REPORT

地域と福祉のカンケイを探る
『老いも障がいも。オールライトファッションショー@岡山』
イベントレポート+鼎談【後半】

岡山県
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すかっと晴れた11月の土曜日、岡山県の旧内山下小学校で、車いすで生活する人、脳性まひを抱える人、91歳のおじいさん……さまざまな人たちがそれぞれのスタイルで演出された空間を歩く、『オールライトファッションショー』が開催された。

岡山城の西の丸跡に建てられた旧内山下小学校は、昭和初期の鉄筋コンクリート造の校舎がのこされて、現在は、街の文化イベントなどで実験的に活用されている場所。ショーの衣装は、岡山で独自のファッションを追求するPOTTO(ポト)と倉敷のジーンズメーカー・Johnbull(ジョンブル)が協力して、出演者のためにカスタマイズしたものを提供。靴は、足袋型スニーカーで知られる倉敷の岡本製甲がトクベツな1足をあつらえた。

岡山で実現した、かつてないこのファッションショー。実は、いま、福祉の領域を越えて注目を集める3人が関わっていた。ひとりは、岡山の奈義町に暮らしながら「老いと演劇 OiBokkeShi」を主宰する菅原直樹さん。もうひとりは、「ぬか つくるとこ」という生活介護事業所を岡山の早島町で運営する中野厚志さん。そして、今回の企画、総合ディレクションを務めた田中みゆきさん。
『オールライトファッションショー』の本番終了後、これからの福祉と地域の関わりを示唆する、3人による鼎談が実現した。

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面白さをどう引き出すか?
日常的な視線の先。
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―「オールライトファッションショー」も「ぬか つくるとこ」の日常も「老いと演劇 OiBokkeShi」も、福祉事業所、障がい者やお年寄りに対する世の中のイメージとはかなり違った場を生んでいます。

中野:ですよね。自分たちとしては、自然な形で世の中に混ざっているような状況をつくりたいんです。「ぬか」が福祉の事業所であることは、後から知ってもらえたらいい。そのためにも、何かの活動に特化するというよりも、目の前にいる人の面白さをどう引き出そうかということに力を注いでいます。

田中:私の場合は、展覧会をつくる仕事がこれまで多かったのですが、それでもホワイトキューブで評価の定まった作品を見せるような展覧会はまったくやっていなくて、日常の豊かさや不可思議さを、どう展示室に持ちこめるかというところに興味を持ってきました。だから、それが展覧会なのか、パフォーマンスなのか、映画なのか、そのフォーマット自体には興味がなくて、どんな形でも選べる状態に自分を置こうとしています。
私は、つくる側よりも見る側への興味の方がずっと大きくあって、自己完結している表現ではなく、見る側の余地がある、完成されてないものの方が面白いと感じます。なので自分もひとつの答えを見せるのではなく、「あれって何だったんだろう?」というような、“わかりきらない”ものをつくりたいなと思っています。今回の企画に関しても、福祉という意識はあまりないんです。

会場となった旧内山下小学校は、岡山城内の西の丸跡に建っている。2001年の廃校後も、校舎、体育館、運動場の朝礼台などがそのまま残されている。

会場となった旧内山下小学校は、岡山城内の西の丸跡に建っている。2001年の廃校後も、校舎、体育館、運動場の朝礼台などがそのまま残されている。

―とはいえ田中さんは、今回のショーをはじめとして、『義足のファッションショー』など、障がいのある方と関わる企画を多く手がけてられてますけど、そのあたりはどういった気持ちなんでしょう。

田中:義足のファッションショーが、私にとってとても大きな体験で、ショーの準備をする中で、出演者のひとりの子に言われたことがあるんです。その子は生後6日くらいで右脚をほぼすべて切断しましたが、とても運動神経がいいから、けんけんで家の中を飛びまわっていて、階段だって上がれるんです。
だけど、家から一歩外へ出るとそうはいかなくて、義足をつける。彼女は自分のためではなく、親や周りの大人のためにつけてあげていると言うんですね。「脚が2本ある意味がわからない」と。

―強いことばですね。

田中:みなさんも、街で義足をつけた人とすれ違っているかもしれないけど、普通には気づけないかもしれない。だから、もっとそうした一見平凡に見える日常にひそんでいる多様性に気づける機会を、アートや表現という手法を通してつくっていければなと思っています。

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介護や福祉は、まちづくりの根っこ。

菅原:僕が介護の現場で働いていたときにも、すごく豊かな瞬間、面白いと思えることがたくさん起きていましたけど、それに対してただ純粋に驚いたり感動していたら仕事ができないほど忙しい現場でもありました。
それを見て見ぬふりをして仕事を続けるのはジレンマがあったので、「老いと演劇 OiBokkeShi」を立ち上げて、その豊かさを演劇を通じてどうにか発信したいってやってきましたね。

田中:菅原さんは、そもそもどうして介護の仕事を選択されたのですか?

菅原:それは、高校生の頃に認知症の祖母と一緒に住んだことがきっかけです。デイサービスで知り合った男性に恋をしていて、家の前で車の音が聞こえると、「あっ、迎えが来た」というので外に出てしまって、徘徊がはじまるんです。
進学した大学で演劇を学びはじめたときに、ドキュメンタリー映画を撮る授業があって、身近な人から戦争体験を聞くという課題だったので、広島の原爆体験もあった祖母から話を聞くことにしました。話を聞くためにビデオをまわしたんですけど、祖母は恋をしているデイサービスの男性の話を延々とし続けるから、戦争体験じゃなくて認知症のドキュメンタリーになってしまった。
だけど、祖母の後を僕がカメラを持ってついていくと、角を曲がったら本当にその男性が待ってるような気さえして。そんな体験が忘れられなくて、介護の仕事を選びました。

菅原直樹さんは「老いと演劇 OiBokkeShi」を立ち上げて4年目。介護と演劇をつなぐその活動に注目が集まる中、12月24・25日、1月27・28日には、4作目となる新作『カメラマンの変態』を上演。

菅原直樹さんは「老いと演劇 OiBokkeShi」を立ち上げて4年目。介護と演劇をつなぐその活動に注目が集まる中、12月24・25日、1月27・28日には、4作目となる新作『カメラマンの変態』を上演。

田中:そうでしたか。いまは介護の仕事はされてないのですか。

菅原:いまは岡山県奈義町のアート・デザイン・ディレクターというのをやっていて、まちづくりに関わる仕事になったので、福祉や介護の側面からまちづくりができたらとは思ってますけど、直接的には介護の仕事はしてないです。

―一般的には、福祉や介護をまちづくりに直結させて考えられてないような印象もあります。

菅原:僕は、まちづくりの根っこだと思います、福祉や介護って。町民のみなさんはお年寄りの方が多いですし、誰もがやがてその地で老いて、ボケて、死んでいくわけですから。だから、うまく福祉や介護とつなげてまちづくりをすることができたら、その土地の大きな魅力になるんじゃないかなと思います。

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田中:東京では今、オリンピック・パラリンピックに向けて、障がいに関する動きがすごく活発です。だけど、ダイバーシティという大義名分を成り立たせるために、記号的に障がい者を扱うことは自分はやりたくないと考えています。そういう意味で、東京から離れて今回のような企画をやれることはとても貴重な機会で、もっとじっくりやっていきたいと思っています。

人と人は結びついている。
岡山の土地の力。

―福祉の現場からはどう見えていますか。

中野:少し前にうちの施設を観光化しようって雑誌の企画があって、東京などから1泊2日で「ぬか」に泊まりにきて、他の観光地へ行くわけでもなく、ずっとうちにいるって企画をやったことがあります。そのとき「ぬか」につけたキャッチフレーズが“楽しみたがりの名産地”なんです。
福祉の現場って、菅原さんも言われていたように、本当にやることが多くて、日々大変なことも多いから、マイナスの要素が前に出てくることもありますけど、そこにいかに楽しさを見つけられるかどうかは、やっぱり自分たち次第だと思いますし、そこがスキルなのかなと思います。

突然踊りだすおかじい、おかじいが落とした杖を拾って追いかけてきたしょうへいくん。さまざまな化学反応が起きた『オールライトファッションショー』の本番は1回きり。

突然踊りだすおかじい、おかじいが落とした杖を拾って追いかけてきたしょうへいくん。さまざまな化学反応が起きた『オールライトファッションショー』の本番は1回きり。

―障がい者や介護の必要なお年寄りだけのことではないと思いますが、そこに興味深い個性があることは確かで、だけど一方で、そうした現場に深く関わって、面白さを引き出すということをやる余裕が持てない現実もありそうです。

菅原:作品にまでしなくても、場をつくるだけのことでもいいと思いますよ。今回のファッションショーにしても、本番となったショーのよさもありますけど、本番前にそれぞれが同じように緊張して、終わった後は「よかったね」「おつかれさま」という感覚を共有することができました。そこでは、障がいもお年寄りも関係なくて、人と人が結びついてるわけですから。
僕のこれまでの活動は介護と演劇を結びつけたものでしたけど、子育て、教育、介護、福祉といったことを芸術文化と結びつけて、子どもからお年寄りまで楽しみあいながら、場づくりができればと思っています。

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―今回の『オールライトファッションショー』が実現したこと、この鼎談が行えたこと。岡山という土地の力も感じます。

中野:そうですね。私が感じるのは、岡山の人たちには面白がる気質があるんです。あれだけいろんな立場の人が自然に混ざりあって、楽しい形でファッションショーができたのも、そんな岡山の面白がる気質があったからかなって。

田中:本当にそうですね。いわゆる「ファッションショー」としてみなさんが思い浮かべるものとはかなり違うものだったと思いますが、POTTOさんやJohnbullさんのみなさんが、これを受け入れてくれたのも有難いことだなと思います。

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中野:岡山弁ってぶっきらぼうだから、最初は怒ってるのかなってちょっと怖い感じを受けるんだけどね(笑)。

菅原:「老いと演劇 OiBokkeShi」を岡山の和気町で立ち上げたときも、周りに演劇をやってる人なんてほとんどいないのに、地域の建具屋さんが面白がってくれて、まちの時計屋さんや床屋さんなどと結びつけてくれたから、活動を続けてこれました。親しくなってみるとものすごく熱い方が多いのが岡山の土地柄かもしれません。

田中:岡山は訪れるたびに豊かな土地だと感じるので、私も本当に住みたいくらいなんですよ。

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菅原:それは心強い。われわれは大歓迎ですよ。

中野:ますます面白いことができますね。いい物件、探しておきます(笑)。

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菅原直樹(すがわら・なおき)さん
1983年栃木県生まれ。俳優、介護福祉士。四国学院大学非常勤講師。大学で演劇を志し、卒業後はフリーの俳優として小劇場で活動。平田オリザが主宰する青年団に所属しながら、ホームヘルパー2級を取得。2012年、岡山に移住。介護と演劇の相性の良さを実感し、「老いと演劇 OiBokkeShi(オイボッケシ)」を立ち上げる。現在は、奈義町アート・デザイン・ディレクターとして地域づくりに取り組む。http://oibokkeshi.net/

_H5O4251_2田中みゆき(たなか・みゆき)さん
キュレーター/プロデューサー。ロンドンにてMA Curating Contemporary Design修了。その後21_21 DESIGN SIGHT、山口情報芸術センター[YCAM]、日本科学未来館で展覧会やパフォーマンス、書籍や印刷物などの企画に携わる。障害を「世界を新しく捉え直す視点」として、カテゴリーにとらわれないアウトプットを展開。現在は映画「ナイトクルージング」制作中。 http://miyukitanaka.com

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中野厚志(なかの・あつし)さん
1972年生まれ。福祉系の大学を卒業後、15年間岡山県内の障がい者支援施設に勤務。その頃から障がいを持った人たちから生み出される数々のモノたちに衝撃を受ける。2013年12月、仲間とともに岡山県都窪郡早島町の築100年以上の蔵を改装した建物で生活介護事業所「ぬか つくるとこ」を立ち上げ、現在に至る。アートを一つの媒体として、個々の個性や特性をうま味に変化すべく、現在発酵中。http://nuca.jp

_DSF3272>>【前半】「いつもと装いが違うと、ふるまいも変わる。」はコチラから>>>>

 

 

写真:加藤晋平 文:竹内 厚
(更新日:2017.12.05)
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