特集 まちとアート

「芸術祭ってなんだ?」札幌国際芸術祭2017(〜10月1日(日))のゲストディレクター・大友良英さんが、札幌で家を借りたワケ。

現在開催中(〜 10月1日(日))の札幌国際芸術祭2017。2011年の初回に続き、今回が第2回となる。音楽家の大友良英さんは、ゲストディレクターに就任したときすぐに「現地に住まなくては」と直感したという。2年前にプロジェクトが始動してからは頻繁に札幌を訪れるようになったが、芸術祭開催の2ヶ月ほど前になると、家とクルマを借り、実際に札幌に住み込んで、自らの足で動きまくった。そんな大友さんと札幌という組み合わせだからこそできた、芸術祭のカタチとは?

文:野村美丘(photopicnic)

素朴な問いで、みんなを巻き込んで

第2回開催となる札幌芸術祭(SIAF)2017のゲストディレクターは、大友良英さん。もともとノイズやフリージャズなど前衛的で実験的な音楽をフィールドにしてきた大友さんは、近年はとくにインスタレーションや作品展示なども展開。とりわけ東日本大震災以降は10代を過ごした福島をベースに「プロジェクトFUKUSHIMA!」を立ち上げるなど、市民との地域活動にも注力している、自身が音楽の枠を超えた場づくりをするアーティストであり、プロデューサーだ。そんな大友さんが今回のSIAFで掲げたテーマは「芸術祭ってなんだ?」。これ以上ない、超ストレートな投げかけといえる。

「運営側が訊いてしまっているなんてある意味、失礼なことでもあるんですけど。ただ、この依頼を受けたときに僕自身が最初に考えたのが、まさに“芸術祭ってなんだ?”っていうことだったんです」

「自分もわからないものが面白いから。“なんだろう、これ?”って考える余白がないと」と、著書『音楽と美術のあいだ』でも発言しているとおり、“そもそも”なところに疑問を持ってしまうのは、大友さんの普段からの思考性らしい。

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「そして、その投げかけに対する答えは、人によって違うだろうなって思ったんです。じゃあ、そのバラバラな答えで芸術祭を組み立てていけば、おもしろいものになるんではないかと。だからこれは、自分自身に課した問いでもあるんですけど、みんなを巻き込むためのやり方でもあったわけです」

当然のこととされていることが、実は当たり前でもなければ、そもそもよく分かってもいない、なんていうことは往々にしてある。だからといって、いちいち立ち止まり、立ち返り、その都度考えなければならないというのは、言ってみれば面倒だし、大変でもある。その千差万別な一つひとつと向き合わなければならなかった大友さんこそ、相当に面倒で大変だったのではないか。

「それがね、本当におもしろくて! そのやりとりのなかでこそ生まれたのが、今回の芸術祭なんです」

伊藤隆介氏の『長征─すべての山に登れ』。安住の地(あるいは持ち主)を探す100台の廃自転車には哀愁もユーモアもある。

伊藤隆介氏の『長征─すべての山に登れ』。安住の地(あるいは持ち主)を探す100台の廃自転車には哀愁もユーモアもある。

そのとき、その場所でしかできないことを

それぞれのストーリーがそうやって各所で紡がれていったなかでも大きなトピックといえる一つが、モエレ沼公園だろう。「人間が傷つけた土地をアートで再生する」と、イサム・ノグチがゴミ処理場の跡地全体を一つの彫刻作品=公園として蘇らせた、SIAFのメイン会場のひとつにもなっている場所だ。

SIAFのメイン会場、モエレ沼公園。

SIAFのメイン会場のひとつ、モエレ沼公園。

「公園の地下には、僕たちが生活した膨大な痕跡が埋もれている。高度成長の痕跡、と言ってもいいかもしれません。それをなんというか、ひっくり返したくなったんです。イサム・ノグチのアイデアはすごくよかったと思う。
だけど非常に20世紀芸術的で、ものすごい腕力と経済力による同じことは、現代の僕らにはもはやできないわけです。それから、埋めて見えないようにしちゃっていいの?という思いもちょっとある。大量に出してしまったゴミの上に僕らがいま暮らしているということを、いま一度考え直さないといけないと思いました」

『without records』キャプションお願いします

『without records』は2005年に発表された大友さんの初インスタレーション作品。何度も改訂を経て、現在は140台ほどのレコードプレイヤーで構成され、音の風景を生み出している。東京都現代美術館にも収蔵。

そこには大友さんが2005年以来続けてきた中古ポータブルレコードプレーヤーのインスタレーション『without records』の新作や、ガラクタで構成された新作『サウンド・オブ・ミュージック』も展示されている。
また伊藤隆介氏の『長征─すべての山に登れ』では、札幌の放置自転車たち100台が(ゴミ捨て場の)地下から地上に生まれ出て、一斉にモエレ山に向かっている(もし自分の自転車を見つけたら、申告すれば持って帰ることができるそうだ)。

『サウンドオブミュージック』キャプション入れる

モエレ沼公園に特別展示されている大友さんの新作『サウンド・オブ・ミュージック』。人々の暮らしに長らく寄り添い役目を終えた生活用品や嗜好品が集合している。

他にもクリスチャン・マークレー氏然り、堀尾寛太氏然り、梅田哲也氏然り、毛利悠子氏然り、参加作家には奇しくも廃材を使って表現しているアーティストが多い。廃棄されるなどして無意識下に送り込まれたものをどのように再び意識上に持ち上げるか。そうしたことも大きなテーマに据えているのだ。

札幌芸術の森美術館では、クリスチャン・マークレー氏の大規模な展示が。初期の『Record Without a Cover』に始まり、記憶と記録、衰退と再生、過去と未来などを対比させるこれまでの作品のアーカイブにもなっている。

札幌芸術の森美術館では、クリスチャン・マークレー氏の大規模な展示が。初期の『Record Without a Cover』に始まり、記憶と記録、衰退と再生、過去と未来などを対比させるこれまでの作品のアーカイブにもなっている。

そして、今回のSIAFでエグゼクティブアドバイザーを務めている沼山良明氏についても記しておきたい。彼は大友さんが最も影響を受けたと公言する、札幌でインディペンデントな音楽企画を何十年も地道に続けてきた人物。

大友さんが札幌で毎年のようにライブをするようになったのも、クリスチャン・マークレー氏が初来日で札幌公演を行ったのも沼山氏の働きかけによるもので、その他にも世界中の名だたるミュージシャンが氏の招請によって札幌でのライブを実現している。

その長きにわたる活動が今回初めて、映像や資料で構成された『NMAライブ・ビデオアーカイブ』となって札幌市資料館に展示中だ。大友さん曰く「ここにある音楽は世界的に見ても貴重だと思う。今回の芸術祭でアーカイブできたことによって、個人の実績を札幌の財産にすることができたと自負しています」。札幌という場所だからこそ、大友さんがディレクターだからこそ、光が当てられた好例だ。

札幌市資料館では今回のSIAFで明るみになった沼山良明さんの活動によって生まれた「札幌の財産」が公開されている。

札幌市資料館では今回のSIAFで明るみになった沼山良明さんの活動によって生まれた「札幌の財産」が公開されている。

自分で動き、自分で体験するということ

札幌は大友さんが30年以上前から毎年のようにライブで訪れている親密な土地だ。でも札幌の地からみれば当然ながら、これまで彼は客の立場であり続けた。今回の就任が決まり札幌に赴いたときが最たる例で「事務局の方が迎えにきてくれて、車に乗せてくれて。助手席じゃなくて後ろのね、ピストルで撃たれても死なない席に座らされるわけです(笑)」。そのとき初めて自分の立場が分かった、という。来賓としてもてなされているうちは、現地の本当のところは何も分からないだろうという予感、危機感。だから友人の空き家に間借りして、クルマを借りて。現地に住み込み、ひとりで動ける体制を整えた。

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「そうすれば、食べ物屋でも飲み屋でも自分で探しに行けるし、いいことだけではない、いろんな話も聞こえてくる。その場に居続けることで見えてくることって、すごくたくさんあると思う。展示をするって、その場所と反応することでしょう? コンサートなら、その場のお客さんとひと晩、反応すればいいけど、展示の場合は、もっと長い期間が必要なんです」

音楽家ならではの発想は、まだある。完成された作品が展示されているだけではなく、それ自身が活動する、あるいは観客が介入することで変化するといった作品も多いのだ。ひとりでカンバスに向かう絵画とは対照的に、音楽はアンサンブルが基本。個々が共鳴し合うことで個々の実力以上の力が発揮される、そんな相乗効果も今回のSIAFでは狙っているのだと思う。そして演奏者のみならず観客も、場の全員が一体となって、その現場だけのグルーヴがつくり出されることもまた同義だろう。

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芸術祭開幕日に行われたライブ、大友良英+クリスチャン・マークレー『Found Objects』の様子。マークレー氏の『Record Without a Cover』(1985年)が、大友さんにとって美術作品との初めてかつ衝撃的な出会いだったそう。撮影:小牧 寿里

「単に音楽が音楽だけで成り立つことに興味があるんじゃなくて、音楽があることによって生まれる場、あるいは場から音楽が生まれてくることに興味がある」

「音楽がなんで面白いかというと、もちろん一人でやる作業もあるんですけど、最終的にはいろんな人と一緒につくるし、そうすることで誰のものだかもわからなくなる状態がとってもおもしろくて」(『音楽と美術のあいだ』より)

即興演奏というスタイルで活動してきた大友さんにとって、事前に何も決めずにやるのはごく自然な行為だし、それこそが醍醐味。その手法はここでも如何なく発揮されている。そして、芸術の存在意義はもともと、価値観を固定しないことや既成概念を壊すことにあったはず。100mをいちばん速く走った者が勝ち、というわけではないのだ。50秒きっかりでゴールしてみるのもありだし、みんなで手をつないで踊るのもあり、コースアウトするのだってありだ。それが実現することが、「芸術祭ってなんだ?」に対するそれぞれの答えが尊重される理想の姿だ。大友さんが芸術祭に持ち込みたかったのは、きっとそういうことなんだと思う。

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SIAFがひとつのきっかけになって、街がそういう方向で進んでいったら、札幌は今以上におもしろい個性的な街になるんじゃないかな。ここにはそんな可能性がたくさんあるように思います

その日、そのとき、その空間だけに生まれるグルーヴが、札幌中でいま、毎日活発に出現している。それはなんて自由で、なんて刺激的なんだろう。

モエレ沼公園のシンボルである「ガラスのピラミッドHIDAMAI」に出現している松井紫朗氏の『climbing time / falling time』のバルーン内部。『without records』が侵食しているのが垣間見えている。

モエレ沼公園のシンボルである「ガラスのピラミッドHIDAMAI」に出現している松井紫朗氏の『climbing time / falling time』のバルーン内部。『without records』が侵食しているのが垣間見えている。

大友 良英プロフィール
音楽家。1959年、神奈川県横浜市生まれ。実験的な音楽からジャズやポップスの領域までその作風は多種多様、その活動は海外でも大きな注目を集める。近年はさまざまな人たちとのコラボレーションを軸に展示作品や特殊形態のコンサートを手がけると同時に、一般参加型のプロジェクトにも力を入れている。2012年「プロジェクトFUKUSHIMA !」 の活動で芸術選奨文部科学大臣賞芸術振興部門、2013年「あまちゃん」の音楽でレコード大賞作曲賞ほか数多くの賞を受賞。2014年、独立行政法人国際交流基金アジアセンターとともに「アンサンブルズ・アジア」を立ち上げ、音楽を通じたアジアのネットワーク作りに奔走している。
http://otomoyoshihide.com

札幌国際芸術祭2017(SIAFサイアフ2017)
期間:〜2017年 10月1日(日)〈57日間〉
テーマ:芸術祭ってなんだ?
サブテーマ:ガラクタの星座たち
ゲストディレクター:大友 良英
公式HP:http://siaf.jp/

参加アーティスト
ARTSAT × SIAFラボ/∈Y∋/相川 みつぐ/Adam Kitingan/アヨロラボラトリー/有泉 汐織/イ・カホ/五十嵐 淳/イサム・ノグチ/石川 直樹/伊藤 隆介/WinWin/植野 隆司/上ノ 大作/上原 なな江/宇川 直宏/梅田 哲也/MC MANGO/大黒 淳一×SIAFラボ/大城 真/大友 良英/大友 良英+青山 泰知+伊藤 隆之 /オーレン・アンバーチ /OKI/勝井 祐二/カミーユ・ノーメント/カリフ/菊澤 好紀/岸野 雄一/グエン・タン・トゥイ/クリスチャン・マークレー/栗谷川 健一/クワクボリョウタ/今野 勉/斎藤 歩/斎藤 秀三郎/斉藤 幹男/酒井 広司/Sachiko M/札幌大風呂敷チーム×プロジェクトFUKUSHIMA!/さや/沢 則行/さわ ひらき/C・スペンサー・イェー/篠原 有司男/湿った犬/東海林 靖志/ジョン・リチャーズ/白濱 雅也/鈴木 昭男/鈴木 悠哉/高橋 幾郎/タノタイガ/陳建年/鄭捷任/chi too/張惠笙/チョン・ヨンドゥ/珍盤亭娯楽師匠/都築 響一/dj sniff /DJ方/荻部絲/テニスコーツ/テンテンコ/刀根 康尚/中崎 透/中ザワ ヒデキ/中村 としまる/ナムジュン・パイク/のん/灰野 敬二/吳昊恩/端 聡/ハットコペ/原田 郁子/東方 悠平/樋口 勇輝/藤倉 翼/富士 翔太朗/藤田 陽介/宝示戸 亮二/堀尾 寛太/松井 紫朗/蜜子舞賽/マレウレウ/三岸 好太郎/水内 義人/南 阿沙美/ムジカ・テト/毛利 悠子/山川 冬樹/ユエン・チーワイ/指輪ホテル/吉田 野乃子/吉増 剛造/米子 匡司/リチャード・ホーナー/YPY/渡辺 はるか/渡部 勇介/ワビサビ/赤平住友の炭鉱遺産:坑内模式図/木彫り熊/大漁居酒屋てっちゃん/北海道秘宝館/三松正夫の昭和新山火山画/レトロスペース坂会館

「芸術祭ってなんだ?」札幌国際芸術祭2017(〜10月1日(日))のゲストディレクター・大友良英さんが、札幌で家を借りたワケ。
(更新日:2017.09.15)
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その土地の自然や文化を色濃く映す、昔ながらのお祭りや芸術祭。まちに溶け込み、まちへのまなざしを変えるアートの可能性を探る人々、場所を訪ねた。
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