INTERVIEW

海外居住経験を経て、雪深い山形の「旅館」を入り口に、土地の営みを案内する

山形県
坂本美穂子さん
旅館「変若水の湯 つたや」広報・営業
居住地: 山形県→東京都→カナダ→メキシコ→東京都→アメリカ→韓国→山形県
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積雪量世界一といわれるほど雪深い地、山形・月山。山岳信仰の地である出羽三山のひとつで、かつては宿場町として多くの修験者でにぎわっていた場所だ。坂本美穂子さんは、そんな月山のふもとにある西村山郡西川町で生まれた。カナダ、韓国、メキシコでの定住経験やアメリカなどの渡航経験を経て、2012年山形県に戻り、現在は実家の旅館「変若水の湯 つたや」の広報と営業を担当している。「行ってみないと分からないから」と、直観的に世界各地に赴き、さまざまな土地の営みに触れてきた彼女が、あらためて見つめる地元。「帰ってくる気はまったくなかったんです」と笑う彼女に、今山形で働くことについて話を聞いた。

写真:志鎌康平 文:森 若奈

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Q.家業を継ぐ前は、どのように過ごしていたんですか?

今も昔も旅が好きで、しょっちゅう海外に行っていました。東京の大学を卒業後、1年間カナダに行って、その後メキシコに行ってから帰国して。次は韓国とアメリカに行きました。その間は、通訳の仕事をしたり、韓国では山形に誘客をする営業プロモーションなど観光に関わる仕事をしていました。ずっと海外に住むものだと思っていたので、ここに帰ってくるなんて考えていませんでした。

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Q.山形県で働こうと思ったきっかけを教えてください。

別の仕事をしようかなと思っていたときに、東日本大震災が起こりました。家族と全く連絡がとれないという状況が2、3日続き、親戚とも1週間連絡がとれませんでした。「つたや」でも地震直後から3ヶ月くらいはお客さんが全く来ない状況で、被災者の受け入れをやっていました。私は、震災から1年間、山形と東京を行き来していて、これからどうするかを考える時間でした。その時、私にもここで手伝えることがあるんじゃないかと思って、働いていた東京のアウトドアの会社を辞め、「つたや」の営業担当として働きはじめたんです。私は、ここに来た人をどこかにつれていく、そういう役割で関われたらいいなと思って、その年から山伏の修行に入りました。ずっと他のところに住むと思っていたので、地元のことを全然知らなくて、そこから地元の歴史を調べていきました。

料理に添えるもみじを、旅館の裏の山にとりにいく。

料理に添えるもみじを、旅館の裏の山にとりにいく。

Q.今取り組んでいらっしゃることを教えてください。

もともとこの西川町・志津は行者さんたちの宿場町で、行者さんたちのお世話をしてきた歴史があるんです。だからここに来たお客さんを旅館だけでお出迎えするのではなく、この「つたや」を拠点に、月山を案内していきたいと考えています。

特にここで何かをしようとして来ているのではない人が、ここに来てから「山に行きたい」と思ったら気軽に参加できるように、ウェアなどは全部こちらで準備しています。ここにしかない厳しい冬を体感してもらいたいですし、冬の時期しか体験できないことなので。

あとは、お客さんと一緒にかんじきを作ったり、作ったかんじきを履いて、一番大きいタカを扱える最後の鷹匠と言われる方と一緒に山を入るツアーなどを企画しています。ここは湯殿山信仰が栄えた頃にできた村で、当時ここから湯殿山まで続く古道を歩いて滝行をして参拝していた歴史があるので、滝行ツアーもしています。あと、かまくらに一日泊まる雪中キャンプというのもしていて、寒くなったら温泉にかけこめるし女性に人気があります。

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何気なく並べられた山の恵みから、月山の季節が漂う。

Q.ツアーやワークショップなどを積極的に企画しているのはなぜですか?

たとえば、今この地域でかんじきを作れる方は一人しかいないんです。この辺りで作るかんじきは、クロモジという木を使っているんですが、かんじきを作るにはクロモジを育てるところからやらなきゃいけないんです。今その方が70代後半で、他にやる人がいないんです。だから、誰か後継者が出てほしいなという思いや、みんなに知ってもらいたいという思いでやっています。既にこの村でも、戦後いろんなことが忘れ去られてしまっていて、私が知りたいことも両親に聞いても分からないことがいっぱいあって、おばあちゃんに聞けば少しわかったり。次につなげられなくなってしまうから、今おばあちゃんに色んなことを聞いています。私がそういう流れを止められるわけじゃないんですけど、何か少しでもという思いがあってやっています

旅館のすぐ裏手にある、五色沼。うしろには、厳しい冬目前の月山。

旅館のすぐ裏手にある、五色沼。そのすぐうしろには、厳しい冬目前の月山。

Q.山形県に戻ってきて2年。山形で働くことを今どのように感じていますか?

正直、今までは山形県に対してあまりいいイメージも持っていなかったんですが、震災のあとに東京と行き来しながら山形をみていたら、山形のいいところにたくさん出会ったんです。長年地元から離れ、海外などのいろんな地域を見てきて、ここは何が他の地域と違うのかというのを考えた時に、ここが特徴的でめずらしいものがすごく多い場所だって気が付いたんです。そしたらすごく楽しくなってきた。あと、私が帰ってくるときに、Uターン、Iターンの人たちとたくさん出会ったのもあって、それもあって今とても充実しています。山に住みたいという思いもあったので、山形に住んでよかったと思っています。

Q.これから取り組もうとしていることはありますか?

この辺りに残っている文化的なものを絡めた企画をやっていきたいと思っています。この場所は海と内陸のちょうど真ん中なので保存食が発達していて、多様な保存食がある地域なんです。だから、保存食の料理のことをおばあちゃんから教えてもらうワークショップツアーをやりたいなと思っています。

うちの宿は「いつでも旬がある」がコンセプトなんです。お客さんに「いつが一番いいシーズンですか」とよく聞かれるんですが、目的によっていいシーズンというのは違ってくると思いますし、ここに住んでいる私たちは常にこの土地の良さを見て感じながら暮らしているので、それを伝えていくのが役目だと思っています。あと、せっかくここまで来てくれたんだったら、外に出ないのがもったいないなと思っていて。外に出る敷居を低くして、いろんなところを案内できたらと思っています。地域性みたいなものを感じてもらえると、「だから、ここにはこういう食文化があるんだ」とつながっていくと思うんです。そういうことを言葉で言うこともあるんですけど、一番はお客さんに感じてもらえたらいいなと思っています。

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冬場は、もんぺとちゃんちゃんこ、ぞうり姿でお客さんをお迎えする。

 

海外居住経験を経て、雪深い山形の「旅館」を入り口に、土地の営みを案内する

変若水の湯 つたや
住所:山形県西村山郡西川町志津10
電話:0237-75-2222
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海外居住経験を経て、雪深い山形の「旅館」を入り口に、土地の営みを案内する
坂本美穂子さん さかもと・みほこ/1981年、山形県・西川町志津生まれ。実家は、旅館「変若水(おちみず)の湯 つたや」。東京の大学を卒業後、カナダで1年間語学留学し、その後は、メキシコ、韓国にも留学。2006年頃より東京で再び暮らし始め、2008年にアウトドアブランドに就職。2011年6月に退職し、以来つたやの広報担当として東京と山形を行き来しながら様々な活動を展開している。
(更新日:2015.01.04)
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