ある視点

人生の計画なんて、そう簡単に立てられるものじゃない。

予想を上回る独身生活だったり、長く住む家がどこになるか分からなかったり、パートナーと別れたり、転職したり。先の読めない人生のなかで、安くない、かさが大きいダイニングテーブルを買えない人はけっこう多いのではないか、と思う。同時に、人生の変わり目に購入した人もいるはずだ。

ダイニングテーブルは、食事をするための机でしかないが、戦後の日本では“家族の象徴”として捉えられてきた。だからこそ、ダイニングテーブルを取り巻く環境を探ることで、今日の家族のかたちや暮らしのありようが浮かび上がってくるかもしれない。

それぞれの、ばらばらのダイニングテーブル事情に、耳をすます。

イラスト:中村桃子

第2回: エッセイ「自分のための自分でいる時間」

岨手由貴子(映画監督)

1年ほど前に新しいダイニングテーブルを買った。180㎝×80cmの天板は家族4人で使うには十分だし、友人が子供連れで遊びに来ても対応できる大きさだ。天板の表面にはライトグレーのメラミンが施されているので、写真映えもするし、子供が汚してもつるりと拭き取れる。少し値は張ったが、使い勝手やデザインを含めて、とても満足している。

こう書くと、「さぞかし素敵な生活を送っているのだろう」と家族がぴかぴかのテーブルを囲む姿を想像されるかもしれない。だが、わが家のダイニングテーブルは、広いのをいいことに私のPCや仕事の資料が置かれ、その上に確認しきれていない学校のお便りや保育園の献立表が積まれている。程度の差はあれど、子育てをする共働きの家庭にはよくある光景だと思う。

うちは私、夫、子供2人という家族構成で、言ってみれば伝統的な家族の形態だ。家具や自動車を買うときに該当するのは、“ニューファミリー層”“ヤングファミリー層”といったところだろう。
しかし、この“ファミリー層”という言葉。あてがわれる度に、何とも言えない据わりの悪さを感じる。だって、人間を4、5人まとめて“ファミリー”と一括りにするのだ。当然個々のパーソナリティは省略され、のっぺらぼうの家族として、頭数に合った商品をオススメされることになる。それぞれが個人としての側面を持っているはずなのに、“父” “母” “子”としての役割に比重が置かれすぎている気がするのだ。

数年前に家を建てたとき、たくさんの“ファミリー層”向けのモデルハウスを見学した。そのほとんどが家事をする母親目線で設計されており、確かによく考えられていて感心はしたものの、セールスマンが当たり前のように提案してくる母親の役割にモヤモヤしっぱなしだった。

さらに、「家族の顔を見ながら料理ができる」「リビング内に階段があると、帰宅してきた子供と顔を合わせる機会が増える」など、ひとりになれる空間よりも、家族としての空間が推奨されていることにも驚いた。(個人的にはひとりでラジオでも聞きながら料理をしたいし、思春期の頃は誰とも顔を合わせなくない日もあった。)もちろん、それぞれが好みの家を建てればいいのだが、家の中で常に“家族の一員”でありつづけなければならないプレッシャーにめまいを覚えた。

古くから映画やドラマで家族が食卓を囲む姿が描かれてきたし、そんな様子を想起させるダイニングテーブルは、長らく家族というものを象徴する家具だったように思う。けれど、現代の“ファミリー層”が日々テーブルに集うのは、意外と難しいのではないだろうか。

わが家の話をすると、夫は帰りが遅いので、平日は家族全員がテーブルにつくことはない。まずは娘に完了期の離乳食を与えながら、週4回ある息子の習い事(バレーボールなど)が終わるのを待つ。時間になったら娘を連れて迎えに行き、次は息子の夕飯だ。食事の最中も「お茶おかわり」「これにソースをかけたい」などと言うたびに私が席を立つことになり、食べ終わるまでテーブルとキッチンの間を20往復ぐらいしなければならない。夫はというと、子供たちが寝た後にやっと帰ってきて、晩酌をしながらひとりの時間を楽しみ、全員分の食器を洗い、洗濯物を乾燥機にかけて寝るのだ。平日はそんな調子で過ぎていき、休日は休日で私の仕事の打ち合わせや受講しているオンライン講座がある。気づけばここ1年、家族団欒どころか、落ち着いて食事をとることすらできていない。

現代の“ファミリー層”は、大人も子供も忙しい。それぞれが“家族の一員”ではない時間を持っているので、なかなか全員がテーブルに揃わないのだ。

そんなこんなで新調したダイニングテーブルを使いこなせていないわけだが、私はそれでもいいと思っている。家族が集うことよりも、それぞれが充実した毎日をおくる方を優先させたい。私も夫も子育てをしながら、好きな仕事をしている。息子だって好きで始めた習い事で忙しい。歩けるようになったばかりの娘もやりたい放題だ。みんなで食べるごはんは美味しいが、ひとりで食べるごはんもまた美味しい。それでいいのではないかと思う。

私は毎朝5時に起きてきて、まだ家族が寝ている間にひとりでコーヒーを淹れる。しんと静かなリビングで、誰もいないテーブルにつくのだ。みんなが起きてきてバタバタと1日が始まる前の、ほんの少し時間。コーヒーを飲みながら読書をしたり、こっそり高価なチョコレートを食べたり。私はそんな時間が好きだ。それは母親としての自分、パートナーとしての自分ではない、自分のための自分でいられる時間なのだ。夫や子供たちにも、そんな時間を持ってほしいと思う。一言では括れない自分を、大切にしてほしい。

岨手由貴子
1983年、長野県生まれ。
大学在学中に自主制作映画を始め、09年、文化庁委託事業若手映画作家育成プロジェクトndjcで『アンダーウェア・アフェア』を製作。15年、長編商業デビュー作『グッド・ストライプス』が公開。本作で第7TAMA映画賞 最優秀新進監督賞、2015年新藤兼人賞 金賞を受賞。21年、山内マリコの同名小説を映画化した『あのこは貴族』が公開。本作で第13TAMA映画賞 最優秀作品賞を受賞。
INFORMATION

【「雛形」編集部より】
「ダイニングテーブル」にまつわるエピソードを、twitterInstagramで募集しています!(プレゼントあり)

ダイニングテーブルを取り巻く事情から、今の日本の家族のかたちや暮らしのありようを探っていくために、みなさまのダイニングテーブルにまつわるエピソードをtwitterInstagramで募集しています。(もちろん既にダイニングテーブルを持っている方もOK、「ダイニングテーブル」の定義も自由です)ぜひ、ハッシュタグ「#ダイニングテーブルが買えない」をつけて、その理由を教えてください。

また、今まさにダイニングテーブルが欲しいという方は、「#ダイニングテーブルが欲しい」理由をつけて、投稿してください。その中から1名様に、「瀬戸内造船家具」のサイズをオーダーできるダイニングテーブル(下の写真)を進呈させていただきます(2月上旬発送予定)。そして、当選者の方の家に、「雛形」編集部が取材にお邪魔し、記事にさせていただきます。ダイニングテーブルが必要になった理由をぜひインタビューさせてください。

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詳細は、こちらから。

(更新日:2021.12.27)

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