特集 イースト・ミーツ・ウェスト!
イースト・ミーツ・ウェスト! 〜広島県・福山&愛媛県・松山編〜

バスで尾道から今治入りしていた彼らと、翌日昼にJR予讃線の伊予北条駅で待ち合わせ。
以前、この取材をサポートし、写真家の阿部健さんと雛形編集部のSさんを案内したばかりだったので、彼らと一緒に行ってない場所……と云えば、まっさきに頭に浮かんだのが鹿島(かしま)と土手内(どてうち)地区でした。
最寄りの北条港からたった400メートルほどしか離れていない場所に、鹿島は浮かんでいます。
住民がいないため、橋がかかっておらず、交通手段は渡船だけ。その船旅も片道たった3分。
その名のとおり、野生の鹿が自生しているほか、夏は海水浴やバーベキューを楽しむ人たち、また一年をとおして、釣り人たちが訪れる小さな島ですが、ぼくたちのお目当ては、ゴールデンウィークあたりから11月初旬までの半年間しか営業していない「太田屋」へ行くこと。
「太田屋」は創業嘉永8年(ペリーが黒船で浦賀に来た年、だそうです)という歴史のある料理旅館。鹿島にあるのはもちろん支店ですが、ぼくが小学校の遠足で来た頃には、すでにこの建物が同じ形で建っていたはず。あの渥美清が、寅さんのロケでこの近辺にやって来た時に、お忍びで何度も足を運んだというのは、地元民にはよく知られたトリヴィア。
知らない人が見たら「具が入ってないんじゃないの?」と驚かれるのが、ここの名物の鯛めし。
中身は鯛の出汁をたっぷり吸ったごはんと、ほぐした鯛の身だけ。最近は鯛の刺し身をときほぐした生卵といっしょに食べる、宇和島スタイルの鯛めしが観光客には人気ですが、松山ロコはこっちの淡白な鯛めしを愛している人が多いのです。
海にせり出すように立つ味のある建物も魅力的で、食後は畳敷の座敷でごろ寝も可能。現役漁師の山本くんや、生まれた頃からオホーツク海を眺めて暮らしてきた唯ちゃんが、おそらく経験したことがないような”ユルすぎる”海辺の情景をどうしても味わって欲しかった。松山市内へ向かう前に、どうしてもここへ立ち寄って欲しかったのです。
鹿島をあとにしたぼくら。港のすぐそばにある土手内エリアで、オリジナルの家具工房とカフェ「TOWER」を営んでいる室愛彦さんを訪ねることにしました。
この日は夏のはしりのようなとても暑い日でした。
北海道からやってきた友だちを案内したい……と電話で伝えたところ、歩くのも大変でしょう……と、室さんはわざわざクルマで港まで迎えにきてくれました。
「ぼくのところへ行く前に見せたいところがあるんで、ちょっと寄り道して行きましょう」
室さんはぼくたちを乗せると、工房と真逆の方向へとクルマを走らせます。
2、3分走ると川沿いの遊歩道に出ました。青々とした木々の隙間から眩しい太陽の光が降りそそいでいます。
「ほら、あそこすごいんですよ」
彼が指差す方を見ると、ゲートボール場が一面と、小さな掘っ立て小屋が立っています。
その周囲には明らかに誰かの手で植えられた、凝った花壇があり、季節の花々が色とりどり咲き乱れていました。
漂っている空気が、どこかこの世の雰囲気ではありません。
「ああいう建物も花壇も、この辺に住んでいるじいちゃんばあちゃんが勝手に建てたり植えたりしてるんですよ」
徐行するクルマの中から興味深く観察していると、ベンチに腰掛けながら話をしていたおじいさんが二人、めざとくぼくら”侵入者”を見つけ、鋭い警戒の眼差しを送ってきます。
「行きましょう……」室さんはスピードを上げ、ぼくらはそそくさとその場を立ち去りました。
「あと20年くらいすると、あの中に室さんも取り込まれるわけね」とぼくがからかうと、室さんは「いや、望むところですよ。ひょっとしたらあそこが天国の入り口かもしれませんね」と答えたので、ぼくらは笑いました。
ぼくたちは室さんのやっている「TOWER」でアイスコーヒーを飲みながら、しばしくつろぎました。
じつは室さんも松山市内からこの地区への移住組。
土手内という場所は、松山周辺で稀有な、ビーチと住宅地が隣接したエリアです。デザイナーズ・マンションなども建てられていることから、県内外から移り住んでくる人たちが少なからずいます。
室さんたちはこの土手内を拠点に、仲間とイヴェントを開催する一方、地元の祭りや催しにも積極的に参加しています。
「環境もすばらしいし、もちろんここでの生活を楽しむのはいいことだと思うんですよ。ただ、地域の繋がりにはコミットしたがらない人たちが多いのも事実。若いぼくらが積極的に協力していかないと、地域はどんどん衰えていくじゃないですか。どういうライフスタイルを選ぶかは個人の自由。でも、いっさい関わりを持とうとしない人が増えることは残念ですよ」
先ほどの”天国”に程近い場所に、海が望める温泉施設があるので、そこまで室さんにふたたびクルマで送ってもらい、夕日を眺めながら入浴。
なんと、ここの露天風呂のなかで、ぼくは小学校から高校まで同じ学校に通った地元の親友と約10年ぶりに再会。もちろん全裸で。事情を説明すると、山本夫妻が予約していた松山市中心街のホテルまで彼がクルマで送ってくれることに。持つべきものは友だち(とクルマ)ですね。
阿部さんやSさんを連れて行った居酒屋『八乃寿』が店主の体調不良が原因で、残念ながら休業していたため、松山独特のコッテリ甘い味付けが楽しめる人気の焼肉店へ。そしておなじみの『バー露口』で締め、解散。

ミズモトアキラ
1969年、愛媛県松山市生まれ、松山市在住。エディター/DJ。2013年、関東からIターン。音楽、映像、写真、デザインなどを多角的に扱い、文、編集、デザインを手がける傍ら、トークイベントやワークショップの主催も精力的に行っている。
www.akiramizumoto.com

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