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「まちの止まり木をつくりたい。」 異なる世代の3人が思い描く“場所”が、福島県・広野町にできるまで。

福島県・広野町(ひろのまち)は、東北地方で一番最初に春が訪れることから、町のキャッチコピーは「東北に春を告げるまち」。そんな東北の玄関口である広野町に、多世代交流スペース「ぷらっとあっと」ができた。 運営するのは、「ちゃのまプロジェクト」の磯辺吉彦さん、青木裕介さん、大場美奈さんの3人。

「集まる場所がなければ、人は通り過ぎてしまう。みんなが集まり、交われる場をつくりたい」。3人が、それぞれに場づくりへの思いを懐き、出会い、誕生した「ぷらっとあっと」。現在、展覧会「Excavating Home-Land −ふるさとを発掘する−」を開催中のぷらっとあっとで、それぞれの思いと、出会い、そしてこれからについて話をきいた。

写真:今津聡子

左から、多世代交流スペース「ぷらっとあっと」を 運営する、「ちゃのまプロジェクト」の磯辺吉彦さん、大場美奈さん、青木裕介さん。

人が気軽に集まり、留まり、
つながり合うために。

多世代交流スペース「ぷらっとあっと」は、広野町出身の磯辺吉彦さんと青木裕介さん、いわき市生まれの大場美奈さんという、世代の異なる3人のメンバーで進めている。

ぷらっとあっと立ち上げのきっかけをつくった磯辺さんは、もともと企業で働く会社員だった。家と仕事場を行き来する日々の中では、地元である広野町に関わることがほとんどなかったが、震災を機に会社を退社することを決めた。そして、改めて自分が暮らしている地域に目を向けるようになっていく。

2011年3月11日の震災翌日に、広野町は自主避難勧告、翌13日に町避難指示が出され、町民は一時的に避難を余儀なくさたが、同年9月30日に避難勧告が解除。浜通り地方の中では、早いタイミングで町民がまちに戻ってきた。同時に、まちを支援しようと人や物資も集まってくる。本来なら、社会福祉協議会がボランティアなどの窓口になるが、避難中で機能しておらず、役場も町外の離れたところを拠点としていたため、支援を受け入れる団体や組織がなかったのだ。そこで磯辺さんは動き出す。

ぷらっとあっとで行われるイベントやワークショップの集客など、地域の人とのつながりを活かし、活動を支える磯辺吉彦さん。

「当時は支援物資をいただいても、早く戻った町民が個別に配るような状態で、これはなんとかしなくちゃいけねえなぁと思いました。あと、広野町に帰ってきても仕事がなかったんですよ。だから、“生業”をつくれないかという思いもありました。そこで、“生業(なりわい)”と“賑わい”をつくることを目的にした、NPO法人「広野わいわいプロジェクト」を立ち上げたんです。このときは場所ではなく、人と人がつながることを主としてて。でも、だんだん人が集まるようになると、時間に左右されることがなく、人と人をつなぎ合わせることができる“場所”の必要性を感じるようになったんですよ」 

かつて、地元の人で賑わったスーパーマーケットの跡地の前にある「アイアイ会館」。地元の人にも馴染み深いこの場所の1階に、ぷらっとあっとは誕生した。

人が集える場所の必要性を感じた磯辺さんが最初に声をかけたのが、当時地元の広野町を離れ、会津で暮らしていた青木さんだった。

震災当時、広野で暮らし、自動車を販売する会社で営業マンとして働いていた青木さん。避難指示に従い、その日着ていたスーツと革靴のまま、家族を連れて地元を離れ、各地の避難所を転々とした。その移動中にたまたまガソリンが切れた場所だったという会津に、「子どもたちに普通の生活をさせてあげたい」という思いから引っ越し、7年目を迎えようとしているときだった。

「磯辺さんとはじめて会ったのは、私が会津で『朝カフェの会』をやっていて、そこに参加してくださったときでした。『朝カフェの会』はもともとあるプロジェクトで、朝からカフェに集まって、いろいろな話をするのが目的の会です。私はそれを会津でやっていたのですが、そのうちに広野町にもコミュニティの必要性を感じて、会津から広野町に通って『朝カフェの会』を開いたりもしていました」 

青木さんにも、まちの人が気軽に交流できる場所がほしいという思いが芽生えていたとき、磯辺さんは青木さんを広野町に呼び戻すために再び会津に出向いたという。

「私は、じいちゃん、ばあちゃん子なんです。彼らも避難をして、仮設住宅にいました。そこは、広野町の仮設住宅なので町民がたくさん住んでいるんですね。でも、広野町といっても、広くていろいろな地区がある。だから、仮設住宅で隣近所になったとしても、元々知っている人ではなく、昔のままのコミュニティがあるわけではないんです。そんな様子を見て、新たなコミュニティを築くためにも、間に立ってつなぐことができたらと思ったし、そのためにも気軽に集まれる場所があるといいなと思っていたところでした」

SNSを使った活動報告やイベントの発信、写真や動画の撮影などでぷらっとあっとでの活動を支える青木裕介さん。パソコン教室に通う地域のお年寄りや子どもたちからは「もじゃ先生」とも呼ばれているそう。

お年寄りだけでなく、学校と家にしか居場所がない子どもたちの存在も気になっていたと青木さん。共働きで両親が家におらず、おじいちゃん、おばあちゃんもいない。まちには、遊ぶところも、買い物するところもない。当時は集団登下校も再開しておらずバスでの通学だったため、世代の違う人と交流する機会もない状態だったという。そこで青木さんが始めたのがパソコン教室だった。おじいちゃん、おばあちゃんも、子どもたちも集まることができる場所として、パソコン教室が機能しないだろうかと考えたのだ。

パソコン教室の様子。学校が終わる時間になると、元気よく子どもたちが集まってくる。(写真提供:青木さん)

「私は、郷土愛を持って、郷土のために自ら考えて行動する人を育てていきたいなと思っています。地域の行事に出てみようとか、実家にふらりと帰ってきたときにイベントを企画してみようかなとか。どこに住んでいようが、ずっとここに関わり続けていく人のこと。そういう人を育てるには、幼少期の思い出が必要だと思うんです。そうでないと『広野町ってどんなところ?』って聞かれても、『何もないまちだよ』って言ってしまう。田舎ならではの魅力をきちんと自分たちで再発掘して、自信をもって伝えられるようにしたいという思いを持っています」

そこで広野町で教室を開ける場所を探していた青木さん。磯辺さんからの誘いは、青木さんのそんな思いとも重なって、青木さんは広野町に帰ってきた。

ほしいのは、関わるだけでなく、
その先も“つながる”こと

大場さんがいわき市で被災したのは高校2年生の3月。学校も被災し、高校最後の1年間、授業は体育館で行われ、すべての学校行事は休止となった。震災を経験し、助けを求めている人に、一番最初に手を差し伸べられる人になりたいという思いから、卒業後は救急救命士の専門学校に通うことになる。しかし、卒業を間近に控えた3年生の3月11日、衝動的に福島県南相馬市にあるゲストハウスを訪れた。

最年少ながら、ぷらっとあっとでのイベント企画や運営を引っ張っている、大場美奈さん。「ちゃのまプロジェクト」の活動では、広野で栽培したオーガニックコットンを活用した特産品の開発・生業創出などにも取り組む。

「そのゲストハウスで、『私はこれを求めていたんだ!』って思いました。学校では、これでいいのだろうか?と、どこかモヤモヤとした気持ちを抱えていたんです。でも、世界各国の人が福島のゲストハウスに集まっている。その空間に身を置いたとき、とても居心地がよくて。モヤモヤが晴れたように思いました。こういう場所こそ、ただ“関わる”だけではなくて、その先も“つながれる”場所だって思ったんです」

ゲストハウスをつくりたいという夢を抱いた大場さんは、1年就職浪人をして、広野町役場の委託職員となる。そして2年を広野町で過ごした頃、行政業務だけではなく、もっと地域の人と関わりたい、そのためには知識が足りないと感じ、地域おこし協力隊として山形県に行くことを決めた。

しかし、移住から2年が過ぎ、山形での生活にも慣れて来た頃、磯辺さんと青木さんが一升瓶に入ったワインを掲げて大場さんを迎えに来た。

「ゲストハウスをしたいという思いは、広野町の役場にいた頃から聞いていたのですが、今は山形にいるという。こんなふうに場づくりをしたいと夢を語れる人は、当時、他にはいませんでしたから、ぜひ帰ってきてほしい。僕たちと一緒に広野町で場づくりをしてほしい。そう思って、山形に出向いたんです」(磯辺さん)

ふたりの思いに動かされ、再び広野町へと戻った大場さん。広野町には、特別な思いがあったという。

「役場で働いていた頃、くたくたになって帰るときに、役場の近くで栽培されているみかんがすごくきれいだなあとか、夜空をぱっと見上げたらめっちゃ星がきれいだなあとか、そういう景色に恋をしたんです。そこから、こんな景色の中で暮らしている人たちって誰なんだろう?って、興味が景色から人に移って。気付いたらずっと片思いをしているみたいに、広野町、広野町、ってなっていって。それから一度修行に出て、呼び戻されて、今ここにいるという感じです」

こうして「場をつくりたい」という思いを持った3人が集まって、立ち上げたのは、ぷらっとあっとをはじめとする、交流スペースやイベント企画を行うための団体「ちゃのまプロジェクト」。しかし、思いはあるけれど、まちの人はどのように思っているのかわからない。そこで3人は、ワークショップを開催。何度も会を重ね、まちの人の声に耳を傾けた。まちの人は広野町に何を必要としているのか? 自分たちがやりたいと感じていることと、まちの人の思いに乖離はないか? 3人がやりたいことと、できることをどう整理していくのか。大場さんは、ワークショップを通して、町の人の素直な思いをすくいあげることができたと話す。

「やってみてわかったのは、まちの人は人が集まれる場所をつくりたい、新しい出会いがある場所がほしいと、思っているということでした。また、『朝ごはんを食べる機会が減っている高校生のために、おにぎりスタンドをつくりたい』というお母さんがいたり、『居酒屋でこたつに入りながら飲みたいね』ってプロジェクトが立ち上がったり、こちらからツンツンと突いて促すと、町民の皆さんからもいろいろ意見が出てくる。みんなもやりたいことをたくさん持っているなら、それを叶えることができるイベントスペースを立ち上げるのがいいのではないかと、考えるようになりました」

こうして、プラットフォームとなる場所の輪郭が見えてきた。

ぷらっとあっとは、イベントや展覧会の会場としてだけでなく、普段は誰もが気軽に立ち寄れる拠点としてスペースを無料開放する予定だ。

郷土を再発見する新しい視点
千年という単位で地元を見るということ

昨年12月からプレオープンしたぷらっとあっとでは、それまで駅前でおこなわれていた「まちなかマルシェ」の会場がこちらに移されるなど、賑わいを見せ始めている。

また、展覧会「Excavating Home-Land- ふるさとを発掘する」(〜1月31日(日))も始まっている。この展覧会のテーマは、“ふるさとの発掘”。長きにわたり受け継がれながらも、忘れられている地域の暮らしや魅力、これからの課題を「発掘(再発見)」することを3つのプロジェクトを通して訴えかける。

今回の展示で紹介する「千年村プロジェクト」は、1000年以上にわたり、自然的社会的災害・変化を乗り越えて、 生産と生活が持続的に営まれてきた集落・ 地域を「千年村」として評価・認証する研究団体。

展示では、千年村認証を目指す浜通り地域での活動を紹介する。 千年村認証に向け、実際に千年村プロジェクトのメンバーとともに集落を視察した磯辺さんは、身近な地域を見る目線が変わったと話す。

「千年村プロジェクト」のメンバーとともに集落を視察したときの様子。(写真提供:早稲田大学ふくしま広野未来創造リサーチセンター)

「1000年前の人たちってどんな場所に家を建て、どんな暮らしをしていたんだろうって、地形から分析していくんです。視察をしていくうちに、まちの見方が全然変わりましたね。たとえば広野も、今の駅前の地域に昔からひとが住んでたわけじゃないんですよね。海の近くで魚を採ることを生業にしたり、山で動物を獲って食べていて、そこにそれぞれの文化もあったはずで。原発以外には何もないというような地域ではもちろんない。浜通りにはそんな『千年村』がポツポツありそうだから、自分の地元や郷土愛を再確認させてくれる新しい視点になりそうですね」

福島県・広野町上北迫(ひろのまちかみきたば)の上空。河岸段丘沿いに民家が見られ、段丘の上に林地、低地に生産農地があり、1000年続いてきた村によく見られる特徴を有している。(写真提供:早稲田大学ふくしま広野未来創造リサーチセンター)

磯辺さん、青木さん、大場さん、それぞれの個性が合わさり、まちの人とともにつくっ た「ぷらっとあっと」。これからは、まちの止まり木であり、さまざまな世代が集い交流するプラットフォームであり、広野町の顔となっていくことだろう。  

最年少の大場さんにとって、青木さんはパパ、磯辺さんはおじいちゃんのような存在だという。「だから、本気で怒られるし、本気で指摘されるし、だから直していける」という大場さんの言葉から、3人のつながりの強さが感じられる。

編集協力:早稲田大学ふくしま広野未来創造リサーチセンター

INFORMATION

「Excavating Home-Land −ふるさとを発掘する−」

会期:〜2021年1月31日(日)11:00〜18:00(日曜日は〜16:00)
休館日:火・水曜日
場所:ぷらっとあっと(福島県双葉郡広野町下北迫折返35-4アイアイ会館1階)
電話:0240-23-6882
Facebook:https://www.facebook.com/plat.at.hirono/

 

 

 

3つのプロジェクトからなる「Excavating Home-Land −ふるさとを発掘する−」展は、広野町に拠点を置き、福島県浜通り地域を中心とした福島復興に関する学術研究を行う「早稲田大学ふくしま広野未来創造リサーチセンター」が支援しています。地域内外の幅広い年齢層の人同士がフラットに議論できる場として、年2回「ふくしま学(楽)会」を開催するなど、地域の方々と浜通り地域の価値を再認識しそれぞれのまちの活性化に活かすこと、また地域の若者を育成するという狙いのもと、これまで紹介してきた3つのプロジェクトの企画・実施に取り組んでいます。

(更新日:2021.01.15)
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