特集 「生活」から
始まるものづくり
“ちょっと遠くへ引っ越す感覚”で、東京から鳥取の山奥へ。ふつうを重ねて生活をつくる。
「生活、暮らし、サイコ—」と話す彼女のニックネームはゴロゥちゃん。茨城で過ごした高校生の頃からみんなにそう呼ばれている。専門学校で上京し、卒業後はデザイナーとして東京で暮らしたあと、30歳を目前に鳥取の山奥へ引っ越した。作りたいものは、生活。「考えて、動き続ける、今が一番おもしろい」というゴロゥちゃんが作りたい、生活とは? 彼女の暮らしを探りに、鳥取に向かった。
写真:Patrick Tsai 文:菅原良美
移住というよりも、
ちょっと遠くへ引っ越す感覚
わたしの大体の生活リズムは、
朝、6時から8時くらいに起きる。
掃除、支度、お茶を沸かしたり、洗濯したり、朝ご飯を食べる。
そのあとは、だいたい仕事。
12時、お昼の支度をしてごはん
家で仕事、もしくは外(ミスタードーナツかモスバーガーか葡瑠満)で仕事。
買い物があれば、先にしたり(100円ショップや本屋、ホームセンターなど)。
夕方ぐらいまで仕事して、ディスカウントショップとスーパーに寄って温泉へ。
(お腹が空いてたら、夜長茶廊でカレーを食べてから行ったり)
1時間半くらいゆっくりして帰る。
家に戻ってビール。
仕事をしたり片付けしたり、やる気が出たら何かやったり。
やる気状態によって23時~2時くらいに眠る。
というような感じです。
ゴロゥちゃんは、こちらが取材に行く前にこうして1日の流れをメールで教えてくれた。
電話もうまくつながらない鳥取の家からテキストで届いた日々を思いうかべてみる。この暮らしがスタートしたのは、2013年、長い冬がはじまる直前の11月初めだった。
「東京にいる頃から、違うところで暮らしてみたいなあと思いつつ、踏み出せずにいました。30歳に近づいてきて、ちょっと修行……じゃないけど大人になって違うところに住んでみたいなと思って鳥取に引っ越してきました。地域では私みたいな人に対して“移住”とか“田舎暮らし”っていうキーワードが強くあるから、そう聞かれることが多くて。でもその度に違うんですよって言ったり、まあ言わなかったり。私の中ではちょっと遠いところへ引っ越しをする、というくらいの気持ちで来たから」
東京ではできない“暮らし”
待ち合わせをしていたコンビニエンスストアに白い軽自動車で現れたゴロゥちゃんに乗せられて、家に連れていってもらう。街をぬけて20分、30分……目の前の山にむかって、道を進んでいく。思わず車の窓をあけてしまうような、きれいな緑の中をずんずん走っていった。
「あ!この道を抜けると、風の流れが変わりますよ。ここに来て約1年ですけど、どの季節も本当にきれい。緑が濃い時期もいいし、雪山もすごくかっこいい。今日みたいに街に出ていくことは、いい気分転換になります。車の中で音楽を聴くのも好きになったし。街まで40分かかるから、そんなに頻繁に出られるわけではないので」
道のりはとてもシンプルだった。途中から信号もほとんどない、田んぼや山に囲まれた道中、心地よく響く音楽を聞きながら、ゴロゥちゃんのマネをしてちょっと風の流れを気にしてみたり。すると、はじめて来た場所なのに不思議と愛着がわいてくる。
「あそこに見えるのが家です」
目の前に現れた山の中の一軒家。「お、大きい…」とひるむこちらに、にっこり。どうぞどうぞと招かれ、玄関に上がらせてもらうと、二匹の猫が出迎えてくれた。
「家はいろいろ周って決めようと思っていたけれど、知り合いに一軒目でここに連れてきてもらって、すぐに決めました。大家さんのおじいちゃんは雪下ろしを手伝ってくれたり、すごく親切にしてくれます。どこの場所で暮らしたいとか、どんな家に住みたいとかよりも“生活をしよう”と思ってここに来たんです。自分がやってみたい生活。猫を飼うこと、車を運転すること、家の中を好きに改装すること……すべて、東京の暮らしで私ができなかったこと」
ひとりの移動が
だれかの行動範囲を広げる
職業はデザイナー、という肩書きになることが多いけれど、イラストや文字を書く仕事も多い。ウェブサイトも作るし、5センチくらいのはにわも台所の戸棚も作る。
「ありがたいことに鳥取の仕事も増えてきましたね。お仕事をくれる地域の人たちは、電話とかメールだけで済ませずに、会いたがってくれる人が多くて。東京にいる時よりも打ち合わせの回数が増えたかな。だから私も直接会う時の伝え方を考えるようになりました。仕事の量も増えて忙しくなってきたけれど、この先もずっとデザイナーでいたいというより、まず暮らしがあって仕事をする、という感じかなあ」
ゴロゥちゃんは、ウェブサイトの日記で文字を綴り、Instagramで日々の暮らしを写し続けている。そこに描かれているのは、半径5メートルくらいの目線でのぞけるような毎日。
「人の生活がのぞけるInstagramがすごく好き。生活っていっぱいあるんだなあって(笑)。もうすぐ30歳になるんですけれど、周りの友人たちにもいろいろな動きがあるみたいで。この年頃の変動っていうのは、20代の時にあったものとはまた違っておもしろい。あの頃よりも仕事とか暮らしに対して重みがあるから、動き方への力もかかる。だからこそ、ばーんっと大きく変化することもあると思うから、自分の感覚で動いていけたらいいなと思うんです。そしてその感覚を友人と共有できたらいいなと思ってInstagramで生活の風景を写しているのもあります。もちろん自分のためにやっていることでもありますけど。楽しいですしね、単純に」
移動、移住はむずかしくない
暮らしをとりまく細かな景色、日々の調子。猫たちの行動、今日食べたごはん。その写真に添えられる飾り気のない言葉も一緒にアップされ続けている。友人も見知らぬ人もこの便りをどんな風に見ているのだろう。
「反応は人によってばらばら。でも、今の時代はこういう暮らし方をしたいと思っている人が周りに多いなと感じるから、『自分も興味があるから、行ってみたい』って言われることが多くなったかな。たとえば最近いろいろな地域でイベントとかフェスとかおもしろいことをやる人が増えているから、そのために移動するじゃないですか。同じように鳥取に行くことに対する意識も、昔だったら『遠くなるね、いつかまた会おうね』って悲しい話になるけど、今は『へ~鳥取に行くんだ!遊びに行くね』ってなる。だから、私の移動をきっかけに誰かの行動範囲が広がっていくような感じなのかな。時間や距離って実際に測れるものより、その人の感覚で伸び縮みする感じだと思っていて。飛行機もふえているし、移動手段があれば、すぐに行ける場所も多いから。そりゃあ住み始めたらいろいろな問題は出てくるけれど、それは、遠くに引っ越すことが大変だということよりも、その場所に自分が合うか合わないか。選んだ家がいいかどうかっていうところかな。なるべく『むずかしくないよ』ってみんなに伝えたいと思っています」
動いてはじめて、できることとできないことがわかる
この家の生活水はすべて山の水。淹れてくれたおいしいお茶をごくごく飲みながら、最初に聞いた“生活をしよう”という言葉の意味を実感する。お金や仕事を中心に向上していくだけじゃなく、衣食住、今ここで暮らしをつくる力が、空間から伝わってくる。
「ほんと、ちょっとずつですよ。やってみてはじめて、できること、できないことが分かるから。『この土地に来てもやっぱりできないんだな』って思うこともあります。だらだらしちゃうし。もっと畑仕事やれるかなって思ってだけど、やってみたら全然興味なかったり(笑)」
お昼に作ってくれたゴロゥカレー、畑で収穫した野菜を使ったゴロゥカレー、ゴロゥカレー!とっても美味しかった!また食べたいです!!
「いや、興味ないじゃないか(笑)。自分でやるにはもっと小さい規模でやろうと思ったんです。たくさん収穫できても食べきれなくて無駄にしちゃうし、畑も今は家から離れているけど窓からすぐ見える場所にあったらいつも行けるかなとか、自分ひとりのためにはできないなって。やってみることで、イメージが前よりもっと具体的になって、自分にあったやり方が見えてくることがいいかな。私は、動きながらじゃないと本当にわからないので」
毎日の“ふつう”を重ねて
生活をしていく
実家がある茨城、学生時代から過ごした東京、今の鳥取。そしてこの春から、結婚を機に茨城へ行くことが決まっている。図らずも生まれた土地に戻ることになった。ゴロゥちゃんは、山奥の家からまた次の暮らす場所へ引っ越しをする。
「昔から手放すことに執着はなくて。ここでできたことは、きっと別な土地に行ってもできること。鳥取での暮らしも作ってきたけれど、だからといって手放したくないとは思わない。仕事でもそうですけど、過程がすごく楽しいんですよね。できなかったことがひとつできた瞬間、それが“ふつう”になっていく。そのふつうが増えていくことが生活をするってことなのかもなあとも思います。自分でも茨城に行くなんて思っていなかったから、不思議だけどすごく楽しみです。また新しく暮らしがスタートするから、ここでの暮らしはその練習とか、準備期間だったのかもなあと今は思っています」
たくましく、いさぎよく、軽やかなゴロゥちゃんの姿に、雛形、感動。
「生まれたばかりの時は、めちゃくちゃ病弱でしたよ! 外に出るとすぐに風邪ひいちゃうくらいだったんだって。でも子どもの頃高熱を出してからはずっと元気らしい。あの時なにか細胞が変わっちゃったのかもしれないです(笑)」
始まるものづくり
特集
始まるものづくり
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- “ちょっと遠くへ引っ越す感覚”で、東京から鳥取の山奥へ。ふつうを重ねて生活をつくる。
- ゴロゥさん ( デザイナー、イラストレーター)
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- デザイナーから職人へ。 家族で移住した別府で 竹細工を生業にする。
- 横山 修さん (大分県立職業能力開発校 竹工芸・訓練支援センター 竹工芸科訓練生)