COLUMN
Our library 2016-2017 

町には図書館がある。
絵本を読む子ども、新聞を読むおじいさん、ノートを広げる学生。
会話はなくとも、ここに流れる時間そのものがコミュニティだ。

 

町の図書館が新しくなる。
それは、この町の風景や、暮らす人の時間に
とっておきの変化が訪れる時。
この町を新しく知る人にとっての入り口にもなるかもしれない。

 

変わっていくもの、変わらないもの。
ひとつの図書館の動きが町にもたらすもの。

 

ワクワクしたり、じっと眺めたり、
聞き耳を立てながら、
その行方をそばで見て、記していこう。

 

文・長谷川竜人(高梁市地域おこし協力隊) 写真・佐藤拓也 イラスト・COCHAE

vol.03 読書とカレーライス

 

先日、合同コンパニーで知り合った女性にふられた。

 

ふられたと言っても別に大した事件が起こった訳ではない。ただ、幾度か文面でのやり取りをして、相手の女性が筆者の卑屈で後ろ向きなメッセージに愛想を尽かしたらしいという、ただそれだけのことである。

 

 

おかげで筆者は近隣の住民に「今年のクリスマスは予定が入るかもしれませんから、クリスマスパーティーがあっても誘わないでください」などと喧伝していたのにも関わらず、結局一人で、家でフジファブリックを聴いていた。たまに一緒に口ずさんだ。

 

なんということであろう。然り、なんということだ。

 

ここ最近、自分には不幸が付きまとっているような心持ちがする。もともと幸福な人生を歩んでいる自覚もないが、しかしそれにしてもこの不幸はどうだ。何故。いやしかし何故に。

 

そういう嫌な気分を晴らすため、今回筆者はカレーを食べに出かけたのである。然り、カレーである。

 

 

無論、ただ食事をするために出かけたのではない。これも立派な仕事である。読者諸氏は、世にカレーを食す仕事が存在すると信じることができぬであろうか?

 

 

今回筆者が尋ねた山崎千佳さんこそ、新図書館との複合施設内にて運営される、新しいカッフェーの店主なのである。

 

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つまりこれは取材ということで、よって筆者は白昼堂々、胸を張って山崎さんに話を伺い、カッフェーの目玉商品であるカレーライスを試食してきたのである。

 

 

山崎さんの邸宅は新図書館の在地から車を三十分ほど走らせた山中に建てられている。時に蛇行し、時に枝分かれしながら斜面を伸びる山道を筆者は軽四で駆け抜けた。

 

 

山崎さんはもともと東京は東村山生まれ、中野で育ったのだが(筆者は中央線沿線の大学に通っていたが、しかし中野には志村正彦のお別れ会でしか足を止めたことはなかった)、ご主人と結婚後は畑を求めて移住を決めたのだという。

 

 

「畑を求めて」というのは、分かりやすいようでありながらその実非常に深い意味が込められているような、哲学的な趣のある言葉である。

 

 

「最初は埼玉に移住したんです」と山崎さんは言う。

 

 

その後、東日本大震災を経て、比較的地震が少ないと言われていた岡山へ居を移すことに決めたところ、すぐに良い物件が見つかった。それが現在の家で、移住の決定からわずか二週間で住居が定まったそうであるから、これは幸運の事例といえよう。
※余談であるが、志村けんに関連しない会話の中で東村山市の名が出現する瞬間を、その時筆者は初めて目撃した。興味深い体験であった。

 

現在は夫婦と娘、息子の四人家族で暮らしている。旦那さんは勤めに出ており、なかなか畑作業まで手が回らないそうだが、美味しい野菜は地域のおばちゃんが作ってくれるのだそうである。

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「高梁の野菜がとてもおいしいことにびっくりして、近所のおばちゃんが作っている野菜を通販までしていました(現在は開店準備のため休業中とのこと)。高梁は、昼と夜の寒暖差のおかげで夏の暑い時期でも野菜がくたびれないし、冬は冬で、寒いんですけど、野菜が雪に埋もれないから、一年通しておいしい野菜が穫れるんですよ。まあ、人間が暮らすのにはちょっと工夫が必要な気候なんでしょうが、野菜にとっては天国ですね。野菜だけじゃないですよ。ここは子育ても安心してできる環境だし、今の暮らしには満足しています」

 

ところで筆者が疑問に思ったのは、「あれ? 東京ではカッフェーもしくはそれに準ずる飲食店の類を経営していなかったの?」ということである。山崎さんに訊いてみると、「ない」と返答があった。

 

ないんですか。

 

「ないです」

 

じゃあどうしてカフェを?

 

山崎さんは知人から、「新図書館でテナントを募集しているんだけどやってみない?」と声をかけられたのだという。

 

 

「さっきお話した通り、私たちもともとは東京に住んでいて、5年前に高梁市に引っ越してきたんですよね」

 

 

東京には大きな書店、個性的な書店がたくさんある。筆者もよく通った。山崎さんも、書店が町に影響を与えてゆく様子を目の当たりにしてきた。

 

 

「高梁の新図書館も、間違いなく町を大きく変化させるものですよね。すごいものが来るんだな、と思いました。で、そこでテナント募集してるっていうじゃないですか」

 

 

輝いて見えましたね、と言って山崎さんは笑った。

 

 

「新図書館そのもの、というよりも、関連した周辺事情についてなんですが、良くも悪くもニュースで取り上げられたりして評判になってますよね。そんな状況ですから、市民の中には新しい図書館に戸惑いを感じている人や、いまいち歓迎ムードに乗りきれないって人もいるかもしれない。そういう環境の中、私自身がお店をやらせてもらうことで、高梁の図書館を取り巻くいろいろなものをこの町にとって、この町に住む人にとってより良いものに還元していきたい。そういう場所を作りたい、って思ったんです」

 

 

なるほど、と筆者は思った。なまなかな覚悟では一国一城の主とはなれぬのであろう。

 

 

では、と次に尋ねたのは、しかしなぜカレーが目玉商品なのか、ということである。筆者はそもそもこの目玉カレーを食するために山崎さん宅を訪れたのである。

 

 

「昔からスパイスの調合をしてたんですよ。カレーのお店を開こうと思ってやってた訳じゃなく、自然に。ただ、昔の写真を見てみると、『あれ、私スパイスの調合ばっかやってるな』って気がついて」

 

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趣味なんですか、とよっぽど訊こうと思ったが、何となく失礼な気がして止した。なんとなればこのあと件のカレーを頂くのである。失言があってはいけぬ。

 

 

「だから、なんて言えばいいんだろ、日常の延長線上にカレー屋さんへの道があったって感じですかねえ」

 

 

ふええ。でも、山崎さん、店で出すのはカレーだけではないんですよね?

 

 

「はい。サラダやケーキ、珈琲や紅茶などの飲み物も揃えます」

 

 

カフェですもんね。

 

 

「うん。サラダに高梁産の野菜を使用します。さっきお話しした通り、高梁は野菜の天国ですから。温暖な気候で育つみかんと、寒冷気候で育つりんご、その両方が収穫できる市って全国でも少ないんじゃないですか? ちなみに、みかんの皮は自家調合のカレー粉になるし、りんごもそのままカレーに使われます。高梁だからこそできるカレーなんです。飲み物についてなんですが、特産品の紅茶とかは、少し工夫をして新しい形で提供しようって考えています。初めて高梁市に訪れる方はもちろん、すでに飲み慣れている市民の皆さんにも楽しんでもらいたいですね」

 

 

いいですねえ、と筆者は言った。個人的な話になるが、筆者はいわゆる喫茶店、みたいなものにはなかなか足を踏み入れることができない。注文の仕方が分からず、とんちんかんなことを言って、そうすると喫茶店で働いている人というのは大概お洒落な人なのだろうから、そういう人たちに冷笑されることを心底恐れているのである。でも、地元の紅茶や番茶、珈琲なら自信を持って注文できるね。

 

 

「妊婦の方にも安心して飲んで頂けるよう、ルイボスティーやカフェインレスの珈琲もメニューに並べます」

 

 

すると、まあ妊婦の方はもちろんなんですが、子どもを連れた親御さんなんかも気軽に入れるお店になるんですかね?

 

 

「はい。ファミリーダイナーを目指したいんです。学生さんや高齢者の方、ご家族も利用できるようなお店にして–––幅広い人に利用してもらいたいですね」

 

そうなんだあ、と言って、筆者は大事なことを聞き忘れていることに気が付いた。店の名前である。山崎さんはとても良いことをお話ししてくれているが、これで店名が「血塗りの六芒星」とか「生け贄兎の午睡の夢」とか、そういう感じの名前であったら台無しである。

 

「名前は『高梁ほっとカフェ』です」

 

山崎さんの答えに筆者は安堵の息を吐いた。

 

「ほっと」には、カレーの辛さを顕すホット、「ほっと一息」のほっとなど、いろいろの意味を込めているが、一番大きな意味は、高梁の気候への愛着、感謝の気持ちであるという。

 

 

「高梁は最高気温が国内1位になる日もあるほど暑くて、正直うれしくないときもありますが、この極端な気候がおいしい野菜や果物を作ってくれているんですよね。で、気候への愛情・感謝の気持ちをこめて店名にしたんです」

 

 

確かに高梁市は夏、暑いのである。反面、冬は寒い。しかしこの気温差が作物の美味を引き出すのには最適なのだ、と筆者も聞いたことがある。

 

 

「今、娘が3歳なのですが、絵本が好きなんですよ。誕生日には絵本の中のバースデイケーキを真似して作ったりして。絵本に出てくるおいしそうな食べ物が実際に食べられたら、おもしろいですよね。これをお店でできないかと考えています。カレーはテイクアウトもできますので、新図書館の素敵なテラスで食べて頂くのも楽しいと思います。せっかく図書館の下にお店があるので、図書館にとどまらず、読書の文化そのものと連携ができたらいいなと思って、いろいろ考えているところです」

 

そういえば筆者も帝都に暮らしていた頃、神保町で古書を購入した際にはだいたいカレーを食べていた。神保町の名物は古書とカレーだ。嘘か真か、神保町のカレーは「購入したばかりの古書を読みながらでも容易に食べられる」のであそこまで発展した、という話を聞いたことがある。

 

 

カレーと活字文化と、相性は良いのかもしれぬ。

 

 

もちろん、取材が終わった後、筆者は山崎さん特製のカレーを頂いた。筆者は味覚の感動を表すのに適当な語句を持たぬから華美な表現はできぬけれども、しかしカレーは、非常に美味であった。

 

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いまでも山崎さん特製カレーの味は筆者の思い出である。

 

その日の夜も反芻すると幸せな気持ちになって、しからば、と筆者は、就寝する前に件の合同コンパニーでふられた女性に連絡を取ってみた。

 

今の精神状態ならばヤングな感じで話をすることができるかもしれない、と考えたのである。

 

その後、彼女から音沙汰はない。

 

 

だけどいいんだ。僕、幸せ気分なら。

 

 

Our library 2016-2017 
岡山県高梁市図書館

2017年2月、岡山県高梁市に新しく開館する図書館。地域のコミュニティとしてだけでなく、地元の物産や観光地など地域の情報が集まった観光案内所もあわせて館内に建設中。この図書館づくりに携わる地元の人、高梁市の地域おこし協力隊、運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社のスタッフとともに、新しい町のコミュニティづくりを追いかけます。

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