ある視点
町には図書館がある。
絵本を読む子ども、新聞を読むおじいさん、ノートを広げる学生。
会話はなくとも、ここに流れる時間そのものがコミュニティだ。
町の図書館が新しくなる。
それは、この町の風景や、暮らす人の時間に
とっておきの変化が訪れる時。
この町を新しく知る人にとっての入り口にもなるかもしれない。
変わっていくもの、変わらないもの。
ひとつの図書館の動きが町にもたらすもの。
ワクワクしたり、じっと眺めたり、
聞き耳を立てながら、
その行方をそばで見て、記していこう。
文・長谷川竜人(高梁市地域おこし協力隊) 写真・佐藤拓也 イラスト・COCHAE
vol.02 独楽と山本氏
筆者は独楽(こま)コレクターである。
独楽というのは不思議なもので、ただくるくる回転する様を眺めるだけの玩具に過ぎぬのに、これがなかなかどうして面白い。
均整の取れた独楽の回転は美しい。音楽すら聴こえてくるような気がする。と思うと、部屋の片隅に投げ置いてあった旧式のiPodが久保田早紀を再生していたりする。
いずれにせよ家で一人遊びするのにこれほど愉快な玩具はそうない。「独り楽しむ」という字義にも納得である。
市内のイベントに持っていってくるくるさせていると、子どもたちがぼんぼこ寄ってくる。一人に貸して遊ばせてやる。するともう一人来る。次いでまた一人。そうして筆者はその後数時間に渡って子どもたちの王様となった。あはは。子どもは無邪気だから愉快だ。
さて連載第二回の原稿であるが、今回、筆者は新図書館への移行準備に追われている現高梁市立中央図書館を訪れた。スタッフの方のお話を伺うためである。
同図書館に入館するとまず山積みの段ボールが目に付く。
本が詰め込まれているのだ。それぞれ「小説」だの「童話」だのと手書きのラベルが貼られている。筆者は段ボールのひとつに鼻を近づけてくんくん嗅いでみた。本が好きだと公言する者の中に、古書のにおいだけは嫌いだという者はいまい。
現在、同図書館はこれらの分類・移行作業のため閉館中なのだけれど、といって一般利用者に対しての業務をまったく停止してしまった訳ではない。
例えば移動図書館である。
高梁市内には図書館や図書室が点在するが、しかし一口に「高梁市内」といっても、まあそれなりに広いので、地理的に利用しにくい集落に暮らしている方も大勢いる。
そこで活躍するのが移動図書館で、本を積んだトラックが市内各所を回り、このトラックには資料の貸し出し機能も付与されているから、住民は自宅の近くで手軽に本を借り受けることができるのである。
非常に便利なシステムである。
この移動図書館も新図書館の開設に伴い刷新されるそうである。その鍵を握る人物こそ、なにを隠そう今回筆者が話を伺ってきた山本氏なのだ。
山本氏は先年度に大学を卒業したばかり、フレッシュ感溢れる爽やか系の女性である。
この日、筆者は約束の時間に十分ほど遅れたのだが、山本氏は気を害した様子はちらとも見せず笑顔で出迎えてくれ、謝罪する機会を見失った筆者は口の中でもごもご言いながらさっそく、「山本さんは普段はどのような業務をされているんですか」と切り出した。
「主な業務はサービス全般なんですが、とりわけ今は、より魅力的な移動図書館を作ることに取り組んでいます。地元の方が今よりも利用しやすく、集まりやすい場所にしたいんです」
では、移動図書館の魅力を向上させるために具体的にどのような取組みをしているのか、と筆者は訊いた。山本氏は活力に溢れる眼差しを筆者に向けながら言った。
「まず、より多くの人に集まってもらえるよう、BMの巡回するルートの見直しをしました」
BMとはなんですか、と筆者は訊かなかった。なんとなく自分の無知を曝すような気がしたからである。
なので、へえ、例えば? と素知らぬ顔でなお尋ねた。
※後に確認したところによると「Book Mobile」の略で、移動図書館のトラックのことだそうである。
「以前の移動図書館は、各地域の市民センターなどをBMで周っていたんですが、これまでは周っていなかった施設、場所にも尋ねるようにしました。例えば、地元で運営されているカフェなどですね。市民センターの職員の方や、カフェスタッフの方々と相談させて頂きながら訪問場所を増やしています。一カ所当たりの滞在時間も、これまでは一律30分だったのですが、みなさんのご要望を伺いながらなるべく長くとどまっていられるように調整しています」
無論、ただ闇雲に訪問する場所、時間を増やせば良いというものではあるまい。
山本氏は今年の6月、新図書館開設に向けて高梁市に移り住んできた異邦人でもある。現在は、ほかのスタッフと持ち回りで移動図書館に同行し、各地域の要望を吸い上げているのだそうな。
「市内のイベントにも参加させてもらっています。いろんな人が誘ってくれるんです。休みの日には市内に限らず、高梁川流域の図書館巡りをしているんですが、そうしているうちにこの辺りの土地にも興味が沸いてきて」
先日は高梁市が誇る観光名所、吹屋地区で催された「吹屋ベンガラ灯り」というイベントで、同地区で親しまれている“吹屋小唄”を地元の人々と踊ったのだと言う。
「近所の人から野菜を頂くこともあります。高梁市は私のような余所から来た人でも受け入れてくれる土壌ができているんだな、と感じますね」
へえ、そうですか、と筆者は心中密かに嫉妬を感じながら相槌を打った。ただまあ、ルート変えるだけでは利用者は増えないかもしれないし、そこが問題ですよねえ。
「そうなんです。だから、多くの人に使って頂けるようにこんなことを考えています(そう言って山本氏はパソコンを開いて画面を見せてくれた)。まずですね、利用者の方が好みの本を見つけられるよう、図書館側にご相談できる仕組みを作ります。あとは、スタッフおすすめの本を持っていって紹介したり。持っていく本の種類も増やす予定です。あと、子どもたちへの読み聞かせだとか、そういう図書館ならではのイベントもBMが訪問した場所で開催できればなと思っています。みんなが楽しんでくれたらうれしいです」
あ、読み聞かせなら僕も地元の小学校でやってますよ、と筆者は思った。けれども口にしなかった。それよりも筆者が驚いたのはパソコン画面に映し出された“書店が同行する”との文言である。
「あ、本も販売しますよ」
山本氏はさらりと言った。新図書館の施設内には書店も併設される。事前に注文しておけば、移動図書館が訪ねてきた際に本を受け取ることができるそうだ。
筆者は動揺した。
なぜといって、筆者は読みたい本を求めて県内の書店を彷徨した挙げ句、けっきょくどこの書店でも売っていなかった、悔しい!みたいな想いを幾度も味わっているのである。
しかし、移動図書館がこの悔しみを解決してくれるかもしれないのだ。
「移動図書館をもっと魅力ある移動図書館にして、市内全域にもっとサービスを広めていきたい。住民のみなさんが読書を楽しんだり、集まってお話できる場所を提供したいんです」
山本氏の熱意に影響されたのか、筆者は少なからず胸中をほがらかにして図書館を後にした。
移動図書館で読み聞かせをすると山本氏は言っていた。子どもたちも喜んで寄ってくるのではないだろうか。案外、子どもたちは既存の移動図書館にもよく本を借りに来ているらしいし、なによりスタッフには山本氏のような若い人も多い。みんな友だちになってしまうのではないだろうか。
でも、そうしたら彼らはこれまで通り、筆者の嘘・からかいや五百円玉を消す手品、怖い話を楽しんでくれるだろうか。独楽を回してくれるだろうか。筆者の話し相手は……その時筆者は、イベント会場でひとり独楽を回す自身の将来の背中を瞼の裏に確かに見た。
そういう事態に今から備えておくに如くはないと、帰宅してから独楽を回した。
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岡山県高梁市図書館
2017年2月、岡山県高梁市に新しく開館する図書館。地域のコミュニティとしてだけでなく、地元の物産や観光地など地域の情報が集まった観光案内所もあわせて館内に建設中。この図書館づくりに携わる地元の人、高梁市の地域おこし協力隊、運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社のスタッフとともに、新しい町のコミュニティづくりを追いかけます。
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