特集 想像しながら、
生きていく。

サーカスが社会を変えていく。
“信頼関係”が挑戦を生む、
「ソーシャルサーカス」とは?

小さな道具や大掛かりな装置を巧みに操り、高所や足場の不安定な所で立ち上がったり、逆さになったり、飛び降りたり。ハラハラして目をつぶりたくなるけれど、でも決して目を離すことができない技の数々。サーカスを見たことがある人なら、ワクワクとスリルが入り交じる時間を容易に思い出せるのではないだろうか。

そんなサーカスを、障がいのある人たちと一緒につくり上げるプロジェクトがある。「スローサーカスプロジェクト」というこの取り組みは、2019年、NPO法人スローレーベルが日本初の「ソーシャルサーカス」を普及・推進すべく発足したという。

そもそも世界では、紛争や貧困に苦しむ人、移民や自信を失った女性たちなどの社会問題に取り組んできたという「ソーシャルサーカス」。それはいったいどのような取り組みで、どんな役割を果たすのか。

プロジェクトのディレクターであり、サーカスアーティストの金井ケイスケさんにお話を伺うため、晴れた金曜日の朝、練習場所である東京都内の劇場を訪れた。

文:小谷実知世 写真:田所瑞穂

社会のしくみからはじかれた人を
支えた“サーカス的”文化

ご挨拶をして、まずは写真撮影をお願いした私たちに、金井さんはいいですよと応じてくださり、「何かしましょうか?」と側にあったクラブと呼ばれるジャグリング用の道具を数本手にしたと思ったら、それらを次々と宙に放つ。よく見知った仲間だとでもいうように軽やかにクラブを扱う身のこなしは、目に心地よく、ずっと見ていたくなる。

金井さんは、日本人で初めてフランス国立サーカス大学(CNAC)へ留学し、その後長くフランスでサーカスアーティスト、ディレクターとして活躍。帰国した後、2014年に初開催されたヨコハマ・パラトリエンナーレをきっかけに、NPO法人スローレーベルとともにサーカスの技をベースにしたパフォーミングアーツのプロジェクトやワークショップを開始し、それを「ソーシャルサーカス」として発展させてきた。

「ソーシャルサーカスというのは、簡単に言うと、サーカスによる社会貢献活動のことで、80年代後半から90年代初め、ブラジルで始まったと言われています。

サーカスについて少しお話をすると、主に家族で経営されてきた昔ながらの『伝統サーカス』に対して、『現代サーカス』は、“サーカスは芸術”という立場からいろいろなアーティストが関わってつくってきたんです。特にヨーロッパと南米で歴史があります。
サーカスは、テントを立てるスペースがある程度必要なこともあって、地方の町や村で大衆の楽しみのひとつとして根付いて、だんだん都会へと浸透していきました。また現代サーカスの多くが、子どものためのサーカス学校などを開催し、日本でいう児童館や学童保育のように放課後の子どもたちの居場所、遊び場として運営しています。

そうした地域とのつながりのなかで、サーカスが出合ったのが、紛争や貧困に苦しむ人や移民、自信を失った女性たちだったんです。そして、サーカスの練習や習得のプロセスは、人々のさまざまな力を育て、結果的に問題の解決につながるのではないか、そう考えたアーティストたちによって、自然発生的に社会問題にアプローチするサーカスが生まれていきました」

南米から始まったといわれるソーシャルサーカス。みんなで協力し合いながら、技をつくりあげるなかで、コミュニケーションが生まれていく。(写真提供:スローレーベル)

スローレーベルのパンフレットには、“ソーシャルサーカスとは、サーカス技術の練習や習得を通じて、協調性・問題解決能力・自尊心・コミュニケーション力を総合的に育むプロジェクトのこと”と書かれている。
「なぜサーカスはそうした人々に受け入れられたのか?」、「なぜ練習や習得のプロセスが、人々の力を育むことになるのか?」、浮かんでくるさまざまな疑問を投げかけると、金井さんは、「そうですよね」とにっこり笑いながら、サーカスの持つ文化や背景が関係すると教えてくれた。

「サーカスは、もともと遊びから始まっているのが大きいですね。今日は一輪車、明日はジャグリング、トランポリンと、自分が好きなこと、やりたいことをやればいい、おもちゃ箱みたいなものです。言葉が違っても、文化的な文脈を知らなくても、誰もが自分のペースで楽しむことができる。また、何かができるようになると、次はもっとできるんじゃないかと、挑戦したいことが増え、可能性が広がっていくのもサーカスの特徴ですね」

また、サーカスは家族的だとも言われていると、金井さん。

「協力し合ったり、人と息を合わせたりしないとできないのが、サーカスです。もともと転々と旅をしながら行われてきたものですし、みんなで力を出し合わなくては、テントを立てることもできない。技の中には危ないものもあり、人にサポートをしてもらいながら習得するものや、パートナーに命を預けるようなものもたくさんある。信頼関係なしには成立しないんです。ですから、血はつながらずとも、家族的でアットホームなつながりのなかでつくりだされてきたという背景があります」

淡々とした語り口ながらも、その言葉や表情からサーカスへの愛情や誇りに思う気持ちが溢れる金井さん。現在住んでいる長野県松本市でもジャグリングクラブを主宰している。

さらに、ヒエラルキーをつくらないことが、“サーカス的”なコミュニケーションを生むという。

「演出家や振付師といった“先生”のような存在を置くことは少なく、反対に、経験のあるアーティストでなくても、『君ができるなら、ぜひやってよ』と、すぐに人を受け入れる土壌があります。それを表してか、最近では、一団や仲間を意味する“カンパニー”という言葉の代わりに、人々が集団を形づくりながらも、個々の独自性や特異性を尊重するという意味合いのある“コレクティフ”という言葉で表現することも増えてきました。そこに、ヒエラルキーはなく、個々に自由な精神をもった人々の集まりというような意味が込められているように思います。
リーダーがいない分、話し合いにすごく時間がかかるのですが、ああでもない、こうでもないと言いながら、誰かを排除することなくみんなで一緒につくりあげていく。それは、とても民主主義的な文化で、そうしたサーカス同士は世界中でつながり合っています。もちろん、競技的な側面をもった団体や、◯◯な人だけの集まりという団体も存在しますが、それは“サーカス的”ではないように感じますね。そもそもサーカスというのは、オープンでソーシャルな感覚がベースにあるんです」

そうしたサーカスの持つおもちゃ箱のような楽しさや可能性の広がり、信頼関係、オープンでソーシャルなコミュニケーションが、社会のしくみからはじかれてしまった貧困に苦しむ人や移民、抑圧されてきた女性たちに、一体感や自信、表現の場を与え、徐々に彼・彼女らを支え、勇気づけた。そう話す金井さんの言葉を聞いて、ようやくサーカスと社会問題が、私の中でつながり始めた。

その後、社会問題にアプローチするサーカスは、南米やアジアなど各地で成果をあらわしていく。そして、1995年に世界的なエンターテインメント集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」の社会支援事業としてメソッドが開発され、「ソーシャルサーカス」と名付けられて、世界中に広がっていったという。

日本人で初めてフランス国立サーカス大に入学した金井さんは、その後、約10年間、ヨーロッパでさまざまな人種、国籍の人々とともに、現代サーカスの公演を行ってきた。(写真提供:ご本人)

道具を使った遊びがもたらす
関係性の変化

そんな世界中にあるソーシャルサーカスの中でも、障がいのある人々と一緒にサーカスを行う日本のスローレーベルは、異彩を放つ存在だという。

「貧困に苦しむ人や移民とのソーシャルサーカスは世界各地にありますが、障がいのある人と一緒に行っているという例はほとんど聞いたことがなく、珍しい取り組みだと思います。

実は、障がいのある人々とワークショップを始めた当初は、ソーシャルサーカスの存在は知らず、行っていたのも皿回しやジャグリング、ダンスなど、サーカスの中でも遊びの要素が多いものでした」

スローレーベルが主催するソーシャルサーカスワークショップでは、障がいのある人もない人も一緒になって、皿回しやジャグリング、さまざまな遊びや技に挑戦する。(写真提供:スローレーベル)

そもそも障がいと一口に言っても、さまざまな障がいがあり、決して一括りにすることはできず、「どのように進めるのがいいか、僕の中にも恐怖心があった」と、金井さんは振り返る。
しかし、ワークショップを重ねるなかで、皿回しやジャグリングなど、道具を使った遊びは、コミュニケーションをつないでいくのではないかと、手応えを感じるようになった。
面と向かって人とコミュニケーションを取ることが苦手でも、好みの道具を見つけて取り組めば、一人で夢中になることができ、そうして楽しんでいる者同士は、やがて道具や技を介してゆるりとコミュニケーションを取り始める。だんだんとスキルをあげていく人、周りが驚くほどひとつのことに集中する人は、その中で尊敬を集め、自信をつけていく。障がいがあっても、なくても、そのことに変わりはない。金井さんはそういう様子を何度も目の当たりにした。そして、それは金井さん自身の固定観念も壊していったという。

同時に、スローレーベルは、障がいのある人が安全に会場に来て、イベントやワークショップに参加できるよう、環境やコミュニケーションを支える看護師の資格を持った「アクセスコーディネーター」やダンサーとして運動療法にも携わる「アカンパニスト」らをスタッフに加えた。そして、パフォーマンスを振り付けするダンサーや演出するアーティストたちとともにチームを編成。障がいのある人とともにどう取り組んでいくのがいいか、少しずつ模索していった。

(写真提供:スローレーベル)

安心して挑戦できる。
信頼関係のある場所

そんななか、スローレーベルが出合ったのが、ソーシャルサーカスという概念だった。「自分たちがこれまで進めてきたことはこれだ」と、日本初のソーシャルサーカスを運営する団体として名乗りをあげる。

「サーカスには、ハラハラを楽しむという要素が含まれています。それまでスローレーベルでは、サーカスの遊びの部分しかしていませんでしたが、各国で行われているソーシャルサーカスは地域の人とスリルのある“攻めた技”もやっている。僕たちも、みんなとやればできそうだと思ったんです」

そして、金井さんはツムちゃんという女性の話をしてくれた。

「『イニシエーション』という、高い所から後ろ向きに倒れるようにジャンプし、下にいる人がキャッチするという技があります。後ろ向きですから、下に誰もいなかったらどうしようって想像してしまうと怖い。下にいる人に対して信頼していないとジャンプできないんです。そこで、まずは僕たちがやっているのを見せて、参加者に『誰かやってみる?』と聞いてみました。そうすると、怖くて絶対に無理という人と、やってみようかなという人が出てくる。やってみようと上にあがっても、怖くて、ジャンプまで5分、10分とかかったり、やっぱり今日はやめておこうと降りてくる人もいたりします。
そんな参加者の中にツムちゃんがいました。ツムちゃんはダウン症の女の子。ダウン症の人は傾向として、高い所を怖がることが多いんです。『やってみる?』と聞くと、ツムちゃんは目も合わせず、絶対にやりたくないという感じでした。

でもある時、ツムちゃんに『ソレイユ』という別の技の声掛け役をお願いしたんです。ソレイユは、大きな円になるよう並んだ人たちが、中央に小さな輪っかがついた放射線状に伸びるロープを持ち、声掛け役の指示に従って、その輪っかをボールの乗った棒に通すという技。みんなで力を合わせ、ボールを落とすことなく輪を棒に通すことができると達成感があります。ツムちゃんはこの役をするようになって、すごく自信がつきました。ワークショップなどでソレイユをするたびに、声掛け役を買って出るようになったんです。

そんなある日、公演で先程の『イニシエーション』を、チャイニーズポールと呼ばれる長い棒を使ってやることになり、練習が始まりました。人の肩の上に乗り、ポールに掴まって演技をし、最後はポールを離して後ろ向きにジャンプし、下で支えてもらいます。高い所が苦手なツムちゃんは、やらないだろうと思ったのですが、『やってみる?』と聞くと、今度は『やる』って言うんです。
人の肩の上にあがり真っ直ぐに立ったものの、足がガクガクして怖そうでした。でも、ぶつぶつと呪文のように何かつぶやいている。『ソレイユ、ソレイユ、ソレイユ、ソレイユ……』って言ってるんです。私にはソレイユという技ができた、だからこの技だってできるはずだっていう気持ちだったんですね。そのまま後ろ向きにジャンプして、見事に技を成功させました」

みんなと一緒にさまざまな挑戦をしてきたツムちゃん。スローレーベルのメンバーが大好きで、練習のたびに「おつかれさまでした」「支えてくれてありがとう」などの手紙を書いてきてくれる。(写真提供:スローレーベル)

自分で自分を力付けることができた「ソレイユ」をお守りのように唱えて、技を成功させたツムちゃん。少しずつ挑戦を重ね、自信をつけ、またそれが次の挑戦につながっていく。
「みんなのサポートがある、この信頼関係の中でなら、いろんなことに挑戦できる。そういう場であることは、とても大切です」と金井さんは言い、こう続ける。

「社会にも僕自身にも、『障がいのある人にこれはできないんじゃないか』という思い込みがある。何か、障がいのある人は守らなくてはいけない存在なんじゃないかと思ったり、これは挑戦させられないって勝手に限界を決めてしまっていたりします。でも、実は人には限界などなく、あったとしても、必ず抜け道や別の可能性が見つかるのではないか。勝手に決めつけて守ろうとしたり、周りが限界をつくる必要などないのではと、気付かされます」

それは、障がいのある人たちだけでなく、健常者といわれる人にとっても同じことで何も変わりはない、と金井さん。

「障がいのある人の中にもひょうきんで社交的な人もいるし、健常者の中にもコミュニケーションが得意でない人もいる。当然のことですが、健常者にも得手不得手があり、問題を抱えている人もいます。自分も含め、みんな各々にとっての壁があるということなのだと思います。

外からは、僕たちは障がいのある人をサポートするためにいると見えるようですが、実はそうではなくて。いろいろな人がいる多様な集まりのなかで、こんな風にコミュニケーションできることがとてもおもしろい。たとえそれが言葉のコミュニケーションでなかったとしても、いろいろな人がいて、だからつくり出せるものがあることが楽しいんです」

声掛け役の声に従い、みんなで呼吸を合わせて成功させる「ソレイユ」。(写真提供:スローレーベル)

2019年、スローレーベルは「スローサーカスプロジェクト」を発足。日本初のソーシャルサーカスカンパニーとして、ダンサーやサーカスアーティスト、ジャグラー、障がいのある人、ない人、30名を超える団員が一体となってプロジェクトを動かしている。

新型コロナウイルスの影響もあり、2020年5月に予定されていた初公演は延期となったが、新しい発表の場のための準備は進む。

「僕たちのサーカスは、とてつもない高さから飛び降りるというような、世界レベルのアクロバットを披露できるわけではありません。プロジェクトが目指すのは、多様な人がひとつの世界でつながる楽しさ、おもしろさを感じてもらうこと。そして、みんながそれぞれの壁に向かって挑戦をし、限界を超える。そこに生まれる感動を観客のみなさんと共有できるのではないかと思っています」

「この信頼関係のなかでなら、いろんなことに挑戦できる」。金井さんが口にしたこの言葉がとても印象的だった。
サーカスの話を、そのまま、まるっと地球に置き換えることができたら、私たちはどれだけの限界の壁を超えることができるだろうと、今この時、想像せずにはいられない。さまざまな人たちが混ざり合って暮らすなかで、サーカス的な文化、サーカス的なコミュニケーションは、私たちに多くのことを教えてくれる。

SLOW CIRCUS PROJECT(スローサーカスプロジェクト)

スローレーベルより発足した、日本初のソーシャルサーカスカンパニー。障がいのある人とのパフォーマンス創作・トレーニングなど、さまざまな分野のスペシャリストやパフォーマーを含む30人を越える団員たちとともに、日本国内でのソーシャルサーカスの普及・実践に取り組んでいる。
イタリア・アジア・南米など世界各地でソーシャルサーカスを実践する団体と連携しながら、社会課題を踏まえたプログラムを開発。中学校や障がい者福祉施設、子育て世代や次世代ビジネスリーダーなど多方面に向けたプログラムを実践する。

https://circus.slowlabel.info/

「ヨコハマ・パラトリエンナーレ2020」に参加します
ヨコハマ・パラトリエンナーレ2020
会期:プレ会期 8月24日(月)〜
コア会期 :11月18日(水)〜 11月24日 (火)
場 所:オンライン
https://www.paratriennale.net/2020
横浜市役所アトリウム 神奈川県横浜市中区本町6丁目50-10

サーカスが社会を変えていく。 “信頼関係”が挑戦を生む、「ソーシャルサーカス」とは?
サーカスが社会を変えていく。 “信頼関係”が挑戦を生む、「ソーシャルサーカス」とは?
金井ケイスケさん サーカスアーティスト・パフォーミングディレクター。中学在学中に新宿で大道芸を始める。97 年文化庁国内研修員として能を学んだ後、99年文化庁海外派遣研修員として、日本人で初めてフランス国立サーカス大(CNAC)へ留学。卒業後フィリップ・デュクフレ演出のサーカス『CYRK13』で2年間のヨーロッパツアー。その後、フランス現代サーカスカンパニー「OKIHAIKUDAN」をセバスチャン・ドルトと立ち上げ、ヨーロッパ7カ国を巡演し、リバイバル公演など150公演以上。フランス外務省派遣カンパニーとして、中東、アフリカ25カ国で公演、劇場文化のない都市、紛争地域で人種や宗教を超えたワークショップや発表を行う。2009年帰国。パフォーマンスグループ「くるくるシルクDX」参加。札幌芸術の森、越後妻有アートトリエンナーレ、横浜 Bankart、茨城・アーカス他、国内外のフェスティバルに出演。2015年よりNPO法人スローレーベルパフォーミングディレクター。
(更新日:2020.08.26)
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