特集 心と体で学ぶ場所

心と体で学ぶ、人生にとって大切なことvol.02| 大人も子どもも田んぼで育つ。 今日からここは「野育園」

自宅の一部をカフェやコミュニティスペースなどにして新しいコミュニティをつくる「住み開き」の試みは全国で広がっているが、秋田県潟上市の農家・菊地晃生さん、みちるさん夫妻の運営する「ファームガーデンたそがれ」の保育園ならぬ〈野育園〉という試みは、さながら「農開き」だ。

〈たそがれ野育園〉とは、大人も子どももともに、不耕起栽培という自然農法のひとつを実践する取り組み。開園から3年目となる2016年度のメンバーは20組50名を数え、そのメンバーは0歳の赤ちゃんから定年退職を機に農業に携わるようになった大人まで、実にさまざまである。農薬を使わないこの農法を採用した田んぼでは、春にはタニシやおたまじゃくし、夏にはホタル、冬には白鳥とさまざまな生き物を見ることができ、子どもたちの笑い声が絶えない。

〈たそがれ野育園〉が単なる田植え・稲刈り体験と大きく異なるのは、1.5ヘクタールある菊地家の田んぼのうち、希望するだけの広さを「自分の田んぼ」として1年間、すっかり任されること。そこでメンバーは種もみを蒔くところからはじまり、田植え、草取り、稲刈り、天日干しを経て脱穀して食べるまでの一連の流れをすべて経験するのだという。ちょっとしたイベントやお手伝いではない本物の農体験と、「自分の田んぼを持つ」ということがもたらす作用とは。〈たそがれ野育園〉園主で、ファームガーデンたそがれ主宰の菊地晃生さんと妻のみちるさんに話を聞いた。

文:石倉葵(See Visions) 写真:高橋希(ポートレイト)、菊地晃生(作業風景)

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田んぼをオープンソース化することで
農家も外に開かれていく

菊地晃生さん(以下、晃生さん) 「〈野育園〉というのは、もともと僕が自分の子どもたちとのあいだで使っていた呼び名です。我が家では子どもたちを、小学校に入るまでは家庭で見ることにしたんです。我が家は農家なので、必然的に子どもたちを連れて、田んぼに出ていました。当時長女・ひなたは3歳、次女・つきは1歳。最初はずっと見ていないといけなくて、田んぼの作業をしながらそれは結構大変で。毎日田んぼに連れて行っていても、興味を持って自分から田んぼに入ることなんてなくて、足に水がついただけで、びえ~っと泣いていたり。ただ連れていくだけでは、ダメなんですよね。泥で遊ぶ、木の実を採ってみる、水に触れてみる、そういう体験を何度も繰り返して、初めて『自然は楽しい』ということがわかるというか。遊ぶという体験を通してでないと、わからないことがあるんだと思うんです。こうやって子どもたちと田んぼで過ごしている様子をフェイスブックにアップしていました。そうしたら『うちの子どもにもやらせたい!』という反応を多くいただいたんです。

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僕は当時、「自然耕塾」という名前で勉強会も主催していました。自然耕で農業を営む次世代の人たちが育ってくれればいいなという思いをこめて始めた、自然農のための専門的な知識を身につける塾だったので、そこでは自分の子どもたちが走り回ったり、子どもの笑い声が聞こえることはNGにせざるを得ない。もっと子どもたちも参加できるかたちにシフトチェンジしよう、と思い立って、始めたのが〈たそがれ野育園〉です。田んぼ自体をオープンソースとして開くことで、自分自身も場として開かれるようなイメージを持ちました。田んぼ自体の目的の変更ですね。そういうことのなかに、子どもをそこで育てる、子どもの自然体験と農体験というのが要素として入ったわけです。

農業に携わっていると、田んぼが次第に生産工場のように見えてきてしまって、人が集うっていう目的なんて実はなかなか考えられないんですよ。でも、こうして設計変更することで、田んぼの可能性がもっともっと見えてくるのではないかと思ったんです」

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「あの一粒が、こんな風に実ったんだよ」
生き物のパワーを感じてほしい

晃生さん「それで、〈たそがれ野育園〉のメンバーには、自分で自由に区画を決めてもらって、一年を通してその田んぼの土作りから苗床づくり、雑草取りなどすべての行程をやってもらうことにしました。僕は農家だから、代わりにやってあげることはかんたんなんですけど、それをやらない、と決めたんです。それは子育てと同じですね。〈たそがれ野育園〉ではやるもやらないもその人次第。それなりに手を抜けばそれなりの収穫量になるし、でも隣の区画の人が足しげく通って、まめに草取りをしていれば、ああ、うちもちゃんとやろうと思えたり、余裕があれば、ほかの人の田んぼまで手伝って草取りしてあげるような共助の精神が生まれたり。菊地家の田んぼを手伝っている、という感覚ではなくて、『うちの田んぼ、大丈夫かな、見に行かなきゃ、手入れしなきゃ』という感覚になる。それはプチ農家というか、農家の感覚そのものなんです。そういったことまで伝えられたらいいなと思っていました」

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菊地みちるさん(以下、みちるさん)「〈たそがれ野育園〉を始めるにあたって、単なる稲刈り体験のような形で終わらせたくないよね、という話を夫としました。田んぼの作業は田植えと稲刈り以外の部分が圧倒的に多い。〈たそがれ野育園〉に来てもらう方たちには、ぜひ自分たちで田んぼのすべてに関わってもらえるような場所にしようと。種まきからお米を収穫してお米の袋に詰めるまでの生き物の一生を見てもらえれば、というふうに思っていましたね。農家と同じように、あの一粒がこんな風に実ったんだよ、というあのパワーを感じてもらえるはず、と」

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みちるさん「それに、保育園でも、学校でも、家庭というコミュニティでもないところで、年齢の違う子どもたちがたくさんやってきてくれるのも、なんだかいいなって。我が家の子どもたちは3人姉妹なので、〈たそがれ野育園〉に来てくれる男の子たちの遊び方がとても新鮮だったりするみたいです。うちの田んぼには裏山があるんですけど、山登りがすごく上手な子どもがいたり、ヘビを平気で触る子がいたり。そうやっていろんな子どもたちがやってきて、いろんなところを探検したり、木の実を潰しておままごとをしたり、いろんなことを一緒にやってみる。それはうちの子どもたちにとっても大きな学びになっています」

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もっとみんなが田んぼに関われるようになれば……
不耕起栽培は“自給力”を養うのに向いている

晃生さん「僕はもっとみんなが自分でお米が育てられるようになってほしいんですよ。1990年に400万人だった農業従事者が2015年に200万人を割ったんです。25年で半減です。これは、今後加速度的に20年や25年で限りなくゼロに近いところまで行きかねないペース。日本中の田んぼが耕作放棄地になっていくというどうしようもない現状があって、そういうこともみんなで考えていきたいというのが裏テーマでもあります。

例えば、行政が耕作放棄地を買い取って、全員に配るなんてこともあってもいい。“皆農”システムです。会社員でも、1日何時間は田んぼにいく、などという新しい農の形態が必要だと思うぐらいです。すべての人が田んぼを少しずつ持つことって、50~60年前では当たり前だったので、そんなにバカげた話ではないですよ。自分が1年間食べるお米が穫れる田んぼ。一反歩あれば多いです。300キロもとれちゃったら余るので、それを3家族で分業しながら自給するということもできると思うんですよね」

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晃生さん「不耕起栽培のメリットは、トラクターなどの大型機械を入れずに、すべて手作業でできるところです。体と鎌などのちょっとした道具さえあればできるという原始的なスタイルですけれども、まずそこからはじめるんだったら普通の人でもできる。そういう自給する能力をつけるのも、〈たそがれ野育園〉が目指していることの一つです。

〈たそがれ野育園〉の活動を始めて3年目の今年は、参加者は20組50名になりました。作業日には、もみがらを燃料にしてご飯を炊く「ぬかくど」でご飯を炊いて、メンバーにはおかずを一品持ち寄ってもらうというスタイルで続けてきましたが、お昼に炊くご飯の量も今は三升になりました。ご飯をおいしそうに食べてくれるこどもたちの笑顔が見られるのは僕らにとって、大事な心の栄養になっています。

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うちは田んぼも畑もあるので、〈たそがれ野育園〉のメンバーがやってみたいと思ったことはどんどん挑戦してみよう、と話しています。実際、有志で始まった藍と綿花の手しごとクラスでは、藍の栽培から煮出し染めを中心とした染色の挑戦と、綿花の栽培からの綿繰りと糸紡ぎまで。マメミソクラスではリュウホウという秋田の大豆の種まき、草取り、土寄せから収穫後の脱粒と乾燥、そしてうちの米を使っての麹づくりと味噌づくりまで。路地野菜クラスではジャガイモの栽培を行いました。たんぼや暮らしは、一人で行うことでなく、たくさんの人の知恵やアイデア、想像力、結束力でもっともっとおもしろく、楽しく、美しくできるのではないか、ということも〈たそがれ野育園〉を通して実感しています。

自分でもできる、もっとやってみたいという感覚を育てるのは子どもに限らず、大人にも当てはまるかもしれません。僕ら家族も含めて、そういうふうに大人も子どもも一緒に育つのが〈たそがれ野育園〉だと思っています」

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生き物がいっぱいいて、
子どもの笑い声する田んぼを、未来につなぐ

晃生さん「田んぼは祖父から譲り受けたものです。もともとは北海道でランドスケープデザインの仕事をしていましたが、祖父が交通事故にあったのを機に秋田に戻ることにしました。」

みちるさん「私は愛知県の出身で、夫とは大学時代にやはり愛知で知り合いました。家具製作の技術職として働いていましたが、結婚を機に秋田へ。夫が就農する前におじいちゃんも亡くなってしまったから、農業を誰かに教えてもらうということがなかったんです。結婚も、農業も同時に始めているから、暮らしそのものが農業というか、自分たちで手探りでやっていくしかないねという形で始めて。だから毎日が実験ですよね(笑)」

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晃生さん「僕らにとってはそれが良かったのかもしれないです。今の畑作化した田んぼでは、大型機械を入れるために乾かした田んぼにして、土に養分がない分、化学肥料を補って、病気が出たりすればそれを薬で対処すればいいというふうなやり方なんですけど、そういう近代農法の結果として、ヨーロッパやアメリカなどでは土地が砂漠化している事例もあるほど。そういうやり方は未来に何も残さないのではないか、と危惧しています。

近代農法は人の手がいらないんです。だから、田んぼに人の声がしない。僕らがかつて美しかっただろうと思う農村は、秋田出身の舞踏家・土方巽が見たような、田んぼの脇で笑っている人たちがいて、その隣で酒を酌み交わす人がいて、という明るい農村じゃないですか。そういうものがなくなっていくことの不安があります。僕が子どもの頃だってそういう風景はなかったんですから」

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みちるさん「農家ってね、意外と孤独なんです。私も最初はそんなイメージはなかったけれど」

晃生さん「特に近代農法はそう。農業をやっている若手なんて数少ない仲間しかいないんです。だから僕自身がコミュニティがほしかったということもあると思います。昔は家族みんなで助け合って、子どもたちだって忙しいときは田んぼの手伝いをやっていたんでしょうけど。でも、大勢いるって楽しいじゃないですか。子どもがそこらじゅうで駆け回っている田んぼ。そういう風景を再生したいけれど、今、農村には人がいないからできない。だったら地域の枠を越えててでも、新しいコミュニティのあり方を模索しなきゃいけないんじゃないかと、真剣に考えた結果が、不耕起栽培であり、〈たそがれ野育園〉だったんです」

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愛とは、相手のために
時間をムダにすること

みちるさん「私たち夫婦と、子どもだけではじめた〈野育園〉も、最初の1年間は試行錯誤の連続でした。子どもたちを家で見ると決めたはいいけれど、仕事と子どもたちと過ごす時間のはざまでせめぎ合いがあったと記憶しています。親にとっても、子どもにとっても、ですね」

晃生さん「日々の仕事と子どもたちとの時間との間で気持ちも交錯する日々でした。田んぼにいるときに、たびたび『お父さん』って呼び止められたり、見守っていなきゃいけないことが多くて、やらなきゃいけない作業が全然進まないときもあるんです。〈たそがれ野育園〉を始めてからは、子どもたちと一緒に過ごすために時間を使おうというモードに自然となってきました。農家としての田んぼの仕事は休みだけど、いつもと同じように田んぼにいて、子どもたちと過ごしている時間が〈たそがれ野育園〉なんだって思えるようになってきました」

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みちるさん「子どもが思い切り遊べるようにしてあげるためには、親も大変ですよね。『汚すなよ~、汚すなよ~』と思っているところにぴちゃっとやられると、はぁ~とため息の一つもつきたくなりますけど、田んぼにいるんだから、汚れるのは当たり前。最初はちょっと気にして『風邪ひくよ』なんて声をかけたりしていたこともあったんですけど、それって自分の都合だったなって。もうね、洗濯とか、後片付けとか、そういうあとのことは考えない!(笑) 子どもたちに対しても、『行け』って思うように気持ちを切り替えました」

晃生さん「辻信一さんが『星の王子さま』の一節を引用して、『愛とは相手のために時間をムダにすることだ』とおっしゃっていたのを講演会で聞いたことがあります。

子どもたちは、ずっとおんぶしていなきゃいけない状態から、少しずつ距離がとれるようになってきて、自転車に乗るようになったらそれが楽しくて、もう親の姿が見えないことなんておかまいなしになるんです。もう今は僕の姿が見えるとイヤだとまで言う(笑)。そういうふうにして親と離れていくんだろうなというのを見るのは、おもしろいです」

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みちるさん「『見て見て』というのが、だんだん遠くなってくるんですよ。最初は近くで何度も『見て見て』『うん、見てるよ』というやりとりだったのが、だんだん遠くから『見て見て!』というようになって、それが次第に『見ないで!』に変わっていって。『大人は見ちゃダメ、こっちは子どもしか入れません』というように、自分たちの世界を作っていく」

晃生さん「〈たそがれ野育園〉は我が家にとっては小さい社会でもありましたし、子どもたちとの幼少期の濃密な親子の時間にもなりました。長女・ひなたが今年から小学校に入ったので、新しく学校というコミュニティができて、別の世界や遊びがあるということを知って、田んぼ以外のものにも興味が向いている様子もあるんですが、僕はそれでもいいと思っていて。小さいころに田んぼで泥だらけで遊んだとか、そういう記憶だけ残ってるだけでも意味があると思っています。将来的に、子どもたちが成長してからも、子どもたちが興味を持てる何かを見つけられる場でありたいなとも思っていますが。

農業をやっていると、暮らしと仕事ってまったく一緒なんだと感じます。家のことも、仕事のことも、子育てのことも、百姓の仕事のうちの重要な一部であるという認識ですし、お米や農産物を育てるということも、農業をやる現場や消費者とつながる場が変容していることや、〈たそがれ野育園〉という場を開いていることも、全部同列で大事だと思っているんです。現代の百姓としてフェイスブックもやるし、東京出張もある。その出張にはぬかくどと杵と臼を持っていったりするんですけどね!(笑)」

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編集協力:秋田県

心と体で学ぶ、人生にとって大切なことvol.02| 大人も子どもも田んぼで育つ。 今日からここは「野育園」
菊地晃生さん、みちるさん 晃生さん
1979年秋田県潟上市生まれ。大学で建築・都市計画を学んだのち、高野ランドスケーププランニング(株)にてランドスケープデザインに従事。2007年に帰郷、祖父の田畑を受け継いで就農し「ファームガーデンたそがれ」を立ち上げる。不耕起栽培で育てた米と野菜の直販を中心とした米・野菜・加工品の販売をはじめ、2014年からは〈たそがれ野育園〉園主として市民農園の受け入れを行っている。

みちるさん
1980年愛知県豊橋市生まれ。大学で建築を学んだのち、家具技術職を経て2007年、結婚を機に夫の故郷である秋田県潟上市へ。夫とともに「ファームガーデンたそがれ」を立ち上げる。3児の母。産直ウェブショップ「たそがれ商店」では天日干しの米や杵つき餅などのほかに、みちるさんが手がけたジャムやギフトセットなどの加工品も購入できる。
(更新日:2017.03.17)
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農作業、お祭り、おじいちゃん・おばあちゃんとのおしゃべり……のびのびとたくましい心と体を育む、秋田の子どもたちの“ふつう”から見えてくるものとは。
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