特集 えらぶ暮らし
[vol.2]山に学び、地に根ざす。 田舎と都会と世界をしなやかに 編みつなぐ人【後編】

自然のリズムに沿って土を耕し、種を蒔く。自分に必要なものを自分の手でつくる生活の一歩を紹介している「くらしの良品研究所」のコラム「農的くらし」。農業ともうひとつの仕事の両立や小さな農で自分を養う方法など、多様化する現代の働き方に合わせた“足るを知る”暮らしのヒントを教えてくれる。
石川県の中央部に位置する津幡町という山あいの集落で、農家の長男として生まれた塚本美樹さん。お父さんと共にお米をつくりながら、金沢ではアンティーク小物や家具を扱うお店「SKLO(スクロ)」を営み、東京では空間デザインの仕事を手がけるという、3足のわらじをはいている。集落に根を張りながら、どこにもかたよることなく、田舎と金沢、東京と世界をしなやかに編みつなぐ。そこには「兼業農家」や「半農半X」という言葉ではおさまらない、遊ぶように生きる暮らしがあった。
自由な発想を引き出す場
晴れ間と雨が入り混じる気まぐれな空が覆う、金沢の裏通り。隠れるように佇む「SKLO」の店主・塚本美樹さんは、アンティークを買い付けるため定期的にドイツとチェコに通っている。曇りがちで陰影がある風景が、金沢と似ているのだという。
店内の片隅に並べられた、形状やデザインが少しずつ異なる銀色の箱をひとつ手にとってみると、見た目よりもずっしりとしている。ピルケースやソーイングケースにしてはサイズが小さく、どう使われていたものか聞いてみると、1900年初頭のペン先を入れるためのケースだと教えてくれた。先入観や固定概念を解きほぐし、自由な発想を引き出す場にしたいという想いから、「SKLO」には“答え”が置かれていない。
「この箱もそうですが、お店には一見用途が分からないものも置いています。どう使うんだろうって想像するのも楽しいですし、背景を知るとその時代の景色が浮かび上がってきますよね」
買い付けをするとき、土地の風景を感じられるものを選んでいる塚本さんが、時間を見つけては通っている場所があるという。それは生まれ育った津幡町にある、農耕具と民具が揃う歴史民俗資料収蔵庫だ。

石川県・津幡町では、民俗資料を後世に残すため、約30年前に廃校になった旧吉倉小学校校舎を「津幡歴史民俗資料収蔵庫」として利用している。
「ここに展示されている民具からは、人のぬくもりを感じるし、その時代の生活感が伝わってくる。機械によって生まれた時間の短縮や作業の効率化は、農家の人が生き抜くためのまさに革命だと思っています。でもこの集落で、生きるために長い間使い込まれた道具たちには、時間が経っても錆びない人間の知恵が宿っていると思っていて、僕はそこから学ぶことが多い。
古いものって、つくられた当時は、当たり前にありふれたものだったとしても、現代にとってはまったく新しいものに見えるんですよね。アンティークはその最たるものだと思っています」
光があたらないものの、新たな役目
LED電球の普及で、使う人が減り続けている白熱電球は、発明された当時「世界から夜が消えた」と言われるほど、人々の生活に多くの恩恵をもたらした。そんな白熱電球を塚本さんは職人さんと共につくり、販売している。
「白熱電球は、エジソンがフィラメントに日本の竹を使ったことで完成されたんです。僕は、価値が失われそうなものや、まだ世の中で知られていないものに光をあてていきたいと考えていて、キャンドルに光の明るさを求めないのと同じで、白熱電球も照らす役目でなくてもいいんじゃないかと思ったんです。“見て楽しむ”という視点を提案することで、そのものとの付き合い方が変わってきますよね」
最近では、管理が行き届かず放置された竹林が植生を乱してしまう「竹害」があるなど、新たな活用方法も求められる竹を商品として販売しはじめた。馴染み深いものでも提案する方法を変えるだけで可能性は大きく広がる。
「商品化した『竹炭』以外にも、竹で籠をつくってみたり、ランプシェードを編んでみたりしています。こういった昔からある資源は田舎に行けば行くほどあると思うし、活用しないのはもったいないですよね。
すでに先人たちが生み出してきたものが世の中にはたくさんある。だから、僕は見方や用途を変えたりして、編集しながら新しいものをつくりたいと思っています」

写真上:脱臭・空気や水質浄化効果がある竹炭(100g / ¥864)、写真中:アスファルトでできた指輪(¥5,400)写真下:石川県能登半島でとれる珪藻土でつくられたブックエンド(¥11,880)。普段の生活の中で価値に気が付きにくい存在に、新たな命が吹き込まれている。
山とオーストラリアで学んだこと
農作業をしているとき、山を歩いているとき、車にのっているとき、塚本さんの中で、小さくても新しい発見が毎日あるという。
「『何をしようかな』ってわくわくする気持ちって、山で遊んでいた時の感覚に近いのかなと思っています。金沢市の隣の津幡町という田舎で育った僕は、学校が終わってから日が暮れるまで毎日山で遊んでいました。山ではすべてが学べるんですよね。危険もあるから、手足や五感をフル稼働させて自分で道を拓いていく。きっとそこから、工夫することを学んだんだと思います」

金沢の中心街から車で30分ほどの距離にある津幡町で、お米以外にも、木のリズムに合わせ、柚子、柿、梨、いちじくなどの果樹も栽培している。
すでにあるものをとらえ直し生み出された塚本さんの商品には、ハッとする発見や遊び心が隠れている。その発想の原点は、意外にも高校卒業後に留学したオーストラリアにあった。
「少し寂しげで、曇りがちな気候で育った人間が、思いがけず、陽気で楽しいことが大好きな人たちが多い環境に入っちゃたんですよね(笑)。山や海とか自然が大好きで、遊ぶために生きる欲求がものすごい。毎日楽しく生きるためのユーモアに満ちていたオーストラリアは、自分にとって大きな影響を与えてくれた場所ですね」
役割と向き合い、ひろげていく
「田舎でお米をつくることと、都会で遊ぶことは同じぐらい楽しい」と話す塚本さんは、金沢の街でまだまだおもしろいことがつくっていけると感じている。
「例えば、パリの街中には絵描きさんがたくさんいますよね。それが風景となって、街の魅力につながっている。僕は、そんな風に街に溶け込んだ金沢らしい風景を日常に変えていけたらいいなと思っていて、最近では、「SKLO」があるせせらぎ通りで、暮らしにまつわるアイテムや農産物、金沢らしいものやことなどを集めた『SESERAGI SUNDAY MARKET』というマーケットを企画しています」
生まれた環境、集落での立場、農家の長男、お店の経営者として。塚本さんは常に自分の役割と向き合い、静と動をもって、日々お店や田んぼ、土地との関わり方を考えている。
「今までは、お店の中で田舎や田んぼの話をしてこなかったし、田舎でもお店の話をしてこなかったんです。地に足をつけて生活することがまずは大前提だと思っていましたから。でも、お店と田んぼを始めて11年、やっとこれまでやってきたことがひとつにつながってきた感覚があります。関わるいろいろな人と価値を共有できるようになってきたし、これからはもっとひろげていく時期だと思っています。山で遊ぶ感覚と同じように、これからも楽しくユーモアをもってやっていきたいですね」
【前編はこちらから】
WORKS 塚本さんのライフワーク
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- SKLO 3F(ギャラリー)
- アーティストの “初動をつくりたい”という想いから、芸術と共に生きていく覚悟を決めた若者に対して「SKLO」の3Fのギャラリースペースを表現の場として提供している。作家と一緒に展覧会をつくり上げていく。
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- 塚本美樹さん つかもと・よしき/1975年、石川県生まれ。高校卒業後、オーストラリアに留学。その後、スノーボーダーとして日本とニュージーランドとの往復生活をおくる。23歳で金沢にて営業職に3年間従事した後、オーストラリアやヨーロッパを旅し、写真展を数回開催。数々の職業を経験した後、29歳でアンティークショップ「SKLO」の開業と同時に、本格的に農業を始める。東京を拠点に、什器のレンタルや空間デザインも行う。
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