特集 沖縄の小さな料理店

「個性豊かな南国食材と向き合う、沖縄の小さな料理店」【後編】

沖縄本島の南端に、その評判を聞きつけ日本各地からの予約が絶えない小さなレストランがある。同じ日本といえども、本土とは特性の大きく異なる個性豊かな沖縄食材を、かくあるべきと拘らずにまっさらな感性で料理する。「一度は訪れてみたい」と噂されるこの店の主人は、関根麻子さん。沖縄で暮らし始めて、もう少しで20年になる。後編は、関根さんそのものとも言える、多くの人を惹きつけてやまないレストラン<胃袋>について。

文:石田エリ 写真:在本彌生

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生活の中心に、
食材との対話がある。

今でこそ、“ライフスタイル”の流行もひと段落して、かつての食卓には馴染みの薄かった木の器も特段珍しいものではなくなった。けれど、関根さんが、木工作家の藤本健さんから「うちのアトリエスペースで、食と器とで何か表現ができないか」と持ちかけられたのは、今から7年ほど前のこと。当時の沖縄は、やちむん(沖縄固有の焼き物)と琉球ガラスの食器文化が根強くあり、木の器自体、見かける機会も少なかった。

「それに、沖縄は湿度もあって、木の器は扱いづらいのでは?という先入観を持つ人も多かったのだと思います。そんな状況もあって、藤本さんには木の器がもっと気軽に使えるものなんだというのを知ってもらえる場にできたら、という思いもあったんです。もちろん、私も藤本さんの器は大好きだったし、アトリエの場所も環境も素晴らしくて、二つ返事で決まって進んでいきました」

現在の店の客席のあるスペースが、工房だった部分。もともとの建物同様に、藤本さんがセルフビルドで増改築してくれた。そして、関根さんが趣味で集めていた古い家具のパーツをあちこちにあしらい、調度品は二人でアイディアを出し合う。そうして完成した空間で提供される、木の器に盛られた料理。そこには、関根さんが沖縄で過ごしてきた日々が詰まっていた。

今では、<胃袋>中心に生活がまわっている関根さんが、何より大切にしているのが、食材との出合いだ。「オン・オフが一切ないんです」と言い切るほど、個性的な沖縄の食材を前に、どう料理しようかと考えることが楽しくて仕方がないのだという。

「沖縄の食材は、同じ野菜でもそれぞれ味に違う個性があって、均一じゃないんです。ものすごく渋味や苦味が強いものに当たったりすることが普通にあって。ここ数年で、東京に呼んでいただいて料理をする機会が増えたことで、そのことをより実感するようになりました。東京は、普通のスーパーでも、野菜の見た目がきれいに揃っていて、何を食べてもおいしいんですよね。そう思うと、沖縄はハズレが間々ある(笑)。そんな沖縄の食材と接しているうちに、どんなものに当たっても丸ごと受け入れて、その個性をどう生かそうかと考えることが当たり前になった。今となっては、その試行錯誤が料理の一番の楽しみになりました」

店の休みの日には、遠く離れたやんばる(沖縄本島の北部一帯を指す呼称)まで足を伸ばし、生産者を訪ね歩く。季節の移り変わりによって少しずつ味わいが変化していく野菜や果実を、その場で直にかじると料理のイメージが次々に湧いてくる。

「畑に行くと、ひとつの食材でも、1年を通じていろんな味わいがあることがわかるんです。知っているつもりの野菜でも、芽吹いた時期のほうがおいしかったり、実よりも一般的には食べられていない花のほうがおいしかったり。そうしたことを、自分の舌で体験したくて。それを知れば、もっといろんな絵が描けると思うので」

関根さんにとって、畑を訪ねるのは単なる仕入れではなく、インプットのための大事な時間なのだ。その畑訪問に同行させてもらうことにした。

秋に赤い包葉になる白ウコン。その場で果汁を絞って持ち帰る。

沖縄という環境の中で、思いを共にする友人たち

やんばるの畑へと向かう道すがら、「寄りたいところがある」と、友人の渡慶次弘幸さん・愛さんが夫婦で営む木工と漆の工房〈木漆工とけし〉を訪ねた。「ここでいつも、スモークで使う木屑をもらっているんです」と関根さん。製材屋からの仕入れだけでなく、事情があって伐採された木や、台風で倒れた木など、沖縄の身近な木材を使って日常の漆器を作る渡慶次さんの工房からでる木屑は、関根さんが目下研究中という肉の燻製に欠かせないのだそう。

渡慶次弘幸さんと愛さん。弘幸さんは木工作家、愛さんは漆作家として、共同で作品を制作する。https://tokeshi.jp/

「渡慶次さんが扱う木材は、みんな沖縄の木だから、この香りを移せたらいいなと思って。最近、アウトドア用のドラム缶で毎日のように肉を燻製しているんですけど、沖縄の木は香りがやさしいぶん、移りづらいんですよね。でも、塩と木屑だけでどれくらい香りが出せるか、あちこち部位を変えたりしながら実験するのは楽しい。いろいろ試してみて、肉の脂に吸わせたときに一番いい味になったのが、ハマセンダンの木でした。ほんとうにいい香りがするんですよ」と関根さん。

「木工としても、沖縄の木は決して扱いやすい木とは言えないんですよ。でも、その木の特有の個性とも言えるクセをうまく生かすというのが、面白さでもあります」。この渡慶次さんの考え方も、作るものは違えど、関根さんの食材への思いと通じるところがあった。

 

「やんばる畑人プロジェクト」の代表で、農家の芳野幸雄さん。名護の農業の6次産業化支援を目的に設立した「なごアグリパーク」内にある、直売所とカフェを併設したカフェ「Cookhal(クックハル)」のオーナーも務める。http://haruser.jp/

次に訪ねたのは、自らも農家でありながら、同じ地域の農家さんたちと飲食店・消費者とをつなぐ「やんばる畑人プロジェクト」の代表を務めている芳野幸雄さんの畑だ。芳野さんもまた、<胃袋>のよき理解者のひとり。自身も料理好きで、ゆくゆくは「すべて自家栽培のカレー屋」をオープンするべくスパイスの栽培も実験しているのだそう。沖縄らしい食材から、珍しいスパイスやハーブまで、広い畑におよそ100種類もの作物が、強い日差しを受けてたくましく育っている。

島とうがらしの花は、垣花樋川で汲んだ湧水とうこんの果汁でゼリーに仕立てた。

植物園のような芳野さんの畑をめぐりながら、関根さんは目に留まった食材を躊躇なく口にしていく。「ん……? これは渋すぎる」というものもあれば、口にした瞬間、目を輝かせるものもある。この日は、島とうがらしの花に、その場で絞ったうこんの果汁、そして何種類ものハーブを収穫させてもらった。

そしてもうひとり、「午後の15時に約束している農家さんがいるんです」と、芳野さんの畑から数分の距離にある、川本恵子さんの畑を訪ねた。川本さんも「やんばる畑人プロジェクト」のメンバーのひとり。「沖縄で皆の100年先を行く生産者と慕われている方なんです」と関根さん。

15時と約束していたのは、川本さんが栽培している球根植物・ジンジャーリリーの花が、午後の数時間しか花を咲かせないからだ。畑に通してもらうと、まさにユリの姿をした真っ白の花を一斉に咲かせていた。関根さんに続いて口にしてみると、いわゆる生姜の味ではない。すっきりと甘い芳香が口いっぱいに広がった。

ジンジャーリリーの花。

花の咲く時間が限られているため、関根さんは、お酒を持参してその場でスピリッツにしたり、持ち帰って砂糖菓子にしたり。その日のうちに魚と合わせて料理することもあるのだそう。そしてもう一つの関根さんの目当ては、研究熱心な川本さんが手塩にかけて育てている、日本名でミズレモンと呼ばれる熱帯フルーツだ。市場に出回ることがほとんどないと言われるそれは、半分に切るとパッションフルーツと見た目は同じ。けれども、パッションフルーツのように尖った酸味はなく、味わったことのない爽やかで奥行きのある甘酸っぱさ。ものすごくおいしい。

宮古島でも栽培されているというミズレモン。同じ品目ではあれど、川本さんが手がけるミズレモンは、全く臭みもない唯一無二の洗練された味わい。

「こんなにおいしいミズレモンは、私も食べたことがなかったですよ」。関根さんがそう言うと、川本さんは「太陽の力を信じているの。光合成で太陽をさんさんと浴びると、自ら糖分を増やしてくれるから。よく『パッションフルーツは、落ちたのを拾えばいい』と言うけれども、ちゃんと手をかけてやったら、それに応えてちゃんとおいしく育ってくれるんよ」と言って、なんともいい笑みを浮かべた。

川本恵子さん(右)。果樹農家となって11年。ミズレモンやジンジャーリリーのほか、マンゴーやマカダミアナッツなども手がける。

川本さんが、大阪からこの名護へと移住し、新規就農したのは11年前のことだ。「果樹農家としては、まだまだよ」と彼女は言うが、珍種で栽培農家の少ないこのミズレモンも、皆が利益の伴う形で栽培できるようにと、日照時間と糖分の関係や面積に対する収穫量など、質のいいミズレモンに育つ栽培方法について細かくデータを取っている。川本さんもまた、それが楽しいのだという。

「大阪にいた頃には、想像すらしなかった喜びですよね。作物を通じて、老若男女どんな人とでもつながることができる。おいしいものが食べられて、余ったら他の人にも喜んでもらって。もう幸せなことだなと思います」

自然に抗わず、喜びに変える。

次の日、関根さんとは十年来の友人で、宜野湾に天然酵母パンの店〈宗像堂〉を営む宗像誉支夫さん・みかさん夫妻のもとへと向かった。翌々週に控えている食のイベントで出す料理の試作をするためだ。二人は厨房に入って手際よく下ごしらえを始め、バットの上に大きく広げたパン生地の上に、石窯で焼いた宗像さん自作のハムに、野菜やカレーリーフなどを載せていく。その上からパン生地を被せ、石窯でじっくり時間をかけて焼き上げるのだそう。

「沖縄の食材から学んだことと言えば、料理と時間の関係かもしれないですね。そのまま食べると味が強すぎる食材も、じっくりと時間をかけて焼いてみると、違う味が引き出せることもあるんです」(関根さん)

そうして焼き上がるのを待つ間も、関根さんと宗像さんは、「これとこれを合わせたら良さそう」などと、愉しげに料理のアイデアを投げかけ合っている。レストランとパン屋とは、業態は違えども、食に対して同じ価値観を共有できる宗像さんは、かけがえのない存在だ。

宗像誉支夫さん(左)と、みかさん(右)。もともと大学院で微生物の研究をしていたという誉支夫さんは、天然酵母のパン作りで名の知れた奈良の楽健寺との縁から、独学でパン作りを始めたのだそう。そこから20年、現在の場所に〈宗像堂〉を構えて17年になる。
https://www.munakatado.com/

「宗像夫妻が大好きなんです。みかさんは、沖縄の太陽のような女性で、誉支夫さんはやっぱり、同じ食に向き合っているぶん、これまでにも自ら体験して得てきた言葉をたくさんくれました。誉支夫さんは、どんなときもブレることがないんです。あるとき『どうして、いつもそんなにフラットでいられるんですか?』と聞いたら、『常に抗えないものが目の前にあるからかな』と言ったんです。そのときは、どういうことなのか理解できていなかったけど、最近になって少し理解できたような気がします。料理で言えば、食材に対して強引にテクニックを押し付けるよりも、受け入れた上で良さを引き出すということなんじゃないかと」(関根さん)

宗像堂、5代目の石窯。代替わりするたびに、改良を重ねてきた。

「自分のパン作り自体が、抗えないものだらけなんですよ。気候、天候、気圧、すべてが日々刻々と変化していく。発酵には欠かせない菌自体、思い通りにはいかないものだし、薪も枯れ具合によって燃え方が違う。何ひとつとしてコントロールできるものはないんだと受け入れて、その中でベストを尽くして潔い仕事をするしかない。それはもう、人生観のようでもあって。変化しつづける環境の中で、どう生きるかということにも通じているんじゃないかなと思います」(宗像さん)

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料理 胃袋
完全予約制

状況により、時間やお休みなどの詳細につきましては、Instagram @ibukuro_okinawaをご覧ください。
HP:http://www.yakabu123.com/ibukuro.html

「個性豊かな南国食材と向き合う、沖縄の小さな料理店」【後編】
関根麻子さん 1970年、東京・福生市生まれ。2000年に沖縄県に移住。カフェの経営や、暮らしにまつわる工芸品などを扱うギャラリーの立ち上げに携わったのち、2014年に<胃袋>をオープン。東京・表参道にあるミナペルホネンのカフェ〈Call〉にて、不定期に開催している料理会のほか、国内外で出張料理も手がける。
(更新日:2020.06.18)
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