特集 手仕事が育む島暮らし
ニホンのイタリア!? かたち、風景、食文化……能登半島とイタリアの意外な共通点

石川県北部から日本海に突き出した能登半島。豊かな自然に育まれ、独自の文化を作り出してきたこの半島では、以前から地元の人や移住者の間で、能登半島の風土や文化にイタリアとの共通点を見出した「能登半島イタリア説」がまことしやかにささやかれてきました。
ちょっと耳慣れない説? でも、地元の人に話を聞けば、意外と信憑性がありそうにも思えたその視点。北陸新幹線の開業やNHKドラマ『まれ』の舞台にもなったことなどから、これまで以上に注目を集めるようになった能登半島が、「イタリアっぽい」とされてきた、その理由について調べてみました。
能登半島を逆さにすると
イタリアそっくり?のブーツ型
イタリアといえば、地中海に突き出た半島の形が、ブーツのシルエットのように見えることは有名な話。でも、日本海に突き出た能登半島も、その形をくるっと逆さまにすると、どことなくブーツ型。まずはこんな分かりやすい共通点からスタートしてみたいと思います!

左:イタリアの地図 右:能登半島の地図を逆さにしたもの。[地図提供:能登スタイル]
海の向こうに3000m級の山々!
ありそうでないレアな景色
石川県と富山県の海沿いに広がる能登半島国定公園では、晴れた日に海の向こうに北アルプス・立山連峰の雄大なパノラマが望めます。この地域に暮らす人たちにとっては当たり前の景色ですが、実はこれ、北イタリア地方や、南米チリの一部の地域でしか見られない「海越しに3,000メートル級の山々が見える場所」なのだとか。レアな景色に共通点、これが2つ目の理由です。

海越しの立山連峰は、前日の天候や温度など、さまざまな条件がそろったときに見ることができる。写真:奈良雄一
大切に受け継がれてきた
「発酵文化」と「塩づくり」
でも、能登半島の形や風景と同じくらい注目したいのが、イタリアとの文化的な共通点。対岸に朝鮮半島や中国大陸が広がる能登半島は、古くから大陸との交流が盛んだった場所。イタリアもまた、海の向こうにアフリカ大陸やギリシア、トルコなどの国々があって、異国文化を吸収しながら独自の発展を遂げてきました。
特にイタリアは、料理に象徴されるように、食文化の豊かさは多くの人がイメージするところ。海に囲まれ、近くに山々があり、耕作をするための適度な平地もある環境がそれを育んできたと言われます。遠く離れた能登半島だって、山海の豊かな恵みから食文化を発展させてきたという点で、実はかなり似ているんです。

能登半島近郊で採れた魚介類や能登の伝統野菜など、地物を使って作った料理の数々。時計回りに「小アジの南蛮漬け」「イカの黒作り」「イカの赤作り」「コンカイワシ」「金糸瓜とタコのサラダ」。
例えば、能登にもイタリアにも、魚介類の発酵食品があります。イタリアではカタクチイワシを発酵させてつくる「コラトゥーラ」と呼ばれる魚醤が親しまれていますが、能登でも魚醤は家庭の調味料として馴染み深いもの。
イカの内臓を発酵させてつくる「いしり」や、イワシやサバを原料とする「いしる」は、秋田の「しょっつる」や、香川の「いかなご醤油」と並ぶ「日本三大魚醤」のひとつ!

七尾産のイワシの旨味がたっぷりと詰まったいしる「海幸(かいこう)」。パスタや炒め物などさまざまな料理に使える万能調味料。
このほかにも、イタリアにはイワシを塩漬けにした発酵食品「アンチョビ」がありますが、能登にも塩漬けにしたイワシをさらにぬか漬けにした伝統の保存食「コンカイワシ(米糠イワシ)」があります。
これは、春の一時期に大量に獲れるイワシを保存するために生まれたもので、漁村に暮らす人々にとっては、不漁期の貴重なタンパク源だったそう。現在でもさまざまな郷土料理に使われています。塩気が強く、アンチョビのように使えることから、イタリア料理との相性もぴったりだとか。

北陸地方の暮らしの知恵から生まれた伝統の保存食「コンカイワシ」。糠を落とせば刺身としてそのまま食べることもできるし、塩分の強さを生かして鍋料理やパスタの具材などにも応用できる。
さらに、イタリアでは海沿いの地域で伝統的な「天日干し製塩」が行われていますが、能登にも国の重要無形文化財に指定されている「揚げ浜式製塩」という塩づくりの手法があります。
これは、汲み上げた海水を砂浜の塩田にまき、塩分を濃縮させた後に、大釜で煮詰めることで塩をつくる伝統技術。能登半島は2011年に日本で初めて「世界農業遺産」に認定されましたが、この塩づくりの技術をずっと守り続けてきたことが、世界的な評価につながったとも言われています。

石川県珠洲市の奥能登塩田村で行われている「揚げ浜式製塩」。浜士(はまじ)と呼ばれる製塩技術者が、400年以上続く伝統の技法で作り上げている。浜士の仕事は「潮汲み3年、潮撒き10年」と言われるほど、経験がものを言う職人技。[写真提供:奥能登塩田村]
発酵食品や塩づくりなど、伝統の食文化を大切にし、それを今日まで継承しながら、唯一無二の食文化を築いてきた能登半島。イタリアはその土地の食文化や食材を見直す「スローフード運動」発祥の地ですが、能登に暮らす人たちは、それがムーブメントとして広がる以前から、ずっと当たり前にスローフード的だったのかもしれません。
道端でおじいさんやおばあさんが立ち話している光景や、港町のそこかしこに猫が潜んでいる光景も、イタリア的と言えばイタリア的だけど、それは日本の他の港町でも見られるような気もしなくはないのでここでは省略……。
でも、こうやってときには世界にもつながる自由な視点で、今住んでいる土地や、これから暮らしてみたい土地のことを考えるのも楽しいもの。
長い歴史のなかで培われた文化の豊かさでは、決してイタリアに引けを取らない能登半島。もちろん日本語は通じるし、日本円だって使えます。新しい世界を求めて海を渡らなくたって、この小さな半島から、これからの暮らしを始められそうです!
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