ある視点
人生の計画なんて、そう簡単に立てられるものじゃない。
予想を上回る独身生活だったり、長く住む家がどこになるか分からなかったり、パートナーと別れたり、転職したり。先の読めない人生のなかで、安くない、かさが大きいダイニングテーブルを買えない人はけっこう多いのではないか、と思う。同時に、人生の変わり目に購入した人もいるはずだ。
ダイニングテーブルは、食事をするための机でしかないが、戦後の日本では“家族の象徴”として捉えられてきた。だからこそ、ダイニングテーブルを取り巻く環境を探ることで、今日の家族のかたちや暮らしのありようが浮かび上がってくるかもしれない。
それぞれの、ばらばらのダイニングテーブル事情に、耳をすます。
イラスト:中村桃子
第4回: インタビュー「定まらないダイニングテーブル」
これまで、ライターのピストン藤井さん、映画監督の岨手由貴子さん、写真家の金川晋吾さんに、ダイニングテーブルにまつわる人間関係や心の変化をエッセイとして書き綴ってもらった。そんななかで、どんな時に必要になるのか、購入する決心がつくのか、「今ダイニングテーブルが欲しい人」の話を聞いてみたいと思っていた。
編集部で募集したところ、ひとりの男性が応募してきてくれた。なぜダイニングテーブルが必要になったのか、その周辺から見えてきた、役割の定まらないダイニングテーブルのかたち。
文:兵藤育子 写真:金川晋吾
きょうだいが入れ替わり住む一軒家
使い込んだ木の表情が印象的なダイニングテーブルは、もう何年も前からこの家にあったかのように馴染んでいた。
安部田蔵馬さんは現在26歳。アパレルブランドで、バッグや小物などのデザイナーをしている。千葉県松戸市の住宅街にあるこの一軒家は、母方の祖父が建てた家で、安部田さんいわく「ざっくり計算しても築50~60年は経っていると思う」。母の実家であるこの家には、茨城で暮らしていた安部田さんも子どもの頃から何度も訪れていて、愛着がある。
「母やほかのきょうだいが家を出てからは、祖父母と叔父たちが長く住んでいました。最後に住んでいた祖母が亡くなってからは、10年くらい放置されていたのかな。6歳離れた僕の兄が、あるときここに住み始めたんです」
それまで寮生活をしていた兄は、ものであふれた空き家をひとりで片付け、庭に生い茂っていた草や木を刈り、再び人が住める状態に整えた。
「僕はその頃、都内の飲食店で手伝いをしながら居候していたんですけど、そこを出なければいけなくなって。同じくらいのタイミングで兄が鍛冶工房に弟子入りすることになって、入れ替わりに僕が住むことになりました」
約3年後、今度は2歳下の妹が転がり込んできた。ほどなく兄も戻ってきたため、一時はきょうだい3人で住んでいたことも。現在、兄は再び出ていき、安部田さんは都内との2拠点。妹が一応住んでいることにはなっているが、出ていく可能性が大きくなっている。
きょうだいのシェルターのようになっている場所にやってきた、ダイニングテーブル。一体どのように使うつもりなのだろうか。
「ダイニングテーブル」という名の
“大きな机”の可能性
「探していたのは、ダイニングテーブルというより作業台だったんですけど、こんなにしっかりとした、いいものを自分で買おうとは思ってなかったので嬉しいです」
一家団らんの象徴ともいえるダイニングテーブルを買う選択肢が、安部田さんにまだなかったのは十分に理解できる。大きな机がひとつあれば、友人を招いて食事もできるし、パソコンを開いて仕事もできるし、絵を描いたりものをつくったり、創作活動の場にすることだってできる。ダイニングテーブルのニーズはこうやって時代とともに変化してきているのだろう。
「自分で手を動かしてものを作るのが好きで、もともとはゲームデザイナーになりたかったんです。というのも子どもの頃、周りの友だちはみんな、ゲームで遊んでいたんですけど、うちは禁止されていて。親に内緒でゲーム機を買ったら2、3日でバレたのですが、そのときやったゲームの面白さが衝撃的でした。当時は理由もわからず夢中になっていたけど、大人になって改めてやってみると、ゲームって物語性、キャラクター、サウンドデザイン、モーションデザインなどいろんな要素で構成される総合芸術だと思ったんです」
美術科のある高校に進学し、絵画、工芸、デザインなど制作に没頭する日々を送るが、志望した藝大には残念ながら受からなかった。もう一度挑戦するよりは、手に職をつけて早く自立したいと思い、カバン製作を学ぶ専門学校に進学。そして現在、デザイナーをしながら、仕事以外でもさまざまなものづくりを楽しんでいる。
「また絵を描きたいと思ったのは、坂口恭平さんの個展でドローイングを見たのがきっかけでした。かっちりした作品というよりは、日課として描いているような力の抜けた感じがいいなと思ったんです。カバン作りは、頭を使って細かく設計していくものだけど、絵はどんなふうに描いても成立する、自由なところがいい。だから僕にとって絵を描くことは、息抜きに近い感覚ですね」
そうやって描きためたドローイングで、安部田さん自身も過去に何度か個展を開催。最近はスペースがなかったこともあり、あまり描けていなかったが、ダイニングテーブルという名の大きな机が届いたことで、この家をアトリエとして整えていきたいと思っている。
暮らしや人生をかためない、
ダイニングテーブルがあってもいい
ものづくりが好きなのは、画家である父親譲りなところもあるようだ。
「僕が生まれる前の話なんですけど、両親は1年くらいバリ島に住んでいて、そのときお金を結構使っちゃって、帰国後、知り合いのつてで廃寺に住んでいたことがあって。父はその本堂で絵を描いていたんですけど、半年に1回くらいある寺の行事のときに、全部片付けなければいけないのが面倒くさくて、別にアトリエを探していたそうなんです。それでまた知り合いの紹介で貸してもらえることになったのが、広い敷地にある2階建ての一軒家。最初は父がアトリエとして使っていたんですけど、家族もこっちに住みたいと寺から引っ越してきて、今もそこが僕の実家になっています」
安部田さんに兄と妹がいることはすでに触れたが、実は4人きょうだいで、一番上に姉もいる。一家団らんはさぞかし賑やかだっただろうと聞いてみたら、想像とはちょっと違う賑やかなエピソードが。
「最近はだいぶ丸くなりましたが、父親は昔気質な人なんです。食事のときなんかはローテーブルを囲んでいたんですけど、たまに、父がちゃぶ台返しというか、ローテーブル返しをポーンとする。ダイニングテーブルにまつわる記憶は、それですね(笑)」
きょうだいの関係は「そこまで仲がいいわけではない」と本人は言うものの、3人で住んでいたときは、みんなでご飯を作って食卓を囲むこともよくあったそう。安部田さんは飲食店でバイトをしていたため、料理の腕も本格的。個人的にケータリングをしたり、自身が主催した音楽イベントではDJをしつつ、料理も振る舞った。そんな安部田さんが最近興味を持っているものづくりは、洋服。
「カバンを作るのと服を作るのって近いところがあると思っていて、去年から見様見真似で少しずつ作っているんです。だから洋服を作るアトリエとしても、ここを少しずつ充実させていきたいですね。自分で手を動かすことは全般的に楽しいけれど、何が一番好きなのか、この先、何をして暮らしていきたいのか、正直まだふわふわして定まっていないんです。だから今はいろんなことをやりながら、探していけたらいいなと思っています」
この家も数カ月、あるいは数年先に、誰が、誰と住んでいるのかは、おそらく誰もわからない。パートナーと別れたとか、仕事を辞めたとか、経済的にきつくなったとか、ままならない出来事は、いつだって人生に降りかかってくる。そんなときに駆け込めて、多少の不平不満を言われたとしても受け入れてくれると知っている場所が実家以外にもあることは、ほんの少し気持ちを楽にしてくれるはずだ。このダイニングテーブルも当面は、安部田さんのものづくりの場であり、思索の場になっていくのだろうが、それだって自由に変わっていくのだろう。定まらないダイニングテーブル。何が起こるかわからない人生と同様、そのくらいのほうがきっと、心も軽い。
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安部田蔵馬さん
abetakurama /1995年生まれ。アパレルブランドでデザイナーをする傍ら、ふと思い立ち、一年で1000枚ほどドローイングを描きためる。主な展示に、個展「Surface of thought(2018)」、「Awakening(2019)」などがある。その他、PELICAN Catering Service名義にてケータリングや、DJ、野外イベントのオーガナイズなど、分野をまたいで活動中。
Instagram:https://www.instagram.com/abetakurama_drawings/
「瀬戸内造船家具」のヴィンテージ・ロングテーブル
今回、「雛形」編集部からプレゼントしたダイニングテーブルは、「瀬戸内造船家具」のヴィンテージ・ロングテーブル。「瀬戸内造船家具」は、世界を往来する船を造る、愛媛県今治市で、これまで廃棄、焼却処分されてきた造船古材を家具にしたアップサイクル・ブランド。再利用しているのは、船を建造する過程で職人たちの命を守る足場として活用され、その役目を終えた木材。造船所の足場板は国産の杉板で、50mmと重厚感があるのが特徴。天板面と脚はそれぞれ分解できる、折りたたみ式。
ヴィンテージ・ロングテーブル(折りたたみ式)
価格:83,000円(税込)
サイズ:横150〜190cm(オーダー可能)、縦78cm、高さ72cm
*安部田さんのオーダーサイズは、160cm
HP:瀬戸内造船家具 https://setouchi-upcycle.jp/
バックナンバー
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第1回:
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第2回:
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第3回:
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第4回: