REPORT

『九州竹細工探訪記』
vol.3日之影町が撒いてくれた問い。応え。
文・絵◎ゴロゥ

宮崎県
別府市在住・グラフィックデザイナー&イラストレーターで、竹細工職人修行中のゴロゥさんが、竹細工のある暮らしを目指して九州に旅に出た!
2015年、鳥取に暮らしていたゴロゥさんに取材させてもらった日から早4年(おひさしぶり!)。住む場所、生活、働き方も変化した今の心持ちが綴られた旅の記録をお届けします。持ち前の、いきいきとした思考と好奇心、具体的な“暮らし”のイメージをたずさえて。
それいけ、ゴロゥちゃん!

vol.01:日之影町に行く前に
vol.02:日之影町で出会ったもの

旅から戻った数日後、学校に福島・喜多方から地域おこし協力隊の募集についての話をしにきてくれた方がいました。

喜多方は根曲竹を使った竹細工があり〈雄国の根まがり竹細工〉として福島県の伝統的工芸品として認定されています。竹細工業界全体の話でもあるけれど、この雄国の根まがり竹細工も後継者不足で、その後継となるようなひとを探しているというようなお話で、「おしゃれさはありません。生活としての竹細工をしたいという方は……」というようはことばで話していたのがとても印象的で、すぐさま連絡をして会いに行くことに決めたのでした。それはもう、学校を辞めるくらいの覚悟で!!!

翌日は熊本旅行になります。まずは〈熊本県伝統工芸館〉から。

予定は1月の半ば過ぎ。それまでなんだかそわそわと日々を過ごすことに。年末からずっとデザインの仕事の量も多く、学校へ行き、帰ってからデザイン仕事、という日々。出品しようと思っていた公募展の作品提出も迫り、日々は飛ぶように過ぎます。

デザインの仕事はたのしくもあるけれど、これをわたしは必要だと思っているだろうか、というところでいつももどかしさを感じることがあって。依頼してくださる方の役に立てる、という点ではとてもうれしく、作ること自体もたのしくあるんだけれど、積み重ねていく日々にもどかしさが挟まり、そこにがたつきが出てきてしまう。そうこうしてると、そんなアンバランスな重なりがガラガラ崩れ去るわけです。そして呆然としたままじぶんがよくわからなくなる数日を過ごす。それからまたもがきながらどうにか暮らしを考え直すというような。一体何度繰り返すの……!!

大阪民芸館での〈民藝のバスケタリー〉開催中、ショップに並ぶものの多くが〈工藝きくち〉さんのものでした。

そこに対する応えを探し、いま私は〈民藝〉というものに改めて手がかりを見出したりしていたところです。民藝と取り扱われているモノについてというより、民藝とされる健康的な美を持つモノができる背景というか、その場所に必要なものをそこで暮らす人がそこにあるものでつくっていくということ。日之影町でお会いした鉄平さんから感じた空気がまさにそれでした。最近読んだ本にあった「いるべきときに、いるべきところで、なすべきことをなす」という言葉に呼応するような。そこにすっといる、そしてやることをやっている、という感じがとてもしたんだよなあ。

そんなふうにデザインへのもどかしさを、竹細工への転換で解消していこうとしていたのだけれど、なんとデザインに感じていた「これは必要だろうか」というもどかしさは竹細工をしていても感じるようになってきたわけです。後継者不足の業界だけれど、別府はやはり竹細工が盛んで、学校で学んでいると、周りに竹細工をされている方がたくさんいて、それぞれに魅力的なものをつくろうと日々励んでいるのを見ていると、わたしがここですることはないのではないか、という気になってきたりして。これじゃあ同じじゃないか、となってびっくり。

行った先でご飯屋さんなど、お店のこと教えてもらうのは旅という感じがしてなんとも好いです。

新しいものをつくっていくってことじゃなく、わたしは必要とされているのに不足しているところを補う役を担いたいと感じているのかもしれない、と。それは、誰がどう考えるかによって大きく形を変えるものではあるわけで、結局はわたしがそういうものをつくりたいんだなって。

そんな感じなわたしに、喜多方のお話は飛んで火にいる夏の虫!そんなわけで1月半ば、飛行機でひとっ飛び、雪の喜多方へ行くのでした。『九州竹細工探訪記』から大きく外れるのでその内容は割愛しますが、結局、わたしは学校を辞めて喜多方へ行くという決断をいまはしない、ということだけ決めて帰ってくることに。

なぜ決めなかったのか、具体的な理由はないように思うんだけど、一体なんでなんだろうなって、ここで決めないってことは、わたしはどうしたいの!?とそれからも結局は悩み続けて記事がずっと書けなかったわけです……。

各土地の民藝館は毎回とてもワクワクさせてくれます。

仕事の慌ただしさも落ち着いて、いよいよ〆切も迫ってるところでようやくぽかんと開いた時間がとれたので、『自分をいかして生きる』を持って別府駅近くのなかむら珈琲店でじぶんとふたりっきりで話をすることに。

“賢さや間違いのなさを求める観念には、人を「今この瞬間」から引き剥がす作用がある。いつもなにか他に、どこか余所に、正しい答えが、もっといいものがあるんじゃないかと気を散らす。”

本の中の一文がわたしに問いを出してくる。わたしは何を心配してるんだろうって。

鳥取に家を買って暮らし始めた当初、家もある、お米は実家から送ってもらえる、あとは稼いだお金は全部自分の好きにしていいんだ! みたいな、なんだか稼ぐお金というものへの気分が一気に変わったのを覚えてる。実際はちょっとした勘違いだったわけだけど。

でもあの感覚がじぶんの中のお金との関係の正しさ、というとちょっと言葉は違うけど、そんなような感じなんだよな。「あとはわたしはここで暮らせばいいんだ!!」という大きな安堵感というか開放感というか。

竹細工の卸商店にいくと、その値段のすごさに毎回驚かされ、いろいろ考えることになる。

そうか、働くということだけが大事なんじゃなくて、まずはそれを包み込む暮らしがあるんだ。そこが満足できるものになっていたら、あとはそれを保っていくだけの収入を得られるような方法と、働くことを結べばいいだけなんだって。そこが不安定だと、例えば働くことですごいことを成そうだとか、もっとこんな風でなくちゃいけないんじゃないかとか、小さな暮らしへの不安感を覆うために、とても大きな理想のようなものを広げてしまうんじゃないかなって。暮らしを大事に想ってるはずなのに、仕事への妙な理想にそそのかされて、暮らしが雑になっていく。そうなると本当に本末転倒。暮らしと仕事を結ぶ線がプツンときれて、なんのための仕事なのかわけがわからなくなってくる。

“仕事は「つくる」ものとも言いがたくて、「心に浮かぶ」ものや「忘れられない」ものであったり、「出会う」もの、「次第に形になってゆく」ものとでも言う方がいいのかもしれない。 ”

友人が、「付き合ってるうちにいつの間にか10年立ってたんだ」とその相手と結婚した理由として話をしてくれたことがあったのを思い出す。

そうしようとして何かをするんじゃなく、しているうちにそうなっていた、というようなものの強さというか、やさしさというか。こうなりたいという理想は、思って入るだけでそこへ飛んでいけるというものでなく、なんとなくそうなったらいいなあなんて目的地としながら、とにかくただそこを目指して歩き続けるということなんだろうと思う。

やっぱり旅先での温泉というのは好いですね。

“いくら考えてもわからないことがある一方、「わかる」ことについては、考えるまでもなく瞬時にわかる。判断のもとになる経験や実感が足りていることについては。”

結局、〈わからない〉ということは足りてないということ。それならわかるまで何かをやるしかないなって。でも、やりたいこともいっぱいあるのに、全然できてないし、どうしたらいいんだー!!とよくなるわけで、でも結局、そんなのってただの言い訳なんだなって。そこに対する解決策はあんまりないんだけど、「まずは」と思うことにした。全部一気にやってみたいじぶんをなだめて、「まずは」といまやれることをとにかくやってみるしかない。

暮らしを整えて、見ていたいじぶんを想像しながら、いまやれることをとにかく続けていく。わかるときには勝手にわかるし、気づいたらきっと何かになっていたりする。時々ごまかした何かが挟まり積み重なる日常にガタつきが出たら、なるべく早めに気づいて取りさってやればいいし、崩れてしまったなら、反省してまた積み重ねていけばいい。何度も繰り返してずいぶん嫌にもなってるけど、そんな繰り返しできっと何か体力のようなものもついてきてるかもしれない。そういうことにして歩いていくしかない。

いろいろ買い出しして、みんなで料理して夕飯なんてのは楽しいですね。

今回の記事を『九州竹細工探訪記』としたけれど、文章はわたしの仕事のひとり悩み相談のようになりました。

でも本当に、竹細工を仕事にしようと決め、改めて仕事というものはどうやってつくっていくのか動きながら考えることになれているのが面白いです。どこかへ旅に出てみることも、ただの観光というよりも働くことと繋がっていくようなところがあって、わたしの人生全体で出会うものがあるような感じがする。できてないじぶんに勝手に押しつぶされそうにもなるし、どうしたらいいかわからないこともとにかく多くてくたくたになるけれど、それでも、竹細工やめたー!とは全然ならなくて、どうしたらわたしにできることがあるかなって悩めているのはもしかしたら進んでるってことなのかも。

とにかくいま思いつくことをやってみようと思います。いつかまた日之影町へ行って、今度はもっと違う視点で見て感じられるじぶんになっているように。そして、わたしもあの時感じた鉄平さんから感じる空気感のようなものをいつかまとえているように。これでこの連載はおわりだけど、ゴロゥの生活はまだまだ続きます。

そして最後はまた温泉なわけです。

 

おわり(ひとまず)

絵・文:ゴロゥ

PROFILE
ゴロゥ/グラフィックデザイナー、イラストレーター、竹細工職人見習い。1985年、茨城県生まれ。本名は河合沙耶香。グラフィックデザイナーに憧れ茨城から上京。専門学校卒業後、1年会社勤めをするものの挫折。流れでフリーランスに。長く東京に住み、このままここにいていいのだろうか!と突然鳥取に引っ越し、いろいろあり1年半で茨城へ。数年後、このままデザインの仕事を続けていいのだろうか!と突然竹細工職人を目指し、現在は大分県別府市の職業訓練校へ。じぶんがみていた暮らしをつくるため、右往左往中。

Instagram:https://www.instagram.com/ebreday/

HP:http://www.ebreday.net/





▼ゴロゥさんの2015年2月の記事はこちら

ちょっと遠くへ引っ越す感覚”で、東京から鳥取の山奥へ。ふつうを重ねて生活をつくる。


(更新日:2019.02.06)
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