特集 聞く人

問題が問題でなくなっていく「聞き方」。同じお湯に浸かっている距離感で、耳をすます。/松木正さん(カウンセラー)

言葉の裏に隠されたものや、もっといえば話している本人さえ気づいていないような、言葉として形をなしていない感覚に耳をすます、カウンセラーの松木正さん。

ネイティブアメリカンの生き方や自然観に共鳴し、独自の環境教育プログラムを実践している松木さんは、肩書きにこだわらず活動していたら、いつの間にか「聞く人」になっていた。

人間関係に悩んだり、自分を変えたいと思ったり、壁にぶつかっていた多くの人は、松木さんに話を聞いてもらうと、問題が問題ではなくなってしまうのだという。なぜそんなことが起こるのか。カウンセリングの現場で行われているやり取りや、心の動きを辿っていくと、聞く態度はもとより、人と人がコミュニケーションを取るうえで大事にしたいことに行き着いた。

文:兵藤育子 写真:加瀬健太郎

“自覚”から遠いところにある
ものに耳をすます

「言葉で語られることって、ほんまに少ないと思う」

松木正さんはいう。たしかに語る側に回ったとき、自分の発した言葉が相手にうまく伝わっていないのでは、と不安になることはよくあるし、そもそも心の中をどれだけ的確に言葉に置き換えられているのか、考えるほど自信がなくなってくる。

神戸で「マザーアース・エデュケーション」を主宰する松木さんは、企業や行政、教育現場と連携して、環境教育を軸とした独自のワークショップやカウンセリングを実践。小学校・中学校・高校での人間関係トレーニングや、保護者に向けての子育て講座、企業研修など、その活動は多岐にわたる。

環境教育という言葉自体もさまざまな意味を含んでいるが、松木さんが提唱している環境教育の特色は、自身が多大な影響を受けたネイティブアメリカン・ラコタ族の教えや自然観を取り入れていること。なぜネイティブアメリカンなのかは後ほど説明するとして、松木さんのもとには人間関係に悩む人や、今の自分を変えたいと思う人、何らかの壁にぶち当たって物事がうまく進まない人などが、問題を解決しようと訪れる。そして松木さんの前で言葉を駆使して、語ろうとするわけだが……。

 

「言葉で語られている部分って、要するにメインストリームで、自覚しているから言葉で表現することができる。だから、『こう思う』とか『こうあるべき』というのは、アイデンティティと結びついている部分ともいえる。それに対して、カウンセリングの現場で我々が聞こうとしているのは何かというと、自覚から遠いところにあるものなんです」

頭で考えたことを話すのは、とても自覚的な行為といえる。しかもカウンセリングに訪れるのは、基本的に何かしらの悩みを抱えている人だ。おそらく、そのことについてすでにかなりの時間を割いて考え、それでも解決方法が見つからないから、第三者、それも聞き手のプロに助けを求めるのだろう。そのとき、松木さんが聞こうとしている「自覚から遠いところにあるもの」とは何を意味しているのか。

「その人の置かれている状況を理解しなければいけないので、話の内容ももちろん聞いてはいる。だけどイメージとしては、話のコンテンツよりもプロセスに沿って聞いているんです。そうすると、水面下で起こっている感情の動きとか、エネルギーの変化のような言葉にはしにくいものが見えてくる。それはメインストリームから外れたところに、雑音のようにして存在しているものなんです」

本人すら自覚していないそういったシグナルは、ちょっとした仕草だったり、話すテンポ、瞬きのタイミング、間のとり方のような、非言語的なところに出やすいという。

「なぜそれらが現れるかというと、話している言葉、つまり意識している状態とは別に、まったく意識していないパラレルワールドのような何かが同時並行で存在しているから」

「自分はこういう人間だ」という認識は、誰にでも多かれ少なかれある。しかし自分の認識と、他人が見た印象にズレがあることも珍しくない。自分はこういう人間だと思っている部分が、メインストリームだとしたら、そうではない部分、つまり何かの都合でないことにしていたり、光をあてずにいたり、わきに追いやってきた自己のことを「周縁化」と松木さんは表現する。本来は、いろんなキャラクターがひとりの人間のなかにいるはずなのに、「○○な自分」というふうにキャラクターを自ら限定して、それ以外を周縁化させてしまうのは、そのほうが日常を生きていくうえでは何かと都合がよかったから。

「雑音のように思う認知されていない部分は、統合されることを待っている、今まで周縁化させていた部分の自分なんやと思う。それを本人よりも早くキャッチして、自覚を促してあげているんです」

 

ないものとしていた声を、
人は恐れるもの

松木さんもある時期まで、さまざまな自己をないものとして周縁化させて生きてきた。

「自分が生まれ育ったのは、男が泣くなんて絶対にあかんし、虚勢を張ることが当たり前とされるような時代や環境でした。だから何か面倒なことがあったら、すぐに声を荒げてしまうくらい、乱暴な人間やったと思う」

アグレッシブな自分以外を認めてくれる世界があることを知ったのは、27歳のとき。インディアンの文化に憧れていた松木さんは、日本のYMCA職員を経て、環境教育を学ぶために渡米。サウスダコタ州のインディアン居留区内にあるYMCAのスタッフになる。そこでスウェットロッジ・セレモニーという、ラコタ族の聖なる儀式に参加させてもらうことに。生まれ変わりの儀式とされるスウェットロッジ・セレモニーは、汗をたくさんかくため英語でこう呼ばれているのだが、まずドーム状のテントの中に真っ赤になるまで焼いた石をいくつも入れ、その石に水をかけてスチームサウナのような状態を作る。大地の子宮に見立てた空間に車座になり、通常のサウナよりもはるかに熱くて過酷な環境のなかで、彼らの創造主に祈りを捧げるのだが、その様子は松木さんが経験的に知っていた「祈り」とはかけ離れたものだった。

「体が大きくて、鷲鼻で赤銅色の肌をしたかっこいいインディアンたちが、みんな泣くねん。

『つらくてしかたがないから、助けてほしい』と言葉にする人もいれば、『ウオーン、ウオーン』と嗚咽して、叫びながら泣く人もいた。そして俺の順番に回ってきて少しずつ語りだしたんやけど、ものすごい熱気と何をやっても大丈夫っていう雰囲気のなかで、気づいたら子どもみたいにただただ泣いていた。強さだけを追求するような人生やったから、弱い自分に光を当てたのはそのときが初めてだった。それ以来、よく泣く人になったと思う」

ラコタ族との交流は現在も続き、松木さんは彼らの伝統・儀式の継承を許されている数少ない日本人として、スウェットロッジ・セレモニーなどを日本でも執り行っている。そしてカウンセリングなど「聞くあり方」にも、そのエッセンスは多分に生かされている。たとえばスウェットロッジ・セレモニーの特徴的な点として、身体的に過酷な状況にあえて身を置くことで、「思考を止める」状態を促すというのがある。熱くて暗くて閉塞感のある場所にずっといたら、息苦しくなるし、頭もぼんやりしてきて、次第に理性などどうでもよくなってしまうだろう。一方、カウンセリングは肉体的苦痛を伴わない代わりに、対話によって思考の世界を止めることを試みる。

「起きている間は、みんなずっと何かしら考えているよね。物事を先読みしたり、過去をもとにどう振る舞うべきか判断して、危険を回避するようなことを我々は繰り返している。起きている間は常に思考と結びついている状態で、思考から解放されるのは寝ている時間くらいしかない。思考から解放されることを、通常の意識状態に対して変性意識状態というんやけど、周縁化された自分が出始めるのは、思考には根ざしていない変性意識状態に入ったときなんです」

思考から感覚に根ざした状態に意識をシフトさせ、自覚とは遠いところにある自己に触れたとき、多くの人が最初に示すのは、恐れや否定のようなネガティブな反応なのだそう。

「そういう自己をないものとして周縁化してきたわけだから。カウンセリングでも変性意識状態に入って、『なんだかすごく自由な感じがしてきました』って口にした途端、『でも、やっぱり……』と思考の状態に戻ろうとするのはよくあること。そうやって行きつ戻りつを何回も繰り返しているうちに、何が起こるかっていうと、その人の意識のなかでエッジが立ち上がってくる。エッジっていうのは、葛藤から創造された障壁のようなもの」

今までは光が当たっている“自分”だけでよかったのかもしれないけれど、それだけでは扱えない物事が出てきたため、エッジを超えることを無意識下では求めている。たとえば、世界のなかで鎖国していた日本をイメージしてみてほしい。

「鎖国された国に暮らしている人たちは、そのほうが安全で平和だと思っていただろうし、だからこそ徳川幕府は長く続いた。だけどあるときペリーが、大砲を載せた船で乗り込んでくるわけやんか。ある意味、そのくらいの事件が起こらないと、劇的に変わることっていうのは難しいのかもしれない。そして文明開化が始まって、今までなかった文化が入ってきたけれども、みんなが恐れていたように日本がなくなるわけではなかった。もともとあった性質を持ちつつ、新しい部分が加わって統合されることによって、よりよく変容する。エッジを超えるっていうのも、そういうことやと思う」

一緒にお風呂に入るように、
感覚”を共にする

思考ではなく、感覚に耳を澄まし、本人も気づいていな部分に触れようとする過程は、何が起こるかわからない旅を共にしているようなものだと松木さんはいう。一方で、聞き手の繊細なアシストがなければ、語り手は自由に旅をすることができない。

「こちらが思考的に聞いてしまったら、相手はすぐに夢から覚めて、思考の世界に戻ってきてしまう。聞き手も変性意識状態のなかにいるんだろうけど、思考を完全にゼロにしているわけではなく、その様子を客観的に見ているもうひとりの自分も同居している。我々はよく“忍び寄る”っていう言い方をするんやけど、夢から覚めないように忍び寄って一緒にいる。相手にどれだけ寄れるかっていうところは、狩りに近いかもしれない」

松木さんは、その場に応じて、「聞く」「聴く」「訊く」の3つの聞き方を使い分けているのだそう。

スウェットロッジ・セレモニーで体験した、どんな自分をさらけ出しても大丈夫だという絶対的な安心感は、松木さんの「聞くあり方」の根幹をなすものといえる。今存在しているその人と、一緒にいること。松木さんはそれを“be with”と表現する。

「ひとときも離れずに、一緒にいようとすること。カウンセリングの極意とまではいわないけれど、結局はそれしかないんやろうなって思う。忍び寄るっていったけど、外から眺めているだけでは足りなくて、その人の世界の中に自分も入っていかなければいけない。だからよく『一緒にお風呂に入る』ってたとえるんやけど、お風呂の壁ごしに湯加減を聞くのでもなく、一緒にお風呂場にいて、もっといったら一緒にお湯に浸かっている。そのくらいの距離感なんやと思う」

片時も離れず一緒にいて、心を添わせること。最もシンプルで最も難しく、聞き手の存在そのものを問われてもいる。

「我々は普段、そのくらい条件をつけて、偏った関心を持って聞いているんやと思う。正しいとか間違っているとか、良いとか悪いとか、ジャッジするのではなく、語っていることすべてを無条件に大切なこととして扱うこと。そして聞きっぱなしではなく、感じたことを純粋性をもって応答すること。ひとつひとつを挙げていけば、そういうことやねんけど、結局は“be with”に戻ってくる。自分のあり方も、だんだんそうなってくるんよね。『松木さん、“いる感”半端ないですよ』って言われることが最近増えてきたから。“いる感”ってなんやって思うけど(笑)」

極論をいってしまうと、松木さんは悩みを抱えている人の問題を解決しようとは思っていない。なぜなら問題というのは、その人自身が限定された思考のなかで作り出しているもので、解決しようとすること自体が思考の枠に収まってしまうことだから。そうではなく、今起こっていることに対する見方を変え、問題を問題ではなくしていくのが、松木さんの聞き方だ。

「一緒にいるのは、本当はそんなに難しいことではないはず。キザな言い方かもしれないけど、人間誰もが本来持っている慈悲深さ、相手を慈しむってことなんやと思う。一緒にいたら、人はちゃんと語るもの。いないところには、誰も何も話せないからね。“いる”って大きいことやな」

INFORMATION
松木さんが代表を務める「マザーアース・エデュケーション」のワークショップは、一方的に講義を聴くのはなく、身体を使って体験しながら様々な事象・存在との関係性を再認識してくもの。自分を取り巻くすべてのものと調和することを目的とし主体的に学んでいきます。ワークショップのほかに、キャンプ、セレモニーや研修などもあり。





●カウンセリングワークショップ
共感的に理解を示す聴き方や、ともに存在しているあり方について、講義と実習で学び合うカウンセリングマインド(カウンセラー的態度・あり方)のワークショップです。


●スウェットロッジ・セレモニー
アメリカインディアン(ラコタ族)に伝わる7つの儀式の一つで、子宮回帰を意味するスウェットロッジ・セレモニー。母なる大地の子宮をシンボライズした半円球のドームの中に入り、囲炉裏を囲むように座ります。真っ赤に焼けた石をドームの中に運び込み、水を注ぎ、蒸気が舞い上がる中、扉が閉まるとそこは大いなる存在と自分の世界。 全てのものとの関係に「変化と成長」をもたらす「死と再生」のセレモニーです。

問い合わせ先:マザーアース・エデュケーション https://www.mee-cante.com/activity

問題が問題でなくなっていく「聞き方」。同じお湯に浸かっている距離感で、耳をすます。/松木正さん(カウンセラー)
松木正さん まつきただし/1962年京都府伏見生まれ。大学在学中、キャンプカウンセラーとして小学生・中学生を対象とした教育キャンプに携わる。自身がうつ病を克服していく過程でカウンセラーと出会い、教育の現場にカウンセリングの手法を用いることの可能性を探り始める。 卒業後、YMCA職員を経て環境教育を学ぶために、1989年渡米。サウスダコタ州ラコタ(スー)族の居留区で、YMCAのコミュニティ活動に関わりながら、彼らの自然観、生き方、伝統儀式などを学ぶ。帰国後、インディアンの儀式を取り入れた環境教育プログラムを展開。「マザーアース・エデュケーション」を主宰し、キャンプの企画や指導、企業研修、公立高校での人間関係トレーニングなど、環境教育を軸に幅広く活動。ラコタ族の儀式・伝統の継承を許された数少ない日本人の一人。著書に『自分を信じて生きる インディアンの方法』(小学館)、『あるがままの自分を生きていく インディアンの教え』(大和書房)。
https://www.mee-cante.com/

 
(更新日:2022.03.01)
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上手に「書く」「話す」など、発信することに重きが置かれるなか、能動的にひとりの声を「聞く」人たちがいる。歴史に埋もれそうな泡のような話や、声にならない声に、耳をすます人たち。技術としてではなく、その在り方について、話を聞いた。
問題が問題でなくなっていく「聞き方」。同じお湯に浸かっている距離感で、耳をすます。/松木正さん(カウンセラー)

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