特集 メディアの現在地
ー迷いながら、編む。

メディアの主体となるのはいつも人。多様さを確保し続けるために必要な“粘り強さ”とは?約6万点の「ミニコミ」を保管する「市民アーカイブ多摩」の現場から。

多摩モノレール・玉川上水駅から徒歩8分ほどの住宅街のなかに、「市民アーカイブ多摩」はある。ここには、市民が生活のなかで考えたこと、悩んだこと、経験したことが書き綴られた「ミニコミ」をはじめとする紙媒体、約2000タイトル約6万点が保管・管理されている。

並べられたミニコミを開くと、手書き、ガリ版の筆跡から、40年という発行年月から、小さな誌面に詰まった真っ直ぐな言葉から、「伝えたい」という意志が痺れるほどに手をつたってくる。

60年代から70年代にかけて、市民運動に紐付いた表現手段として、マス・コミュニケーションに対抗した、ミニ・コミュニケーションという意で生まれたミニコミ。「市民アーカイブ多摩」の運営委員である杉山弘さんは、その形式、発行主体、つくり手の多様さについて、そして、それらを確保し続ける困難さについて語ってくれた。

自分たちの声を伝える手段として、紙に文字を書いて配るという、メディアの原点ともいえる、これらの資料を粘り強く扱う杉山さんたちの活動が、思い起こさせるものとは。

インタビュー:森 若奈(「雛形」編集部)
本文:小谷実知世 写真:波田野州平

多様さゆえに、容易に失われるものがある。

「ここにあるものは、メディアと一口にいうにはとても多様です」

市民アーカイブ多摩」の運営委員である杉山弘さんがいうように、開架書庫にはさまざまな印刷物が丁寧にファイリングされ、「まちづくり、共同体」「国際関係、海外協力」「性、女性、家族」「山・海・川・湖」など、ジャンルごとに分類され並んでいる。機関誌や会報、通信、ニュースレター、ここでは“市民活動資料”と呼ばれるそれらは、一般には“ミニコミ”といわれてきたものたちだ。

地球環境保護や世界の子どもたちの教育など、全世界で考えるべき大きな社会課題をテーマにしたものもあるが、書庫を見渡して目に飛び込んでくるタイトルや見出しの多くは、「○○の川を清流に」「在宅ケアを考える会」「○○市ひとり親基金を考える会」など、発行主体にとって身近な地域や、当事者性の高い具体的なテーマを表している。そして、どの誌(紙)面にも通底するのは、「よりよく暮らしたい」、「よりよく生きたい」という、つくり手の切なる思いだ。

東京都立川市の住宅街の一角にある、樹木林にかこまれた「市民アーカイブ多摩」。ここで保存・管理されている約6万点の市民の表現や記録は、すべて閲覧可能。(入館カンパ100円~)

少し時代を遡ってみると、マス・コミュニケーションに対抗した、ミニ・コミュニケーションという意で生まれたミニコミは、60年代から70年代にかけて、市民運動に紐付いた表現手段として大いに活用された。インターネットやSNSが登場する以前に、政治や社会、環境、ジェンダーなどにまつわる問題を、個人が自分ごととして発したいと考えたとき、選択することができる数少ない手法のひとつだった。

現在、「市民アーカイブ多摩」に、保管・管理されているミニコミは、約2000タイトル6万点。発行主体は、市民運動を行う団体だけでなく、公民館や図書館などの施設、さまざまな趣味のサークル活動を行う人やグループなど、時代の流れの中でさらに多様さを増している。大きさや形態も多岐にわたり、背があるもの・ないものがあり、本のように立てて並べることは難しく、場合によっては結束しないとすぐにバラけてしまう形状のものもある。

「この保管のしにくさ、置きづらさから、図書館のシステムでは扱いにくく、何号も続けて発行されるので文書館のように一点一点、袋に入れて整理するような仕方は馴染まない。ミニコミは、この形態の多様さゆえに失われるのも容易です。でもだからこそ、多様であることを大切なことだと考えるならば、なんとか残さなくてはいけないと思っています」

杉山さんが「なんとか残さなくては」と表現するのは、今ここにあるミニコミも、失われるかもしれなかった危機をかいくぐった歴史があるからだ。

ネットワーク・市民アーカイブ運営委員の杉山弘さん。出版社で編集業に従事したのち、町田市立自由民権資料館に勤務。古文書や郷土資料などを扱う傍ら、市民アーカイブ多摩開設に携わることとなった。

市民アーカイブ多摩の前身ともいえる、東京都立多摩社会教育会館にあった市民活動サービスコーナーは、1972年に開設して以来30年に渡り、市民の活動を支援し、膨大な数のミニコミを収集していた。しかし、2002年、東京都が市民活動サービスコーナー事業を廃止。行き場を失った約500箱分のミニコミや冊子類は廃棄の危機にさらされた。その後、4回の引っ越しを経て、2001年までに発行されたものは法政大学 大原社会問題研究所環境アーカイブズへ寄贈。2002年以降に発行されたものは、2014年、現在の場所に開設した「市民アーカイブ多摩」に移動、今に至っている。

こうした歴史をたどりながらも、「市民アーカイブ多摩」には毎月数多くのミニコミが届き、保管点数は増え続けている。それは同時にスペースを確保しなくてはいけないという課題につながっており、何らかの収集方針が必要ではないかという声もある。

「ミニコミのような市民活動資料は、研究や学問的な観点から見て役に立つ、価値があると思うものほど残りやすくなります。ある時代のある地域で何が起きていたかを再現する際、誰かの書簡やメモ書き、新聞といった、資料に基づかないと再現できないこともあるからです」

ミニコミは発行主体や読者から送付されてくる。それらを運動当事者や司書・学芸員などさまざまな経歴を持つ運営委員が管理し、公開している。

古文書などを扱う資料館で長らく仕事をしてきた杉山さんにとっても、資料的価値という視点からミニコミを見ることは、馴染みのあることだった。しかし、最近になって改めて気がついたことがあるという。

「新型コロナウィルスの流行で、公民館施設が使えない時期があったんです。打ち合わせをするにも、会場探しが大変だった。ようやく公民館が使えるようになったとき、我々だけでなく、いろんなグループが活動を再開していました。そのなかに、バレエを練習する女の子たちがいたんです。隣の部屋で嬉々としている女の子たちを見たときに、仲間たちと月に何度か集まり、一緒に好きなことに打ち込む、それもまた暮らしに欠かすことのできないものなんだと、思い及びました。ですから『不要不急』などという言葉を用いて、暮らしを語られたことは、ひどいことだったと思いますね」

どんなことをかけがえないと感じるか、何に価値があると考えるのか。それは、個々に違い、外から優劣を付けたり、順番を決めたりすることはできない。もしそうならば、ここにある資料について考える思考の回路は、できるだけ複数あったほうがいいと、杉山さんは考えている。つまり、集まってくるものが多様であるなら、ここに関わる人もまた多様な視点をもっていることが必要だということだ。

そして、市民活動の歴史であり声の集積ともいえるミニコミが廃棄の危機に直面するようなことが起こるのはなぜなのか、思いを巡らせてこう話す。

「人の日常の営みや、そこから生まれてきたものやことが、どれほど大事で意味のあるものなのか、社会全体がまだ認識するに至っていないといえるでしょうね。だから、いとも簡単に、不要不急というような言葉が独り歩きしてしまうのではないかと思うんです」

 

自分の考えに共感してもらいたい。
それが、自分の目で見て、書くことへ。

杉山さんは、大学生だった70年代中頃からの数年間、ミニコミをつくっていたことがある。今回、取材を受けるにあたり、市民アーカイブという場所について考えるなかで、そういえば自分自身もミニコミをつくっていたと、ファイリングしてあった手書きのミニコミを探し持ってきてくれた。

丁寧な文字でぎっしりと書かれた誌面からは、自分の思いをここに込めたい、込めずにはいられないのだという強い意思のようなものが伝わってくる。これほど熱量の高いものを、1〜2カ月に1度継続して、しかも複数同時に発行していたというから、相当な時間と労力を注ぎ込んでいただろう。

 

1976年から81年まで、一人でミニコミを発行しながら、同時期に友人とともに別のミニコミも制作していた杉山さん。その後、先輩らが制作する同人誌へと執筆の場を移すが、手書きでぎっしりと綴られたミニコミには、自らの原点があるという。

「自分が考えていることを説明し、共感してもらいたいという思いがあったんですね。そして、自分の関心のあることについて調べ、それを文章化するということを繰り返していくなかで、調べるだけでなく、自分も現場に行き、実際に自分の目で見て、書くことになっていくんです」

当時、成田空港建設に反対する地元住民らによる運動が激しく行われた千葉県の三里塚。杉山さんは、その現場に頻繁に出かけ、さまざまな人と出会い、見聞きしたものを記事にしていった。何が起きているのか、知りたい、書きたいという思いが現場に向かわせ、現場で得た思いをまた文字にしていく。その繰り返しが、外からの観察者であった杉山さんを、次第に中心へ中心へと向かわせたのだ。

「あの当時、感じた思いをそのつど記していた誌面を、振り返って見てみると、改めて自分の人生がどういう興味関心に導かれ、今いるこの場所まで歩んできたのか、わかったような気がします。

市民アーカイブ多摩の運営委員の一人でいることと、私が学生時代に誌面をつくっていたことに、直接関係があるわけではありません。しかし、自分自身もつくっていたからこそ、つくる人の気持ちは知っていたいと思っています」

伝える技術を、簡単に統一したくない。

現在ではSNSや動画配信メディアなど、個人の声を発信するメディアとしての新技術が次々に登場している。もしミニコミを制作していた当時、SNSなどがあったなら、使っていたと思いますか? そう尋ねると、「発信者として使えるものはいろいろ使っていたでしょうね」と、杉山さん。

たしかに、#MeTooに代表されるように、近年、一人が発した小さな声が、やがて大きなうねりとなって社会運動へとつながっていくことがある。何かを伝えたい、共有したいという思いを抱く人にとって、SNSや動画配信メディアのような便利で使い勝手がよく、世界に発信できる技術が登場したことは、革命的なことだろう。
一方で、受け手にとっても、手軽であるがゆえに、複雑なものより端的にわかるものが求められやすく、それゆえに、省略されていたり、こぼれ落ちるものが多いことに意識的でなくてはならない。また、スピード感や見栄えに対する関心ばかりでなく、情報の真偽を確かめる力や、検索する力など、さまざまな能力が必要になっている。

と、そんなふうに、メディアの変化に伴う情報の受け取り方や、伝え方を考える私たちの様子に、杉山さんは少し可笑しそうな表情を浮かべる。

 

「僕たちの時代は、つくり手の作法から、ある程度その人のスタイルを想像することができたし、いくつかを見比べて語り手の視点の違いを探すこともしやすかった。メディアの読み方や、そこから何を読み取っていくのかを、自ずとトレーニングしていたのかもしれません。今は発信されるものの母数が大きいから、情報を受け取る力を鍛えるという観点を抜きにして、メディアを語ることは難しいでしょうね。また、新しい技術を使うか、使わないかで区分けができてしまい、結果、多様性が損なわれていないかということについては、目を配っておく必要があると思います。ただ、メディアとかメディア技術、そこにのる内容は、時代によって自ずと変わっていく。だから、流れに身を委ねていけばいいというようにも思いますね」

そういいながらも、アナログな世界が、新しい技術に置き換わることで生じるジレンマについても話してくれた。

「僕はSNSをやらないから、新しいメディアについて想像力が及ばない部分がある。ただね、僕の身近なところに置き換えたら、僕はオンラインがとても苦手で。でも、大学で授業を行う時、対面授業がオンライン授業になるということが続いているんです。オンライン授業ばかりだった学生たちは、人とコミュニケーションする場面がとても減っているし、自分自身で体験するという経験がとても希薄です。だから僕のなかには、そんなに簡単に技術を統一したくはないっていう思いもあります」

 “簡単に技術を統一したくない”、杉山さんの柔らかな口調のなかでくっきりと響いたこの言葉には、時間がかかっても現場に行って人に会い、自分の目で見聞きする手触りや身体性を伴った感覚を大切にしてきた杉山さんの生き方が表れているように思った。

そして、この言葉から浮かんだのは、メディアがどうあろうと、主体となるのはいつも人だということだ。

これからも、どんどん新しいメディアや技術が登場してくるだろう。私たちは、それらを時々に応じて使い分け、好むものを乗りこなしていけばいい。
そのとき大事にしたいのは、「よりよく暮らしたい」、「よりよく生きたい」という個々の思い。そして、声や情報を受け取る力を鍛え、多様さを確保し続けるために粘り強くあることだ。
小さくも力強い声が集まる場所、市民アーカイブ多摩は、そんなことを教えてくれた。

「市民アーカイブ」の後ろに広がる庭。季節とともにさまざまな表情を見せ、訪れる人を楽しませてくれる。

市民アーカイブ多摩
2002年以降の市民活動団体や個人が発行している通信や会報誌、ミニコミなど、約2000タイトル6万点が保管・管理されており、すべての資料を閲覧することができる。市民が、生活のなかで経験したこと、考えたこと、悩んだこと、活動などが詰まったこれらの表現・記録は、図書館などでも閲覧することの難しい貴重な資料となっている。また、収集・公開ともに行政ではなく市民が行っているのも特徴。

「NPO法人グリーンサンクチュアリ悠」敷地内に立地し、美しい樹木林に囲まれており、四季折々の自然を楽しむことができる。敷地内に隣接する、カフェとフォトハウス「イロノハ」(営業日要確認)とともに利用するのもおすすめ。

場所:東京都立川市幸町5-96-7
アクセス:多摩モノレール 西武線 「玉川上水駅」徒歩8分
開室日:毎週水曜日、第2、4土曜日 13:00〜16:00(事前予約推奨)
入館カンパ:100円〜
問い合わせ:042-396-2430
           info@archive-tama.sakura.ne.jp
HP:http://www.c-archive.jp/index.html

メディアの主体となるのはいつも人。多様さを確保し続けるために必要な“粘り強さ”とは?約6万点の「ミニコミ」を保管する「市民アーカイブ多摩」の現場から。
メディアの主体となるのはいつも人。多様さを確保し続けるために必要な“粘り強さ”とは?約6万点の「ミニコミ」を保管する「市民アーカイブ多摩」の現場から。
杉山 弘さん すぎやまひろし/ネットワーク・市民アーカイブ運営委員。1974年、早稲田大学に入学。成田空港開港に反対する運動が盛んだった三里塚に通い、農民の田んぼや畑の仕事を手伝う援農を行うなど、労農合宿所で生活をする。その後、印刷会社の校正部門、出版社で編集業に就いた後、「町田市立自由民権資料館」に勤務。「市民アーカイブ多摩」開館までの8年間「市民活動資料・情報センターをつくる会」メンバーとして活動。2014年「市民アーカイブ多摩」開館時より、ネットワーク・市民アーカイブ運営委員に。また、和光大学で非常勤講師を務めている。
(更新日:2022.04.07)
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