特集 えらぶ暮らし
[vol.2]山に学び、地に根ざす。 田舎と都会と世界をしなやかに 編みつなぐ人【前編】

自然のリズムに沿って土を耕し、種を蒔く。自分に必要なものを自分の手でつくる生活の一歩を紹介している「くらしの良品研究所」のコラム「農的くらし」。農業ともうひとつの仕事の両立や小さな農で自分を養う方法など、多様化する現代の働き方に合わせた“足るを知る”暮らしのヒントを教えてくれる。
石川県の中央部に位置する津幡町という山あいの集落で、農家の長男として生まれた塚本美樹さん。お父さんと共にお米をつくりながら、金沢ではアンティーク小物や家具を扱うお店「SKLO(スクロ)」を営み、東京では空間デザインの仕事を手がけるという、3足のわらじをはいている。集落に根を張りながら、どこにもかたよることなく、田舎と金沢、東京と世界をしなやかに編みつなぐ。そこには「兼業農家」や「半農半X」という言葉ではおさまらない、遊ぶように生きる暮らしがあった。
時間をとらえなおし、
3拠点を移動する
石川県・金沢駅から能登半島方面に向かって車でわずか30分ほどで、のどかな山里の風景が姿をあらわす。稲作を中心に暮らしが営まれてきた、津幡町の七黒(しちくろ)という集落だ。この村で生まれ育ち、現在は米づくりをしながらお店を経営する塚本美樹さんは、お店のある金沢と田んぼのある津幡町を毎日往復している。
「1日の中で、田舎と金沢の移動時間を大切にしていて、金沢へ向かうときはお店のことを、田舎へ向かうときは農業のことを考えるようにしています。たった30分ですが、毎日意識を向けることで、気になっていることややらなくちゃいけないことが明確になってくるんです」
塚本さんの1日は、だいたい4つに分けられている。7時〜13時は田んぼ、13時〜19時はお店、19時〜25時はプライベート、25〜7時は睡眠。年に2回ほどアンティークの買い付けにドイツとチェコへ、月に1回は空間デザインの仕事をするために東京へ行く生活を続けている。
「一カ所にとどまっていると、見えないことってあると思うんです。田舎に暮らしているからこそ見えることがあるし、東京でしか見えないものもある。だから、場所と内容を変えながらバランスを保っているんだと思います。今は、移動時間も情報をやりとりする時間も短縮されているから、こういう暮らしができるのかもしれないですね」
歴史に幕を下ろさないために。
楽しく、優雅に
集落と金沢と東京を自由に行き来する今の生活に行き着くまで、「時間がかかった」と塚本さんは話す。
「農家の長男として『継がなくてはいけない』というプレッシャーがどこかにあったんだと思うんですが、高校を卒業したあとにオーストラリアに留学したんです。そのあともニュージーランドやヨーロッパへ行ったり、お店を始める29歳までに営業の正社員やアルバイトなど、たくさんの仕事を経験しました。世の中にどんな仕事があるのかに興味があったし、とにかくいろいろな立場や視点から世の中を見てみたかった」
さまざまな仕事を通じて頭に浮かび上がってきたのは、自分の役割は何か。今から11年前、「後継ぎだから」ではなく、「農地があるから」でもなく、生まれ育った土地と向き合うために、実家の農業を継ぐ覚悟を決めた。
「みんなが街に住み始めたら、何百年、何千年と集落で受け継がれてきた農業の技術や知恵が、ここで終わってしまうと思ったんです。歴史に幕を下ろすんじゃなくて、今やらなくちゃって。やりたいことをやるって実は不安定だと思っていて、好きなだけではなかなか続かない。でもやらなくちゃいけないことには責任感や義務感が伴うし、継続性があるんですよね。僕はやらなくちゃいけないことを、いかに楽しくいかに優雅にやり抜くかが大事だと思っています」
米農家を受け継ぎ、集落のコミュニティを存続させる。そう覚悟を決めたときと、金沢でアンティーク小物や家具を扱うお店「SKLO」をはじめるタイミングが重なった。
片手間で農業をやるのか、片手間でお店を経営するのか。“半分”に分けるやり方ではおもしろくないと感じていた塚本さんは、“時間”と向き合い出す。
「それで思いついたのが、1日を4つに分ける考え方でした。頭の中の切り分け方次第で、生活は変えていけるんじゃないかなと思ったんです。それに、稲作は春から秋にかけての作業になるので、冬の使い方が自由なんです。1年の1/3を休んでもいいし、別の仕事に充ててもいい。海外に滞在して何もしない毎日を過ごすことだってできる。今は、仕事も働き方も多様化しているので、田んぼって実は、時代に合った働き方ができるんじゃないかと思っています」
稲作ですべてがつながっていた集落
豊作祈願や収穫感謝の祭りごとなど、集落は稲作ですべてがつながっていた。当時は、必要なときに必要な分だけ田んぼに水が入れられるかがもっとも重要な問題で、水の権利で地域やコミュニティが分かれていたという。
「いまの時代、集落が不要だと思っている人もいますが、一つひとつの地域コミュニティがなければ、のどかな景観は保たれないし、自然と人間の共生が失われてしまう。日々土を触っていると、集落の秩序を守ることの重要性を実感します」
塚本さんの田んぼでは、農薬の量を1/3以下におさえ、有機肥料のみでお米を栽培している。お父さんが定年してからつくりはじめた黒米は、昔ながらの農法を取り入れて完全無農薬で機械を使わずにすべて手作業でつくっている。
雲の切れ間から光が差し込む中で、土壌づくりのためにわらを土の中に入れる「くれおこし」という作業がはじまった。トラクターに乗る塚本さんをお父さんが鋭い眼差しで見つめている。
「農業じゃなくてもいい。好きなことをしてくれ。息子にはそう言った。一緒に作業をし始めて10年ぐらいになるけど、まだまだ。ものをつくるってことは奥が深い。でもまあ二人でやっている方がああだこうだいい合えて話し相手ができるし、効率もいいから、田んぼにとっちゃいいことかもしれん」
掴もうとしても掴めない
お金で買えない価値
津幡町で「古美術 茶房 古楽屋」を営む古本さんの自宅は、塚本さんの実家から見えるほどの距離にある。アンティークを扱う塚本さんにとって、古本さんは以前から気になる存在だった。最近初めて盃をかわした二人は世代を越えて即座に打ち解けたという。

「古美術 茶房 古楽屋」の建物や置いてある骨董は、古本さんが時が経つほど価値が高まるものを選び抜く目利きであることを物語っている。
「僕が小さい頃から古本さんの家の前にはいつもたくさんの木が積んであって、いつ何に使うんだろうと思っていたんです。そうしたら、古本さんは自分で山を選び、木を育て、木を寝かせ、その木材を使って、17年もの時間をかけて家を建てられたんです」
津幡町では、家を建てられない男は男として認められない言い慣わしがある。

取材の前夜、古本さんの自宅では、お月見と称し、能の舞台が催されていた。
「遊びながら生きるのっていいよね。そんなことばっかしやって生きてきた。お金を稼いでいる人が、お金を使わず全然遊んでいない。僕らは「佐々木道誉」っていう遊び人に見立てた掛け軸を御神体のように飾って、『これをかけている時は思う存分呑んでいい』ってことにしてお酒を楽しんでる。漫画の世界みたいやろ?」と、古本さんは声高らかに笑う。
山に生える花を生け、気の置けない仲間と集い、満月を酒器に浮かべて季節を愛でる。そこはお金では買うことができない価値と時間をかける豊かさで満ちていた。
「田舎は時間の流れ方が違うんですよね。現代社会は、切り替えが早く、人間がすべてをつくれると思っている。でも今その限界に気がついている人が増えていますよね。田舎は言葉の間にゆったりとした時間が流れていて、ひとつの対象を愛でる豊かさがある。でもそれは、追い求めるものでもつくるものでもないし、掴もうと思っても掴めない。だから僕は一緒にその時間を過ごすことが大事だと思っています」

木と泥と土で家をつくった古本さん。「俺は塚本くんの風景やから」と快く取材に応じてくれた。
架け橋となり、つないでいく
「高度成長期、自分たちの親世代は、乏しい日本から豊かな日本へと持っていってくれた。それはひとつの仕事を一生かけて全うした功績だと思っています。でも彼らがやってこなかったことがひとつあるとすれば、それは“引き継ぐこと”だと思うんです。現代のタイミングで、地域の文化や風習、伝統がすぱっとなくなってしまうのは、とても怖いことだと感じています」
塚本さんは、忘れ去られそうになっている集落の歴史や、活用できる土地や建物を、古い書物を読んだり、地域のお年寄りから話を聞いたりしながら探りはじめている。
「幸いにも、今生き方の問いがもう一度はじまっていて、田舎や農業に興味を持つ人が増えてますよね。自分自身田舎で育って、田舎の人の気持ちがわかる以上、僕は田舎と世界の架け橋でありたいなと思っています。若い人とお年寄り、歴史が育んできたものと現代の感覚。だから今、金沢のお店や農業を通して、先人たちが生み出してきたものをいろいろな角度から見つめなおして、新たな視点を提案しています」
【後編へつづく】
WORKS 塚本さんのライフワーク
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- SKLO 3F(ギャラリー)
- アーティストの “初動をつくりたい”という想いから、芸術と共に生きていく覚悟を決めた若者に対して「SKLO」の3Fのギャラリースペースを表現の場として提供している。作家と一緒に展覧会をつくり上げていく。
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- 塚本美樹さん つかもと・よしき/1975年、石川県生まれ。高校卒業後、オーストラリアに留学。その後、スノーボーダーとして日本とニュージーランドとの往復生活をおくる。23歳で金沢にて営業職に3年間従事した後、オーストラリアやヨーロッパを旅し、写真展を数回開催。数々の職業を経験した後、29歳でアンティークショップ「SKLO」の開業と同時に、本格的に農業を始める。東京を拠点に、什器のレンタルや空間デザインも行う。
特集
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