特集 “都市のたたみ方”を考える

“都市をたたむ”って、なんだろう? 都市計画家・饗庭伸さん【インタビュー:東京R不動産】

不動産を新たな視点で紹介し、住まいの選択肢を広げてきた「東京R不動産」。この春に向けて、ひとつの物件に価値を加えるだけでなく、街そのものもつくる新プロジェクト「ニューニュータウン」をスタートさせる。

着想するうえで、メンバーが影響を受けた一冊の本があるという。それは、人口が減っていく時代の新しいまちづくりのあり方を解説した、都市計画家・饗庭伸(あいば・しん)さんの書籍『都市をたたむ』だ。
都市というのは、人口減少に沿って段階的に小さくなるのではなく、大きさはほぼ変化せず、内部の小さな敷地単位で密度が上がったり下がったりする「スポンジ化」が起こるのではないか、と饗庭さんは書いている。

スポンジ化によって、穴があいた土地をどのように使っていくのか。東京R不動産の千葉敬介さんと澤口亜美さんは、プロジェクトを具体的に進めていくにあたって、そのような土地で空き家再生の実績もある饗庭さんに話を聞くことになった。

そもそも「ニューニュータウン」が目指すこととは。そしてそのために必要なこととは。大都市・東京を舞台にした、これからのまちづくりについて。

写真:齊藤優子 文:兵藤育子

都市に生まれた隙間で始まる、
新たなまちづくり

人口減少や過疎といった問題は、地方だけで起こっていることではない。総務省の人口動態調査によると、2018年1月1日時点で日本の総人口は9年連続で減少している。東京一極集中が加速してはいるものの、いまや東京圏でさえも「さびれた街」が生まれつつあるのだ。
首都大学東京の都市環境科学研究科 都市政策科学域で都市計画・まちづくりを専門とする饗庭伸(あいば・しん)教授は、『都市をたたむ』という著書で、人口減少社会における新しい観点でのまちづくりを提案している。


都市をたたむ』とは?

世界的に見ても都市への人口集中が進んでいる日本は、総人口の実に9割以上が都市に住んでいる。一方で、世界に類を見ない人口減少時代に突入している日本の都市空間は、どのように変化していくのか。饗庭さんがここで使っている「都市をたたむ」という言葉は、「shut down=店をたたむ」ではなく「fold up=紙をたたむ、風呂敷をたたむ」を意味するそう。つまり一度規模を小さくしたとしても、状況によってまた「開く」こともできるというニュアンスが込められている。

同じ都市内でも、住み心地のいい空間には必然的に人口が集中するし、反対に不便なエリアでは過疎が発生する。そんな現象がすでに起き始めているなか、これからの都市計画はどうあるべきなのか。都市が本来持っている役割や機能を改めて捉え直しながら、人口減少に伴う都市空間の変化のしかた、時代に沿った都市計画のあり方、また饗庭さんが実際に関わった都市計画やまちづくりの事例などを紹介している。

使われなくなった建物がある街に賑わいをつくろうという、東京R不動産の新プロジェクト「ニューニュータウン」は、この本が大きなヒントになっているそうで、千葉敬介さんは本書を読んで感じたことをこう説明する。

千葉さん:都市の衰退や縮退というテーマは、わりと暗いムードで語られることが多いのですが、この本にはポジティブな印象を受けました。でも何度か読み返してみると、そこまでポジティブに書いているわけではない。それなのにポジティブな印象を受けるのは、漠然とした不安の理由をクリアにして、どう対処すればいいのかが的確に語られているからなんですよね。饗庭さんは主に地方都市を想定して書かれたのかもしれませんが、東京にも当てはまることがたくさんあると感じました。

右から、書籍『都市をたたむ』の著者・饗庭伸さん、東京R不動産の千葉敬介さん、澤口亜美さん。

――東京でもこれから起こりうる現象として、千葉さんたちが本書のなかで注目したのが、都市の「スポンジ化」。人口減少によって都市が縮小する、というと、都市のサイズが単純に小さくなることをイメージしがちだが、実際のところ、大きさ自体はほとんど変化しない。その代わり、商店街や住宅地などに空き家がランダムに増えていくことをスポンジ化と呼んでいるのだが、その部分にこそまちづくりの新たな可能性を見出したようだ。

千葉さん:今の東京で住むところを選ぶときは、愛着を持てるかどうかより、自分の収入や都心からの距離、家賃に対する広さなどが優先されがちですが、スポンジ化が起こったら必ずしもそうではなくなる気がするんです。

今まではスポンジの穴がないか、空いてもすぐ埋まる状態でしたが、ある程度の空きが出てくると、自由度が生まれて、イレギュラーな価値が生まれる余地が発生しやすくなると思っています。例えば、場所はイマイチだけど仲間どうしで近くに住んだら楽しそうだとか、好きなお店の周りに、その店のファンの人たちが住み始めるとか。他にも海外の事例だと、空き地が公園や畑になったり、空き家が観光の核になったりしています。(参考記事:「エリアイノベーション海外編」

東京R不動産は単体の物件を扱うときも、スペックではなく、居心地や愛着に価値を転換するようなことをやってきていますが、都市に隙間が生まれることによって、それと同じことが街に対してできるんじゃないかなと思ったんです。

――「ニューニュータウン」は、これまで不動産の仲介をベースにしてきた東京R不動産が、街そのものをつくってしまおうというプロジェクト。といってもゼロからつくるのではなく、すでにある街に飛び込んで、新しく住む人も、すでに住んでいる人も愛着が持てるような場所にしていくことを目指している。

実施場所として、スポンジ化が起きつつあるエリアを想定しているわけだが、より具体的にいうと駅からやや離れていて、シャッターが目立つようになった商店街を探しているそう。その一角を東京R不動産が丸ごと借り上げ、お店などをやってみたいという人に貸して、同時発生的に複数のお店をオープンさせることで、商店街を再びにぎやかにするだけでなく、街に新たな価値を付加したいと考えている。プロジェクトの概要を聞いた饗庭さんは、自身の経験と照らし合わせてこんなふうにコメントした。

饗庭さん:人口が減少し始め、ダイナミックに都市を変える必要がなくなった今の時代 、都市計画はそれぞれ違う方向を向いている100人を説得するのではなく、一人ひとりを相手に進めていくのが最短といえるかもしれません。私自身も学生の頃はそれこそ、ニューがひとつの“ニュータウン”をつくってみたいと思っていましたが、そういう時代はすでに終わっていたので、ひとつの空き家を使ってどういう都市をつくっていけるかを考えるところからのスタートでした。

空き家を再生して、地域の拠点をつくる

スポンジ化によってあいた穴、つまり空き家を再生することで、周辺はどんなふうに変わっていくのか。ニューニュータウンの参考になるのが、2010年に饗庭さんが国立市谷保で実施した空き家活用プロジェクト「やぼろじ」だ。

都市をたたむ方法のひとつとして、空き家を再生して地域の拠点を形成することを目指した「やぼろじ」プロジェクト。【写真提供:饗庭さん】

饗庭さん:都心から30分ほどの住宅地にある、昭和30年頃に建てられた300坪程度の大きな空き家でした。それこそ立派なマンションを建てられるくらいの土地なのですが、江戸時代から続く名家ということもあり、売却などは考えていないようでした。またオーナーさんはそこから2時間ほど離れたところに住んでいて、5年後に定年退職を控えていたので、いずれ戻ってくることも選択肢にあったようです。最初にオーナーさんに連絡をしてみたときは、当然といえば当然ですが、すごく怪しまれました(笑)。

空き家再生の計画を考えるワークショップの様子。【写真提供:饗庭さん】

地元の人を招いて、ガーデンパーティを開催した。【写真提供:饗庭さん】

澤口さん:私たちも今、街を歩いてよさそうな空き家を見つけたら、持ち主を探して、直接コンタクトを取ったりしているので、怪しまれる感じは想像がつきます(笑)。その際、こちらがやろうとしていることや目的などを説明して、理解してもらうのが意外と難しくて、いつも苦戦しているのですが、饗庭さんはどんなふうに自分たちの思いを伝えたのですか?

饗庭さん:知り合いづてだったこともあり、ファーストコンタクトでとりあえず会ってもらえることにはなったのですが、空き家を貸してほしいと切り出すまでは、それこそ異性に告白するみたいにタイミングを計りかねて(笑)。
下手な言い方をしたら二度とチャンスはないと思ったので、最後の最後に「この家の再生についてご提案したいので、半年くらい時間をください」とお願いしました。要するに「お友だちから始めましょう」みたいに、断られない方向に持っていった感じですね。

それから必要なときに鍵を開けてもらえるようになったのは、大きかったです。空き家はやっぱり中を見ないとわからないですし、漠然とカフェをやりたいとか、独立したいと思っている人も、中を見ると具体的にイメージが湧くので、いろんな人を巻き込みやすくなるんですよね。地域の拠点として空き家をどんなふうに使えるかを考えるワークショップを数回開催して、3、4カ月で構想が見えてきました。契約期間を5年にしたのも、うまくいったポイントだと思います。オーナーさんが5年後に戻ってくるかもしれないという理由もありましたが、期間をある程度区切って提案すると、先方も判断しやすくなると思います。

結果的にこの空き家は、シェアオフィス、コミュニティレストラン、工房等、複数の用途が混在する空間となり、当初目指していた地域の拠点として、地元の人だけでなく、遠方から訪れる人でもにぎわう場所となった。

“ステキなお店”が地元の人に受け入れられるために

これまでやってきたように商店街の物件を単体で仲介するのではなく、一角をプロデュースするニューニュータウンは、「お店の生存率を上げる」ことも狙いとしている。

千葉さん:ある街にすてきなパン屋ができたとします。5年頑張って認知されて、街にもにぎわいが生まれて隣にカフェができたりすると、そのパン屋の生存率はおそらく上がりますよね。だけどパン屋の隣にカフェができるかどうかは、言ってみれば運次第。カフェができなかったら、10年後にパン屋がなくなっている可能性も十分にあると思うんです。ニューニュータウンは、僕らが大家としてテナントを選べる立場になることで、たとえば通りに向かい合わせで5軒のお店を一気にオープンさせるようなこともできるわけです。それによって、街の顔と呼べるような空間をつくることができるし、お店を開く人にとってもギャンブル性が多少薄まりますよね。

饗庭さん:商店街の場合はアーケードがあったりすると、フリーダムな雰囲気が生まれやすくなりますよね。真ん中が車道になっている商店街だと、道路にイスがはみ出ているだけで怒られたりしますけど、アーケードがあるようなところは、向かい合わせの店舗が了解のうえで、真ん中の空間もうまく使えそうな気がします。

千葉さん:たしかにそうですね。似たような考えで、たとえばみんなのリビングとか、みんなのキッチンみたいな、通常であれば家の中にある機能を街に持ち出して、住んでいる人の拠点になるような空間をつくれたらいいなとは思っています。

澤口さん:長年同じ場所でお店をやってきた商店街の人たちも、高齢や跡継ぎ不在、売上不振などで店をたたむことになっても、そこを建売の住宅にするのはできれば避けたいし、周りでまだ頑張っているお店に対して申し訳ない気持ちもあったりするみたいなんです。なので、しかたなく閉じてしまったような場所を、私たちが別のかたちでまた開くことが、今住んでいる人たちにとっても喜ばしいことになればいいなとは思います。

千葉さん:街に対する帰属意識じゃないですけど、自分で選んでこの街に住んでいると思ってほしいし、すでに住んでいる人ともきちんと関係を築くことが大事だと思っていて、そのための仕組みについても議論しているところです。たとえば、僕らと一緒に街を盛り上げる活動をしてくれたら、家賃が安くなるようなシステムがあってもいいのかなとか。それも僕らが大家になるからできることだったりするので、新しく住む人とすでに住んでいる人が交われるような環境を作っていきたいですね。

饗庭さん:センスのいいお店を作って街の価値を上げるのはいいことだと思いますが、地域の人との接触面を作ることが結局大事になってきますよね。

澤口さん:空き家再生をやられたとき、その辺りの難しさは感じましたか?

饗庭さん:先ほど話した谷保のときは、オーナーさんが地元の村長一族だったので、その歴史をお話ししてもらうようなワークショップを開催しました。相手のことや土地の歴史を聞く姿勢は大事ですし、そういう場を設けると意外と盛り上がると思いますよ。

あと私の知り合いで、社会学の先生の話なのですが、東日本大震災後、学生を連れて仮設住宅でボランティアをしたそうなんです。最初のうちは「何かお手伝いできることはないですか?」などと尋ねて、お願いされたことをやっていたのですが、だんだん相手が恐縮し始めて「もう大丈夫だから」とやんわり断られるようになったらしくて。それで途中から「おばあさんの得意な料理を教えてください」などと反対にお願いするような言い方に変えてみたら、喜んで教えてくれるようになったそうです。

澤口さん:双方向な関係になったんですね。相手にあえてお願いをしてみるっていうのは、いいかもしれないですね。

饗庭さん:もちろん、無理のないお願いというのが前提ですが。オーナーさんの年齢層は70代、80代くらいがやはり多いと思うのですが、私たちからするとその世代の方々の人生は、たとえ場所を移動していなくても冒険の連続なんですよね。そういった方々のお話を聞くのはとても興味深い経験だと思いますし、聞いていくうちにその方の得意なこともわかってきますからね。話のなかから、これというキーになるようなことが見つかると、プロジェクトがドライブすると思いますよ。

千葉さん:関係を築くためにも、地域の人たちの特技を知りたいとはずっと思っていて、どうやったらそれを引き出せるのか、まさにみんなで考えていたところなんです。

澤口さん:とてもいいヒントになりました。ありがとうございます。

「ニューニュータウン」とは?

「不動産も街も、もっと面白く」を合言葉に活動してきた東京R不動産が、さびれた街に飛び込んで居心地のよい場所をつくったり、使われなくなった建物のなかに街のような賑わいをつくりだしたりする、街をテーマにした新しいプロジェクト。
これまで合理的・経済的な観点でつくられてきた街や建物を、人と人、人と店、人と街が、愛着でつながるような場に変えることを目指している。2018年12月には、プロジェクト参加を検討している人たちと一緒に、東京の小さな街が持つ可能性を考える、まち歩きイベントを開催。このイベントは今後も引き続き行いつつ、2019年2月からテナントの募集を開始する予定。
https://www.realtokyoestate.co.jp/column.php?n=1131

“都市をたたむ”って、なんだろう? 都市計画家・饗庭伸さん【インタビュー:東京R不動産】
“都市をたたむ”って、なんだろう? 都市計画家・饗庭伸さん【インタビュー:東京R不動産】
饗庭 伸さん あいば・しん/1971年、兵庫県生まれ。首都大学東京  都市環境学部 都市政策科学科/都市環境科学研究科/都市政策科学域 教授。早稲田大学理工学部建築学科卒業。博士(工学)。同大学助手等を経て現職。専門は都市計画・まちづくり。主な著書に『白熱講義 これからの日本に都市計画は必要ですか』(共著、学芸出版社)、『東京の制度地層』(編著、公人社)など。山形県鶴岡市、国立市谷保、世田谷区明大前駅前地区などのまちづくりに関わる。
(更新日:2019.01.21)
特集 ー “都市のたたみ方”を考える

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