特集 平田オリザさん、
豊岡市・移住計画

【平田オリザさん、兵庫県豊岡市・移住計画】「演劇」はまちの在り方を変えていく。(前半)

−−居心地のいいまちに暮らしたい。

きっとそれは、誰しもが望んでいること。一方で、その望みには、わたしにとって居心地の良いまち、という前提がある。手入れの行き届いた駅前の素晴らしい花壇はわたしにとってこのまちで暮らす小さな誇りだが、同じようにこのまちで暮らす「誰か」にとっては、目障りなお節介なのかもしれない。

そんな、「わたし」と「誰か」が何かの拍子で、地域活動を共にしなければならなくなったら、どうなるのだろうか。ささいな意見のすれ違いが発展し、最悪の場合「わたしにとって、居心地の悪いまち」と、なってしまうかもしれない。でははたして、「わたし」と「誰か」にとって「居心地の良いまち」とは何なのだろうか。

 

今回取材をさせていただいた平田オリザさんといえば、世界的に活躍する劇作家で、日本の現代演劇を確立した第一人者。その革新的な演劇スタイルを俳優たちに教えるために、独自に創出されたワークショッププログラムが、演劇界を飛び越え「教育」の分野にまで大きく広がり、大阪大学、東京藝術大学などの大学で教壇に立つだけでなく、全国各地の自治体から引く手あまたな教育者でもある。

平田オリザさんはご自身の著書(※1)の中で、演劇の本質を「ごく短い時間の中で、表面的ではあるかもしれないが、他者とコンテクストを摺りあわせ、イメージを共有することができること。〜このノウハウこそが、いまの日本社会、日本の地域社会に必要なものではないか」と述べている。そうであるならば、冒頭の「わたし」と「誰か」の双方にとって「居心地の良いまち」とは何かを考えるにあたり、「演劇」とその「ノウハウ」が大きな役割を果たしてくれるように思える。

そんな平田オリザさんが、2019年兵庫県豊岡市に移住をする。このまちは「小さな世界都市」を標語に掲げ、ローカルとグローバルを突き詰めた先進的な取り組みで大きな注目を集めている。「演劇の可能性」を牽引する平田オリザさんと、「地方の可能性」を突き進む豊岡市。その両者が交わる時、どのような、まちの在り方が垣間見えるのだろうか。わたしたちはそれが知りたくて、豊岡市で平田オリザさんに話を聞いた。

※1:書籍『わかりあえないことから』(講談社現代新書)

写真・文:山根 晋

多様性を理解し合う社会のために
「演劇」がもたらすもの 

僕が約20年前から取り組んでいる「演劇教育」は、演劇の表現方法を通してコミュニケーション能力を育成していくこと()が目的のひとつとされていますが、根底にあるのは多様性理解を促すことです。演劇が教育に本格的に取り入れられたのは、戦後のイギリスです。イギリスが植民地を失い、植民地の支配層や現地に滞在していたイギリス人が母国に戻ってくる過程で、地方都市がものすごい勢いで多民族化、多国籍化していった。そのままいくと、社会が崩壊するというほどに。
その時に目を付けたのが「演劇」なんですね。「演劇」というのは、一時的とはいえ、自分とは違う価値観を持つであろう他者を演じます。それを「教育」の現場に持ち込み、多様性を理解し合う社会を作ろうとしました。

いちばん「演劇教育」が盛んなのは、カナダやオーストラリアなどで、今でも移民が多い国です。まだ英語もできないような状態の移民の子どもたちに、いわゆるおいしい役とかおいしいセリフを与えて、演じてもらいます。そうすると、それがクラスの中でウケるんですよね。
本人はその経験から自信がついて、積極的に英語も喋れるようになり、その後現地のコミュニティにも入っていきやすくなる、ということがあるんです。そういう「演劇教育」のプログラムを彼らはたくさん持っています。

これは、従来人類が培ってきたノウハウで、演劇は、ニューカマーの人たちや子どもたちが社会に入っていく、ある種のイニシエーション(通過儀礼)として使われてきた側面があります。ですから、市民社会を作っていく過程で、演劇とか演劇的なるものが必要とされてきたんだと思います。

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写真上:平田オリザさん。下:中高生を対象にした演劇入門ワークショップ「中・高生アートチャレンジ!」。演劇に興味がある生徒だけでなく、演劇をするのがはじめての生徒もたくさん集まった。今年は豊岡の魅力を再発見していくためのアートのお祭り『Toyooka Art Season』の一環として開催された。

公教育とまちづくりが連動する
潜在的学習能力を育てるまち

豊岡に移住を決めた理由で、ひとつの決定打だったのは、昨年子どもができたことです。僕は東京の駒場に生まれ育って、小中高とずっと公立の学校でした。僕は、子どもを通わせるのであれば、中学生ぐらいまでは公立の学校の方が良いと考えています。なぜなら、さまざまな環境や境遇を持つ生徒が集まっていて多様性があるから。

ですが、今東京の都心部では生徒の約7、8割が私立の中学校を受験する。公立の中学に進むことがイコール転落するという幻想を持ってしまっていて、それが怖いから、富裕層でなくても無理して私立の中学を受験させるわけです。要するに、東京では普通に子どもを育てられなくなっているということでもあります。

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一方で、豊岡の場合は非常に公教育の改革がうまくいっています。これは専門的な話になりますが、戦前からの反省で、教育委員会というのは独立性を保ち、行政と一線を置いてきました。それはある意味で正しいのですが、今のように地方の人口減少などが大きな問題になってくると、そうも言っていられません。
行政も積極的に教育に関わらなければいけないのですが、教育の独立性が、いまだ頑なに守られている自治体はそれができないんです。ですが、豊岡の場合は公教育とまちづくりが非常にうまく連動している。

例えば、単純に学力試験の結果だけをみると、高校入学の時点では、豊岡高校の子は神戸市の子と比べると、いわゆる“学力”は低いそうです。でもそれは、塾に行っているか行っていないか程度の差だと思っています。豊岡の子たちは塾に行っていない分、高校生活の中で、ないしは大学に行ってから自分で学びを設計できる力を身につけます。あらかじめ敷かれたレールが存在しないこれからの時代において、そのような「潜在的学習能力」こそが大事なんです。

 

コウノトリもアーティストも。
ゆるやかなネットワークが作る”コモンズ”とは?

さきほど、「演劇教育」は多様性理解を促すことだと話しましたが、別の角度から言うと、「いろんな人がいて良いんだ」、「いろんな意見を言っていいんだ」ということを子どものうちから体験させるということでもあります。

豊岡の場合、よそ者を排除しないで、どんな人でも包摂していくような、コウノトリも生きられる、アーティストでも生きることのできるまちをつくろうとしています。実際、せっかく他のところから来てもらっても、また戻ってしまうケースは非常に多いですよね。

例えば、東京からIターンなどで移住する人たちは、近所付き合いが全くない東京が嫌で田舎に越してきたいとは思っている。けれど、全部の地域行事や団体に参加しなくてはいけないのでは、と田舎のしがらみに対する恐怖心も持っています。それを行政の人に話すと「そんなわがままな」と言います。

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でも、まちがその在り方自体を変えていくことで、今までそこに住んでいた人たちにとっても持続可能な住みやすいまちになっていくんじゃないかなと思っているんです。というのは、既に住んでいる人の中にも田舎のつながりを嫌がっている人は、意外に多いと思います。そこを思い切って変えてみる。

異なる価値観を持つ人と折り合いを付けたり、言動の背景にあるものを理解できる能力・それをまちの人たちが持つことで、UIターンも受け入れやすいし、外国から来るインバウンドの人も問題なく受け入れることができると考えています。

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平田さんが芸術監督を務める「城崎国際アートセンター」。滞在制作以外にも、会議や滞在アーティストの選考などで訪れている。

ちなみに、城崎温泉にあるアーティスト・イン・レジデンス「城崎国際アートセンター」に滞在しているアーティストは、地元の方々から「アートさん」と呼ばれていて(笑)。アートさんならしょうがないわね。と、いろいろと大目に見てくれています。

つまり、異なる価値観を持つ人と折り合いをつけることができる能力を、みんながちょっとずつ身に付けていることが大事だと思うんです。ですから、旧来型のガチガチの共同体ではなくて、趣味とか食文化とか、色々な楽しみで繋がっているような、でも都会のような殺伐さはなく、近所付き合いやつながりもそこそこにある。そういうのが理想です。僕はこれを「ゆるやかなネットワーク社会」と呼んできたのですが、それが地域には必要なんです。

それは、アートマネジメントや建築の世界でも良く言われることですが、「コモンズ」を作っていくということなんです。出入り自由な場所を作っていく。本当の意味で、居心地の良いまちを作っていく。豊岡が挑戦していることはそういうことなんです。

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キャプション:ただし、後半の素材が足りないため、後半に持っていく可能性あり。

風情ある街並みがつづく城崎温泉街。「城崎国際アートセンター」で創作に没頭し、まちに出ると温泉や美味しい食を身近に味わえる環境に、世界中のアーティストから応募が殺到しているという。

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>>【後半】平田オリザさんインタビュー:「『負ける気がしない』豊岡が世界と戦える理由」

 

 

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>>【募集中!】平田オリザさんが指導する「コミュニケーション教育」ワークショップ@東京、12月21日(金)22日(土)参加者募集中!

【平田オリザさん、兵庫県豊岡市・移住計画】「演劇」はまちの在り方を変えていく。(前半)
平田オリザさん ひらた・おりざ/劇作家・演出家・「青年団」主宰。こまばアゴラ劇場芸術総監督・城崎国際アートセンター芸術監督。1962年東京都生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。大阪大学COデザインセンター特任教授、東京藝術大学COI研究推進機構特任教授、その他多数の機関で役職を務める。主な著書に、『演劇入門』(講談社現代新書)、『芸術立国論』(集英社新書)、『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』(講談社現代新書)、『下り坂をそろそろと降る』(講談社現代新書)など多数。
「青年団」HP:http://www.seinendan.org/
(更新日:2018.11.30)
特集 ー 平田オリザさん、
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平田オリザさん、
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兵庫県・豊岡市へ移住した劇作家の平田オリザさん。「演劇の可能性」を牽引する平田さんと「地方の可能性」を探る豊岡市、両者が見据えるまちの在り方とは。
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