特集 見えない体

“本当のところ”から出てきたものは、
人を、自分を、揺り動かす。
詩人・岩崎航さんの、生活から立ち上る詩

「いったい何のために僕はこの世に生まれてきたのだろうか」

17歳の頃、誰もいない部屋でナイフを見つめながら、そんな思いが岩崎航(いわさき・わたる)さんの頭にふっと浮かんできた。目には涙が溢れ、同時に心に湧き上がってきたのは、「最後に、もう一度。死にものぐるいで生きてみよう」という強い思いだった。その日から、本当の意味で自分の人生が始まったという岩崎さんは、25歳から詩を書きはじめ、五行歌という形式で数々の詩を発表している。

3歳のとき、少しずつ筋力が衰えていく難病の筋ジストロフィーを発症。現在は、24時間人工呼吸器と胃ろうからの経管栄養を用いた生活をしている岩崎さんが、自分の体と向き合うなかで生み出す詩には、日々の喜びや気づき、ままならなさがまっすぐに綴られている。
決して下を向くことなく、思いや置かれた状況をじっと見つめ、時に自らを奮い立たせる彼の表現は、どこから湧き上がってくるのだろうか。

仙台のご自宅にいらっしゃる岩崎さんと回線をつなぎ、お話をうかがった。

文:小谷実知世 写真:三部正博

分かちがたく
重なっている心と体

現代に生きる私たちは、心と体が繋がっていることを頭で知ってはいるが、つい分けて考えてしまう。たとえ心が体を通して声を発していたとしても、気付かなかったり、頭で考えることを優先させて、見て見ぬふりをしてしまうことも多い。でも、岩崎航さんは違う。

「心と体が重なり合っていることは、ダイレクトに、かなり“露骨に”感じます。

これまで、体調はさまざまに変化しましたが、今は病気を抱えて生きるなりの健康、生活ができる最低限の穏やかさがあります。でも、すぐには解決できないことを思い悩んだり、心の中で悶々と考えることがあると、体の具合が悪くなってきます。頭痛がすることもありますし、胃に直接、経管を用いて栄養を送るのですが、そうした水分を入れようとした時に入れづらくなったり、吐き気の症状が現れることもあります」

心の声はダイレクトに体に作用するため、体を整えようとするときは心にも働きかける。

「体調が悪くなると普段の暮らしができませんから、自分に合う薬などで対処します。でも、解決することのない、離れようにも離れられない悩みについて一人で考えていると、体調を戻すことができず、自分自身がまるで回転しながら落ちていくような気がするんです。そういうとき、私は人と話をします。話したからといって、悩みが解決するわけではないですが、話すことで、問題を抱えながらでも生きていくことができると思える。人と関わることにより、病気や障害に飲み込まれずに、自分の人生を生きることができるのです」

 

岩崎さんは、著書『日付の大きいカレンダー』のなかで、“病”と“病魔”とは、まったく別もので、闘病というのは“病”と闘うことではなく“病魔”と闘っていくことだと語っている。そして、自分にとっての闘病とは、“自分のいのち、そして自分の人生を生ききることを妨げようとする何ものかと闘い続けていくこと”だという。

その闘病において、側にいて話を聞いてくれる人の存在が、大きな力になっている。

しかし、はじめからそのように感じていたわけではなく、10代後半から20代半ばの頃は、引きこもりに近い状態で孤立した時期を過ごしていた。何日もの間、話をするのはほぼ家族だけという状態が続いたこともあったという。

「家族以外からの介護も受けようと考えました。訪問介護であったり在宅医療であったり、人と関わっていくよう、自分で仕向けていったんです。将来、両親も年齢を重ねていくことを考えると、家族しか介護ができないのでは、いずれ立ち行かなくなるという思いもありました。それに、いろんな人と関わって、いろんな経験をして生きていくのが人生だと思ったのです。人と関わることで、前向きになり、自分の暮らしを生きていける。生活が立ち上がっていくと感じます。

久しぶりに人の手を借りて外に行くと、街の外気感というのか、空気や光など外の世界からすごく強いものを身に受けます。そういうことを体感すると、みんなはこういう中で生きているんだなと感じる。これは、一人ではなかなか感じることができません。人と関わったことによって得られる実感だと思うのです」

 

関わりの海
そこで生きるのが
全てなのだと思えてきたら
なんだか人に
会いたくなった

 

詩は“生きていく”という方向に
歩むための、闘う力

岩崎さんは、20代前半、“気が狂いそうなほどの”辛い時期を過ごした。

「4年もの間、僕は激しい吐き気の症状に襲われ、病気に飲み込まれるようでした。あまりの苦しさに、生活の一切が覆い尽くされ、何かをしようとする気力が吸い取られてしまい、がんばれと言われても、その一歩手前で、動くことができませんでした」

吐き気の症状の要因は、今考えれば、自分の先行きへの強い不安、思うように外に出られない不自由さ、深まっていく孤立感などからくるストレスによるものだったのではないかと、岩崎さんは振り返る。なぜ、その症状が落ち着いたのか、具体的な理由はわからないというが、何もかも難しいと感じてしまうようなときは、ただうずくまって嵐がすぎるのを待つしかないというのが、岩崎さんの実体験からくる言葉だ。その嵐が過ぎた後、岩崎さんは詩を書き始めた。詩がことさら好きだったとか、得意だったためではない。一日のすべてをベッドの上で暮らすなかで、自分にできることとして浮かんだのが詩の創作だった。
そして25歳からはじめた詩は、今、岩崎さん自身を支えている。

「私が詩を書くのは、穏やかに暮らしたい、生きたいという、誰しも感じることの延長線上にあることです。誰かに言われたからやっているのでも、ましてや“修行”でもありません。
暴風雨のように激しく吹き荒み、ひっくり返るような状況を、工夫や努力、外部からのケアによってなんとか穏やかなものにしていく。そして、そこでの実感や日々の生活を詩に書き上げることができたなら、それが私の生きる寄す処(よすが)となります。そして、“生きていく”という方向に歩むための、闘う力になるのです」

 

自分にも
やれることがある
その光は
離さずに
いたいと思う

 

 

“本当のところ”から出てきたものは
人を、自分を、揺り動かす

岩崎さんの詩からは、自らを奮い立たせるような力強さや、エネルギーを感じる。そう伝えると、岩崎さんからこんな言葉が返ってきた。

「詩を書くとき、明るくて前向きな、わかりやすい表現を使うこともできると思います。でも、本当に苦しいとき、絞り出すように出てくる表現をそのまま目の前にぽんと置く。それがたとえ、何の救いもなさそうなものであっても、心と体で感じた“本当のところ”から出てきたものは人を揺り動かすと思うのです。同様のことを、私は画家の香月泰男さんの『シベリア・シリーズ』という作品に感じたことがありました。彼のその作品は、一見すると真っ黒で、ただ絶望や苦しみを目の前に置いたというもので、言葉にならない、言葉では整理しきれない表現でした。でも、それは彼の奥底から出てきたものだから、私の心を揺り動かし、支える力になった。私がそう感じたように、私の詩もまた、そんなふうに誰かに受け取ってもらえたのなら、それがまた私の力になります。そういう詩を書いていきたいです」

また、岩崎さん自身も、過去の自らの詩に力をもらう。

「自分の詩を読む。その詩は、私が書いた本人ではあるけれど、送り出した瞬間に私の手を離れていきます。そして、何年か後、苦しみがあるときに読み返すと、状況は違っていても自分を励ましてくれるんです」

それは、きっと岩崎さんが、ごまかしたり、諦観したりせず、そのままの自分を見つめ、“本当のところ”から出てきた言葉を綴っているからだろう。

「困難な局面に対峙する経験が、世の中に向けて何かを書こうという気持ちに繋がりました。もし私が書くことをしていなかったら、今のような心境ではいられなかったと思います。言葉になりきらなくても、とにかく言葉に出す、伝える。そうすることで、心が暗澹としたところから整う。それは整理されるとか、スッキリするという類のものではありません。ただ、何か内向きであったものが、一歩外に向かって歩みだすエネルギーになっているのです。
“生存”するだけなら、それに必要な最低限のものがあるでしょう。しかし、そこに生活というものがあってはじめて、生きている手応えが湧いてくる。私は、その手応えから詩を書いています」

 

どんな
微細な光をも
捉える
眼(まなこ)を養うための
くらやみ

 

あなたがそこにいる。
そのことが誰かを支えている

授かった大切な命を、最後まで生き抜く。
そのなかで間断なく起こってくる悩みと闘いながら生き続けていく。
生きることは本来、うれしいことだ、たのしいことだ、こころ温かくつながっていくことだと、そう信じている。
闘い続けるのは、まさに「今」を人間らしく生きるためだ。

生き抜くという旗印は、一人一人が持っている。
僕は、僕のこの旗をなびかせていく。

エッセイ『生き抜くという旗印』の一節だ。
「生き抜くという旗印は、一人一人が持っている」。そう語る岩崎さんは、病や障害を持って生きる一人として、近年の恐ろしい事件や差別的な発言に対抗する言葉も、今、伝えるべきもののひとつに加わってきたという。

そして、昔から日本にある「人に迷惑をかけない」ことを美徳とする考えが、行き過ぎてしまうことに危機感を募らせる。

(写真提供:ナナロク社『点滴ポール 生き抜くという旗印』より 撮影/齋藤陽道)

「たとえば事故や大病などによって、今までできてきたことができなくなったり、これまで通りに生活や仕事ができなくなったときに、“人に迷惑を掛ける人間になってしまった”というふうに考え、人間としての価値が下がったような気持ちになってしまうことは、誰にでも起こりえます」

私自身もそういう思考に陥ることがあると、岩崎さんは語る。しかし、そこから踏みとどまりたいという。

「病気や障害があるかどうかにかかわらず、人は、誰もが、何らかの形で、人に助けてもらって生きていかなくてはならない。そして、その人がそこにいるだけで、誰かの生活が立ち上がるということがあります。関係性が生まれるんです。何かができるから価値があるわけではなく、そこに存在している、ただそれだけで人に影響を与えているし、そのことによって誰かを支えているのです。

ですから、病気があるかないかに関わらず、自分で自分を否定したり、人から自分を否定されたりすることはあってはならないことだと思っています」

 

誰もがある
いのちの奥底の
燠火(おきび)は吹き消せない
消えたと思うのは
こころの 錯覚

 

岩崎さんは、外に向かって窓を開け、人と関わり、心に滞りそうになる思いを詩という形で外に放つ。お話を伺って、彼の詩から受ける力強さは、暗闇に身を置いているように感じるときも、その暗さから目を背けず、なんとか光のある方に体を向け、踏み出そうとする心の動きに触れるからではないかと思った。

この世の中に、岩崎さんの詩があること。その詩に出合えたこと。そのことに喜びと心強さを感じながら、お話を終えた。

 

※本記事中の岩崎さんの五行歌は著書『点滴ポール 生き抜くという旗印』(ナナロク社、2013年)より引用しています。

 



【イベントのお知らせ】


現在開催中の「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2020」に、岩崎航さんが出演します。アート、音楽、パフォーマンスなど、あらゆるジャンルのアーティストが参加者とともに「いのち」の在り方を考えるプログラム〈いのちの学校〉で、詩の朗読やトークを実施。岩崎さんの詩を直接聴けるチャンスを、ぜひお見逃しなく。
※みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2020では、youtubezoomでのライブ動画を期間中、毎日配信しています。

みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2020
https://biennale.tuad.ac.jp/


 

◎2020年9月25日(金)14:00〜15:15
漆黒とは、光を映す色
〜詩人・岩崎航が、生きることと芸術を語る〜


「病と創作」「コロナ禍・災害」「相模原事件と優生思想」「家族・人との繋がり」「芸術の力」という5つのテーマに沿って、岩崎航さんが詩を朗読。また、BuzzFeed Japan News Editorの岩永直子さんを聞き手に迎え、トークとともに生きることと芸術の関係を語る。
※ビデオ収録(30〜60分程の予定)した動画をウェブで発信

出演:岩崎航(詩人)、岩永直子(BuzzFeed Japan News Editor)
料金:無料
参加方法:開催日当日にこちらのページより視聴できます。 https://biennale.tuad.ac.jp/program/182
※山形ビエンナーレ会期中は再視聴・閲覧が可能です。

 

◎2020年9月25日(金)15:30〜16:30
稲葉俊郎×岩崎航トーク
生きることと芸術(仮)


山形ビエンナーレ2020の芸術監督を務める、医師・稲葉俊郎さんと岩崎航さんのクロストーク。

出演:岩崎航(詩人)、稲葉俊郎(医師/山形ビエンナーレ芸術監督)
料金:無料
参加方法:開催日当日にこちらのページより視聴できます。 https://biennale.tuad.ac.jp/program/183
※山形ビエンナーレ会期中は再視聴・閲覧が可能です。

 

“本当のところ”から出てきたものは、人を、自分を、揺り動かす。詩人・岩崎航さんの、生活から立ち上る詩
岩崎 航さん 25歳から詩を書き始め、2004年の秋から五行歌を詠む。ナナロク社から詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』、エッセイ集『日付の大きいカレンダー』、兄で画家の岩崎健一と画詩集『いのちの花、希望のうた』刊行。エッセイ『岩崎航の航海日誌』(2016年~2017年/ yomiDr.)のWEB連載後、病と生きる障害当事者として社会への発信も行っている。2020年10月に二作目となる詩集『震えたのは』(ナナロク社)刊行予定。
(写真提供:ナナロク社『点滴ポール 生き抜くという旗印』より 撮影:齋藤陽道)

HP:http://iwasakiwataru.com/
Twitter:@iwasakiwataru
Instagram:@iwasakiwataru76
(更新日:2020.09.18)
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目に見えない脅威により思い知らされたのは、私たちがいかに“視覚”に依存していたかということでした。置き去りにしてきた自分の体とどうやったらうまくつきあえるのか。目にみえない体の世界を探ります。
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