INTERVIEW

暮らしに寄り添い、まちの人々と元気をつくる「コミュニティナース

島根県
矢田明子さん(Community Nurse Company)/古津三紗子さん(Community Care)
居住地: 島根県雲南市

「私たちが大事にしているのは、出会った人が日々の中にちょっとした楽しみを見つけたり、生きがいや安心感を手に入れたりすること。日々の“うれしい”や“楽しい”を共にし、元気になる環境をつくっていくことが、最終的には病気の予防にもつながると考えているんです」

 

そう話すのは、島根県雲南市を拠点に、コミュニティナースに関する活動を多岐にわたって展開する矢田明子さん。コミュニティナースとは、病院ではなく地域の中に入り、住民の“心と体の健康”を促進する医療人材のこと。住民にとっては病気になる前から気軽に自分の体のことを相談できる存在です。

 

少しイメージしづらいかもしれませんが、コミュニティナースは特別な職業や資格ではなく、何をやるか、どこからお金を得るかが明確に定義されているわけではありません。しかし、矢田さんが示した「コミュニティナース=個々の専門性を活かし、まちの中で住民の健康づくりに携わる」という“あり方”は、多くの人の共感を呼び、全国各地で同様の取り組みが広がっています。

 

雲南からコミュニティナースの種をまく矢田さんと、共に新しい地域医療の可能性を探る看護師の古津三紗子さんにお話を伺いました。

 

写真・文:飛田恵美子

看護師がまちの中にいて、
病気になる前に相談することができたら

Community Nurse Companyの拠点がある雲南市木次(きすき)地区。

コミュニティナースの元になっているのは、医療従事者が地域の中で病気・障害を抱える人やその家族の暮らしを支える「コミュニティナーシング(地域看護)」という概念です。矢田さんは看護学生時代にこの言葉を知り、強く興味を引かれたといいます。

「当時読んでいた本に、コミュニティナーシングに近いものとして、1960〜1980年代の日本では行政保健師が地域に駐在し、住民の相談に乗っていたと紹介されていました。でも、財政難などから次第に人員削減され、所定の場所や専門機関に常駐するようになり、1997年に駐在制度は廃止されたそうです。そっかぁ、でもまちの中にいた方がいいじゃんね、とさらに調べていくと、海外ではいまでも集落単位でコミュニティナーシングを実践しているところがたくさんあったんです。

目の前に広がる景色、いわゆる病院でしか健康相談ができないという現状は、政策や制度によって形づくられているけれど、もしかしたら自分で変えることだってできるのかもしれない。それなら、自分たちが暮らすまちに合った形で、まちの人と一緒になってやってみようと思いました」

日本におけるコミュニティナースのパイオニア、矢田明子さん。全国各地を飛びまわり、コミュニティナースの普及に力を注ぐ。5児の母。

そもそも矢田さんが看護師を目指すようになったのは、働き盛りだった父をがんで亡くしたことがきっかけでした。看護師がまちの中にいて、普段から地域の人たちの健康や暮らしの相談に乗ることができれば、父のように病気の発見が手遅れになる人を減らせるんじゃないか。そう考えた矢田さんは看護学生仲間を集め、子育て中のお母さんを対象とした健康イベントをカフェで開きました。すると、参加者の一人が検診を受け、乳がんを早期に発見できたといいます。

「このとき気づいたのは、人が健康に関心を持って行動に移す動機となるのは、楽しさやうれしさ、何よりも看護師をはじめとした健康の専門家との関係性なんだということ。お母さんたちは『おしゃれなカフェに集まれて楽しい』という動機で参加していたし、仲良くなった私たちがそんなに気にかけてくれるなら、と検診に行ってくれたんです。そういう関係性をつくることがすごく大事なんだなと思いました」

こうした実践を繰り返す中で、矢田さんは雲南市の人材育成事業「幸雲南塾(こううんなんじゅく)」に誘われ、1期生として参加します。これがきっかけとなって、幸雲南塾の卒業生をサポートする中間支援組織「NPO法人おっちラボ」の立ち上げを行い、代表理事にも就任。矢田さんの積極的な活動と雲南市のサポートにより、市内では多様な予防医療活動が広がっていきました。取り組みは話題を呼び、矢田さんの元には「自分もコミュニティナースになりたい」「うちのまちにもコミュニティナースを取り入れたい」という相談が殺到するように。

それらの声に応えるため、2017年春、矢田さんはコミュニティナースを育成する講座の運営や、受け入れ地域・団体へのアドバイザリー業務を行う会社として「Community Nurse Company」を設立しました。講座の受講生はこれまでに160人を超え、全国に実践者が広がっています。

コミュニティナースプロジェクトの講座の様子。

矢田さんが自身の活動をまとめた著書『コミュニティナース まちを元気にする“おせっかい”焼きの看護師』(木楽舎)

雲南でも地域おこし協力隊に似た独自の活動として、鍋山(なべやま)地区に配属された女性看護師が高齢者への声かけや健康情報の発信を行ったり、「おっちラボ」のスタッフになった男性看護師が軽スポーツや対話のイベントを開いたりと、コミュニティナースが地域に溶け込んで活動する光景が日常のものとなっています。

住民を巻き込んだ
「地域おせっかい会議」

2019年8月には、雲南市木次地区にCommunity Nurse Companyの拠点が誕生しました。地元をよく知る住民に管理人になってもらい、誰もが気軽に立ち寄れる場所として地域に開放しています。

「毎日いろんな人が来てくれますね。車いすの人やデイサービスに通っている人も来ますが、赤ちゃんの子守りなどできることがあればしてもらっています。“してあげる側・してもらう側”と役割が固定された関係ではなくて、お互いに関わりあうほうがいいな、と思って」

古民家をリノベーションしたCommunity Nurse Companyの拠点。子育てやリハビリを担う団体のオフィスとしても使われている。

楽しく集える場で信頼関係を築き、日常的に健康相談に乗り、病気の早期発見につなげる。そうした数値化しやすい成果も大事にしていますが、矢田さんたちが本当に大事にしているのは、「まちの人たちと日々の“うれしい”や“楽しい”を一緒につくって元気になる」という、目に見えにくい部分だといいます。

「事務所の近くに昔ながらの商店があるのですが、人口減少や少子高齢化でお客さんが減って、店主のおじさんは意気消沈していたんです。でも、コミュニティナースやその周辺の若い子たちが商店街に来るようになると、おじさんが数年ぶりに新商品を入荷したんですよ!『若い子はプリン好きだろ?』って、抹茶プリンを。いまの若い子はプリンよりタピオカでは……と思いましたが(笑)、これってすごいことだなと感動しました。

新しい関係性が生まれたことで、おじさんが意欲を取り戻し、まちの景色が少しだけ変わった。私たちが大事にしたいのはこういうことだなと改めて思いました。何が私たちにとっての成功か?を常に確かめ合いながら進んでいけるといいなと思っています」

管理人のおばあちゃんたちに見守られ、のびのびと動き回っていた矢田さんの息子さん。

こうした流れを加速させるため、最近では理髪店の店主や郵便局員など看護師の資格を持たないまちの人も一緒になって活動する「地域おせっかい会議」も始めました。月に1度会議を開き、「最近髪を切りに来たおばあちゃんが元気なさそうだ」「じゃあ配達のついでに声をかけてみよう」と、みんなでおせっかいを焼くのだといいます。

「一人暮らしのお年寄りに顕著ですが、孤独、不安、退屈といった感情の取り扱いに困っている方はたくさんいるな、と感じています。そういう方を見逃さないために、看護師以外の方々にも協力していただこうというプロジェクトです。

看護師の資格を持っていなくても、コミュニティナースに近いおせっかいな意識、周りの人がどうすれば元気に暮らせるかをいつも考えている人は地域の中にいます。その方々が自分の役割を自覚し、仕事の立ち位置を絡めて積極的におせっかいを焼いていけば、もっと影響力が大きくなるし、まちの景色はもっと変わっていくはず。もしかしたら、おせっかいを焼かれて元気になった人が、今度はおせっかいを焼く人になるかもしれません。

これが実現したら、離れて暮らしているお子さんやお孫さんも安心できると思います。まだ始まったばかりだけど、『地元におせっかい会議があってよかった』『お父さんもおせっかい会議に行きなよ』と言ってもらえる存在になることが目標ですね」

 

中山間地域の在宅医療モデルとして
注目される「コミケア」とは?

コミュニティナースから発展した活動のひとつに、雲南市三刀屋(みとや)地区に拠点を構える「訪問看護ステーション コミケア」(運営:株式会社Community Care)があります。

訪問看護とは、主治医の指示を受けた看護師が患者の自宅を訪問し、健康状態の確認やアドバイス、点滴や注射、介護やリハビリといったケアを提供すること。「定期的な診療や医療処置が必要だけど、1人での通院は難しい」という方も、訪問看護を受けられれば入院せずに自宅で暮らすことができます。

しかし、コミケア開設前の2014年時点で、雲南市における人口1万人あたりの訪問看護師数は1.9人。当時の全国平均3.2人を大きく下回る数でした。

そもそも、意欲の高い若手医療人材は最先端の医療に触れる機会を求めて都会へ行ってしまうため、地方の医療機関は慢性的に人手不足の状態に陥っています。通院・入院患者を看るのが精一杯で、訪問看護まで手が回りません。また、雲南のような中山間地域では家と家の距離が離れていて、訪問看護サービスを提供するのは非効率的という側面も。このため、訪問看護を受けたくても受けられない人がたくさんいる状態でした。

「住み慣れた家で、家族や友人のそばで暮らしたいというささやかな願いが、環境によって実現できないのはおかしい」

そう考えたU・Iターンの若手女性看護師3人は、雲南市や新しいヘルスケア事業を展開する「ケアプロ」からの創業支援のサポートを受け、2015年に「Community Care」 を立ち上げました。立ち上げメンバーのひとり、古津三紗子さんは東京の病院で働いていたときに訪問看護の勉強会に出席し、感銘を受けたと話します。

看護師、保健師、コミュニティナースとして活動する古津三紗子さん。島根県松江市で育ち、大学進学で名古屋へ。東京の病院に7年間勤めた後、矢田さんの誘いを受け2015年に雲南にUターン。

「白血病の方が入院する病棟で働いていたのですが、患者さんが植物状態になっても人工呼吸器や心電図モニターをつけて頑張り続ける医療のあり方に違和感を抱いていました。何年も続けていると医療費は高額になり、ご家族も疲弊していきます。最期の瞬間まで頑張ることは本当にいいことなのか、わからなくなってしまって……。

勉強会で学んだのは、人は生きる力だけではなく、自然に、安らかに亡くなる力も持っているということ。たとえば末期患者の方は、少しずつお小水が出なくなり、体内に尿の成分が溜まっていきます。そこには、痛みを和らげ、幸せな気持ちになる効果が含まれているんです。人の体ってすごいですよね。

病院は病気を治す場所だからそうした力を活かすことができないけど、訪問看護はその人らしく生きることを支援するサービスなので、自然な形で亡くなるための看取りケアを行うことができる。それを知って、訪問看護の道へ進むことにしました」

コミケアは設立後半年で黒字化し、当初3人だったスタッフは現在11人に増員。雲南市内でいかに訪問看護の需要が多かったかということを物語っています。

「訪問看護では1回につき1時間ほどかけてじっくりと患者さんやご家族と向き合います。一人ひとりの暮らしや人生に寄り添うことは、分刻みで動かなければいけない病院勤務ではできなかったことでした。患者さんも、病院では環境の変化に落ち着かず、不安やイライラに苛まれている方が多かったけれど、ご自宅では慣れ親しんだものや好きなものに囲まれてリラックスしていらっしゃる方が多くて。表情が全然違いますね。

強く印象に残っているのは、すい臓がんで亡くなった60代の男性のこと。最初は『家族に迷惑がかかるから病状が進んだら入院する』と遠慮されていたんですが、毎日訪問看護に入らせていただいているうちに、『やっぱり自宅で暮らしたい』と本音を言ってくださって。遠方に住んでいたお姉さんご夫婦が一緒に過ごしてくれました。好きな音楽や外食を楽しみ、前日まで歩いていて、ご本人らしい最期を迎えられたと思います。お姉さんも『弟のお世話ができてよかった』『自分もこういう最期を迎えたい』と、生まれ育った雲南に戻ってこられました」

元本屋を改装した「世代間交流施設ほほ笑み」。コミケアはこの一角に事務所を構え、健康サロンなどのイベントを開催。また、地方の看護師不足を解消するため、若手医療者や医学生が集まる勉強会を開き、地域医療の魅力を伝える活動も行っている。

こうした訪問看護サービスを提供する一方、古津さんたちはコミュニティナースとして月に1度住民向けの健康サロンを開き、予防医療に取り組んでいます。高齢者を中心に、毎回20〜30人ほどの参加者があるそう。

「最初は私たちが健康に関する情報をお伝えしていましたが、住民のみなさんから『自分たちの特技や関心があることを披露したい』という声が挙がったんです。そこで、若い頃に日本舞踊をされていた方に披露していただいたところ、手拍子いっぱいの明るい場になり、立ち見が出るほどでした。少しずつ、住民のみなさんの好きなことを活かす場へと変わってきていますね。病気を治し、訪問看護を卒業された方を地域とつなぐ場所にもなっています」

2018年に雲南市が行った調査では、患者が入院などをする代わりにコミケアの訪問看護サービスを受けることにより、2年間で社会保障費が2億円ほど削減されたと試算されました。また、実施している集いの場の参加者は、非参加者に比べて要介護になる比率が約半分だったとする結果も出ています。コミケアやコミュニティナースは、まちの景色を着実に変えています。

自分が健やかに暮らすことを願い、行動してくれる看護師がそばにいること。まちの中に安心できる居場所やコミュニティがあること。人生の最期の瞬間まで、住み慣れた家で自分らしく生きられること。そして、住民がこうした暮らしを送ることで社会保障費が削減され、まちが持続可能になること。

コミュニティナースの活動は、人口減少・少子高齢化に直面する全国の地方に向けて、進むべき道を示してくれているように感じます。

 

※この記事は、一般財団法人澄和によるジャーナリスト支援プログラムの採択を受けて取材しました。


矢田明子さん(Community Nurse Company 株式会社 代表取締役

やた・あきこ/1980年島根県出雲市生まれ。26歳のときに父の死を経験し、看護師を目指して27歳で大学へ入学。在学中よりコミュニティナースとしての活動を始める。2013年に「NPO法人おっちラボ」を創設。2015年に「株式会社Community Care」の設立と経営に参画。2017年3月に「Community Nurse Company株式会社」を設立。


古津三紗子さん(株式会社Community Care 在宅医療部門/コミュニティケア部門看護師

こづ・みさこ/1985年島根県松江市生まれ。名古屋大学卒業後、東京の病院で7年間勤務。幸雲南塾5期を卒業し、2015年に同期と「株式会社Community Care」を設立。

 

《特集:島根県・雲南市「誰かのはじまりを支えあうまち」》
●住民が考え、動き、変わっていく。雲南で起きている“チャレンジの連鎖”とは。
●地域を生きた教材として、子どもが学び、成長していく。雲南から始まる新しい教育のかたち
●さまざまな人が混ざり合い、助け合うまちを目指して。耕作放棄地を再生した茶畑で障害者が働く「尺の内農園」
●誰もが自分のルーツに自信を持てるように。外国人とまちの人との接点を生み出す。

(更新日:2020.01.30)
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