INTERVIEW

あなたはどう思う?私はどう思う?
日々の「問い」から生まれる
保育のかたち

山形県
遠藤綾さん(「やまのこ保育園」園長)、長尾朋子さん(「やまのこ保育園home」園長)

居住地: 山形県鶴岡市

“What is your/my idea now?”
あなたはどう思う? 私はどう思う?

 

そう書かれた小さなボード。それは、山形県鶴岡市にある「やまのこ保育園」が大切にしている、子どもたちへの“まなざし”だという。「やまのこ」に通う子どもたち、そして、保育者である大人たちみんながそれぞれの視点を持ち、それぞれの価値観を持っていることを互いに尊重すること。だからこそ、常にこう問いかける。「あなたはどう思う?」「私はどう思う?」と。

 

「やまのこ保育園」と「やまのこ保育園home」の2園で構成される「やまのこ」で働くのは全国各地から集まった多彩なメンバーたちだ。カメラマン、美術館職員、ガーデンデザイナーなど、保育の専門外からの転職組もいる。2017年、そんなユニークな「やまのこ」を作った「やまのこ保育園」園長の遠藤綾さんと、2018年「やまのこhome」の園長に就任した長尾朋子さんは、ともに移住者であり、いままさに実践の場を作っていっている仲間でもある。

 

2人が目指す保育のあり方とは何なのか。また、保育者としての働き方をも常に問い続ける、若き園長の2人に話を聞いた。

 

写真:志鎌康平 文:薮下佳代


「いまを幸福に生きる人」
「地球に生きているという感受性を持った人」
を育むために

夏の暑さをもろともせず、裸足で走り回る子どもたち。その傍らでは、絵を描いたり、段ボールなどの廃材を使って工作したり、さまざまな楽器を奏でたり。はたまた、園庭へと飛び出した子どもたちは自分たちで育てたきゅうりをもいではそのままかじりついていた。このクラスは3〜5歳の「あけび」組で、年齢に関わらずみんなが一緒に遊ぶ。子どもたちは「今、何がしたいか」を自ら選択し、その主体性にまかせながら、思い思いに過ごす時間を保育者たちは静かに見守る。


ここ「やまのこ保育園」では、子どもたちの“生きる力”を引き出す、自由でユニークな運営を行なっている。互いに学び合う異年齢保育、配膳や洗濯、遊びに至るまで子どもの主体性を大切にした運営、小さな地球をイメージしてデザインされた園庭など、「やまのこ」での生活を通して、人が生きていくための本当に必要な力を育もうとしています。そんな新しい保育園が生まれた背景には、園長の遠藤綾さん(以下、綾さん)の強い思いがあった。

2017年9月、Spiber株式会社が手がける企業主導型保育事業として、「やまのこ保育園」は誕生した。Spiberは、原料を石油のような化石資源に依存せず独自の発酵プロセスで構造タンパク質素材を開発し、世界的にも注目を集めるスタートアップ企業だ。

山形県鶴岡市の「鶴岡サイエンスパーク」内にある会社から徒歩数分の場所に、0〜5歳児の「やまのこ保育園」と、0〜2歳児の「やまのこ保育園home」の2つの園を設立。

2018年10月、全天候型子ども施設「KIDS DOME SORAI」内に、0~5歳児を対象とした「やまのこ保育園」が開園。 約50名ほどがひろびろとした空間で過ごす。

0~2歳児を対象とした「やまのこ保育園home」として運営。家庭的な雰囲気で、子どもたちが安心して過ごせるように設計されている。

2016年9月にSpiberに入社した綾さんは、入社してすぐ保育事業の担当者に。その頃は、まだ自分たちで運営するかどうかまでは決まっていなかったが、「会社は社会のためにある」という企業理念を持つSpiberとして、どういう保育を作っていくかという話し合いから始まり、まずは“保育目標を言葉にする”ことからスタートした。

入り口にある黒板には「今月の問い」が。クラスごとに話し合い、次の月の「問い」を立てる。子どもたちがいま何に興味を持ち、何を考えているのか? 行動や関係性など子どもたちを細やかに観察しているからこそ出てくるもの。

「Spiberに入って私が最初に関わったプロジェクトが、これから社会はどうなっていくのか、人口や食料がどうなっていくのかを、いろいろなデータから調べることでした。この世界が30年後、50年後に、人口分布も大きく変わっていくなかで、どういう未来にどう生きるのか、という新たな人間像を考えなくてはいけなくなって。次の時代にどんな能力が必要か考えることをベースに、世界各国が保育や教育の指針を新たに作り直しているのが今の世界の現状だと思うんです。

今、保育の現場は世界中で大きな転換期を迎えていて。幼児教育の役割とは何か、0歳〜6歳時までの年齢の間に何を身につけているべきなのか、そういうことを考え合せながら、かつSpiberの理念をタペストリーのように織り込んでいくようなイメージで考えた末に出てきたのが、いまの保育目標なんです」(綾さん)

保育目標とは、“どういう人間像を目指すのか”を、すべての保育園が掲げるもの。綾さんは、子どもたちが大人になった時、つまり20〜30年後にどういう人間になっているか?という未来の人間像はどうあるべきなのか考えた。

それが「いまを幸福に生きる人」と「地球に生きているという感受性を持った人」という2つの言葉だった。Spiberの理念と、いまの時代のキーワードから導き出されたこの2つが「やまのこ」の柱になっている。

保育目標ができたことで、目指すべき人間像が明確になり、そこから枝葉となる、実際の現場をどのように作っていくのか、また保育者にはどういった人材が必要なのか、選ぶべき家具や食器、など施設に必要なあらゆるものが具体的に決まっていった。

竹の遊具はなんと手づくり。子どもたちは小さな体を目一杯使って裸足で登ったり降りたり。木登りのように体幹やバランス感覚が鍛えられるという。

一番難航したのが人材、つまり「やまのこ」の保育目標に共感し、働いてくれる保育者を集めることだったという。もともと子ども関連の仕事に従事していた綾さんは全国の知り合いを通じて人材探しに奔走。なんとか最初の8人のメンバーが集まった。保育士経験がある2名、看護師が1名、調理の担当者が2名、事務の担当者と綾さん、そして園庭を『小さな地球』と捉え、そこに小さな生態系をつくり、循環が生まれるような場所を作りたいと、パーマカルチャーを学んだガーデンティーチャーもチームに加わった。

そして、子どもの数が増えるにつれ、徐々にメンバーも増え、もう一人の園長となる長尾朋子さん(以下、朋子さん)との出会いもあった。東京で2人の幼い子どもと夫とともに暮らしていた朋子さんは、2ヶ月間悩みに悩み、11月にやまのこ保育園を訪れ、12月に鶴岡に移住することに決める。雪深い冬のことだった。

「やまのこ保育園 home」園長の長尾朋子さん(左)、「やまのこ保育園」園長の遠藤綾さん(右)。本園や分園という関係性ではなく、2つでひとつの「やまのこ保育園」として、互いに支え、学び合う。

常に変化していくことしか
本当のことはない

「自分の役割は、入社した時と1年経った今ではフェーズが変わってきていて。ふたつの園になる前は、リーダーに綾さんがいて、もうひとつの園の開設準備に奔走していればよかった立場から、それぞれに園長が必要だということで、私が園長に。でも、保育という業界については、いままでは利用者側だったので、『園長ってなんだ?』というのが実感としてわからなくて。ようやく3ヶ月経った頃、ものすごい重みと、もしかしたら日々の現場で“問い”を発し続け、チームで場を作り続けられる状態にしていくことが、私なりのリーダーとしての役割なのかもしれない、と。
自分の役割ってなんだろう?ということを問いながら、この1年ずっと学んでいた気がします。学ばなければ、見つけられないという感じがあって」(朋子さん)

「朋子さんが入ってくれたことで、それまで自分ひとりで抱えていたことを話せるようになったのが大きかった。考え方も、経験してきたアートの分野など素地になっているものが近いので、やりとりもスムースで、一人で走るよりも数倍速い感じなんです。いろいろな人が加わってくださることで、どんどん変化していく。それを感じやすい人数が今の人数なんでしょうね。新しい人が入ってきてくれることは『やまのこ』にとってもすごく大事なこと」(綾さん)

現在、スタッフは掃除などのサポートスタッフを含めて、二園合わせて28名にも増えた。さまざまなバックボーンを持ち合わせたバラエティに富んだメンバーが集まっていて、中には保育を専門の仕事にしたことのない人もいる。だからこそ今までの知見や経験が生きてくるし、意見の食い違いが生まれても「あなたはどう思う?」と互いの価値観に耳を傾け、対話しながら、その時々でよりよい選択をしていく。それは保育者同士だけでなく、多様性のかたまりのような子どもと接する日々の保育の現場はもちろん、保護者と接する時も同じこと。そんな“問い”だらけの毎日を、悩み、迷いながらも保育者たちは楽しんでいるように見えた。

「変化し続けられるということは、学び続けられる人だと思うんです。いろいろな世界情勢を見るなかで、『変わるということしか本当のことはない』と思っていて。

Spiberも学びながら変化していく会社ですし、学び続けるということは、これからの時代を生きていく時に必須だと思う。この現場で学び続けるって何かと考えると、相互に影響し合う関係から気づきを得るということ。それは、大人も子どもも同じで、互いに入れ子構造になっているんです。子どもたちと私たち大人の間では、常に関係性が生まれている。何かの関係が生まれたところに、一方通行っていうことはありえないんですよね。子どもに関わっているつもりでも、同時に子どもに関わられていて、常に相互に影響し合っている。影響を与え合いながらその関係性のつながりが集まって大きな球体のような、生命体のようなものになっていく、それがチームや組織のあるべき姿のイメージなんです」(綾さん)

やまのこジャーナル『ちいさな惑星』は、ほぼ毎月発行。いま園で起きている一番熱量が高いことを各保育者が書いて伝える。保護者たちとともに考えたり、共有するための大事なツールでもある。

「“学び続けることこそ、変化し続けること”を体現している綾さんがすぐそばにいてくれる。だから私だけじゃなくて、保育者たちみんなが“問い”を持ち学び続けようとする状態が、『やまのこ』にはあると思います。学ぶことを習慣にしようという意識があるというか。等身大なんですけど、ちょっとずつ広げたり、何か新しいことを得たり、個々人がそうありながら、同時に『やまのこ』も肥やされていく。自分の状態のアップデートとこの場のアップデートがつながっているんだということを綾さんから学びました。

綾さん自身がそれを体現しているから、どこかに行って持って帰ってきたことをすぐに共有したり、『やまのこではどうしたらいいかな?』と対話する時間も楽しい。対話から生まれるアイデアを起点に動き出す姿は、メンバーみんなに影響を与えていると思います」(朋子さん)

「やまのこ」では保育者たちが集まり、年に4回合宿を行う。そこで、日常の業務の中ではなかなかできない深い話し合いの時間をたっぷり取り、自分の考えていることや持っていた“問い”を掘り起こし、対話の中で自ら刷新していく。お互いが持っている“問い”を投げかけ合うことで対話が生まれ、そこから学びが生まれる。1人ひとりが学び続けられる人になるために、相互作用が起きやすい仕組みを「やまのこ」では意識している。たとえば、フラットになんでも話し合えるよう、互いにファーストネームで呼び合うこともそう。“園長”ではなく“綾さん”と呼ぶことで役割を外し、個人として向き合いやすくする。そうした一つずつのことを大切に積み重ねてきた。「やまのこ」が大事にしているのは、個性を尊重し、互いに影響しあえる、人間性で働ける場であり、そこに垣根はない。

「『今を幸福に生きる人』というならば、子どもそれぞれの価値観だったり、大切にしていることだったり、大切にしているペースだったり、それらを保証することが大切で。でもそれは子どもだけに保証するのではなくて、大人もそういう状態でないと嘘になってしまうし、何もクリエイションできなくなってしまう。『やまのこ』では子どもだけでなく、そこで働く大人たちも『今を幸福に生きる』と心から思える状況を大事にしたいと思っているんです」(朋子さん)

保育の場はクリエイティブな場。
生き物のように新陳代謝していく

「そもそも保育の現場って本来はめちゃくちゃクリエイティブな場なんです。まったく正解がないですから。すごくクリエイティブな場所なのに、そういう評価がされていなくて、なぜだろう?と思っていたんです。 

保育というのは、クリエイティブな暮らしであり、先端的なことができる場所だと思っていて。小学校、中学校も本来はクリエイティブな場であるし、教育の場というのは、そういう場であるべきですよね。一番理想的なのは、子どもたちが毎年変わるたびに、この場自体も変わっていくこと。環境を変えることは子どもにも大人にも自動的にとても大きな変化をもたらしますし、子どもたちの個性や傾向性に沿って、場が進化していくようなサイクルをつくっていけたらと思っています。まだそこまでは全然できていないんですけど、ちょっとずつ近づいていけたら、と思っていて。だから私や朋子さんだっていつ変わってもいいというか、ここからいなくなってもいいという感覚はあるんですよ。本当に創造的な場所っていうのは、人に拠るではなく、その場所自体が持っている力が既にあるはずなんです。クリエイティビティってそういうことじゃないかな。 

本当に目指すべきは、どんな活動をしているかではなくて、ここそのものが生きている場所になること。常にクリエイティブな発想ができるように仕組みやシステムを整えることで、誰が入っても出て行っても「やまのこらしさ」が保てる場所になる。

実は、ここにおばあちゃんになるまでいようと覚悟を決めて園長になったんです。命を預かる仕事ですし、それくらい覚悟しないとできないと思ったんですよね。でも、この場所がどんどん耕されていくことによって、そういうイメージもどんどん手放されてきています」(綾さん)

「とはいっても、綾さんの影響は大きいので、いなくなると困るんですけど(笑)。クリエイティブな場になるためには、いまここにある人とか物とか環境とか制度とか、そういったものをすべて素材と捉え、それらの新たな使い方とか組み合わせを考えながらひとつずつ編み出してクリエイションしていく。そういう発想を持てる土壌を作ることは、人同士のコミュニケーションだけでなくて、植物を育てたり、土と対話したり、泥だらけになって遊んだり、子どもも大人も一緒にこの場の様々な素材と対話する経験をかさねることで生み出していくものだと思うんです。 

実は今、馬を“先生”として『やまのこ』に迎え入れようと動き始めているんです。これからの未来を見据えて、人中心の世界という枠を超えていくためには、大きくて強くて、わからない存在とコミュニケーションしていくことによって、得られる力があるんじゃないかと思っていて。だから『やまのこ』での日々はとても大きな仕事だと思うし、一年後の変化も楽しみで。これからも一つひとつ未来につなげていくことを大事にしたい」(朋子さん)

保育園ができたことで、確実にここサイエンスパークを暮らしの場として行き交う人が増え、徐々に街の景色が変わっている真っ最中。若い社員が多いSpiberにあって、子どもを預ける場が必要だったことが発端だったとはいえ、保育園がそんなにもパワーのある場所になり得るとは、思いがけない喜びだった。

今年10月13日には2回目となるオープンデイを開催し、地域の人たちにも「やまのこ」の取り組みを見てもらう機会を設けたいと考えている。「やまのこ」内の変化を「保育園の話・子どもの話」に留めることなく、「大人も含む人間の話・社会の話」として提示して、地域や社会をも巻き込んだ変化にしていく。

そうした地域や社会とのつながりは、まさにSpiberの理念「会社は社会のためにある」を体現するものであり、子どもは社会のなかの一員として育っていくはずだ。そうしてまた、互いに影響を与えあいながら、「やまのこ」も街の風景も変わっていく。地域や社会とひと続きになった暮らしの実践の場こそが「やまのこ」なのだ。

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あなたはどう思う?私はどう思う? 日々の「問い」から生まれる 保育のかたち
遠藤綾さん(「やまのこ保育園」園長)、長尾朋子さん(「やまのこ保育園home」園長) 遠藤 綾さん
「やまのこ保育園」園長
1980年生まれ。2005〜07年大学の研究機関で子どもをテーマに研究・実践に従事。2008年から主に子ども領域で書く仕事、つくる仕事に携わる。2014〜16年 NPO法人SOS子どもの村JAPANで家族と暮らせない子どものための仕事に携わる。2016年にSpiber株式会社と出会い、山形県鶴岡市に家族で移住。2017年やまのこ保育園home、2018年やまのこ保育園を立ち上げ、現職。週末には家族でホースセラピーを実践する牧場に通い、馬との関わりを楽しんでいる。一男一女の母。

長尾朋子さん
「やまのこ保育園home」園長
1985年生まれ。大学院では表現教育を学び、2011年、仙台の文化財団へ就職。その後、東京藝術大学の社会連携事業として、東京都美術館とともにアートコミュニケーション事業を担当。2018年6月よりSpiberへ入社し、子ども2人とともに東京から鶴岡へ移住。同じく移住した家族ぐるみの友人とその子どもと合流し、5人での新たな暮らしをスタート。互いの夫も東京で一緒に2人暮らしをし、鶴岡と東京を行ったり来たりしながら、2拠点拡大家族を実践中。

 
(更新日:2019.09.12)
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