたのは運転手さんでした。

私は今甲府で歌を歌いながら鍼灸師としても働いています。

針をさしている間、ギターを弾いて歌ってるんです。また来てくれる人半分、来なくなる人半分、といった感じでしょうか。

 

来年私は、15歳になります。

 

 

あの子が故郷に帰るとき
じろう

青森県弘前市出身。2006年4月に結成したシソンヌのボケ担当。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。東京NSC11期生。2014年第7回キングオブコント王者。演技力の高いコントを得意とする。著書に“川嶋佳子”名義で自身初の日記小説として書籍化した『甘いお酒でうがい』(KADOKAWA)がある。また7月からTBSドラマ『カンナさーん!』にレギュラー出演、11~12月には舞台『スマートモテリーマン講座』の出演も決定。2018年8/1~26まで赤坂RED/THEATERでシソンヌライブの一カ月公演も決定している。
http://sissonne.jp/

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