特集 心と体で学ぶ場所

心と体で学ぶ、人生にとって大切なことvol.03| 五感で感じる芸術の実験場 アートギャラリー〈ものかたり〉で「自由」を育む

秋田県南秋田郡五城目町は秋田県中央部に位置する、林業と農業を主要な産業とするまち。江戸時代、全国有数の産出量を誇った阿仁鉱山の流通の拠点として栄えたこの町は男鹿半島の海の幸と、阿仁の山の幸が交換されてきた朝市があり、500年以上前から、今もなお、町民の暮らしを支えている。

このまちに生まれ育った小熊隆博さんは、京都で大学時代を過ごし、瀬戸内国際芸術祭で「アートサイト直島」に関わったのち、故郷である五城目町にUターン移住。地域おこし協力隊として働くかたわら、2016年4月、旧街道沿いの古民家を改修して、アートギャラリーをオープンさせた。

今、五城目町の人口は約9,500人。「こんな小さなまちで、ギャラリーを?」と多くの人が思ったはず。しかも、ここはギャラリーなのに、壁には一枚の絵もかかっていない。小上がりでは、子どもたちが思い思いに絵本を開いているのである。

場所の名前は〈ものかたり〉。「ものそのものが人に語りかけてくるような、それに耳を傾けられるような場所でありたい」という小熊さんの願いが込められた名前だそうだ。

この一風変わったギャラリーをはじめた小熊さんと妻の美奈子さんに、お話を伺った。

文:石倉葵(See Visions) 写真:高橋希、ものかたりスタッフ(ワークショップ風景)

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子どもたちの未来のために、
「自由な発想力」を培う場を

ショーウィンドウごしに見える一面の本棚には、一見して「絵本屋さんかな?」と見まごうほどの絵本が並んでいる。

ここは五城目町のアートギャラリー〈ものかたり〉。五城目町出身の小熊隆博さんがUターン移住してこのアートスペースをオープンしたのは、2016年4月のことだった。

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五城目町は県庁所在地である秋田市から車で約1時間ほど。ここ五城目町でインデペンデントのアートスペースをはじめる人がいる、というニュースは、秋田県内のアートファンを喜ばせた一方で「本当にやっていけるのだろうか」という声も少なからず聞こえてきたと小熊さんは笑う。

小熊さん「大きな箱物は今後このまちにはできないだろう、では箱がないところにアートがないのか、ということを考えたんです。五城目のような規模のまちなら、むしろ美術館などの公的な施設ではできないことを、もう少し柔軟に挑戦できるのではないかと」

こう語る小熊さん自身も、6歳のはるくんと3歳のあけるくんの二人の男の子の父親でもある。

小熊さん「五城目町だけでなく、全国の地方で同様に起こっている現象ですが、これから人口がどんどん減少し、地域が縮小し、今までの考え方の枠組みでは維持できないことがいっぱい出てくるでしょう。そういうときに必要なのは、考え方を変えるということだと僕は思うんです。状況が変わったときに柔軟に対応できる、自由な発想力をいかに培っておくかが大事ではないかと思って。

僕自身ももっと自由に変わりたいと思っているし、子どもたちにはよりいっそう、自分で考える力や感性が必要です。ここで行っていくアートプロジェクトは、そういう自由な発想力を養うプログラムであるといいと思っていますし、そういったプログラムを提供する場として、ここ〈ものかたり〉を開いていきたいと思ったんです。それは例えば学校のテストで高得点を取るという価値観とは異なるもの。学校のカリキュラムだけでは補えない教育の一端を、民間としてこうしたアートスペースが担うことができるのではないかと考えました」

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「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」で体感する、“音以前”の音が紡ぐ音楽の世界

2016年5月5日、子どもの日にアーティストでミュージシャンの和田永さんのワークショップが行われたのは、ものかたりがオープンしたわずか1ヶ月後のこと。

小熊さん「不要となった旧式のテレビや扇風機や、短波ラジオ、黒電話などの家電類をレトロに再生して楽しむのではなく、DJマシンやエレクトーン、シンセサイザーなどと組み合わせて、数々のオリジナル楽器を創造していくんです。そうして生み出された楽器でユニークなパフォーマンスを繰り広げるプロジェクトが『エレクトロニコス・ファンタスティコス!』です。参加者をどんどん巻き込みながら新たな楽器を創作・量産し、奏法を編み出して、最終的にはオーケストラを形づくっていくプログラムで、和田さんご自身だけが表現するだけにとどまらず、その輪を広げみんなで表現を生み出していく試みです」

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和田永(わだ・えい) 1987年東京都生まれ/在住 アーティスト/ミュージシャン。2009年より、古いオープンリール式テープレコーダーを演奏するグループ「Open Reel Ensemble」として活動し、注目を浴びる。2015年より、役割を終えた古い家電を新たな電子楽器として蘇生させ、合奏する祭典を目指すプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」を始動。eiwada.com

和田永(わだ・えい) 1987年東京都生まれ/在住 アーティスト/ミュージシャン。2009年より、古いオープンリール式テープレコーダーを演奏するグループ「Open Reel Ensemble」として活動し、注目を浴びる。2015年より、役割を終えた古い家電を新たな電子楽器として蘇生させ、合奏する祭典を目指すプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」を始動。eiwada.com


小熊さん
「和田さんは、いろんなものを楽器にして新しい音楽を作ることができる人なんです。これはシマシマを感知して音を奏でる『ボーダーシャツァイザー』というものです。シマシマにカメラを向けると、電子音が鳴るんです。初めからボーダーの服を着てきた人もいれば、黒いTシャツに白いテープをはって、自由に自分のシマシマを作ることもできます」

一人ずつにカメラを向けて、距離を変えたり、動きをつけたり。微妙な感知の差によって、音も微妙に変化してく。

一人ずつにカメラを向けて、距離を変えたり、動きをつけたり。微妙な感知の差によって、音も微妙に変化してく。

小熊さん「普通の音楽スクールや音楽教育で学ぶのは楽譜があって、それに沿って演奏するというものじゃないですか。ここでは音楽以前の音、音階の間に無限の音があるということを示してくれたんじゃないかと。音楽って、ここまで自由でいいんだよということを、感性が柔らかい子どもたちにこそ感じてほしかったんです」

人口3,000人の直島で見た、
地域とアートの可能性

小熊さんは、2008年京都造形大学大学院を卒業後ベネッセに入社、アートサイト直島の事業に参加。そこで「瀬戸内国際芸術祭」を目の当たりにしたことが、地方におけるアートの可能性を感じた経験になった。

 小熊さん「直島は人口約3,000人の小さな島で、高松からも小豆島からも船で1時間はかかるような不便な場所にあります。そんな場所に美術作品を見るために世界中から人が訪れるんです。今では通常年でも交流人口が年間10万人以上。五城目町の人口の3分の1の島でそんな現象を目の当たりにしたことが、五城目町でアートギャラリーをやろうと思ったきっかけです。

アートサイト直島は地域の資源をアートに活用した早いほうの事例でした。たとえばその中で行われた『家プロジェクト』。直島でも古くから存在する集落の一つである本村地区に現存していた古民家を改修・改造し、現代美術作品に変えてしまおうという試みでした。300年ほど前からある古い町並みを安藤忠雄、内藤礼、杉本博司、ジェームズ・タレルら錚々たるアーティストが、全く新しい景色に変えていく。しかもその作品の解説をするボランティア・スタッフは、地元のおばあちゃんだったりして。つまり、先端のアートを80代の地元のおばあさんが解説している。そのギャップに皆やられていくわけですね(笑)。それって、観光とは違うなと思っていて。

僕もいずれは五城目町に戻って、何か自分にできることをやってみたいと思っていたのですが、アートギャラリーというイメージはずっと持てませんでした。五城目町は観光の要素はあまり多くないし、そもそも僕は地元の人間で、地元に魅力がないと思って出て行った人間なわけですから。でも、『家プロジェクト』を通して、地域の人が知っているようで知らない魅力を掘り起こす役割はアーティストなど外の人が持っているのだろうな、ということを体験的に知ることができたんです」

地域おこし協力隊として
生まれ故郷に再び、足を踏み入れる

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五城目町は、2015年にはシェアビレッジ町村ができ、旧馬場目小学校を五城目町地域活性化支援センターというインキュベーションセンターにするなど、今、秋田県内で、もっとも新しい動きが生まれている場所の一つ。しかし、小熊さんは実はその動きを帰郷する直前まで知らなかったといいます。

小熊さん「いずれ、生まれ故郷の五城目町で何か自分にできることをやってみたいと思っていたものの、ギャラリーというイメージはまだなかった。いざ帰郷しようとしたら、今の五城目町には県外から若くておもいろい人たちが集まってきているではないですか」

彼らと意気投合し、ギャラリーを始めるのと同時に、五城目町の地域おこし協力隊として、生まれ故郷に新たに入り直すことになったのだそう。

小熊さんが所属するのは、空き家の利活用を担当する住民生活課という空き家の情報が集まる部署。そこで空き家の活用例を先行事例として、自分の活動拠点を〈ものかたり〉のリノベーションの過程も公開した。

小熊さん「僕は1981年生まれです。僕らの世代では古い建物をリノベーションして、新しい用途を与えて命を吹き込むということを評価する、共通の価値観を持っていると思いますが、僕らの上の世代の人たちは、今でもスクラップアンドビルドで新しいものを建てるということがよりよいことである、という根強い考え方がある。それは間違っていないかもしれませんが、僕らからしてみると非常にもったいないなと思うんです。〈ものかたり〉でリノベーションという手段をとったのは、そういうスクラップアンドビルドをよしとする価値観に挑戦するという試みでもあったと思います。

声高に自分の主義主張を叫ぶやり方ではなくて、この場所がただあるということで、あえて言わずとも伝わっていくものがあると思って、この場所を開き、そして続けていこうと思っているのです」

そう語る小熊さんの口調には、静かな中にしなやかな強さが宿っていた。

ミュージアムとライブラリー。
両方の機能をもつ空間を

 

小熊さん「もともとはミュージアムとライブラリー両方の機能を持った場所を作りたいと思っていました。町には小さな図書室はあるけれど、絵本のコーナーも小さい。『ギャラリーです』なんていっても、なかなか入りにくいだろうなと思ったので、絵本を陳列することで、子ども連れのお母さんも入りやすいだろうと思ったんです」

〈ものかたり〉は妻・美奈子さんによる絵本の選書も魅力の一つだ。通常、ギャラリーといえば子連れお断りのところも多いが、〈ものかたり〉は、まるで絵本が子どもに手招きしているようなウィンドウも特徴的だ。

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美奈子さん「子どもの頃からずっと絵本が好きでした。親がよく絵本を読んでくれたのかもしれないです。そういう環境をこのまちの子どもたちにも提供したいと思って、デザイン的に優れている絵本、絵本作家以外の職種の人が挑戦した絵本、目にしたときにはっとした気持ちになるものを中心に選書しました。絵本の魅力は、赤ちゃんから大人まで訴えかける力があるところ。長く読み継がれているものは、自分も小さい頃に読んどった! という思い出が浮かび上がってくるじゃないですか。子どもができて読み返したときに『この絵本、こんな話だったっけ?』と新たな発見があったりする。子どものときに理解できなかったことを大人になって再度発見したり。お気に入りの絵本を100回も読んだはずなのに、101回目にびっくりするような発見をする、とか。子どもと一緒に見ると、着眼点とか、ものの見方が違うから、そういうのがいいところだなと」

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絵本のある本棚のオープンな印象とアートが両立している〈ものかたり〉。しかし本とアートは生活必需品ではないから、触れる機会がなければ、存在すら知らずに暮らしは回っていってしまう。その先に広がる豊かな物語の入り口に立つための場所として、まちのギャラリーの役割を考えた結果のミュージアムとライブラリーの融合だったのかもしれない。

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豊かさの尺度は自分で決める。
そんな自由を、取り戻す

小熊さん「ギャラリーって、壁に飾ってある絵を見にいくイメージが強いでしょう? でも実は現代アートにはもっと多様な展示が存在するんです。アートは五感で感じるもの。普段見ている目線から、今一歩引いて物事を新たに捉え直す視点というのがアートの一つの機能。そういう機能を持った場所がこのまちにあってもいいんじゃないかと僕は思っています。地方の暮らしは経済的な尺度で都会と比較されることが多いけれど、人口が減っていて、若い人がいないから豊かでない、ということではなく、豊かさの尺度自体を変えたいし、そんな問題提起ができるのはアートの力だと思うんです。最近はね、『石高で豊かさを測ろう』なんて、仲間と話してるんですよ(笑)。はっきりした正解だけじゃない。別のところにも案外正解はいっぱいあるんじゃないか、ということを探せる力を養うのは教育の役目です。でも、自由を体験したことがないと、自由にふるまうことができなくなってしまうかもしれない。『さあ自由にしていいよ』と手を離したときに、ちゃんと自己決定できるかどうかは、これからの世界を生きていくためにとても重要です。

“自由を育む”ってすごく難しいんです。でも、学校の先生になんでも任せてしまうのはやはり違うと思う。そう考えたときに〈ものかたり〉はアナザープレイスとしての役割を果たすこともあるかもしれません。学校が『これをやってきなさい』『今はこれをやる時間です』と決められたことをこなしていくことが求められる場所だとすれば、子どもが自分で自由に、自分の興味の向いたものを、ある日すっと手にできる場所。そういう自然な向き合い方ができるような場所として、ここにあり続けるのが〈ものかたり〉の役割かもしれません。

例えば絵本を入り口に、楽しんで読んでいるうちに、詩やデザインなど別のジャンルにいつの間にか関心を持つようになっていたとか、関心を持った一部分が実はこういう音楽とつながっていたのか!というようなことを発見できるとか、そんなことがここで起きてきたらいちばんいいんじゃないかと思っています」

 

編集協力:秋田県

 



ものかたり
住所:秋田県南秋田郡五城目町字上町39
時間:10:00-19:00(不定休)
電話:018-802-0089
アクセス:自動車→秋田自動車道「五城目八郎潟IC」から県道15号線経由にて約10分
バス→秋田駅西口から五城目線にて約75分「五城目バスターミナル」下車徒歩約10分
電車→JR奥羽本線「八郎潟駅」よりタクシーにて約15分

心と体で学ぶ、人生にとって大切なことvol.03| 五感で感じる芸術の実験場 アートギャラリー〈ものかたり〉で「自由」を育む
小熊隆博さん
1981年秋田県南秋田郡五城目町生まれ。京都造形芸術大学大学院修了。2008年より「ベネッセアートサイト直島」に勤務。2015年、出身地である五城目町に「地域おこし協力隊」として着任。2016年4月、芸術環境研究所として合同会社みちひらきを設立。五城目町の朝市通りにほど近い古民家を改修したギャラリー「ものかたり」を開設し、展覧会、ワークショップ、レクチャー等を開催するほか、書籍、アーティストグッズ、地元職人によるオーダー商品等を取り扱う。
(更新日:2017.03.24)
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農作業、お祭り、おじいちゃん・おばあちゃんとのおしゃべり……のびのびとたくましい心と体を育む、秋田の子どもたちの“ふつう”から見えてくるものとは。
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