COLUMN
人類の、たのしい仕事

私たちが暮らす「都市」と「地域」。
その社会をとりまく状況は日に日に速度をあげ、大きく揺れながら変化しています。
 地域活性、地方創生、新しい働き方、過疎化、資本主義経済……
聞きなれた言葉、見慣れた文字が生活の中で流れていく。
あらゆる意味で“自然”と共存するには、ほど遠い世界にあるいまの暮らし。
いま、「なにか違う」「こっちのほうがおもしろそうな気がする」と察知して移動する人たちは、「地域」「地方」「田舎」とくくられる土地に行き着いている。そんな彼・彼女たちの姿を、中沢新一さんはじっと見つめています。
これからの時代に本当に必要な、いまを動かす、古くて新しい哲学。
“無意識”の動きに言葉を与える、新しい思考。
人間の暮らしの“もと”をひも解きながら、
次の時代を生き延びるための可能性を探っていきます。

「人類の、たのしい仕事」はじまり、はじまり!

 

構成:薮下佳代  題字:吉田勝信

第1回 農業ってなんだ?

「自然」につながるルートをもつ。
そのきっかけとしての農業

 

いまから20年ほど前、山形県の大蔵村という中山間地域で、ぼくは学生たちと農業をはじめました。当時、農業は、現代社会が時代遅れだと切り捨ててきた後進的で、遅れた産業と呼ばれていたもののひとつでした。

 

けれどぼくはその当時から、いずれ世界は“こっち”の方へ変わっていくだろうという予感がありました。若者が地方へ向かうことや、農業をやることが、当たり前になるんじゃないか。そう確信していました。

 

その頃ちょうど、ゲームやコンピュータが発達し、インターネットも普及しはじめた時代で、若者たちの身体の使い方は間違っているなと感じていました。

 

みな、自分の心的内面や脳活動だけに内向してしまっていて、まわりの自然から完全に遮断され、身体性というものが欠け落ちてしまった人々が増え始めていた。

 

そんな時代にあって、自分が教える学生たちには、何か違う道筋をつけなきゃいけないと思っていましたし、このまま行ってしまうと、いずれは行き詰まってしまうだろうなということが目に見えていたのです。

 

そうした時、都市的な環境とは異なる環境、つまり「自然」(自然とは何か?という問題は、またあとで詳しく話していくこととして)というものにつながっていくルートをたくさん持つことが、これから重要になってくるだろう。

 

そんな生き方が、21世紀に入ると大切なテーマになってくるに違いない。その大きなきっかけが農業にあるのではないか、とぼくは考えていました。

「農」に対する意識が
大きく変わり始めた

 

21世紀に入って、「農」はひとつのトレンドになりました。いまの若い人たちのなかには、土に触れることや、農に興味を持つ人たちも多いですが、40〜50代の人たちが若い頃は、そんなこと考えもしなかったでしょう。

 

 

ぼくが学生を山形に連れて行った当初も、みなただただ当惑していました。けれど、いまの30代半ばくらいの世代から、意識が大きく変わり始めたように思います。

 

 

ゼミで柳田國男の本を読んだ時、学生たちが“くみ取り便所”を知らないことに驚きました。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』にもくみ取り便所の話が出てきますが、それがわからないのはまずいだろうと。

 

 

ぼくらの世代は、田舎から東京へ出て来たことを隠し、くみ取り便所の世界から離れようと必死でもがいていたわけです。
しかし、その次の世代になると、田舎に対するコンプレックスはだんだんと消えてきた。

 

さらに、その後には、田んぼのなかに自ら入り、そこから何かをつかみ取る人たちも出てきた。それが、30代以下の若い世代です。そうした意識の変化を長い間見てきて、“変わって来たな”と感じる、分水嶺が確かにありました。

 

自然と自分の関係を
つくり変えていくこと

 

お金や情報、知識など、脳の中に内向していくのではなく、「自然」とパイプをつくっていく生き方こそ、人間本来のあり方だと思っている人々がいま、確実に現れています。

 

特に、地方へ行く若者たちは、無意識に「こっちの方だ」と感じ取り、いままでの世界とは違う道があることにいち早く気づきはじめました。
そんな彼らの、現実的な道のひとつが地方で生きることなのでしょう。

 

いまの社会が抱える困難を乗り越えていくためには、身体を媒介にして、まわりの自然との関係をつくり替えていくことを、実践的にはじめるしかないのです。
それは、どんなささいな方法でもかまいません。皇居のまわりをジョギングしている人たちのほうが、何もしない人よりも身体と自然との関係性をもつという意味で、0.3歩ぐらい先に行っているのです。

 

古くは、人間が身体を仲立ちにして、自然と触れ合う最も適したやり方は漁労や狩猟でした。
海女は女性だけでなく、かつては男性の海士もいて、海女/海士は、水のなかに入っていって海と一体になって漁を行います。これは日本の漁業のとても古いかたちであり、人間と自然の関係を結ぶ重要な要素でもありました。自然のなかから自分の食料を得ていく漁労や狩猟は、人類にとって自然とつながる根源的な手法なのです。

自然とつながる手法としての
農業という営み

 

その次に出てきたのが、農業です。狩猟採集時代といわれている縄文時代から、実は農業は行われていました。主に、タロイモなどの根菜類を盛んにつくっていたようですし、福井県にある鳥浜貝塚や青森県の三内丸山遺跡では、栗を栽培していた痕跡が残っています。もちろん山菜も採っていたでしょう。

 

今でも春先になると、東北の人たちは山菜採りに行くとみな興奮します。
あれはきっと縄文時代から続いているものだと思います。

 

冬から春になると山菜が芽吹くわけですが、冬と春、これらの言葉にも意味があって、「ふゆ」という言葉は、土のなかに溜まった大地の霊力がふえていくことを表しています。それが「ふゆ」という古代語です。

 

植物は、たとえ寒いなかでも、実は外から見えない内面で増殖、細胞分裂がはじまっていて、それが春先になると、外に「はる」現象が起こる。冬眠から覚めた動物は、春になると妊娠期に入ります。哺乳動物が妊娠するとおなかが「はる」のも同じです。

 

春先になると、土のなかから、ワラビやたらの芽が出てきます。
そうした最初の春の表れの力を摘み取って食べることは、地球全体の生命力が、春の訪れとともに活性化することと同調した行動なのです。ですから山菜採りは、一種の農業だったといってもいいと思います。ただ、この農業は、山のなかの多種多様な植物を採集するわけですから、「モノカルチャー(=単一栽培)」ではありません。

 

米の栽培が日本に持ち込まれる前の農的世界は、とても多様でした。多様な自然のなかに分け入って、その土地にある植物を採ったり、育てることが農業だったのです。

殖えるもので豊かになる
農業は資本主義の原型?

 

けれど、紀元前10世紀ぐらいに、稲作技術を持った倭人と呼ばれる人々が日本列島に入ってきてからは、農業は自然に根ざしながらも、ある意味では自然の破壊を行い、自然や土地をコントロールするものになっていきました。

 

田畑を拓き、種を蒔き、水や肥料を管理し、草を取り、育てて収穫するといった人間の行為に加えて、太陽の光と水と土と空気があって、はじめて農業は成り立ちます。そうした大地の働きと人間の労働によって、大地は我々に豊かな恵みを与えてくれるのです。

 

前の年に収穫したお米のもみを取っておいて、翌年、田んぼに蒔いて稲に育て、田植えをする。そうすると、元々あった10粒のもみが秋には1000粒の米に増殖する。それが農業という営みです。

 

つまり、自然を切り拓いて、水田をつくって、米を育てるということは、大地に投資することで、大地が恵みというかたちで殖(ふ)やしてくれ、この殖えたもので豊かになっていくのが農民の生き方だったわけです。

 

農業は、最初に投資したものよりも収穫が多くなって、富が増殖するという営みですが、資本主義もまた、最初に投資した資本よりも増殖することで、成長を遂げていくと考えられました。つまり、資本主義の原型となったものが、いまでこそ資本主義の立ち遅れた部分といわれるようになった農業なのです。

現代社会のベースであり、
支えているのが農業の世界

 

現代社会のシステムは、資本主義で成り立っています。資本主義に対するアンチテーゼとしてよく対比される農業ですが、資本主義のベースが農業であったにもかかわらず、その資本主義を否定するための農業なんて、そもそもおかしいということが理解してもらえるかと思います。

 

農業は「遅れた産業」かもしれませんが、工業社会だけでは人間は生きていけません。どんな社会であっても、人間は食べないと生きていけないわけですから、いくら工業社会や近代社会が発達しようとも、この世界を大きく支えているのは、農業なのです。

 

一時期、日本社会は農業なんかやめてもいいんだという方向へ進んだことがありました。農業なんかなくたって、農産物は輸入すればいいという考えで、ぼくが学生の頃は、特にそういう考えが根強くありました。

 

日本の農業を守るためには、いまとは違う考え方を持った人たちをたくさんつくらなくてはいけません。そのためには現代社会がどういうふうにできているのか、そのなかで農業や地域社会での生き方がどういうものなのかということを、はっきり認識しなければならないのです。

 

ノウハウのないチャレンジ
自ら手探りでつくる暮らし

 

いま実際に地方へ行っている若者たちは、そうした現代の流れを無意識に感じ、自分たちの暮らしそのものをつくり変えていこうとしています。

 

もちろん仕事も、人間関係も、地域社会も、あらゆるものを自分たちでつくっていくことは、とても大変です。けれど、そのぶん取り組むべき価値があるともいえます。そのための可能性に満ちた場所が、地域・過疎地にはまだ残っているのです。

 

これからは彼らが主体となって、いままでとは本質的に違う社会を、地方で作っていくことになるでしょう。けれど、いままでにない道がほんとうに正しいのかどうか、不安になることもあるかもしれません。時には、道が見えないために迷うこともあるかもしれない。けれど、彼らが進もうとしている道は、決して間違ってはいません。

 

僕はこの連載で、「これからは農業だ!」とものごとを単純化して伝えたいわけではありません。今まであった“農業”という概念とは違うものを自分たちでつくっていかなくてはいけない。それは、自然と人間は、どういうかかわり合いを持っているのかということを根源的に考えていくことでもあります。

 

自分たちがやっていることの本当の豊かさは何なのか?ということを深く理解していくための農業なのです。現代社会そのものをつくり出しているひとつの思考方法の原点が農業に発生しているということ。それは資本主義とは何かという問いにも、いずれつながっていくのです。

 

つづく

人類の、たのしい仕事
中沢新一

なかざわ・しんいち/1950年山梨県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。現在、明治大学野生の科学研究所所長。民俗学、宗教学、哲学など、あらゆる学問的領域を縦横無尽に飛び越え、しなやかに思考する人類学者であり思想家。著書に『森のバロック』『哲学の東北』『カイエ・ソバージュ』『アースダイバー』『日本の大転換』『日本文学の大地』など多数。

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