INTERVIEW
  • イタリアから能登島へ。 田んぼを耕しながら 生活とデザインをつないでいく

手仕事から育まれる島暮らし

石川県·能登島

石川県・能登半島の穏やかな内海に浮かぶ、人口約3000人の能登島。島と半島が橋でつながっているため、金沢まで車で1時間半、能登空港まで45分と、街へのアクセスの良さも魅力です。そんな能登島では、日本全国から100組以上の作家さんが集まるクラフトマーケットをはじめ、楽しいことを自分たちの手でつくる、島暮らしがはじまっています!

イタリアから能登島へ。
田んぼを耕しながら
生活とデザインをつないでいく

石川県
奈良雄一さん
一級建築士事務所「能登デザイン室」代表
居住地: 東京都→イタリア・ベネチア→石川県
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ひらめきと共に、体は動き出している。それは湧き上がる好奇心に向き合い、しなやかに流れていくような生き方。何かに追われるでもなく、必要以上に追い求めることもなく、あくまでもマイペースに。いつしかその純粋な心はこの小さな島に、自然と吸い寄せられていたのかもしれない。

東京で生まれ育ち、イタリア・ベネチアでガラス工房や建築事務所に勤めた後、石川県能登半島の内海に浮かぶ能登島で、島内唯一の建築・デザイン事務所「能登デザイン室」を立ち上げた奈良雄一さん。地元の素材や技術、伝統を見つめながら、島暮らしから考える生活道具をデザインするほか、国内外で学んだ建築技術を生かして、能登を中心に店舗や住宅の設計も幅広く手がけている。

移住当初から始めた米づくりも今年で9年目。一級建築士の妻・千重さんと共に設計した我が家で、やんちゃ盛りの子どもたちを夫婦二人三脚で育てている。
普段は穏やかな能登島の海に、珍しく白波が立っていた夏の終わりのある日。東京、ベネチア、能登島という、人々の暮らしも文化も異なる3つの土地で、向き合ってきた奈良さんのものづくりについて話を聞いた。

写真:阿部 健 文:根岸達朗

ベネチアみたいな能登島で
生活の中からデザインする

7年間暮らしたベネチアから、能登島に移住してすぐに「能登デザイン室」をつくりました。でも、それは移住してから決めたようなもので、能登島に来て何かやりたいとか、初めから考えがあったわけじゃないんですよね。石川県七尾市出身の妻が能登島でカフェを開いていて、イタリアから遊びに来たときにいいところだなって思ったので、とりあえず動いて、あとはできることをやろうって感じで。僕、あんまり深く考えないタイプというか(笑)、悩まないんですよね。

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今は能登半島を中心に、設計とデザインの仕事をしています。能登の特産品のパッケージのデザインやネーミングを考えたり、会社のホームページをつくったり、能登でこれから新しいことをやりたいという人からデザインの相談を受けたり。工芸の盛んな土地なので、地元の素材を使って、地元の職人さんたちと一緒にものづくりをすることも多いですね。僕は生活のなかで自分が使いたいもの、ここにあったらいいなというものを考える。だから、生活とデザインはすごく自然な感じでつながっています。

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能登島の陶芸工房「独歩炎」とのコラボから生まれた「フカイアサイ土鍋」。「独歩炎」の藤井博文さんが独自に調合した釉薬「鉄釉」を使った、黒く渋い光沢が特徴。上蓋をひっくり返すと浅い調理鍋として使うことができる。

能登島の陶芸工房「独歩炎」とのコラボから生まれた「フカイアサイ土鍋」。「独歩炎」の藤井博文さんが独自に調合した釉薬「鉄釉」を使った、黒く渋い光沢が特徴。上蓋をひっくり返すと浅い調理鍋として使うことができる。

田植え道具の形状から着想を得てデザインした、原稿用紙のマス目を描くことができるスタンプ「わく」。富山県高岡市の木型職人が無垢の木を削り出して、金具や接着剤を一切使わない精密加工で仕上げている。

田植え道具の形状から着想を得てデザインした、原稿用紙のマス目を描くことができるスタンプ「わく」。富山県高岡市の木型職人が無垢の木を削り出して、金具や接着剤を一切使わない精密加工で仕上げている。

2年前に自分たちで設計した自宅。構造材に釘や金物を使わない伝統工法で、地元では「アテ」と呼ばれている能登ヒバを全体に組み合わせている。2階は『能登デザイン室』の事務所。

2年前に自分たちで設計した自宅。構造材に釘や金物を使わない伝統工法で、地元では「アテ」と呼ばれている能登ヒバを全体に組み合わせている。2階は「能登デザイン室」の事務所。

東京には設計の仕事で、月に1回くらい行っています。都会は僕、すごい好きで……やっぱり何でもあるから、楽しいじゃないですか。でも、ないものがないというか、余白がないし、自分が何かそこに付け加える余地もない。ただ消費して楽しむ分にはいくらでも楽しめるけど、子どもを育てることも考えたら、都会はもういいかなって。仕事の合間に田んぼやったりとか、そういうのが東京じゃできないから。うちの子たちはこっちで、毎日叫んで跳ね回ってます。

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田んぼを始めたのは、当時住んでいた家の大家さんが紹介してくれたから、ちょっとやってみようかなって。でも、せっかくやるなら農薬を使わないでやろうと思って、自然農法の本を読んだり、能登で実践している人にも教えてもらいながら少しずつ勉強して。そうこうしているうちに、なんか農業のある暮らしが普通になっていたというか。仕事が煮詰まったときの気晴らしにもなるし、何より、田んぼやってると安心するんですよね。

ベネチアからこの島に遊びに来たとき、島のいろんなところで実っている田んぼを見て、とりあえずここに来れば飢え死にすることはないだろうなって思ったんですよ。食文化は豊かだし、手仕事を生業にしている人も多いし、温泉もあるし、海に囲まれた穏やかな風土や、道端でおじいちゃんやおばあちゃんが何気なく話してる風景もベネチアみたいでいいなって(笑)。でもいきなり行こうとは思わなかったですけどね。漠然とすごくいいとこだなって思っていたんです。

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田んぼに行くのは、仕事の合間や保育園のお迎え後など気が向いたらいつでも。「特に夕方になると働くのが嫌になって……気持ちいいですよ、田んぼ」。

田んぼに行くのは、仕事の合間や保育園のお迎え後など気が向いたらいつでも。「特に夕方になると働くのが嫌になって……気持ちいいですよ、田んぼ」。

ここじゃないと思った瞬間
海を越えて能登島へ

大学を卒業してベネチアに行ったのは、カルロ・スカルパっていう好きな建築家の作品を見たいと思ったからですね。カルロ・スカルパは建築家だけどガラスのデザインもやっていて、僕もものづくりが好きだったから、当時は観光気分でいろんなガラス工房を見て回っていたんです。

そのとき、ムラーノ島という、工房が100軒ほどある町中がガラス工房みたいな島で、すごく気に入った作品に出会ったんです。それがたまたま土田康彦さんという日本人の作品で。純粋にどうやってつくっているのか知りたくて「つくり方を見せて欲しい」と言う話から、いつの間にか働かせてもらえることになっていて(笑)。作品の写真を撮ったり、展示のお手伝いをしたり……気付いたらその工房には2年間もお世話になっていました。

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ただ、僕はもともと建築を勉強していて、将来的には設計をやりたいと思っていたんです。だからその後は、設計事務所を土田さんから紹介してもらって、そこでは主に教会の修復の仕事をしていました。ベネチアの教会は建てられた年代によって、壁の崩れ方も違うので、それを写真で残したり、教会の屋根裏に登って測量したり。単調な仕事ではあったけどそれがすごく面白くて。もっと知識を深めたいというのもあって、ベネチア建築大学に通いました。そのときに同じ大学のイタリア人の建築家と一緒にデザインの仕事をしようということになり、プロダクトデザイナーとして仕事を始めたんです。

当時は割とモダンというか、言ってみれば東京にあるマンションでも使えるような商品を考えていました。でも、それは築数百年のアパートに、当たり前のように住んでいるベネチアの人たちが、日々の暮らしのなかで使うようなものじゃなくて……。自分が住んでいるところに提案できないものをつくっていることへの違和感というか、逆に言えばそれが一致した方がもっといいものができそうだって、思うようになったんです。

自分が地に足をつけてものづくりができるところはどこかなって考えたときに、ぱっと思いついたのは能登島だった。それからすぐにベネチアのアパートを引き払う準備を始めて、ひと月後には能登島に来ていました。29歳のときでしたね。

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デザインのなかった島に
デザインの芽を広げていく

能登島で会社を立ち上げたけど、タウンページをみたら「デザイン」のカテゴリーがなかった。当然初めは仕事もなかったので、しばらくはベネチアのつながりで紹介してもらった富山県高岡市にあるタカタレムノスという時計メーカーでアルバイトをして。そこでは自分のデザインの提案っていうよりは、その会社に関わっているデザイナーから提案されたデザインを商品化するために、どういう材料を使って、どこの工場でつくればいいか、ということを考えていました。プロダクトデザインは、最終的にどうしても値段が付いてくるもの。値段の出し方は、外のデザインだけをしていたら分からないことなのでとても勉強になりました。

ただ、僕が事務所を開いた能登島はそもそもデザインのない土地だった。例えば、印刷物をつくるにしても、印刷屋に頼めばデザイン費込みでやってくれるわけで、デザインに対して別にお金をかけるということが、ほとんど理解してもらえませんでした。それが少しずつ変わってきて、自分たちにデザインの仕事を頼んでくれる人が増えてきたのは、移住1年目から妻や地元の人たちと一緒に始めた「のとじま手まつり」というクラフトマーケットの存在が大きかったと思います。

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今年で10回目を迎えるクラフトマーケット「のとじま手まつり」。毎年100組以上のクラフト作家が集まり、芝生広場で作品を展示販売する。昨年は2日間で約5千人の来場者が訪れた。【写真提供:のとじま手まつり実行員会】

これが全国各地から人が集まる大きなイベントになったことで、多くの作家ともつながりが生まれたし、地元の方にも自分たちの存在を知ってもらえるようになりました。その一方で、やりたかった設計の仕事もするようになってきて、家具や木工、ガラスや金工など、自分が何かをつくりたいと思ったときに頼める職人さんともたくさんつながるようになりました。

石川県はもともと工芸が盛んで、いろんな職人さんがいる。隣の富山県もものづくりが盛んだけど、小さな工房や個人のつくり手が多い石川県ともちょっと違う。それが面白いなと。自分がどんなものをつくりたいかによって、頼むところも変わってくるんですよね。

能登は僕たちが来た後くらいから、伝統産業の世界で世代交代が始まっていて、僕たちと同じくらいの年代の人たちがメインになりつつあります。今までやってきたことじゃない、何か新しいことをしようという人も増えているので、これからもっと面白くなると思いますよ。

この島には何もないよっていう人もいるけど、島の人が当たり前に感じていることは僕にとって新鮮なことだったりもする。僕はこれまでいろいろと移動してきて、今も地方にあちこち遊びに行ったりもするんですけど、やっぱりこの島に帰ってくると思うんですよね。ここが一番いいなって。

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IMG_3814能登デザイン室
住所:石川県七尾市 能登島曲町10-132-1
電話:0767-84-1173
HP:
http://www.notodesign.jp/
オンラインショップ:http://notodesign.shop-pro.jp/



IMG_3523日々の器「doppo」

能登島の陶芸工房「独歩炎」と共同運営しているネットショップ。コーヒーポットやそばちょこカップなど、能登の生活のなかから生まれる普段使いの器を製作・販売している。
http://doppo.shop-pro.jp/

イタリアから能登島へ。 田んぼを耕しながら 生活とデザインをつないでいく
奈良雄一さん なら・ゆういち/1977年、東京生まれ。横浜国立大学建設学科卒業後、2000年にイタリアへ渡る。ベネチアでガラス工房、建築事務所勤務を経てデザイン活動を始める。2006年ベネチア建築大学卒業。旅行で訪れた能登の自然と生活の豊かさに触れて帰国を決意。能登島に移住する。2007年「能登デザイン室」を設立。デザイン活動の傍ら、不耕起地の田んぼを借りて米づくりも行っている。
(更新日:2015.09.17)
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