特集 いわての漆をめぐる旅

木と対話するように。漆掻きとして浄法寺の文化を繋いでいく人 【いわての漆をめぐる旅・後編】

昔ながらの生活道具であり、現在は日本を代表する工芸品としても知られる漆器。全国各地に点在する漆器産地のひとつ、岩手県では今、古くから土地に根づく漆文化を見つめ直し、地域の産業として盛り上げようとする取り組みが活発に行われています。

特に力を入れているのが、漆産業に関わる若い技術者、いわゆる職人の育成。漆製品は、原料の樹液を木から削って採取する「漆掻き」、土台となる木を彫る「木地師」、木地に漆を塗り重ねる「塗師」……と、1つのものが完成するまでに多くの職人の手仕事が施されています。なかでも川上にあたる漆掻きは、文化財の修復などで需要が高まる一方で、年々高齢化が進み、深刻な掻き手不足、後継者不足に直面しています。

今回はそんな漆掻きの世界に28歳で飛び込み、この春から独り立ちする二戸市浄法寺の漆掻き職人、長島まどかさんをご紹介します。

(器から文化財まで。使って育てる“一生もの”【いわての漆をめぐる旅・前編】)

イラスト:堀 道広 文:木下美和

自然を相手に仕事をするということ

早朝、ツーンと澄んだ冷たい空気が広がる二戸市浄法寺町の漆林。静かな林をしばらく奥へ進むと、木に向かって黙々と作業をする1人の漆掻き職人の姿が見えてきました。

浄法寺の漆掻き職人・長島まどかさん。

「おはようございます! ようこそ私の仕事場へ」と、作業の手を止めて笑顔で迎えてくれたのは、長島まどかさん。長島さんは28歳の時、当時暮らしていた広島から、地域おこし協力隊として漆掻きの仕事をするため、岩手県二戸市に移住。任期1年目を終えた頃にはすでに「漆掻きで食べていく」と、二戸での定住を決意していたそう。そしてこの春、協力隊としての任期丸3年を終え、正式に浄法寺漆の漆掻き職人として独立します。

「漆はこうやって木に傷をつけて、にじみ出てくる樹液を11滴すくい取っていくんです」と、長島さんが特種な形のカンナで木に一文字の傷をつけると、数秒後、傷からじわじわと乳白色の樹液が滲み出てきます。この樹液をヘラで1滴ずつすくい、樽の中へ。

初見であれば、誰もが「果てしない……」と驚いてしまうような緻密な作業を、早朝から日暮れまで1日約50本を目安に行います。一度漆を掻いた木は中34日休ませて別の木を掻く、というように、木のコンディションを見ながら行う地道な作業は、浄法寺漆をはじめとした国産漆の採取方法の特徴で、これが漆の質が高いといわれる理由のひとつだとか。

漆掻き職人専用の道具。掻いた漆を貯める“タカッポ”と呼ばれる樽、木の皮をはぎとる皮取りカマ、木に傷をつける漆カンナやエグリ、漆をすくい採るヘラ。刃物類は職人それぞれが自分の手に合わせて使いやすいように持ち手の木を削って自作するそう。

辺(へん)と呼ぶ、漆を掻いた傷跡。漆を掻く時期になると、まず「これからよろしくお願いします」という木への合図として、ちょんと1㎝程度の小さな傷をつける。それから最盛期に向けて徐々に傷を長くしていきながら漆を採っていく。

タカッポ(掻き樽)に溜まった採れたばかりの漆。1日に採れる漆の量は時期によって異なるが、平均約500〜1000cc。

「木や職人によって、採れる量や漆の質が違うんです。私も浄法寺に来た1年目は思うように採れなくて悩むこともありました。でも、指導してくださる先生(ベテランの漆掻き職人)の仕事を見ていくうちに学んだのは、木と対話するということ。1本1本をじっくり見て、触って、個性を見極める。この木が今どんな状態かがだんだんとわかってくるんです。なるべく木にストレスをかけず、気持ちの良い状態で漆を出してもらえるように心がけています。自然が相手なので理屈どおりにはいかないですが、それもまたやりがいです」

 


2
度目の移住で辿り着いた

生涯のなりわい

長島さんにとって岩手・浄法寺は2度目の移住地。埼玉県出身の長島さんは地元の専門学校卒業を控えていた頃、「将来は手に職をつけたい」と以前から興味を抱いていた伝統工芸の道に進むことに。就職活動中に広島県熊野町で熊野筆づくりの後継者育成事業があることを知り、申し込んだところ見事合格。卒業後、広島へと移り住み、研修を経て熊野町の化粧筆メーカーに就職し、化粧筆職人として約8年働いていました。

“やってみたい”という直感のまま広島へ行った長島さん。仕事も生活も順調ですっかり腰を据えようとしていたころ、思わぬタイミングで転機が訪れます。

「化粧筆職人になって7、8年が経って30歳を前にした時、ふと、このままずっと化粧筆づくりを続けるべきかどうか、迷いが生じました。熊野筆は伝統工芸であるものの、私が働いていたのはある程度量産する化粧筆の会社だったので、私じゃなくてもできることなんじゃないか、新しいことに挑戦するなら今このタイミングしかない気がする……と。

そんな時、たまたまテレビで岩手県浄法寺の漆が文化財修復に使われていて、その漆が足りていないというニュースを見ました。それで初めて岩手が国産漆の産地であること、漆掻きという仕事があることを知り、“やってみたい!自分も役立てるかもしれない”と直感的に思ったんです。さっそく調べてみたら、ちょうど漆掻きとしての地域おこし協力隊1期生を募集していたので、これは行かねば!とすぐに応募して、あっという間に岩手に来ました(笑)」

二戸市浄法寺で年に1度行われる漆の品評会「浄法寺漆共進会」。誰がとった漆かわからないように番号を貼った同じ樽がずらりと並べられ、審査員が色、つや、粘り気などの性質を審査していく。

官民協業で運営する浄法寺塗の工房兼販売施設「滴生舎(てきせいしゃ)」。ここで作られる漆器は、下塗りから上塗りまですべて浄法寺漆が使われている。 漆掻き職人・長島さんは地域おこし協力隊の仕事の一環で、冬の間はここで塗りの勉強をしていたそう。

 

天台寺のすぐそばにある「二戸市立浄法寺歴史民族資料館」。年代ものの浄法寺塗や漆器づくりの道具など、漆にまつわる貴重な資料が多数展示されている。

漆掻きの仕事を始めて1年半くらいまでは技術を身につけるのに夢中だったという長島さんですが、その後、徐々に「自分が先生たちの技を引き継ぎ、伝えていかなくては」という責任感が芽生えたと話します。現在、浄法寺の漆掻き職人は地域おこし協力隊を含めて30人前後。そのうち半数以上は6070代という高齢化が進む中で、30歳の長島さんはベテランの職人からも「筋がいい」と一目置かれる期待の新人です。

自分の好奇心と直感を信じて動いてきた長島さんが、漆掻きを生涯のなりわいに決めた理由を尋ねると、

「うーん、難しいですね。自分としては割と自然な流れでこうなったというか……。ひとことで言えば、浄法寺という土地も漆掻きの仕事も、しっくりきたという感じ。漆掻きは採れる量が収入に反映されるのですが、私の場合、2年目からある程度安定した量が採れるようになったので、独立後も自分が生活していく分はまかなえるかな、と。自分でも、まさかこれまで座りっぱなしで化粧筆を作っていたのが、1日中林の中を歩きまわったりチェーンソーで木を切ったりするようになるなんて思いもしませんでした。いまだに毎年冬のピリピリする寒さと雪には驚くばかりですし(笑)」

この春からの独立を機に、今年は漆掻きの仕事と並行して、冬のオフシーズンには漆のアクセサリーや小物づくりにも挑戦するという長島さん。漆の町・浄法寺に新しい風が吹き始めています。

長島さんの仕事中の相棒として欠かせないラジオ。時には熊よけにもなるそう。

そんな長島さんが定住を決めた岩手県二戸市では、現在、2019年度の地域おこし協力隊“うるしびと”を募集中です!

国産漆は国宝や文化財修復などで需要がふくらむ一方で、必要量がまったく足りていない現状にあります。二戸市では日本一の国産漆の産地として、代々培ってきた漆掻きや塗師の技術を引き継ぐ若い人材の育成や、ウルシノキの植栽の拡大に力を入れています。

漆に興味がある方はもちろん、長島さんのように将来手に職をつけたい、地域に残る文化を継承していきたいという方は、ぜひチェックしてみてください。

岩手県二戸市 地域おこし協力隊2019
漆掻き職人“うるしびと”募集中!




応募期間:募集中〜2019年3月22日(金)まで
募集人数:若干名 ※選考の結果、採用しない場合もあります。
主な活動内容
(1)漆掻きの研修
(2)漆林整備の研究・実証
(3)情報発信などによるブランド推進
(4)漆器製作の研修
(5)その他、地域活動など

募集対象
(1)3大都市圏(※注1)と政令指定都市または地方都市(全部または一部が過疎、山村、離島、半島などの地域に該当しない市町村)に在住し、概ね60歳未満(平成31年4月1日現在)の方で、二戸市地域おこし協力隊員として、採用後、二戸市に住民票を異動させることが可能な方。(任用を受ける前にすでに二戸市に定住・定着している方、すでに住民票の異動が行われている方などは原則として含まない)
※注1:3大都市圏…埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、岐阜県、愛知県、三重県、京都府、大阪府、兵庫県及び奈良県
(2)心身ともに健康で、地域活動に意欲を持って参加し、地域住民とコミュニケーションを図れる方
(3)漆に精通、もしくは興味があり、将来は漆関連産業で自立を目指す方で、期間終了後に二戸市に定住する意欲のある方
(4)地方公務員法第16条に規定する一般職員の欠格条項に該当しない方
(5)普通自動車運転免許(マニュアルが望ましい)を持っている方(所有予定者を含む)
(6)パソコン(ワード、エクセル、インターネットなど)の一般的な操作ができる方
(7)他地域に向けてブログやSNSなどで情報発信を行える方

勤務地:二戸市内
勤務時間など:原則週5日、1日7時間以内で週29時間を上限とし、週の中で活動時間を調整します。(やむを得ず週内で活動時間の調整ができない場合は、翌週以降を含めて活動時間を調整します)
雇用形態:二戸市非常勤職員として採用
雇用期間:2019年5月1日〜2020年3月31日まで
報酬:月額170,000円(賞与なし)

待遇・福利厚生
・社会保険(雇用保険、厚生年金、健康保険)に加入
・住居は市と隊員が協議の上で決定し、家賃は予算の範囲内で市が補助
※引っ越しにかかる経費、入居時にかかる敷金などは隊員の負担となります
・光熱水費は予算の範囲内で市が補助
・業務で使用する車両、パソコンは市が用意
・その他業務に必要なものについては予算の範囲内で市が用意
・有給休暇あり(年間10日)

応募手続き:募集中〜2019年3月22日(金)必着
提出書類:二戸市地域おこし協力隊員“うるしびと”応募用紙
※応募用紙は二戸市ホームページよりダウンロードして、必ず手書きで記入してください。
※応募レポートはパソコンで作成してください。
※提出書類は返却されません。
応募用紙(PDF)ダウンロード
https://www.city.ninohe.lg.jp/div/urushi/pdf/urusibitoouboyousi4.pdf

【申し込み先・問い合わせ】
〒028-6892 岩手県二戸市浄法寺町下前田37-4
二戸市浄法寺総合支所 漆産業課

TEL:0195-38-4472 FAX:0195-38-2218
Email:urushi@city.ninohe.iwate.jp

(更新日:2019.03.19)
特集 ー いわての漆をめぐる旅

特集

いわての漆をめぐる旅
漆と漆器の一大産地、岩手県へ。平泉エリアの秀衡塗から、二戸エリアの浄法寺塗、若き漆掻き職人など、岩手の暮らしに息づく漆文化を訪ねました。
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