特集 “創造的過疎地”
神山町で暮らす

“創造的過疎地”で、 流れに身をまかせながら、 世界に一足の靴を作る

海外も都会も田舎も同じ
今いる場所に馴染んでいくこと

独立したいという思いが高まっていくなかで、妻の実家のある徳島に何度か足を運ぶ機会がありました。独立先の候補としてはまったく考えていなかったのですが、妻の家族の交友関係を通じてさまざまな人と出会い、次第に「徳島に暮らす人の面白さ」を感じるようになって。

徳島には同年代で事業を始めていたり、すでに何かをやっている人も多く、あと一歩が踏み出せなかった自分にはとても刺激になりました。ここで独立しようというよりは、まずは行ってみて、できるかどうか探ってみるのもいいかもしれないなって。最低3年くらいもがいて、だめならまた愛知に戻ればいいから。

結局、場所はどこでもいいんです。どこに行っても何とも思わないというか、田舎に住んでても、田舎だと思ったことはないし。それは都会でも、海外でも同じで、目の前にあるものに馴染むというか、そこにあるものを当たり前のように感じるというか。田舎が不便なんて当たり前だし、そういうところに住むなら、それなりに考えて生きていくから。転勤族の家庭に育った、というのもあるのかな。働く場所を変えることにもほとんど抵抗がなかったんです。

4年半勤めた会社をやめて、徳島に来たのは去年の2月。知人から教えてもらって興味を持った「神山塾(※)」の開講時期に合わせて移住しました。でも、そのときはまだすぐに独立するとは思ってなかったですね。人づてに仕事をもらいながら、少しずつ準備を進めていけばいいやって。

※ 神山町のNPO法人「グリーンバレー」が行っている半年間の人材育成プログラム。約1カ月間の集団生活やフィールドワークなどを通じて、イベントの立て方、地域での仕事のつくり方などを学ぶ。
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デザインや素材(牛革、馬革、豚革など)のサンプルを参考にしながら、どんな靴にしていくか、じっくりと話しながら考えていく。

デザインや素材(牛革、馬革、豚革など)のサンプルを参考にしながら、どんな靴にしていくか、じっくりと話しながら考えていく。

わざわざ訪れてもらう靴づくりが
地域に人の流れを生み出す

「神山塾」では、県内外で活躍する事業家や著名な講師から意見をもらえる機会も多くて。そのなかで特に印象的だったのは、神山町に住んでいる移住者の一人から「靴づくりは人の流れをつくることができる仕事」だと言ってもらえたこと。オーダーメイドの靴をつくるには、デザインを選んだり、型を合わせたりする行程で、お客さんには少なくとも2~3回は店に来てもらわないといけないんです。だから、遠方の人が田舎の店に来るなら必然的に近くで食事をしたり、観光をしたり、別の目的も組み合わせることになると思います。それが地域に人の流れを生むことだって。自分の店がそういう役割を担えるとは考えていなかったし、それって自分が地域に身を置いて靴づくりをする意味にもつながるのかなって。

町内にサテライトオフィスをつくった映像会社「えんがわ」の隅田徹さんや、神山塾で知り合った町の人たちからも、「やったらええんちゃう?」って言ってもらえたり(笑)、何となく自分がやりたいことをみんなが応援してくれてるような気がしたんですよね。

いつまで経っても技術は足りないけど、どこでそれに区切りをつけて、やるのか。いつかやりたいと言って終わる人も多いなかで、自分はいつ踏み出すのか。「神山塾」で学んでいくなかで、まだ先にあると思っていた独立が、ぐっと近付いてくるような感覚があったんです。

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あるとき、町の人の方から、寄居商店街という場所にある空き物件を「店舗に良さそうだから」と、紹介してもらう機会がありました。元々電気屋だった物件なのですが、実際に見てみるとすごくイメージが湧いてきて。古い物件なのでいろいろと手直しはしなければいけないけれど、直感的にここなら自分の店が開けそうだなって思いました。
今までもずっと直感で動いてきたようなところがあったけど、そのときも同じ。いつも今かなってタイミングを察知して動いて、後先は考えないタイプ。だからドイツ語が話せなくてもドイツに行っちゃったんですけど(笑)

お金は無かったけれど、神山塾にいるときにコツコツ書いていた事業計画書で創業補助金の申請を出したら、それも通過してしまって。このタイミングで店を開くなんて本当に考えてなかったから、背中を押されているような“流れ”を感じて。店を開いたのは、今年の1月。徳島に来て、まだ1年も経っていないんですよね(笑)。

何かを大きく変えるのではなく
“少し変わった神山”で自分なりに暮らす

いつか独立したいという一心だったけど、僕なりにいろんな本を読みながら、仕事って何だろうとか、豊かな暮らしって何だろうとか、そういうことをずっと考えていた時期がありました。でも、いざ自分の店を持って仕事を始めると、そうやって思いを巡らせて立ち止まるよりも、手を動かして、今目の前にある仕事を一生懸命やっていくことが大切だと思ったんですよね。それって、当たり前のことだけれど。
目標を持って行動していたら人は協力してくれるし、気持ちを込めてものづくりをすればそれに対して評価もしてくれる。神山という場所はもしかしたら少し変わっている場所なのかもしれないけど、それは神山に来て、神山で仕事をするようになって、自然と思うようになったこと。ここで何かを変えるとかではなくて、ここでいいものを提供して、みんなに喜んでもらうために頑張っていれば、自分なりの豊かな暮らしがつくっていけるような気がして。

今はまだスタートラインに立ったばかりです。そのときそのときに求められることにしっかりと向き合っていくなかで、靴づくりを通じてできること、伝えていけることもまた、考えて探し続けていきたいと思っています。

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LICHT LICHT KAMIYAMA
徳島県名西郡神山町神領字北213−1
☎︎088-636-7920
営業時間:12:00~19:00
定休日:火、水(要予約)
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_NMC1998オーダーシューズでは、細かなフィッティングを行いながら制作していく「フルオーダー」と、1度のフィッティングで制作する「パターンオーダー」の2種類から選べる。金額はデザインや仕様によって異なり、パターンオーダーの場合は約4万円〜。注文から納品までは約2か月程度。このほか、赤ちゃん用の「ファーストシューズ」やオーダーインソールの制作、修理などにも対応。

“創造的過疎地”で、 流れに身をまかせながら、 世界に一足の靴を作る
“創造的過疎地”で、 流れに身をまかせながら、 世界に一足の靴を作る
金澤光記さん かなざわ・こうき/1985年、愛知県生まれ。兵庫県の専門学校で整形靴の技術を学んだ後、ドイツ・ブレーメンにて1年間の職人修行へ。帰国後、神奈川県と愛知県で義肢装具会社に勤務。2014年に徳島県に移住。「神山塾」を経て、2015年に同県の神山町にオーダーメイドの靴店「LICHT LICHT KAMIYAMA」を開く。Facebook
(更新日:2015.05.27)
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神山町で暮らす
靴職人、自給自足のピザ職人、宿で働き始めた人、起業を目指す人……新たな暮らしや働き方を模索する人たちが、徳島県・神山町に導かれる理由とは。
“創造的過疎地”で、 流れに身をまかせながら、 世界に一足の靴を作る

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