INTERVIEW

人生のための学校、デンマークの「フォルケホイスコーレ」って、どんな学校?【前半】

神奈川県


「人生のための学校」と言われたらどういう場所を想像するだろう。
デンマークにあるフォルケホイスコーレという教育機関は、しばしばそう呼ばれる。

このフォルケホイスコーレに参加した人、これから参加を考えている人に、その理由を聞くと返ってくる言葉はさまざまだ。

「上手じゃなくても、役に立たなくても、好きなものを好きって言える場所じゃないかと思ったんです」。
「失恋をきっかけに、私は何を大切に生きていきたいのか考えたくなって」。
「海外に関心があって、いろんな国の人が集まるところで学ぶのが夢だったので」

社会に求められるスキルを得るために学ぶのではなく、自分自身の内側にある幸せや関心にしたがって考え、学ぶというフォルケホイスコーレ。資格が取れるわけでも、専門性の高い学びを習得できるわけでもなく、どちらかというと“ゆるくて、のんびりとした場所”だといわれるこのデンマークの学校に、今、多くの関心が集まっているという。

どういう学校で、どのように学ぶのか? 何が多くの人の気持ちを引きつけるのか?

3年間、デンマークの建築会社で働き、現在はフォルケホイスコーレと日本人留学生の双方に情報提供などを行う一般社団法人IFASに所属する矢野拓洋さんと、フォルケホイスコーレで20年以上教員を務めるデンマーク在住のモモヨ・ヤーンセンさんにお話を伺った。

写真:松永 勉 文:小谷実知世

定義するよりも、体感する場所。 

「フォルケホイスコーレって知っていますか? デンマークには、大学に行く前に自分の本当に好きなものってなんだろうって考えたり、社会人になってから改めて自分を見つめる時間をすごせる学校があるんです」。「雛形」編集部からこう聞いたとき、むくむくと好奇心が湧き上がってきた。

日本では中学・高校を卒業した後、さらに学びたいと考えるなら、入学試験を受けて専門学校・大学などの学校へと進んでいくのが一般的だ。迷ったり寄り道したりせずに、求められる人材へと成長し、一直線に新卒で就職できれば順風満帆だ、と言われたりする。
また、社会人になってから改めて学校に通うのは、専門性のある何かを学びたい人であることが多い。そう思っていたからなのか、フォルケホイスコーレについて聞いたとき、「それってどういう学校?」と強く関心を持った。

そこには、学生の頃、社会のしくみのなかで、私なりにベターな道を選んだつもりだったけれど、今なら違う選択をするかもしれないなぁという思いが、ひっそりと、でもずっと心の中にあったからかもしれない。

農民のための学校として1844年に立ち上がったフォルケホイスコーレの1校目である、ロッディングホイスコーレの昼食の様子。

主にアートやデザインの授業が行われる教室。自然光が差込み、教室とは思えない自由でクリエイティブな空間。【写真提供:IFAS】

そこで、まずは日本とフォルケホイスコーレをつなぐ一般社団法人IFASに所属する矢野拓洋さんにお会いした。

そして、デンマーク独自の教育機関であるフォルケホイスコーレの特徴は、試験や成績がないこと。17歳半以上であれば入学できること。全寮制で、3カ月〜1年ほどの期間、さまざまな学生や先生と寝食をともにしながら学ぶこと。デンマーク国内にある約70校の学校ごとに、政治学、芸術、スポーツ、社会福祉、哲学など、特徴的なコース・科目があり、公教育から独立した私立の学校ながらデンマーク政府が学費の約7割を助成していること、などを教えてもらった。

「英語の授業があり、他国からの学生を受け入れているフォルケホイスコーレの場合、在校生の年齢も、国籍もバラバラで多様。入学理由もさまざまです。高校卒業後に何を専門的に学ぶのかを決める前に、豊富なコース・教科の中からいくつかチャレンジし、本当に学びたいことを見極めたい。社会人として働いた後、少し立ち止まって自分自身と向き合い、改めてどう生きるかを考えたいなど、いろいろな思いを持った人が、一緒に暮らしながら学びます」

だからこそ、フォルケホイスコーレってどんな学校ですか?と聞くと、経験した人ごとに異なる言葉が返ってくる。「定義するより体験する場所」なのだ。しかし、あえていうならと矢野さんは前置きしてから人生のどんな場面でも自分を見つめ直すための時間をすごせる場所「『人生のための学校』と言われたりしますね」と言った。

ポップアップガーデニングというクラスで、学生たちが作ったというお庭。パーマカルチャー、サステナビリティーなどのクラスの学生や教員で日々メンテナンスし、収穫したハーブはキッチンで使っている。

リサイクル素材だけで作られたグリーンハウス。もともと、学校に通うことができない農家が集まり、農場を学び舎にして開校したことが起源となっているため、フォルケホイスコーレの多くは、地方の自然豊かな場所に設立されている。写真は共に、ノーフュンスホイスコーレ。【写真提供:IFAS】

ドライなのに温かい。
デンマークで生まれた学校

もともとイギリスで建築を学び、デンマークの建築事務所に勤めていた矢野さんは、デンマークの人々と仕事をするうちに、彼らの生き方やコミュニケーションの仕方などに興味を持つようになった。そこでデンマークの人々の考え方について調べるうちに、デンマーク独自の教育機関であるフォルケホイスコーレへの関心を深めていったと言う。

IFASに所属する矢野拓洋さん。デンマーク人家族とともに生活しながら、建築事務所や研究機関で3年間働いた経験から、「個人主義的でありながら、人とともにあることを大切にする彼らの考え方に興味を持った」と言う。

「デンマークの人って、ドライなのに温かいんです。国民の幸福度が高いことで知られているように、常に自分が幸せかどうかという基準で物事を選択します。なのに決して個人主義にはならない。ひとりでいくつものコミュニティに属し、自分は社会の一員であるという感覚を持っています。

『デンマーク国民は500万人ほどだけど、ひとりで3つも4つもの団体に属しているから、2,000万人、3,000万人の国民がいるのと同じ』というジョークがあるくらいです。個々に自立した考えを持ちながらも、人と共にいて、自分の持っているものをシェアしたり、シェアされたりが自然にできる。人と一緒に何かをやることで人は成長すると考えているんです。そして、フォルケホイスコーレは、まさにデンマーク人のこうした感覚を体感できる場所だと思います

矢野さんは、現在はデンマーク建築などの研究を進めながら、同時にIFASのメンバーとして、30校以上のフォルケホイスコーレに足を運び、フォルケホイスコーレの理解を深める活動を行っている。

フォルケホイスコーレが生まれたのは1844年のこと。長い歴史があり、これまでもたくさん日本からの留学生を受け入れてきた。「でも、最近になって注目度はこれまで以上に高まっていると思います。問い合わせもとても増えているんです」と矢野さん。そこで、日本にもフォルケホイスコーレの考え方を取り入れることができないかとイベントを企画。

2019年3月の神奈川県・北鎌倉。円覚寺の門をくぐり、梅の香りが漂う庭を抜けたところにあるお寺の建物の一角で、矢野さんらが企画したイベント「鎌倉ホイスコーレプロジェクト」に参加するメンバーが集まった。

鎌倉ホイスコーレプロジェクトには15人の参加者が集まった。そのなかの約半分はフォルケホイスコーレ留学経験者だという。この日から3日間、皆でフォルケホイスコーレについて考えることになる。

対話による授業。
情報は生きた言葉によって命を持つ

「鎌倉ホイスコーレプロジェクト」に参加したひとりに、デンマークで暮らし、ノーフュンスホイスコーレで福祉研修担当の教員を務めているモモヨ・ヤーンセンさんがいた。どんなふうに授業を進めているんですか? そう訊ねるとモモヨさんは、思いが溢れるかのように、少し早口に教えてくれた。彼女のエネルギーのこもった言葉から、フォルケホイスコーレとはどのように学ぶ場なのかが少しずつ見えてきた。

「大切にしているのは、『対話による授業』です。トピックスに対して、常に互いの意見を交換していきます。日本の学校に慣れていると、正解を求めてしまいそうですが、重要なのは正解ではなくプロセス。フォルケホイスコーレでは、テキストや本にあるのは『死んだ言葉』、対話によって出てきたものこそ『生きた言葉』と考え、みんなで授業をつくっていきます」

学びの定義としているのは「情報から知識へ」。本や雑誌、インターネットには情報が溢れているけれど、それらは量が多すぎて、ときに混乱や不安を招いてしまう。情報を意味のあるものにするために、知識に変える手伝いをしています、とモモヨさんは続ける。

29年前にデンマークに移り住み、現在はノーフュンスホイスコーレで教員として勤めるモモヨ・ヤーンセンさん。フォルケホイスコーレは、授業以外の時間も大切にしており、夜も教員が交替で生徒との時間を共有する。

「『情報』は、対話=生きた言葉によって初めて命を持ちます。自分はどう思うのか? なぜそう思うのか? 一人ひとりが自分自身に問いかけ、その思いを共有し、同時に他の人の思いを聞いて、さらに考える。対話を媒体にすることで、情報を知識に変え、学びを深めていくのです」

教員は、専門性を生かして授業を進めていくけれど、テキストを読み、学生がその箇所を覚えるというような授業をすることはない。

「あるとき、福祉の現場で長年勤めてきた60代の女性が入学してきたときがあったんです。その時は、彼女に豊富な知識や経験をシェアしてもらうことが、みんなにとって大きな学びにつながりました」。フォルケホイスコーレの教員は、その場にいる学生たちと、リアルタイムに授業をつくるファシリテーターのような役割を果たしていく。

体験する民主主義

対話による授業では、「今こんなことを言うのは、場違いじゃないか?」「うまくまとめて話せないといけないのでは?」などと、空気を読む必要はない。すべての人に自分の思いや意見を発する権利があり、そこにいる人はその言葉を受け止める。

「少数派だろうが多数派だろうが、言葉や背景が違おうが何も分けることなく、その場に一緒にいる人の中に自分の言葉を素材として投げ入れ、他の人の言葉を受け取る。それは“体験する民主主義”とも言えるもので、フォルケホイスコーレの軸となる考え方です」

自分が感じたことを安心してその場で発し、それらが評価や批判されることなく、他者に受け入れられていく。そうした温かい時間が積み重なる経験は、学びを深めると同時に、その時間をともにすごす人との関係も深めていくのだろう。

自分で学ぶだけでなく、人と考えを語り合う意義と楽しさを知った学生たちは、授業が終わっても、さまざまな話をする。フォルケホイスコーレが、全寮制であることのメリットはここにもある。暮らしの場もまた、学びの場となっていく。

「フォルケホイスコーレのクラスは、言いたいことは何を言っても大丈夫という信頼感があるんです。自分の意見を大切にされてるなって感じられたし、日本にいたときよりも自分自身を肯定することができるようになったなと思います」(しょうこさん)

「高校生のときは一人でお弁当を食べていたし、私はずっと一人が好きだと思っていました。でも、フォルケホイスコーレに行って、私は人といるのが好きなんだって知ったんです」(大学生・松本れいなさん)

北海道で英語を中心とした子供の教育に関する活動をする杉山旬さん。「生徒に高い点数を取らせる先生が評価されるのが日本の教育だとすると、フォルケホイスコーレの教育は、生徒が豊かになることを目的にしているんですよね。そこが大きく違いましたね」

ただ、少し心配なのは、長い時間をともにすることで、人と人の摩擦も生まれやすいのではないかということだ。旅をしようと思うほど親しくなった友達だったのに、四六時中一緒にいることで、細かな違いが気にかかり、イライラしたりするのはよくあること。世代も、育ってきた背景もまったく異なる人と生活するなら、なおさらだ。

その問いかけにモモヨさんは言う。

「イラッとしたときこそ、チャンスなんです。『あれ? 何で私は今イラッとしたんだろう』と考えてみる。すると、それは鏡のように自分自身の考え方や、これまで育ってきた文化などを映し出し、考えるきっかけになります。生活のリズムが違う、考えが違うと思ったとき、自分の感情が反応したときこそ、通り過ぎないで立ち止まって気づける力を身につけたいのです」

できるだけ摩擦を起こさないためにと考えると、相手の性格や文化を努めて理解しようと自分に言い聞かせてしまいがちだ。もしくは、関わらないことで摩擦を起こさないようにしようと考えることだってあるだろう。しかし、そうではなく摩擦をチャンスと捉えて、自分の感情に焦点をあてることから始める。自分自身を知ることで、見えてくるものがあるということなのだろう。

「ふと庭を見ると、エストニアから来た大学院生と、ダウン症の障害をもったデンマークの学生と、日本人の学生が肩を組み合って庭で語り合っている姿を目にしたりします。うちの学校ではごく当たり前の風景。だけど、知らない人が見たら『共通点は?』と感じてしまいそうな彼らが、親しく語り合ったり、笑い合ったりするシーンに居合わせたとき、『あぁ、この学校ってなんていいところなんだろう』ってしみじみ思いますね」

授業だけでなく、寮生活もフォルケホイスコーレの大切な学びの場。一緒に食事をしたり、相部屋で寝起きするなど、異なる文化の人と関わり、ともに生活することで、学校生活だけでは得られない気づきがあるという。

フォルケホイスコーレに半年間通い、帰国したくなかったという荒巻理沙さん。「学ぶって、“認識を広げること”なんだと思いました。自分のなかにあった常識とか、あらゆる前提を遮断して、相手の目線に成り代わってみることで、はじめて本当にわかることもあるのだと気づいたんです」

フォルケホイスコーレを日本にも

矢野さんは、日本にデンマーク公認のフォルケホイスコーレをつくるための方法を模索している。

周りからどう見られるかとか、社会が求めているかではなく、“自分自身の内側に焦点をあてて考えること”。同じ考えや背景の人だけでなく多様な“他者と生きること”。忖度したり、多数決ではない本当の意味での“民主主義的なあり方”でものごとを進めること。フォルケホイスコーレで定められている、そうした学びは、今の日本に必要ではないか。その価値観を持ち込むことができたら、日本ももっと幸せな国になるのではないかと、矢野さんは思っている。

「そんな話をすると、日本の教育はだめだから、優れたデンマークの教育を取り入れようって聞こえてしまうかもしれないけれど、ぜんぜんそんなことはないんです。日本の教育現場、労働現場における慣習や制度を否定する必要はなく、むしろそれらを資源とみなして有効活用する能力が問われていると思います。チームワークの素晴らしさ、繊細で緻密なものを高い完成度でつくり上げる力など、世界に誇れるところがたくさんあります」

新しいものを取り入れるときに、既存のものを否定する必要はない。加算的な議論が大切だと矢野さん。

「フォルケホイスコーレがデンマークに生まれて170年以上。デンマークの文化や、社会のしくみとぴったりとくっついた教育システムなので、ただ学校を持ってきただけでは機能しないだろうと思っています。だから、ゆっくりかもしれないし、まだまだ議論が必要です。でも、今ある日本のいいところに、フォルケホイスコーレの考え方が加わったら、それは最強だと思うんです」

人生のための学校、デンマークの「フォルケホイスコーレ」って、どんな学校?【前半】

一般社団法人IFAS
http://www.ifas-japan.com/

現在、IFASでは、フォルケホイスコーレ選びや留学の相談は行っていませんが、経験談のシェアや質問のやり取りができる、Facebookグループページ「フォルケホイスコーレコミュニティ」を運営しています。

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北欧留学情報センター
東京の神楽坂を拠点に、デンマーク語、スウェーデン語、ノルウェー語、フィンランド語、アイスランド語の語学教室や、フォルケホイスコーレを中心に北欧全般の留学情報の提供(有料)をしています。ご興味のある方は、下記URLをチェックしてください。
https://www.bindeballe.com

(更新日:2019.05.24)
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