特集 イースト・ミーツ・ウェスト!
イースト・ミーツ・ウェスト! 〜広島県・尾道編〜
北海道野付郡別海町で暮らしている山本圭一さんは現役の漁師であ
写真、文・ミズモトアキラ
坂本龍馬じゃあるまいし、いまどき新婚旅行の目的地が国内なんてどうかと思う。しかも、京都や北海道といったメジャーな観光地ではない松山を選ぶなんて……と最初は驚きました。けれど、山本圭一くんはいたって真面目な顔つきで、ぼくにこう説明しました。
「ぼくたちが道東へ招いているように、全国各地にもオーガナイザーがいますよね? そういう人たちとミズモトさんがSNSなんかを通じてやりとりしてるのを見てるうち、お互い気になってフォローしたりされたりしたことで、実際は会ったこともないのに、自然と交流がはじまったんです」
「InstagramやFacebookでみんながコメントをやりとりしてるところはよく見てるよ」とぼくは答えた。 「どの人も魅力的な生活をされていて、日々すごく刺激を受けてるんです。価値観はもちろん、さほど年齢も離れてない人たちばかりなので、いつのまにか身近な仲間や友だちのような気分になっちゃって。じつは町おこしのプロジェクトに関わることになったので、新婚旅行を口実にして、そんな方々と直接お会いして、いろんなヒントやアイディアをいただきたいな、と考えてるんです」
前回書いたように、山本圭一くんはオホーツク海で鮭やホッキ貝などを獲る現役の漁師をつづけながら、奥さんの唯ちゃんと共にデザイン事務所「NAGI GRAPHICS」を2016年春に起業しました。クリエイティブな仕事と異業種の別仕事を兼業している人たちは多いと思うけれど、ここまで畑……いや、海違いの仕事をしている人はそうそういないと思います。
野付郡別海町への移住応援サイト「ほらり」のウェブデザインをはじめ、新しいローカルコミュニティづくりに関するプロモーションの仕事を本格的にスタートしたばかりなのです。
ただ、彼の話を聞いて、誰かからのヒントやアイディアってほんとに必要なのかなあ、ともぼくは思いました。たまにこの町へやってくる旅行者目線で見れば、道東の自然や生活環境は、冬の厳しさはともかくとして、ほんとうに魅力的な素材の宝庫なのです。流氷やおいしいホタテやシャケがやってくる海、タンチョウヅルの飛来する湿原、シカやキタキツネがそこらじゅうから飛び出てくる普通の国道さえ楽しい。手をかけずともそのまま食べるだけで美味しい土地なのです。いや、でも、そんな食材ほど、いざ調理しろと言われたらけっこう難しいのかもしれない。
「オッケー、わかった。じゃあ、ほんとうに来るってことになれば、ぼくもいろいろ相談に乗るから。気軽に連絡してよ」
実直な性格のふたりらしい視察旅行……否、新婚旅行への全面協力を約束して、翌日、ぼくは松山へ帰りました。
2016年4月某日。ついに旅行を実行に移すことにした……と山本くんから連絡が入りました。
まず、友だちの結婚式に出席するため、東京で2泊。3日目に羽田から広島入り。尾道泊。4日目は広島県福山市へ移動し、ぼくの長年の友人であり、数多くのイヴェントをともに仕掛けてきた元「JYM AND RECORDS」のクワダカズマサくんたちと交流会。5日目は尾道の「GIANTストア」で自転車をレンタルして、しまなみ海道を横断。夜は愛媛県今治市にて宿泊。6日目は松山へ列車で移動して、ぼくと落ち合う。7日目はぼくが松山市内を案内。8日目、空路で次の目的地である鹿児島へ向かう。9日目は鹿児島の市内観光。10日目の朝に鹿児島を発ち、羽田での乗り継ぎを経て、釧路空港に昼ごろ到着……と濃厚すぎるプランニング。
もちろん山本くんにとっては、ネットだけで交流のある人や初めて訪れる土地ばかりだけど、それらのほとんどがぼくにはお馴染みの顔や風景ばかり。旅程を眺めているだけでも、あそこには彼が住んでいる、あの街には美味しいカツ丼の店がある……といった具合に記憶や情報が頭のなかに次々と立ち上がってくる。なんだかとても不思議です。
6月上旬、ついに尾道へ到着したと山本くんから連絡がありました。当初の計画では3日後に松山で落ち合う予定だったけれど、東西数百キロも隔てて交流してきた彼らがついに顔を合わせる瞬間を、結びつけた張本人であるぼくが見られないのはなんともさみしい。そこで急遽、尾道に高速バスで向かうことにしました。クワダくんと昼過ぎに尾道駅で合流して、尾道の市内観光をしているはずの山本夫妻を待ち受けます。 待ち合わせ場所の「ONOMICHI U2」は、港湾施設が密集する入江沿いに建つ古い倉庫をリノベーションした、大人気の複合商業施設。レストラン、カフェ、ブーランジェリー、セレクトショップ……と、痒いところに手が届きまくった新ランドマークです。山本夫妻はこの日の夜、U2内にある「HOTEL CYCLE」を宿泊場所に定めていました。
大林宣彦監督の「尾道三部作」をはじめ、さまざまな映画やドラマの舞台として登場することも多い尾道。駅の目の前にはおだやかな瀬戸内海があり、入江に沿って、渡船乗り場や船のドック、わずかばかりの平地があり、すぐ背後にある小高い山(千光寺山)へ急な坂道が伸びています。坂の両側には、大小様々な民家がひしめきあって立ち並んでいて、そこからのぞむ風景はまさに瀬戸内の原風景。鄙びた商店街にはご当地ラーメンや尾道焼きの店などもあり、観光地として昔から大人気です。
また、外からの観光客を迎え入れるだけでなく、地元のNPOが中心となって、魅力的な古民家を発掘/リノベーションするプロジェクト「尾道空き家再生プロジェクト」が10年ほど前から活動を続けているし、駅からも近い仏閣「光明寺」は、内外の芸術家を迎え入れて作品づくりやワークショップなどを行うアーティスト・イン・レジデンスや、その交流の場としてカフェを運営していたりと、早くから独特の地域コミュニティづくりに取り組んでいます。
景観の美しいしまなみ海道がサイクリストの聖地として整備されたり、U2のような新しい施設もそこに加わることで、大都市からだけでなく、ぼくの住む愛媛など近県からも、気軽な旅先として訪ねる人が増えている実感があります。
約束した時刻までいくらかあったので、暇をつぶそうとU2内のセレクトショップをクワダくんとぶらついていると、ひとりの女性に目が止まりました。それがなんと唯ちゃん。予定が思ったよりも早く終わってしまったのだとか。山本さんも少し遅れてそこにやって来てしまいました。
「ええーっと……紹介するまでもなく、これがクワダくん。で、こっちが山本夫妻ね」 後々、笑い話になるのがまちがいないほど、あっけなく三人は非ドラマティックに出会ってしまいました。
海沿いのプロムナードにしつらえられたテラス席へ移動して、コーヒーやビールを飲みながら、しばしくつろぐことにしました。 「ところで、昨夜は何してたの?」とぼくは尋ねました。 「空港からバスで移動して、尾道駅前のビジネスホテルに落ち着いたあと、クワダさんからおすすめしてもらった『村上お好焼』という店で夕飯を食べました。女将さんがとても人懐っこくて、ぼくらが北海道から来たと言うと『あんたらはハマチを柔らかくしてから食べるんじゃろ? あのコリコリした歯ごたえがおいしいのに。信じられんわい』って怒られました(笑)」
「あはは、そうなんだ。それじゃあ今日は?」
「朝イチで自転車をレンタルして、向島に行って来ました」
「あ、ひょっとしてUSHIO CHOCOLATL?」
USHIO CHOCOLATLは向島(むかいしま)へ移住してきた若者たちが数年前に起業したチョコレート工場。厳選したカカオ豆と砂糖のみで作るチョコレートは、行きつけの喫茶店「田中戸」で売っていて、ぼくも最近口にしたところ。今はテレビや雑誌などで取り上げられることも増え、人気も徐々に全国へ広がっています。ただ、工場までの道のりが自転車には過酷すぎる急勾配で、二人はあわや夫婦喧嘩になるところだった、とか。ほうほうの体で街まで戻ると、「旅するデニム」などのプロジェクトで注目されているONOMICHI DENIMへ行って、すこし値の張るジーパンを購入した、とか。こっちに着いてから丸一日も経っていないのに、めいっぱい楽しんでいる様子。
山本くんたちの暮らす北海道では、ちょっとした用事で20キロ、30キロと車を走らせるのはあたりまえ。もちろんぼくたちの住む瀬戸内でも長距離移動が無いわけじゃないけど、例えばこの尾道ならさまざまな見どころは、わずか二キロ四方の中心市街地にほとんど詰まっている。移動手段ひとつとってみても、車や電車だけでなく、フェリーや渡船が日常の足になっていたりする。その豊かさは物や情報が混沌とした都市の豊かさとも、まったく別種のものです。
現にぼくたちがお喋りに興じているプロムナードのすぐ横には、外国からやってきた大きな船が停泊していて、浅黒い顔をしたアジア系の船員たちがデッキでのんびり作業をしています。彼らは船のへりから時折り顔を覗かせ、楽しげに語り合っているぼくたちのほうを、不思議そうに見つめていました。こんな風景は日本中探してもそう無いかもしれません。
つづく
ミズモトアキラ
1969年、愛媛県松山市生まれ、松山市在住。エディター/DJ。2013年、関東からIターン。音楽、映像、写真、デザインなどを多角的に扱い、文、編集、デザインを手がける傍ら、トークイベントやワークショップの主催も精力的に行っている。
www.akiramizumoto.com