特集 長崎県・小浜町に芽吹く、営みの中のデザイン
いずれ町の景色となるように。人を生かすためのグラフィックデザイン。/古庄悠泰さん(景色デザイン室)
長崎県雲仙市小浜町の玄関口である、小浜バスターミナルの目の前に、古庄悠泰さんのデザイン事務所「景色デザイン室」はある。彼もまた、城谷耕生さんに惹きつけられ小浜の住人となった。
デザイン学校に在学中、まわりのほとんどが目標としていた「大手企業のインハウスデザイナー」に自分を重ねることができず、考えあぐねていたときに出会ったのが城谷さんだった。
デザインスケッチを描き始めるまでに、ほとんどの仕事は終わっていると言っていいほど、対象物となるプロダクトについて、あらゆる角度から徹底的に調べ上げていく。まるで社会学のような城谷さんのデザインアプローチに影響を受けながら、この町らしい“人の集まるデザイン事務所”を築いてきた古庄悠泰さんの5年間を振り返る。
文:石田エリ 写真:在本彌生
よそよそしくもなれなれしくもない、
コミュニケーションに長けた町
小浜の町の何と言えない居心地のよさはどこから来るのだろう。そう思いながら数日を過ごしているうちに、わかってきた。この町の人たちは “人あしらい”が粋なのだ。そこに見慣れない人がいても訝しげに見ることもなく、かといってまったく人に関心がないわけではない。飲み屋でたまたま目が合えば、その場が和むような会話も交わすが、ある一定のほどよい距離感が保たれていて風通しがよい。
「僕も福岡県からの移住者ですけど、小浜で『よそ者と思われているんだろうな』と感じたことは、これまで一度もなかったんですよね。むしろ、若い人から年配の人まで、みんなほんとうにやさしいんです。誰に対してもオープンで接し方が成熟しているのは、観光地としての長い歴史の中で国内外の旅行者を受け入れ続けてきたからなんじゃないかなと思います」
かく言う古庄悠泰さんも、移住者とはいえ小浜の人たちに通じる親みやすさがある。小浜のバスターミナルのすぐそばにある古庄さんのデザイン事務所「景色デザイン室」も、1階と2階のほとんどがガラス張りで何をしていても中が丸見え、思いきり開かれている。1階を喫茶室にしているので、初対面の人が通りすがりにふらりと入ってきて、話の流れから「名刺つくってくれんね」と発注を受けるなんてこともある。古庄さんも、そうして生まれる仕事が好きなのだという。
「ここは、もともと商店街組合の事務所として使われていたけど、高齢化で組合自体がなくなり取り壊す話がでていた建物だったんです。小浜バスターミナルの中にある『ニュー小浜』という喫茶店が、「Studio Shirotani」で働いていたころから僕にとっての食堂で、ここのお母さんに独立することになって事務所を探していると話をしていたら、『組合の事務所が空いてるよ』とつないでくれて借りられることになりました。
実際には、仕事のスペースとしては2階だけで事足りるので1階を別の何かに使おうと、テイクアウトでもコーヒーが買える『景色喫茶室』にしたんです。これで稼ごうというよりも、どうせ毎日自分のために淹れるし、テイクアウトできるコーヒースタンドがなかったから、という理由からでした。でも、結果的には喫茶室にしたことで知らない人もコーヒーを飲みに来てくれるようになって、他愛無い会話からインスピレーションがもらえたり、デザインする上でもいい循環が生まれてきているんですよね。全部を事務所にしていればクライアント以外のこうした出会いはなかっただろうなと」
城谷さんのデザインは、形を与えるまでに、ほとんどの仕事が終わっている
「Studio Shirotani」の2代目アシスタントだった山﨑超崇さんは、空間のデザインを手がけることが多いというが、3代目アシスタントだった古庄さんはグラフィックデザイナーとして独立した。そもそも、城谷さんのデザインスタイル自体、プロダクトから建築、グラフィックまで領域のないものであり、城谷さんがデザインを学んだイタリアではそれがスタンダードだった。
「なので、城谷さんの下ではデザインの技法よりも、デザインに至るまでのアプローチの部分で学ぶことが大きかったと思います。僕も山﨑さんと同じように、デザイン学校の授業に城谷さんが講師として来て、衝撃を受けたのが最初でした」
当時、まわりのほとんどが目標としていた「大手企業のインハウスデザイナー」に自分を重ねることができず、どの道を進もうか考えあぐねていた。そんな時、職人たちの生活背景までを考えデザインするという城谷さんの話に射抜かれ、吸い寄せられるように城谷さんのいる小浜へ通いつめた。そんな日々を経て「Studio Shirotani」のスタッフとなり、いざ仕事を間近で見ると、そのデザインアプローチは想像以上のものだったという。
「まず形をイメージするところから始めるデザイナーさんもいると思うんですが、城谷さんの場合は、デザインスケッチを描き始めるまでにほとんどの仕事は終わっていると言っていいくらい、形から入ることは一度もありませんでした。たとえば、コップひとつデザインするにも、『世の中にこれほどコップがあふれている中でコップをデザインすることの意味とは?』から始まり、『どんな理由からワイングラスに足をつけるようになったのか』など、あらゆる角度から徹底的に調べ上げ、起源を遡っていく。そうしたプロセスを経て、最後の最後に形を与えるんです。なので、デザインのプレゼンは、社会学的な研究発表のようでした」
「小浜で独立します」と城谷さんに伝えた時は、「地元(福岡)に帰るもんだと思っていたから驚いた」と言って喜んでくれた。「小浜でのグラフィックデザインの仕事は、一つひとつは小さいかもしれないけどニーズは大きいはずだから」とも言ってくれた。「景色デザイン室」という屋号も、この“小さなデザイン”から生まれている。
「小浜に限らず地方はどこもそうだと思うんですけど、お店をやっている人たちの多くは、エクセルのようなソフトを使って自分たちでなんとかデザインしてきたんですよね。だからグラフィックデザインを外注するという発想自体がなかったりする。
5年経った今でも、初めて外注しますという人がほとんどなので、城谷さんのように、まずはじっくりと依頼主の話を聞くんです。その上で、『グラフィックデザインにはこういうプロセスがあって、これくらいの費用がかかります』という話をする。毎回『高いね〜』と言われます。ずっと自分たちでやってきたんだから、それは当然の感覚ですよね。
でも、ちゃんと説明すればたいていは納得してもらえる。グラフィックデザインの仕事は、ショップカードや名刺一枚のような小さなデザインから始まることがほとんどですけど、それが少しずつ増えていけばいい。雰囲気のいい町って、看板やお店に置かれているフライヤーのデザインがよかったりするじゃないですか。自分の仕事も、そうして町の景色の一部になっていけたらという意味を込めて、この屋号をつけました」
“小さなデザイン”に留まらない、
人を生かすためのデザイン
独立した5年前は、県外の仕事のほうが多かったけれど、小浜での仕事がまた新たな仕事を呼び、今では半分が島原半島内での仕事、ほぼすべてが長崎県内の仕事で回っている。小浜の町を見渡すと、紡・染・織の工房「アイアカネ工房」、アイスソルベの専門店「R CINQ FAMILLE」、「カレーライフ」のコーヒー焙煎所といった新しいお店から、創業350年と長崎県で最も長い歴史を持つ温泉旅館「伊勢屋」のリニューアル事業まで、古庄さんのデザインであふれている。そして1階の「景色喫茶室」では、料理人や農家、漁師など、仕事も出身地も世代もバラバラな小浜住民たちが集まる「景色飲み会」が不定期で開催されるなど、小浜のハブとしても定着してきた。
「今でこそ、こうして次々に新しい動きが生まれてくる文化的な基盤ができ上がりつつありますが、僕の中でこの起点となったのは城谷さんともう一人、奥津爾(おくつ・ちかし)さん・典子さん夫妻の存在も大きいと思っているんです。
奥津さんは、雲仙で40年にわたって自家採取で在来種・固定種の野菜を栽培している農家の岩崎政利さんに感銘を受けて東京から移住し、2019年に「タネト」というオーガニックの直売所をオープンされました。今では、「タネト」のインターンとして日本各地から若い人たちがこの町に滞在するようになり、この食の流れから、東京の人気店「the Blind Donkey」のオーナーシェフだった原川慎一郎さんが移住してきてくれました。
それに、長野からUターンで小浜にワイナリーを設立したシニアソムリエでシェフの川島貴宏さんのお店「小浜温泉ワイナリー Shop & Restaurant」も昨年にオープンしました。小浜の海はこんなに魚介が豊かなのに、料理人の絶対数が少ないために京都や佐賀に流れてしまうというのはよく聞く話だったんです。でもこれからは、産地としてだけでなく、食文化としても小浜の良さがどんどん引き出されていくんだろうなと思います」
古庄さんの口をついてでてくるのは、「あの人のここがおもしろい」「ここがすばらしい」と、人のことばかりだ。とことん話を聞くから、それを誰かに伝えたくなるのだろう。古庄さんのグラフィックデザインは、城谷さんと同じように、まわりの人たちを生かすためのものなのだ。
「これから小浜の町をどうしていきたいですか?」と訊くと、こんな答えが返ってきた。
「僕の場合は、城谷さんの下で働きたい!と思って来た場所が、たまたま小浜だったんです。もちろん暮らしていくうちに小浜の町が大好きになったし、ここで結婚もしましたけど、小浜のために何かしなくては、もっと盛り上げなくては、というような気持ちはあんまりないんです。荷が重いのが得意ではないというか……(笑)。城谷さん自身も、どんな時も芯のある考えを持っていたけど、それを感じさせない小浜の人特有のおおらかさがありました。
『こうあるべき』『こうしなくてはならない』ではなく、『みんなでこれやったら面白そうじゃない?』というのが口癖だった。せっかくこんなに気持ちのいい環境があるのに堅苦しい話は似合わない。そこに小浜の気質があるんだと思います」
トークイベント 「耕す。 デザイナー城谷耕生の仕事」
人口約7700人の海と山と温泉の町、長崎県雲仙市小浜町を拠点に活動した、デザイナー城谷耕生さん。2002年に帰国すると故郷小浜町にスタジオを構え、地域に根ざした仕事の可能性を時代に先駆けて追求した。2020年12月に道半ばで急逝した城谷耕生さんの仕事について、彼と関わりが深いキーパーソンをゲストとともに、2日間にわたるトークを通じて解き明かされる。今回インタビューさせてもらった古庄さんは、3月26日のトークショーに登壇する。
日時 : 2022年3月26日(土)~27日(日)
開場時間:13:40(第1回、第3回)、16:40 (第2回、第4回)
参加費 : 無料
会場 : アクシスギャラリー(東京都港区六本木5-17-1 アクシスビル4階)
申し込み : Peatixにて事前予約制 https://tagayasu-sirotani.peatix.com
配信:トークの様子はInstagramにて無料ライブ配信
アカウント 刈水庵 @karimizuan
特設ウェブサイト:https://tagayasu.studio.site/
第1回 3/26│土│14:00-15:30 刈水プロジェクトの夢 ― すべてはエコヴィレッジ構想から始まった
イタリアから帰国し地元雲仙市小浜町を拠点とした城谷は、2012年から過疎化が進む刈水地区の創生に 尽力し地区内にショップとカフェ「刈水庵」を開き、以来小浜町には様々な変化が起こり始めます。移住し たクリエイターたちが小浜町で起こったこと、その未来について語ります。
〈スピーカー〉古庄悠泰:グラフィックデザイナー │ 諸山朗:「刈水庵」店長 │ 山﨑超崇:デザイナー
〈ファシリテーター〉村松美賀子:編集者、文筆家
第2回 3/26│土│17:00-18:30 ものづくりのユートピア ― エンツォ・マーリから引き継いだもの
城谷は2001年に、親交のあったイタリアデザインの巨匠、エンツォ・マーリを招き長崎県の陶磁器産地、 波佐見町でのワークショップを企画します。その後城谷は自身で、竹職人たちとの研究グループ「BAICA」 を結成。マーリのデザイン哲学、そして城谷と職人たちとの取り組みをよく知る関係者が語ります。
〈スピーカー〉大橋重臣:竹工芸家、BAICA代表│多木陽介:批評家、アーティスト│田代かおる:ライター、 キュレーター
〈ファシリテーター〉池田美奈子:九州大学大学院芸術工学研究院准教授
第3回 3/27│日│14:00-15:30 伝統工芸の創造力を耕す ―
小石原と唐津におけるワークショップから 伝統工芸の産地と積極的な交流を図った城谷は、小石原焼(大分県)、唐津焼(佐賀県)の作陶家らと ワークショップを行います。伝統の歴史的背景にとどまらず地元の農作物や料理について綿密な調査を 行ったのはなぜか。城谷が考えた伝統工芸の創造力について迫ります。
〈スピーカー〉池田美奈子:九州大学大学院芸術工学研究院准教授│川浪寛朗:デザイナー│熊谷裕介:小 石原焼伝統工芸士│多木陽介:批評家、アーティスト
〈ファシリテーター〉田代かおる:ライター、キュレーター
第4回 3/27│日│17:00-18:30 地域に根ざしたデザイン ―
奈良、常滑、能登、雲仙から未来を探る 奈良、常滑、能登に拠点を構えて地域の人々や環境と調和のある暮らしを営む二人のデザイナー(坂本大 祐、高橋孝治)と一人の建築家(萩野紀一郎)を招き、従来のデザインとは異なる価値観と方法論で仕事を 作り出す可能性について実践者たちが語ります。
〈スピーカー〉坂本大祐:デザイナー│高橋孝治:デザイナー│萩野紀一郎:建築家、富山大学芸術文化学 部准教授
〈ファシリテーター〉村松美賀子:編集者、文筆家
- 古庄悠泰さん ふるしょう・ゆうだい/1989年、福岡県糸島市生まれ。九州大学芸術工学部工業設計学科卒業後、Studio Shirotaniおよび同事務所運営のデザインショップ「刈水庵」勤務を経て、2016年景色デザイン室を設立。小浜温泉旅館をはじめ、長崎県内を中心に企業・飲食店・クリニック・神社・個人作家など様々な分野のグラフィックデザインに取り組む。共著に『おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる:地域×デザインの実践』。
特集
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- 「デザインすること」の意味を問い続けたデザイナー城谷耕生さんが、長崎県雲仙市・小浜の町に遺した種。
- 城谷耕生 (デザイナー)
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- カタチあるものだけがデザインではない。知恵を継ぎ、風景をつくっていくこと。/山﨑超崇さん(目白工作)
- 山﨑超崇さん (デザイナー)
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- いずれ町の景色となるように。人を生かすためのグラフィックデザイン。/古庄悠泰さん(「景色デザイン室」)
- 古庄悠泰さん (デザイナー)
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- 住民が「面白い」と思うことを、実行できる町にするために。自分たちの手で文化と仕組みをつくる。/山東晃大さん(京都大学経済研究所研究員)
- 山東晃大さん (自然エネルギー財団研究員、一般社団法人OBAMA ST.メンバー)