特集 心と体で学ぶ場所

心と体で学ぶ、人生にとって大切なこと vol.01|秋田の父さん・母さんから学ぶ、ぼくらの生き方

《後編》「劇団わらび座」が地域を通して伝えていくこと

秋田県仙北市にある景勝地、田沢湖にほど近い山あいに突如現れる大劇場。ここに「劇団わらび座」の本拠地「あきた芸術村」はある。「劇団わらび座」は新しい日本の歌と踊りの創造をめざして、民謡の宝庫、秋田県田沢湖町(現仙北市)に定着した、1953年創設の歴史がある劇団だ。その規模は劇団四季、宝塚歌劇団に次ぐという。1974年、専用劇場「わらび劇場」がオープンしてからというもの、観劇にとどまらず、農業体験、宿泊、温泉、食などを通して地域の魅力を県内外の多くの人々に伝えるユニークな活動を続けている。

この「あきた芸術村」に、39年前から修学旅行で訪れているのが、東京・町田にある和光中学校の2年生。「秋田学習旅行」と呼ばれるこの5泊6日の間に、14歳の柔らかな心には、どんな“学びの種”が蒔かれるのだろう。引率の荒井先生にお話を伺った。

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——5泊6日のプログラムの概要を教えてください。

荒井先生 「1日目はまず到着して、観劇をします。ここでは女性の普選運動に尽力された方のミュージカルを見て、身近なテーマのことなどに、興味を持って見ている生徒が多かったです」

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荒井先生 「2日目が祭り作りで、1日インストラクターがついてもらって踊りの稽古をして、発表会まで行います。3日目、4日目、5日目が農作業で、最終日の5日目に「お別れ感謝の会」でお世話になった農家の方々とわらび座団員の方々に作文と合唱でお礼をします。目的は、伝統芸能に触れることと、農作業を通して、農業や労働を考えるということ、人との出会いがあります。和光中学校のカリキュラムでいうと2年生になって初めて、自分たちだけで合宿をするので「学年自治」の練習としても考えています」

——プログラムが5泊6日とたっぷりありますが、なにか理由があるんですか?

荒井先生 「それは農業体験を遊びで終わらせたくないからなんです。やはり3日間かけてじっくり農作業に関わって、クタクタになるまで働くことが大切だと思うんです。自分たちはクタクタになるまで全身全霊でやったんだという達成感を生徒たちにも感じてほしい。

家のお手伝いでは体験できない、生まれて初めての本物の労働体験をするわけです。農家の人たちが毎日やっていらっしゃることは、クタクタになろうとなんだろうと、今日やらなければならないことは今日やらなければならないという仕事じゃないですか。そういう農業の厳しさを体験してほしいんです。やはり農作業は1日やったぐらいではわからない。だから3日間という期間を設定しています。生徒たちは3日目ともなると『もっとここにいたい!』と必ず言うんですよ」

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——この「秋田学習旅行」に行く前と行った後で、生徒さんには変化がありますか?
荒井先生 「人格が一変する、ということはありませんが、学習旅行で自分のではない家庭に触れることで、自分を見つめ直す機会になるようです。秋田で受け入れ農家の方々の優しさに触れて、きめ細やかで、じっくり待って、包み込むような指導に、学ぶものは大きくて。農家の人は自然に向き合ってこられて、ご自分の言葉を持っている。『受け入れ農家の方々は哲学を持っている』といった教員もいました。農家の方々は、ただ農業をやっているだけじゃない。自然と向き合い、『あるがままに受け止める』ということを本当に体現なさっているように見えます。折れる穂があっても、次の年はまた作付けをする、そういうことをやっているということはやはり大きいのではないでしょうか。生徒に対する向き合い方もそんな印象があります。何があってもあるがままを受け止めてくださって、生徒たちはもちろん、その姿勢に学ぶことは私たち教員も大きいです」

 

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荒井先生 「また、生徒同士の発見もとても重要だと思っています。学校の日常だけではわからない、仲間の側面が見えてくるんです。それは長い時間をともに過ごし、大変な労働も寝食もともにすることで初めて得られる気づきでもあるんです。「出会い・発見」というのは当校のキーワードでもあるのですが、自分のなかの知らなかった自分に出会ったり、仲間の知らなかった一面を発見したり、新たな気づきが出会いになる。自分自身に欠けているものもそうです。新しく農家さんとの出会いはもちろんですね」

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荒井先生 「自然環境豊かなこの場所が、都会から見ると新鮮だということはそのとおりなのですが、メインは人です。農業も、伝統芸能も、それを伝えてくれる人の存在がないと、生徒にとってはそれはお仕着せの知識にしかならないですよね。来年で和光中学校の『秋田学習旅行』は40周年を迎えます。長い時間のなかで培われてきた、わらび座をとおしての農家さん同士のつながり、学校とわらび座のつながり、そういう伝統の上に、今年も生徒たち112名が新たな学びの場を得ることができました。 

それぞれお世話になった農家の方々を“秋田の父さん、母さん”と慕って、明日の別れは涙なくしては語れないでしょう。東京に戻ってから、秋田を“第二の故郷”と呼び、再度秋田を訪れる生徒も少なくないんです。こういう故郷はいくつ増えてもいいんです。今年も秋田という場所で出会った学びのおかげで、生徒たちに『ああ、帰ってきたな』と思える場所ができたことを、本当に大きなことだと思っています」

編集協力:秋田県

劇団わらび座
1951年創立、秋田県・仙北市を拠点におく劇団教育に対する取り組みとして、ミュージカル観劇と踊り教室、農業体験の2つを柱にした「わらび座修学旅行」を約30年前から実施。なお、今回、ご紹介した「わらび座修学旅行」と同じ内容の体験メニューは、一般の方でも小グループ単位でお申込できますので、ご興味のある方は、わらび座までお問い合わせください。 http://www.warabi.jp/education/index.html

 

問い合わせ先
住所:〒014-1192 秋田県仙北市田沢湖卒田字早稲田430
わらび劇場
電話:0187-44-3915

(更新日:2017.03.03)
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農作業、お祭り、おじいちゃん・おばあちゃんとのおしゃべり……のびのびとたくましい心と体を育む、秋田の子どもたちの“ふつう”から見えてくるものとは。
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