特集 “都市のたたみ方”を考える

10年以上続けてきたから今がある。「古民家カフェこぐま」山中明子さん【インタビュー:東京R不動産】

衣食住の中で、着るものや食べる物に比べて自由度が少なかった“住まい”に、新しい発想で選択肢の幅を広げてきた「東京R不動産」。単体の物件に価値を加えるだけでなく、街そのものもつくる新プロジェクト「ニューニュータウン」を進めるにあたって、さまざまなエリアをリサーチしていた彼らが気になったのが、墨田区向島の「鳩の街通り商店街」にある「古民家カフェ こぐま」だ。さびれつつあった商店街に魅力的なスポットがひとつできることで、街はどう変わっていくのか。カフェを営むという内側の視点と、商店街を盛り上げるという外側の視点の両方から、東京R不動産の千葉敬介さんと澤口亜美さんが、オーナーの山中明子さんにお話をうかがった。

写真:齊藤優子 文:兵藤育子

さびれてしまった商店街に
飛び込んだ理由

ーー墨田区向島にある「鳩の街通り商店街」は、90年もの歴史を持つ古い商店街。東京大空襲をまぬがれたため道幅は戦前の狭いまま残され  、下町の商店街らしいアットホームな雰囲気が漂っている。しかしながら駅から決して近くはなく、シャッターを下ろしたままの店舗もちらほらとあり、かつてのにぎわいが消えてしまった場所特有の寂しさも。

この商店街のなかほどに山中明子さんが夫の正哉さんとともに「古民家カフェ こぐま」をオープンしたのは、2006年11月のこと。今では地元の人はもちろん、東京スカイツリー観光や向島散策に訪れた人が利用する人気のカフェなのだが、山中さんいわく、オープン当初は今よりも寂しい感じの商店街だったそう。

東京スカイツリーから約1キロほどのところにあり、昔ながらの下町の雰囲気を残す、鳩の街通り商店街。

千葉さん:「ニューニュータウン」では、一度さびれてしまった商店街で、空き物件などをうまく活用していきたいと思っているので、今日は先輩としていろいろお話をお聞きしたいと思っています。そもそもこの場所でカフェをやろうと思ったきっかけってなんだったんですか?

山中さん:以前は三鷹周辺に住んでいたのですが、アート関連のプロジェクトで向島に通っていた時期があったんです。というのも、もともとは夫とふたりで劇団をやっていまして、実際に街歩きをしながらリサーチして、その街や場所からイメージしたお芝居をつくり、リノベされた物件やオルタナティブなスペースで上演するようなことをやっていたんです。そんななかで向島が面白いと聞いて、3年くらいそういった活動をしていたのですが、ここに住んで何かしらやってみたいという思いが強くなって。なんとなく物件を探していたら、ここを見つけて引っ越してきたという感じです。

澤口さん:演劇を通していろんな街を見てきたなかでも、ここでカフェをやろうと思った決め手はなんだったのでしょう?

山中さん:カフェのような拠点を持ちつつ、演劇の活動もしたい と考えていたのですが、もし出会った物件がまったく違えば、まったく違うカフェになっていたと思うので、こればかりは物件との出会いなのでしょうね。たまたまここが空くタイミングだったので、何かしら引き寄せられた気がしないでもなかったです。

ーー「こぐま」を営むのは、昭和2年に建てられ、もともとは五軒長屋のひとつだったという古民家。昭和50年代までは薬局として使われていて、その後30年くらい空き家の時期があり、山中さんたちが入る前は2年ほど古道具屋だった。入り口上部のガラス窓には「化粧品 クスリ」の文字が今も残り、壁の薬棚もそのまま利用するかたちで、現在は陶芸作品を展示している。

千葉さん:この商店街ではもともと商売をされていた方がお店を辞めて、店舗として貸し出すようなことは一般的なのでしょうか?

山中さん:商売を辞めると大抵は住宅に建て替えるので、1階部分だけを店舗として貸し出す例はかなり少ないと思います。ここはたまたま大家さんが別のところに住んでいたので、1階を店舗、2階を住居として借りることができたんです。

商売でいいとこ取りはできない

ーー地縁がほとんどないところに飛び込んで、カフェをオープンした山中さん。商店街や地元の人たちの当初の反応は意外と“冷静”だったようだ。

山中さん:古い物件をリノベーションしたカフェやバーなどは過去にもあったらしいのですが、私たちが来たときにはすでに辞めていたこともあって、この店もたぶん続かないだろうというのが、大方の予想だったようです。だけど思いのほか続いていたので(笑)、1年くらい経ったある日、当時、鳩の街通り商店街振興組合の理事長をされていた松橋一暁さんが、私たちのところにやってきたんです。松橋さんは、私たちが来る前から空き店舗の活性化事業をしたいとずっと思っていたそうなのですが、その頃の理事さんにはなかなかその思いが伝わりにくかったみたいで。

そんななか、ぽんとこの商店街に入ってきた私たちに、相談に乗ってくれないかと。今の状況をご覧になった方からは、はじめから商店街活性化を目的に私たちが入ってきたのだと誤解されがちなのですが、実際はまったく逆で、自分たちの都合で勝手にここにやってきてカフェを開き、商店街とのつながりが生まれて活性化事業が始まったという経緯なんです。

一緒にカフェを切り盛りする夫の正哉さん。手前の趣のある時計も、この物件を借りたときにそのまま残っていたもの。

千葉さん:その辺りが、まさにお聞きしたいと思っていた部分なんです。というのも、今おっしゃっていた松橋さんの思っている商店街の活性化と、僕らが商店街で面白いことをやりたいという思いは、また違っているような気がして。厳しい言い方かもしれませんが、すでにさびれてしまった商店街が最盛期のような状態に戻るのは難しい と思っているんですね。だからこそ、活性化を狙わずに商店街に入ってきた山中さんが、地域の人と築いてきた関係性にヒントがあるような気がするんです。

東京R不動産の千葉さん(右)と澤口さん(左)

山中さん:松橋さんと出会って、最初のプロジェクトになったのが、うちから徒歩2分くらいのところにある鈴木荘という空きアパートなんです。かつては1階部分に焼肉屋さんやスナックなどが入っていたのですが、商店街で全7室丸ごと借りて、商売をしたい若手オーナーに個々の部屋を貸すことはできないかと、まず相談されたんですね。

ただ、イメージはあっても具体的な取っ掛かりはまるでなかったようで、ご自分の商売一筋でこられたような方にとって、空き家物件をリノベして人を呼ぶようなことは、遠い世界で行われていることなのだとそのとき感じました。だけど私としてはわりとイメージしやすく、何かお手伝いできるのではないかと思えたので、街の人や近隣の有志の方とミーティングをして、鈴木荘をどうしたらいいか具体的に考える期間を3カ月くらい設けたんです。

ーー話し合いの結果、各部屋をチャレンジショップにして、オーナーを公募することに。告知が新聞に取り上げられたこともあって、100人以上が内覧会に訪れ、商店街には久々に賑わいが戻ってきた。しかしながら複数の店舗が入居して、いざスタートしてみると、入居者側と、商店街や地元の人たちとの間の意識の違いが浮き彫りになってしまう。

山中さん:街が募集したのだから、商売どうこうよりも、街を賑やかにする手伝いをしたいという思いで入居された方もなかには当然いたわけです。その方たちは、なんとなくその場にいて、いろんな人と会話をしているうちにプロジェクトが生まれて、商店街が賑わえばいいというイメージだったようで……。

澤口さん:自分の商売を頑張りたいというより、ゆるい感じでつながっていけばいいと。

山中さん:でも地元の人としては、何をしている場所なのかよくわからないから行きづらいというのが正直な反応だったようで、結果的にその方たちと齟齬が生まれて、商店街を去ってしまうことが何件かあったんです。私としても一連のその出来事は、大きな教訓になりました。

というのも、そのときは私もまだ演劇に半分くらい足を突っ込んでいて、両方の気持ちがわかると思っていたからです。だけど自分たちのカフェに1カ月、2カ月もお客さんが来なかったら、家賃も払えないし、仕入れもできないから、単純にここにいられなくなるわけです。演劇の活動も、カフェの経営も、さらにはここに住むことさえできなくなるかもしれない状況で何を思ったかというと、経済的な拠点をここにしようと決めた以上は、まずは商売をきちんとやらなければいけないということでした。

澤口さん:生業として成立させないとここにはいられない、ということですね。

山中さん:カフェが成功せず、ここを去ることになってしまったら、カフェをやりながら、演劇の活動をしたいという気持ちが嘘になってしまうと思いました私たちも公募で来てうまくいかなかった方たちと同じで、どこかしらふわふわとして、社会をわかっていないところがあったんですよね。

千葉さん:そのことがわかって、お店としても何かが変わったから、今があるということなのでしょうか?

山中さん:そうですね。その後、アート的な拠点であろうという思いから抜け出して、カフェとしてみなさんがくつろげる場にしようという努力を10年以上やり続けて、今があるのだと思います。

地元の人が望むことと
自分たちができることのマッチング

ーーオープン当初はギャラリーカフェ的なイメージもあったため、壁面スペースを貸し出して、2週間ごとに展示物を入れ替えていた。しかしながら週末などは特に展示目的に来た人で混み合い、カフェ利用をしたい人が入れなくなる状況に陥ってしまったそう。いいとこ取りはできないことがわかり、カフェとしての機能を充実させようと決めてからは、メニュー自体も変えていった。

山中さん:最初の頃は中国茶を出して、お茶請けをちょこっと出すようなお店だったんです。ケーキも焼けないし、何もつくれなかったのも大きいのですが(笑)。だけど今考えると、オープンのお祝いに来てくださった商店街の方々は、明らかに失望されていましたね。そのうちランチできる場所があったらいいよねとか、コーヒーだけじゃなく手作りの甘いものを食べられたらいいよねという声が聞こえてくるようになり、フードの勉強をしながらメニューを充実させていきました。

「焼きオムライス」と「あんみつ玉」は、墨田区が始めた「すみだモダン ブランド認証」という事業の飲食店メニュー部門で認証をいただいた人気のメニューです。メニューだけでなく、お店のあり方に関しても、ひとつひとつ試してはお客様の反応を見て、修正して……ということの繰り返しですね。

写真上:正哉さんは昨年から、商店街振興組合の副理事長に。イラストやデザインなどの特技を生かして、お店のロゴマークやショップカードをつくっていたが、最近は商店街のグッズ制作も担当している。写真下:「焼きオムライス」は、ケチャップライスの懐かしい味わいと、オーブンでオムライスを焼く斬新さが人気。

千葉さん:本当に少しずつ変えていった感じなんですね。「ニューニュータウン」プロジェクトでは、住んでいる人が日々使えるようなお店をやりたい人に参加してほしいと思っているので、「こぐま」さんの店づくりのアプローチは、すごく共感できます。僕らは不動産屋なので、ステキなお店をつくることによって、その街に住みたい人を増やすことも狙ってもいるのですが、住んでいる人がお店に来るようになるまでには、それなりに時間がかかったのでしょうか?

山中さん:とてもかかりました。こういった古民家をカフェにすること自体、当時の墨田区ではまだ少なかったので、近隣の方も珍しがってくれるんですけど、普段づかいしてくださるかというと、それはまた別の問題で、若干距離があったと思うんです。

オープン当時はカフェブームだったので、まずカフェファンのお客様がいらっしゃって、2012年に東京スカイツリーができてからは全国から観光でいらっしゃった方も来るようになりました。その頃はテレビの取材も多かったので、番組を見て地元の方がようやく来てくださるようになり、だんだん常連さんが増えてきたのですが、そうなるまでには10年以上かかったと思います。

澤口さん:つい最近なんですね。たとえば地元の人にもっと使ってほしいのに、外からの人が席を専有していたりして、理想とする客層と違うジレンマはなかったのでしょうか?

山中さん:東日本大震災が起きたとき、観光客が一斉にいなくなってなかなか戻ってこなかったのですが、そのとき地元のお客様の大切さをしみじみ感じました。もちろん以前から地元の方にもっと活用していただきたいと思っていたのですが、やはりこの層があってこその、観光の方なのだとそのとき実感しました。今はスカイツリーができたばかりの頃に比べると観光の方が減ったので、自然と理想的なバランスになってきたところはあります。

千葉さん:新しい土地でこれからお店を始める人に、アドバイスをするならどんなことですか?

山中さん:小さいお店をやりたい方は、たぶんそれぞれに思いがあるので、一概にこうしたらいいというのは言えないのですが……。お店を始めた当初はまだ演劇の活動も並行していたので、自分たちの得意な分野のつてを頼ってお客さんを呼べば、なんとかなると思っていました。だけど実際にやってみたらそれは本当に狭い考え方で、お店が成り立つかどうかは別問題であることを痛感しました。やっぱり地元の方が望むかたちと、自分たちができることをマッチングさせることが、生き延びるコツなのかなと経験から感じています。

千葉さん:住む場所も仕事場も同じ場所だと、周りの人との関係がとても大事になってくると思うのですが、山中さんたちがこの街に住み始めて大きく変わったと感じることはありますか?

山中さん:先ほどお話した鈴木荘は、その後いろんな課題をクリアして、成功事例になっていると思います。その後、鈴木荘以外でも空き店舗の活性化を行いましたし、今はイベントなどで商店街を盛り上げようと、鈴木荘を中心に若手オーナーの会合を月1で設けています。松橋さんのご尽力のおかげで、ここ数年で理事会が一気に若返ったんです。

旧来のお店さんたちとの関係も大事にしつつ、今後もいろんなことを企画していきたいと思っています。たとえばハロウィンをもじった「ハトウィン」というイベントを、ここ5年ほどやっているのですが、続けているとじわじわと周知されて、近隣のマンションの方などが家族連れで来てくださったりするんです。イベントがきっかけで「鳩の街通り商店街」を初めて知る方もいるので、お金をかけて大々的にやるよりは、みんなの気持ちを汲み取りながら、細く長く続けられることのほうが、この商店街には似合っているのかなと思ったりもします。

澤口さん:ありがとうございました。

「ニューニュータウン」とは?

「不動産も街も、もっと面白く」を合言葉に活動してきた東京R不動産が、さびれた街に飛び込んで居心地のよい場所をつくったり、使われなくなった建物のなかに街のような賑わいをつくりだしたりする、街をテーマにした新しいプロジェクト。今までにない新しい方法でまちづくりを展開する予定で、これまで合理的・経済的な観点でつくられてきた街や建物を、人と人、人と店、人と街が、愛着でつながるような場に変えることを目指している。2018年12月には、プロジェクト参加を検討している人たちと一緒に、東京の小さな街が持つ可能性を考える、まち歩きイベントを開催。このイベントは今後も引き続き行いつつ、2019年1月下旬〜2月初旬にはテナントの募集を開始する予定。
https://www.realtokyoestate.co.jp/column.php?n=1131

10年以上続けてきたから今がある。「古民家カフェこぐま」山中明子さん【インタビュー:東京R不動産】
10年以上続けてきたから今がある。「古民家カフェこぐま」山中明子さん【インタビュー:東京R不動産】
山中明子さん

やまなか・あきこ/「古民家カフェ こぐま」店主。夫の正哉さんとの小劇団での演劇活動を経て、2006年11月に墨田区向島の鳩の街通り商店街に、「古民家カフェ こぐま」をオープン。



古民家カフェ こぐま

東京都墨田区東向島1-23-14
tel 03-3610-0675
営業時間:10:30~18:30(L.O18:00)
定休日:火・水(全席禁煙)
最寄り駅:東武スカイツリーライン「曳舟」駅下車徒歩8分
URL:www.ko-gu-ma.com
(更新日:2019.02.04)
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