ある視点

vol.5 一船一体で勝負をかける、対馬の一本釣り漁師の世界

左から、一本釣り漁師の宇津井千可志(うつい・ちかし)さん、細井尉佐義(ほそい・いさよし)さん、扇 康一(おおぎ・こういち)さん。
季節ごとに狙う魚種が変わる
ハードな一本釣り漁
お話を聞きに行ったのは今年の6月。ちょうどサバが獲れはじめた時期でしたが、その日はちょうど時化で漁はお休みでした。
一本釣りというと、カツオのような大物を竿一本で釣り上げるスタイルを想像する人も多いと思いますが、糸としかけで引き上げるスタイルを総じて一本釣りと呼ぶので、実は魚種も船のかたちもさまざま。
細井尉佐義さんに、対馬の一本釣り漁師の一日のスケジュールを伺うと、「最近は夕方の5時くらいに海に出て、朝6時ごろに帰ってくる。一度家に帰って、身体をふいて仮眠して、漁協に9時半に魚をおろしに行く。そのあとは、船のメンテナンスなんかをやって、また午後1時ぐらいから、3〜4時間ぐらい睡眠する」
揺れる船の上で、しかもたったひとりでの作業ですから、肉体的にも大変なんですね。どうりで3名ともスマートでかっこいいわけだ……。

細井さんはオモリも自作。「普通の漁師はこんなことはしないけどね」
対馬に移住した理由は、
海の豊かさと人のやさしさ
細井さんが最初に対馬に来たのは10年以上前の、28歳の時。漁師を仕事にしたくて、四国、五島列島など、数カ所の漁協に実際に足を運んでみて、慎重に移住先を選んだと言います。「自分が対馬に惚れ込んだのは、資源が豊富なこともそうだけど、やっぱり人がよかったから。海の豊かさと、人のやさしさは、他の地域と比べても一番だった」

対馬の産地直売所に並ぶ新鮮な魚は、どれも漁師さんの愛が感じられる。
対馬の漁師の家に生まれ育ったという、先輩漁師の宇津井千可志さんが続けます。
「すっげぇやる気あるやつが来たと思った。酔っても酔っても立ち上がってくる。細井くんみたいなやつは町でもバックアップしないといけないし、また他にもこれから来るやつがいるかもかもしれんからって、町でサポート体制を整えはじめた。結果として、市の新規就業者対策事業が整ったのは、細井くんがきっかけだな」

先輩漁師たちがとにかくあったかくて、かっこいい!
出荷したくなくなるぐらいおいしい魚
「年間でどんな魚が獲れるんですか?」と質問すると、「10月くらいから獲れはじめるサバ、ハガツオ、8月に解禁されるアワビにサザエ。高く値がつくのはブリ、アワビだな。アマダイには1万円の値がつくこともあるなぁ。太刀魚もキロ3000円くらい。マハタやカサゴもいいね」と、とにかくめまぐるしい高級魚種が並びます。ハガツオは四国でも獲れるけど、対馬のものとは脂のノリが違うらしい。
「1匹釣れると『よっしゃ!』ってなる。でも、2匹釣れると残念。なぜって、そうなると箱に詰められることになって、出荷しなきゃいけなくなるからね」。どうやら、出荷したくないくぐらいおいしいらしい。

たくさんの装備と知識を積み込んで、海にしかけていく。
このままだと、マグロがいなくなる
漁獲物をコントロールする対馬の漁業
8月に入ると始まる潜り漁は、対馬では「担ぎ漁」とも言われ、アワビやサザエを潜って捕獲します。他の地域よりも大きさの規制や日数を厳しく制限して、漁獲物のコントロールを行っているのが、対馬の特徴。今年は7日間しかないアワビの解禁日ですが、制限しているおかげで他の地域の1カ月分くらいの稼ぎを7日間で獲ってしまうそう。年々短くしている解禁日ですが、対馬の漁師たちはこれを誇りに思っています。「この動きが日本全国に広がって、メディアが動き、一般の消費者が動き、国が動く仕掛けていきたい」と、声を揃えます。
「ちょうど今、産卵期のマグロを狙う巻き網漁船や、アカムツやアナゴを狙う底曳網漁船が乱獲しよる。対馬の漁師たちは昔からこの問題に危機感を持ってて、来月、同じ思いの北海道、青森、千葉、四国などから漁師たちが集まることにもなった。大臣に陳情しても動かんし、もう自分たちで動くしかない」と、宇津井さんが熱く語ると、細井さんが「日本だけが規制がゆるい。このままだとマグロがいなくなるのは目に見えてる」と続けるのでした。

テングサは寒天の材料。市販のものとは、まったく味が違う!
一本釣り漁師の厳しい仕事
センスとカンが問われる海の上
さて、ちょっとお話を戻すと、一本釣り漁師たちと話をしていると、「ブリ縄にタイ縄は、はえ縄漁。ブリ漕ぎ、サワラ漕ぎってのは、引き縄のことだよ」と、テストに出そうな言葉がどんどん出てきます。とにかく魚種が豊富な対馬。日本で獲れる魚種の7割が水揚げ可能です。
それを、一本釣り漁師は海上で臨機応変に対応。「沖にでてから無線を聞いたり、友だちから情報もらったりして、狙ってたものを変えることもよくある。でも、これにはけっこうセンスが必要。3日習ってダメなやつは、もうやめたほうがいい」。確かに厳しい仕事だけど、これはあたるとアドレナリンがドバッと出そうです。

対馬でバーベキューをすると、こんなに豪華!はい、ただの自慢です…!
身近にある商品に
目を向けてみる
インターネットでは、対馬の漁師たちが、乱獲に立ち向かっているニュースがたびたび見受けられますが、漁師の発信力だけでは限界があります。格安の魚、ペットフードのエサの材料など、私たちの普段の暮らしに乱獲の末の商品と思われるものが点在する可能性があることも、頭の隅に残しておいていただけたらうれしいです。なかなか知ることのできない、産地の現状や、

美味しいお魚がこれからもずっと食べられますように!
海子丸
一本釣りによる漁獲で、漁師自身が見極めた魚を提供している「海子丸」。今回お話を伺った、「海子丸」の細井さんをはじめ、宇津井さん、扇さんのプロフィールも掲載されています。
http://www.kaikomaru.com/about
漁師直送魚市場「UOISEA(ウォイシー)」
漁師から直接、鮮魚を購入できるサービス。「ウォイシー」が厳選した漁業者が、納得のいく魚のみを出品し、下処理・発送まですべて漁師自身が行っています。飲食店の方はもちろん、個人でも購入可能。魚を知り尽くしたプロによる、本当の産地直送を体験できます。
http://uoisea.com
一般社団法人MIT
細井さんが代表理事を務める、「一般社団法人MIT」。歴史や知恵のつまった対馬の資源から魅力を掘り起こし、生命の豊かさ、暮らしの豊かさをもう一度見つめ直すために立ち上がったチーム。再発見した魅力を生かし新たな産業を起こしたり、多くの人に伝えるために活動しています。
http://mit.or.jp
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中山晴奈
中山 晴奈/1980年、千葉県生まれ。フードデザイナー。筑波大学、東京芸術大学先端芸術表現専攻修了。美術館でのワークショップやパーティーのスタイリングをはじめ、日本各地の行政と資源発掘や商品開発などの食を通じたコミュニケーションデザインを行う。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、NPO法人フードデザイナーズネットワーク理事長。
https://www.facebook.com/haruna.nakayama.336
https://www.facebook.com/ferment.jp
http://fooddesigners.net
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