INTERVIEW

さまざまな人が混ざり合い、助け合うまちを目指して。耕作放棄地を再生した茶畑で障害者が働く「尺の内農園」

島根県
森山史朗さん(あおぞら福祉会)、伊川健一さん(健一自然農園)
居住地: 島根県雲南市

障害を持つ人たちが、青空の下で地域の大人や子どもと関わりながら働き、自立して暮らしていく風景をつくりたい。

 

島根県雲南市にある「尺の内農園」は、そんな想いが重なり、2018年12月に誕生した就労継続支援B型事業所(※)です。春から秋はワイン用のぶどうを栽培し、冬は「三年晩茶」を、合間合間に「和紅茶」を生産。一年を通して栽培や収穫の仕事をつくり、障害者の所得向上を目指しています。
ぶどうを収穫できるのは数年後ですが、お茶はひと足早く完成しました。無農薬・無肥料で育った三年晩茶は奥行きのあるまろやかな味で、体をじんわり温めると好評。耕作放棄された茶畑を活用しているため、里山再生につながる農福連携(担い手が不足する農業分野で障害者が活躍・貢献すること)の事例としても注目を集め始めています。

 

尺の内農園を営む「あおぞら福祉会」の森山史朗さんと、アドバイザーである「健一自然農園」の伊川健一さんにお話を聞きました。

 

※就労継続支援B型事業所……一般企業等での就労が困難な障害者に、生産活動などの機会を提供するほか、その知識や能力の向上のために必要な訓練を行う事業所

 

写真・文:飛田恵美子

高齢者も障害者も、地域の中で暮らせるように

あおぞら福祉会は、1990年から雲南で活動する社会福祉法人です。子どもたちが地域の田畑や里山で泥んこになって遊び育つ保育園や学童クラブ、高齢者が自分の力を活かして暮らすためのグループホームにデイサービス、障害者向けの生活介護事業所などを幅広く経営しています。

あおぞら福祉会が経営する「あおぞら保育園」

「保育園を始めたのは母親で、高齢者向けのサービスは僕が東京から雲南に帰ってきて立ち上げました。昔は認知症になったお年寄りは『人様に迷惑をかけるといけん』と家の中に閉じ込められていて、障害者は山奥の施設に集められ、地域の人と関わらずに暮らしていたそうです。

でも、1994年に認知症になった方々がお互いに助け合いながら自分らしく暮らすグループホームが出雲にできて、その取り組みに感銘を受けたんです。雲南でも取り入れようと地域の家庭をまわって声をかけたら、最初はご家族の方に『迷惑になるから』と遠慮されました。それでも、『それが僕らの仕事なので大丈夫です』と説得して、1998年に認知症の方に向けたデイサービスを始めました」(森山さん)

あおぞら福祉会の森山さん。

養老孟司と宮崎駿の対談を収録した『虫眼とアニ眼』という本に、宮崎駿が“理想のまち”として描いたスケッチがあります。緑いっぱいのまちなかを子どもたちが走り回り、お年寄りも元気なうちはまちのために働く。ホスピスは保育園に隣接していて、園児が病室に遊びにやって来る。子どもは子ども、高齢者は高齢者、病人は病人と分けず、さまざまな人が混ざり合い、力を合わせて助け合いながら生きるまち。森山さんは、こんな風景を雲南につくりたいのだといいます。

森山さんの提案により、雲南市立病院の一角につくられた「カフェひだまり」。あおぞら福祉会を含む4つの福祉事業所が交代で運営し、障害者の働く場となっています。

「そのスケッチには描かれてなかったけど、障害者も同じように地域の人と一緒に働いて暮らせたらもっといいですよね。地元の人たちからの要望もあって、2012年に障害者の生活介護事業所と相談支援事業所を開設しました。

さらに就労支援事業所もつくりたいな、と思っていたときに舞い込んできたのがぶどうの話です。雲南に工場を持つある大手メーカーの会長が、『寄付をするから、障害者が働くぶどう園とワイナリーをつくれないか』と雲南市に提案してくださったんです。雲南のまちづくりを熱心に応援してくださる方で、ほかの地域で社会福祉法人がワイナリーを経営して成功しているのを見て参考にされたようです。よく大企業が障害者福祉を支援する取り組みをしているけど、一過性のものも多いと聞きます。そういうものじゃなくて、障害者が自立して暮らしていける仕組み、ちゃんと稼げる仕組みをつくりたいとずっと考えていたそうです」(森山さん)

尺の内農園のぶどう園。ぶどうが収穫できるのは2022年の見込み。

よそ者の提案を
柔軟に受け入れる懐の深さ

この提案を受け、雲南市が最初に立てた計画は、1.5ヘクタールのぶどう園を造成し、ワイナリーを建てるというものでした。その話を耳にして「待った」をかけたのが、たまたま雲南を訪れていた健一自然農園の伊川健一さんです。19歳のときから20年近く奈良でお茶を自然栽培し、農福連携にも取り組んできた伊川さんは、この計画にいくつか疑問点を感じたといいます。

健一自然農園のお茶は人気が高く、海外へも輸出されています。特に、無農薬・無肥料で3年以上成長させた茶の木を茎ごと刈り取り細かく刻んでつくる「三年晩茶」はカフェイン量が普通の緑茶の1/8〜1/10ほどで、妊婦でも安心して飲めると話題を呼んでいます。

「まず、豊かな山を1.5ヘクタール分も削るというのがもったいないですよね。雲南市内には耕作放棄地がたくさんあるから、そっちを再生・活用することを考えたほうが自然です。それに、そんな広さのぶどう園を管理することが障害者の方々にとって良い就労になるかわからない。醸造所をつくるにはさまざまな機材も必要です。数年経ってぶどうが実ったけれどワインに合わなかった……なんてことになったら目も当てられません。せっかくの想いを無駄にしないよう、本当に障害者の方々のためになって、経営的にも見通せる計画にすべきだと感じました」(伊川さん)

伊川さんの意見を聞いた雲南市政策企画部の佐藤部長が発したのは、「じゃあ君、新しい計画案を練ってみてくれないか」という言葉でした。

「過去に別の地域で、同じようにほんまに大切だと思うことを言って行政を出入り禁止にされたことが何回かあったんですよ。『言ってることは正しいけど受け入れられない』って。でも佐藤部長は、初めて会ったよそ者の口出しを真剣に聞いてくれて、計画案を提出したら、すぐに市長さんや副市長さんに話をつないでくれました。雲南市は柔軟で懐が深いまちだって聞いていたけど、日本の雛形になるような取り組みができる地域やなと直感しました」(伊川さん)

青々と茶葉が生い茂る尺の内農園の茶畑。

そこで、伊川さんが描いた案は次のような内容でした。

「ぶどう園は最小限の面積で始めて、醸造は雲南市内にある奥出雲葡萄園にお願いする。ここは良質なワインをつくっているすばらしいワイナリーですが、ぶどうが足りてないんです。ぶどうの供給量が増えれば、奥出雲葡萄園の売り上げにも貢献できる。

そうやってまずは『いいぶどうをつくったら奥出雲葡萄園が買い取ってくれる』というスキームをつくって、地域の人たちにも耕作放棄地を開墾してぶどうを植えてもらう。障害者の方々が管理や収穫の手伝いをすれば、地域の人との関わりも日常的なものになりますよね。1.5ヘクタールのぶどう園に自分たちだけで閉じこもるよりずっといい。でも、ぶどうが実るまでには数年かかるし、冬場は暇になります。その間の仕事や収入源として、お茶をつくる。僕が奈良でつくっている三年晩茶の製法なら初期投資も少なくて済むし、冬場に作業するからちょうどいいと思いました」(伊川さん)

雲南市木次町にある「奥出雲葡萄園」の醸造所。尺の内農園で収穫したぶどうの半分を奥出雲葡萄園のワインとして買い取ってもらい、半分は尺の内農園ブランドのワインとして醸造してもらう予定。

昼夜の寒暖差が激しい雲南は、もともとおいしいお茶のできる産地でした。しかし、現在では専業農家は激減し、市内のあちこちに耕作放棄された茶畑が残されていました。数年放置されると残留農薬が無くなるため、自然栽培のお茶として育てることができます。伊川さんは、これを活用しない手はないと考えたのです。

「僕自身、奈良で培ってきた茶園づくりのモデルを、ほかの地域に移植できないかと考えていたんです。でも、新しいことを始める人に協力的じゃないまちでやってもうまくいきません。雲南なら、あおぞら福祉会が育んできた関係性もあるし、いいお茶ができたら行政のみなさんは絶対にバックアップしてくださる。『ここなら絶対うまくいく』と確信を抱きました」(伊川さん)

伊川さんが初めて雲南に来たのが2017年の8月。その後すぐに計画案がまとまってぶどう園の造成や茶工場の建設が進み、翌年の201812月には「尺の内農園」が開園となりました。

「すごいスピードですよね(笑)。最初にぶどうの話が出たときは、作業の一部をお手伝いできたらいいな、という程度だったんです。でも、伊川くんの構想を聞いて、『それなら一緒にやりたい』と運営主体になる決心をして。あれよあれよという間に、いまの形になりました」(森山さん)

微生物豊かな土壌でのびのび育った茶葉と茶樹を刈り取り、地域の薪火で焙煎した尺の内農園の三年晩茶。2019年12月より本格的に販売を開始。雲南の道の駅や商店のほか、オンラインショップでも購入できます。

 

季節ごとのお茶会やお茶摘みで、
地域の人との“関わりしろ”をつくる

尺の内農園の面積は、ぶどう園が2500平米、茶畑が3000平米。茶畑では、あおぞら福祉会の職員と障害を持つ人たちが協力して収穫し、茶工場で焙煎しています。また、雲南市加茂町の砂子原茶業組合が管理する既存茶園の茶葉を収穫させてもらい、和紅茶に加工することもしています。

「森山さんが、『利用者の月ごとの仕事を表にしたら、ちょこちょこと手が空く時期がある』と言うんですね。それで、合間合間につくれる和紅茶もやりましょうと提案しました。試しに茶葉を摘んで紅茶を淹れてみたら薫り高くまろやかで、『これは勝負できる』と思いました」(伊川さん)

尺の内農園の茶工場。

焙煎には地元の間伐材を使用。里山保全につながる取り組みです。

尺の内農園の和紅茶。「紅茶って口の中に渋みが残るから苦手だったけど、20代のときに自然栽培の茶葉で紅茶を淹れてみたらおいしくてびっくりしました」と伊川さん。

尺の内農園の取り組みは始まったばかりで、まだ “障害者が自立して暮らせる仕組み”が実現したわけではありません。けれど、ふたりは口を揃えて「将来的に可能性はある」と語ります。

「自然栽培の三年晩茶と和紅茶は普通の緑茶より収益性が高いし、安定して売れるようになれば地域の人を雇うこともできます。人手が増えれば茶畑は増やせるし、観光農園化できる。雲南のように幸せなコミュニケーションが広がっている農福連携の事例はまだあまりないので、視察の受け入れをしたり、ほかの自治体にノウハウを伝えたりもできるでしょう。いろいろな形で仕事をつくっていけば、実現できると思っています」(伊川さん)

2019年3月に開いたぶどうの植樹祭と交流パーティには、地域の人々40人が参加しました。

一方、地域の人との交流は少しずつ進んでいます。植樹祭では子どもたちがぶどうの木を植え、茶葉の刈り取りの時期は長年お茶栽培に取り組んできた地域のお年寄りたちが協力してくれたそう。今後は季節ごとに地域の人を招いてお茶会を開いたり、お茶摘みやぶどうの収穫を手伝ったりしてもらうことも計画しています。

子どもも大人も障害者も一緒になって働き、笑い合う。森山さんたちが思い描いた風景が日常のものとなる日は、そう遠くないかもしれません。

※この記事は、一般財団法人澄和によるジャーナリスト支援プログラムの採択を受けて取材しました。


《特集:島根県・雲南市「誰かのはじまりを支えあうまち」》
●住民が考え、動き、変わっていく。雲南で起きている“チャレンジの連鎖”とは。
●暮らしに寄り添い、まちの人々と元気をつくる「コミュニティナース」
●地域を生きた教材として、子どもが学び成長していく。雲南から始まる新しい教育のかたち
●誰もが自分のルーツに自信を持てるように。外国人とまちの人との接点を生み出す。

 

さまざまな人が混ざり合い、助け合うまちを目指して。耕作放棄地を再生した茶畑で障害者が働く「尺の内農園」
右/森山史朗さん 左/伊川健一さん

もりやま・しろう/社会福祉法人あおぞら福祉会 理事兼高齢者・障がい者福祉統括部長。神奈川県横浜市生まれ、島根県雲南市育ち。東京で大学を卒業した営業等の経験をした後、雲南市で保育事業や高齢者・障がい者福祉事業に携わる。
https://www.syakunouchi.com/
http://aozora-fukushi.jp/


いがわ・けんいち/健一自然農園 代表。奈良県大和郡山市生まれ。15歳で自然農法に出会い19歳で就農。人が自然として在れる社会の雛形をつくるべく多方面に活動している。
http://www.kencha.jp/
(更新日:2020.03.18)
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