特集 街と自然と人がつくる、
浜松の表情

東京に暮らしながら、地元とどう関わりを持ち続けていくか。 浜松にて、写真家・若木信吾さんの大規模な写真展がはじまる。

「特に、浜松をもっとよくしたいというような思いはなかった」

高校卒業までを過ごした出身地であり、今では駅からほど近い中心地に自らがオーナーの本屋「BOOKS AND PRINTS」を持つ。写真家・若木信吾さんは、東京に暮らしながら、地元である浜松の街と関わりはじめた当時のことについて訊くと、まずそう答えた。

間もなく、浜松市美術館で若木信吾写真展「Come & Go」がはじまる。新作もふくめた大規模な展覧会だ。私自身も、それまで焦点を合わせたことのなかった浜松という街にはじめてフォーカスしたのは、若木さんが地元に本屋さんをオープンしたと聞いたときだったし、きっと私と同じようなきっかけで浜松を知ることになった人も少なくはないだろう。一定の距離を保ちながら、地元と関わることについて若木さんはどんな思いを抱いているのか。その言葉の続きに、耳を傾けた。

写真:中村ヨウイチ 文:石田エリ

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浜松市美術館にて9月5日から始まる展覧会「Come & Go」の設営風景。

浜松市美術館にて9月10日から始まる展覧会「Come & Go」の設営風景。

 

ーー浜松に「BOOKS AND PRINTS」の最初の店をオープンさせたのは、2010年でしたね(現在の場所に移転したのが2012年)。商店街のアーケードの中にある、小さな小さな本屋さんで、若木さんのお父さん“キンヤさん”が店番をされていた。どこか外国にある本屋さんのような佇まいもありました。地元で本屋を始めようというときに、どんなイメージを持たれていたのでしょうか?

「本屋になりたいわけではない。あくまで自分は写真家という本分があった上でのやってみたいことでした。サンフランシスコに住んでいたころ、近所のバス停から家まで歩いていく間に、小さな本屋が3、4軒あったのだけど、品揃えにもそれぞれ個性があって、暇を見つけては覗きに行く、一番落ち着く場所で。サンフランシスコは“本の街”と言われていますけど、僕にとってはそうした本屋の存在があるというだけで理想的な街だった。だから、自分で本屋をつくりたいと思ったのも、浜松の街をもっとよくしたいとか、個人の利益を追求したいということではなく、ただ自分が好きだった本屋のある街の風景がつくれたらいいなという、夢のような思いだけだったんです」

ーー風景を作りたいというのは、ある意味、写真家的な発想かもしれないですね。なぜ、自分が暮らしている東京ではなく、離れた地元だったのですか?

「単純に、この夢見がちな話を実現する場所として、家賃の高い東京の街は現実的ではなかったんです。やるなら浜松しかないと。地元だから全く土地勘がないわけではない。その頃にはすでに、浜松はドーナツ化現象の研究対象になるくらい、中心はシャッター街で人がいなくて、その周りに大型ショッピングモールが次々とできて、みんな家族で1人1台車を持って郊外型の生活をしていました。空洞化したシャッター商店街で店を借りたのは、まず家賃が安かったのと、浜松駅から近くて徒歩で来られる立地だから、県外からも来てもらえるようになれば、店としてなんとかやっていけるんじゃないかと思ったんです」

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2010年にオープンした最初のBOOKS AND PRINTS。下の写真の一番左に写っているのが、若木さんのご両親。 写真:下屋敷和文

苦肉の策から生まれた、
理想的なコミュニケーション

ーーそうした街の実情もわかった上で選んだ場所だったんですね。

「でも、実際始めてみると、持っているつもりだった土地勘もずっと過去のものだったとすぐに気が付きました。ある程度予想はしていたけど、自分が思い描いていたイメージと、浜松の人たちとの間にはギャップがあって、どこまでなら受け入れてもらえるのか、というのをやりながら調整していくしかなかった。その調整役になってくれたのが父でした」

ーー昨年、浜松の「鴨江アートセンター」で開催された若木さんの写真展に伺ったときにも、若木さんのお父さんが地元の若者たちから「キンヤさん」と慕われているのが印象的でした。なんだかいい光景だなぁと。

「今の場所に移るまでの2,3年は、定期的に父が店番をしてくれていたのでね。店で若い人たちと接するから、背筋が伸びてずいぶん若々しくなりましたよ(笑)。でも、オープン当時は父と意見が合わずに、何度かぶつかることもありました。浜松の人たちの好みは父のほうがわかっていて、『普通は店の名前が入った袋を用意するもんだろ』とか『ショップカードつくれ』とか、いちいち文句を言われて(笑)。僕自身、これまでカメラマンとして名刺やDMをつくって営業してきたけど、それが役に立ったような実感はなかったですから。そういう印象のつくり方ではダメだと思っていたんです。本屋をやるなら、もっと人と人とを面と向かってつなげていくようなことをしていくべきだと考えていました。って、偉そうなこと言っても、自分が店に立つわけではないんですけど……(笑)」

ーー(笑)でも親子だからこそ、率直に言いたいことを言い合ってお店の土台が作れたのかもしれないですよね。ぶつかっても健康的な感じがするというか。

「確かにそうですね。そうこうしているうちに、僕がハンコもショップカードもつくらないことにしびれを切らした父が、ショッピングバッグに絵を手書きするというのを独自に始めたんですよ。『せっかく本を買ってくれた人に、無地の袋じゃなんだか申し訳ない』と言って。一つひとつ違う絵を描いていた。それが結果、僕が求めていた一対一のコミュニケーションで、実際にも功を奏して常連のお客さんが増えていきました」

ーー押し問答の末にでてきた苦肉の策が……。でもこれは、都会の本屋さんには真似できないことですもんね。

「そう、田舎的発想なんだけど、今の都会の人からしたら、すごく洗練されたやりかたですよね。なんだかんだいって、振り返ってみても最初の店は父の存在が大きかったと思います」

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現在の店舗があるKAGIYAビルの入口。本の形をした看板が目印。

松で、街への新しい視点を持って
おもしろいことをはじめていた人たちとの出会い

ーーお父さんは、現在の場所、KAGIYAビルに移転するときに退かれたのですか?

「KAGIYAビルでは2階のフロアだったので、階段の登り降りが大変というのもあったし、店の広さも倍以上になって、お客さんとの一対一の関係というのが築きづらい環境になったことも退く理由だったと思います。僕自身は、小さな店のときも、今の店の広さも、本屋としては両方にいい部分があると思っていました。小さい店だと、店とお客さんの関係性は深まっていくけど、サイン会や朗読会のような、作家とお客さんをダイレクトにつなぐようなことはできないですから。そんな思いもあって、もう少し広めの場所はないかと探していたときに出会ったのが、KAGIYAビルのオーナーで、浜松ではよく知られる丸八不動産の社長・平野啓介さんでした。平野さんは、当時お父さんから代替わりされて社長に就任されたばかりで。東京での生活も長くて僕と世代が近いこともあって、話してみると感覚も合うし、街に対しても共通の価値観がありました。彼との出会いも、自分にとって大きな出来事でした」

ーーKAGIYAビルは、浜松の街中に多く残っている共同建築のひとつだそうですね。戦後すぐのころ、お金はないけど燃えないビルが建てたいと、オーナー数名でお金を出し合って建てていったのが共同建築と呼ばれるビルだった。それが、今ではネックとなって、オーナーの意見が一致しないと建て替えられないし、貸しづらいという状況に陥ってしまっていると聞きました。平野さんがKAGIYAビルを共同オーナーから丸ごと買い取って、若い世代にテナントとして安く貸出しはじめたというのは、そこに風穴を開けるような動きでもあったということでしょうか。

「大半の不動産屋は、会社の利益のために不動産を回していくにはどうすればいいか、という部分しか考えないじゃないですか。平野さんは、若い人たちがビジネスにチャレンジできるような場をつくり、それがやがては街に還元されていくんだというビジョンを持っているところが、他のディベロッパーと大きく違っていました。今は高額な家賃が支払えなかったとしても、ここで若い世代がビジネスを経験して次につなげていけたら、それが浜松で起こっていることならば、やがては街の財産になっていくはずですから」

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現在の店舗。広々とした店内で、座ってゆっくり写真集や本を見ることができる。おいしいドリップコーヒーも飲めます。

ーー大きなお金をかけて建物だけをつくり変えて終わり、ではなくて、もっと地道に、土を耕すような長いスパンで都市開発を考えているということなんですね。KAGIYAビルに移ってからはイメージの通り、トークショーやイベントを積極的に展開されて、この時期から「BOOKS AND PRINTS」の認知度もグンと上がっていったような気がします。

「そうですね。それで県外からのお客さんが増えたのはありますね。あとは、同じ駅前のエリアで「手打ち蕎麦 naru」を営んでいる石田貴齢さんや、ヘアサロン「enn:」の林久展さんも、僕と同世代で、KAGIYAビルに移ったころは、毎週のように彼らが東京からおもしろいアーティストを呼んだり、地元の若いアーティストをピックアップしたりして展覧会やイベントを企画して、活気が生まれてきているような時期でした。その勢いに便乗させてもらったようなところもありますね(笑)。うちのスタッフも、父から地元の若い人に世代交代したときだったから、横のつながりもできやすかった。自分がいつも浜松にいるわけではないので、彼らの存在は心強かったし、ずいぶん助けられました」

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©若木信吾 「Come & Go」写真展より。浜松の遠州灘海岸にて撮影。

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©若木信吾 写真集『Takuji』より

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©若木信吾 写真集『英ちゃん弘ちゃん』より

元と関わりはじめてから
6年目に開催される大規模な展覧会

ーーそうした流れがあり、昨年は「浜松ゆかりの芸術家賞」を受賞したことを機に、市のサポートもあって「鴨江アートセンター」での展覧会に続き、今年の「浜松市美術館」での展覧会が開催されることになりました。浜松の街で若木さんの存在感が少しずつ大きくなっているような気がします。

「浜松で有名になりたいという思いはないんです……。でも、いわゆる写真愛好家ではないような人たちにも見てもらいたいという気持ちはあるし、そのいい機会をいただいたんだと思っています」

ーー今回の写真展の中には、新作である“写真家のポートレイト”シリーズが加わりました。この新作は、どんな思いからスタートされたのですか?

「新しいシリーズは、編集者の後藤繁雄さんからの助言があって始めたことでした。『写真家のポートレイトを撮ってみたらどうか』と言われたとき、写真家と聞いて自分が思い浮かぶ人たちは、自分より上の世代の大御所ばかりで、おまけに同業者となるとオファーをするのも自分でモチベーションを上げていかないとできないことだなと思った。でも、自分自身、自然発生的に生まれたものが作品になってしまうような年齢ではなくなってきているし、そうしたちょっと面倒なことを腰を据えてやることに意味があるように思ったんです」

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©若木信吾 新作のシリーズより、石内都さん(上)、荒木経惟さん(下)

ーー実際に撮り始めてみて、いかがでしたか?

「意外と断られなかった(笑)」

ーーそれだけですか?(笑)

「今回は、短く編集していますがインタビューを映像に収めていて。インタビューで話してくださることが、同業者だから身にしみて理解できるんですよね。どんな思いでシャッターを切っているのか、(写真家を)どう始めて、どう終えるのか。大先輩でも悩んでいることは、そんなに変わらないんだな…っていうのが知れたことも自分にとってはよかったことだし、もうちょっと自由にやってもいいかもな、という気持ちも生まれましたね」

ーー浜松の街と、関わりはじめてからこれまで、について伺いました。“これから”についてはいかがですか?

「今、KAGIYビルの周辺は特に、ちょうど時代の狭間にあると思うんです。共同建築自体、街並みとしてはレトロで味わいがあっていいとは思うけど、やっぱり老朽化は止められなくて、大きく建て替えないといけない時期がもうそこまで来ている。そんな時期だから、僕らは古いビルを安い家賃で借りられているんですよね。たとえば10年後、真新しいビルがずらっと建ち並んだとき、今の倍以上の家賃になったとしたら、本屋としては立ちゆかなくなるだろうなと。そしたら、また別の“狭間”を探して移動して、新しい風景をつくればいい。そんなふうに、街を泳いでいけたらと思っています」

BOOKS AND PRINTS
静岡県浜松市中区田町229-13 KAGIYAビル201
電話:053-488-4160
営業: 13:00〜19:00
休:火・水・木

若木信吾 写真展「Come & Go」

会期:2016年9月10日(土)〜10月7日(金)
会場:浜松市美術館
住所:静岡県浜松市中区松城町100番地の1
TEL:053-454-6801
開館時間:午前9時30分〜午後5時(入館は、午後4時30分まで)※ただし9月10日(土)のみ午前10時会館
休館日:月曜日 ただし9月19日(月・祝)は開館、9月20日(火)は休館
観覧料(前売料金):一般800円(600円)、高校・大学・専門学校生500円(300円)、中学生以下無料
http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/artmuse/tenrankai0917.html

東京に暮らしながら、地元とどう関わりを持ち続けていくか。 浜松にて、写真家・若木信吾さんの大規模な写真展がはじまる。
東京に暮らしながら、地元とどう関わりを持ち続けていくか。 浜松にて、写真家・若木信吾さんの大規模な写真展がはじまる。
若木信吾 わかぎ・しんご/1971年静岡県浜松市生まれ。ニューヨーク・ロチェスター工科大学写真学科卒業後、雑誌・広告や音楽媒体など幅広い分野で活躍。自身の祖父を撮り続けた代表作の写真集『Takuji』が国内外で高い評価を受ける傍ら、雑誌『youngtreepress』の編集発行、映画『星影のワルツ』『トーテムsong gor home』の制作、2012年には故郷の浜松に書店「BOOKS AND PRINTS」をオープンさせるなど、活躍の場を広げている。昨年は、映画監督としての第三作目の映画『白夜夜船』(吉本ばなな原作)が公開、15年間撮り続けた幼なじみの写真を、クラウドファウンディングによって支援者を募り一冊にまとめた写真集『英ちゃん弘ちゃん』を「IMA」より発売。浜松の鴨江アートセンターにて、写真展「XX」を開催した。

 

石田エリ/編集者・ライター。ライフスタイル誌『ecocolo』編集長を経て、昨年よりフリーランスに。ecocolo在籍中からの関心事だった食と旅をテーマに、国内外で取材を重ねている。現在、数冊の書籍を編集中。ほか、ANAの機内誌『翼の王国』での執筆、地方行政や企業の広告ツールなどを多数手掛ける。
(更新日:2016.09.08)
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