特集 手を動かす人たち

はじめての北国・山形で、 金属と食材に囲まれながら、 食卓を彩るものを作る

金づちでカンカンと金属を打つ力強い手。甘い匂いを漂わせながら、さらさらの小麦粉に色とりどりのフルーツを混ぜる手。金属工芸作家でありお菓子作家でもある川地あや香さんの手から生み出されるものは、強くて甘い。
岐阜県多治見市に生まれ、東京で金属工芸を学び、がむしゃらに働く日々を経て、結婚を機にはじめて暮らす北国・山形に移り住むこと3年。色濃くきびしい自然に包まれながら、今日も工房でキッチンで、その手を動かしている。はじめての雪国の暮らしについて話を聞いた。

写真:大森克己  文:菅原良美

はじめて体感する、北国の暮らし

「こんにちはー、川地ですー!」カラフルな壁のアパートの窓から笑顔がのぞく。最初に話した時から、パーンと明るく響く声が印象的だった。
はじまりは3年前の大雪の日。山形に引っ越してきた川地さんを迎えていたのは、容赦なく積もり続ける雪だった。初めての北国。期待と不安が入り混じる新生活は、“不安”の圧倒的勝利でスタートした。

「もう半べそ(笑)。あんなに大量の雪をみたのも初めてだったし、雪かきなんてしたことがない。私も田舎育ちなので地方で暮らすイメージはあったけど、雪がふらない土地だったから全然違った。家族以外知り合いはいないし、外にも出られない。もうこの先どうなっちゃうんだろうって不安ばかりで。山形の暮らしも3年目になって居心地はよくなってきましたけど、やっぱり冬は……。まだ修行中ですね。本当に四季の変化が激しい土地だと思います」

自宅の窓から顔を出す川地さん。色合いがかわいらしい建物は築20年弱の建物。

自宅の窓から顔を出す川地さん。色合いがかわいらしい建物は築20年弱の建物。

心奪われた、きびしい自然から生まれるゆたかな食材

出身は岐阜県多治見市という海のない工業の町で生まれ育った川地さんが山形にトキメキを感じたポイントは、山海のみずみずしい食材たち。

「多治見も同じ田舎だけど、食で有名なのはご当地グルメだったりします。山形の人みたいに、春は山菜、初夏になったらさくらんぼ……と季節のものを贈る習慣がないんです。東京に暮らしている頃から食に興味があったけれど、まだまだ知らない食材がたくさんあって。栗やラフランスをいただいたり。東京にいる時は贅沢する時に食べていたものが、今は『あまっちゃってどうしよう!』って困るほどです。高級なものを買ってきて消費するのではなくて、いただきものをどうやって消費するか考える。そんな風に贅沢をする感覚が変わったことは新鮮でした」

美術作品よりも、生活の道具を作りたい

多治見市は工業の町、陶器の町として栄えている土地。川地さんの実家もまた、陶器の卸業を営んでいたそう。金属工芸作家としての今があるのは、この町で生まれ育ったルーツがあるのかと聞いてみた。

「漠然と陶器作家になりたいなあとは思っていました。でも大学に入ってさまざまな素材にさわってみると、金属に惹かれていってしまって。陶器は作品を展示したり販売したり、教室を開いたり……いろいろ仕事にしていけるけれど、金属は、材料が高い・量産できない・そもそも人に馴染みがない。実際に制作をはじめてみてもその壁はあったのですが、同時に作っている人が少ないことはいいこともあるなと思って。とにかくたくさんの人が趣味や仕事で陶器を作っている環境で育ったから、その中で個性を出すことがいかにむずかしいかも知っていたし。あとは、陶器は焼き終わったら完成するけれど、金属の場合は出来上がってから『カーブが浅いかな』とか『ここを少し曲げたらもっとかわいくなるかも』と思ったら、また打ち直せる。永遠に“素材”なんです。私自身、性格が優柔不断だからちょうどよくって(笑)、大学では金属工芸を学びました。お菓子作りは趣味でやっていたのですが、そのお菓子の型を金属で作ったらおもしろいなと思って、卒業制作ではケーキ型とか調理器具を作りましたね。美術作品を作ることには興味がなくて生活の中で使う“道具”を作りたいなとずっと思っていたから」

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理想と現実の中をぐるぐる廻る
手さぐりで過ぎていく日々

卒業後は、アルバイトをしていた飲食店に就職。同時に金属工芸の制作やケータリングなど「今やりたいこと/できること」をがむしゃらにこなしながら、東京での暮らしのスピードは増していく。寝食をおろそかにしてやっと制作にありつくことは果たして自分に合っているのか、という思いが心にちくちく刺さる。

「就職活動をせずに大学を卒業してしまって。自分で選択したことだけど、将来を考えた時に一度しっかり社会経験をしてみるのもいいかなと思ったんです。仕事は一生懸命やっていたけれど、心は常に金属工芸を制作することでいっぱいで。今よりもっともっとせまい部屋に暮らしていたし、寝て起きて働いて制作をしていたので、とにかく生活はギリギリ。部屋に散らばっている金属を踏んで『痛いっ!』とかしょっちゅうやってました。体も健康だったので、無理な働き方もしていたなあ。やりたいことがあってもまずは家賃を払うために働く……それを3年くらい続けてもういいかなと思いました。東京は大好きだし今もよく行くけれど、長く暮らすイメージが持てなくて。あと、その頃作り始めていたホームページ経由でお仕事をいただくこともあり、今の時代だったらどこに行っても距離があるようでない感じだし、東京じゃなくてもいいかも知れないと思うようになりました。それとは別で、このままだと家の更新料が危険!という切実な理由もあったんですけれど(笑)」

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月一回の山形視察を経ての移住

東京以外の“どこか”が山形だった理由は、今の旦那さんの実家があること。出会いは職場、でも、まずはじまりは“彼”ではなく“山形”に興味があったと笑って話す。

「実際に付き合いだしてからは、月一回くらいのペースで山形に行って、その度にいろいろな場所を巡りました。2~3年通ってすこし土地の雰囲気をつかめたかな。その間は『もしかしたらここに住むのかもしれない』と想像しながら山形を見ていたから、ただ旅行にくる感覚ではなくて生活をするっていう目線で見ていたかもしれない。そのうち、より現実的に『ああ、東京じゃなくてもいいのかも』と思うようになっていきました」

その後、結婚をきっかけに山形へ移住。制作できる場所、時間。これまでとはまったく違う時間の流れや環境へ入り込み、最初から大雪の洗礼をうけた川地さんの手をひいたのは、地元で開催されているマーケットへの参加だった。

「どうやって地域に入っていこうか考えていたのですが、ちょうど私が来た時期くらいにマーケットやマルシェがよく開かれるようになったらしく、生産者さんや作家さんが集まる場所があって。私も紹介で一度出店してから誘ってもらえるようになりました。地域のコミュニティに入っていくにはすごく時間がかかるだろうと考えていたし、むしろ東京に売り込みにいかないといけないと思っていたんです。山形でこんなにおもしろいマーケットがあることも知らなかったし、私が作っているものにも興味をもってもらえないと思ってた。でもいざ来てみると、同世代の人がやっているお店もたくさんあって。そういう場所に実際に行ってみることで、東京に売りにいかなくても山形内でできるかもしれない、ここで作って売ることができるのかもしれないと体感できたんです。それがうれしくて最初の1年くらいはいろいろな場所にでかけていきましたね」

自分のペースで土地を知り、人に会う
アウェイの視点を、オリジナルに変える

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金属の器やカトラリーとあわせて、室内の小さな作業スペースでお菓子作りも行っている。その名も「カワチ製菓」。最近はマーケットで知り合いになった山形の果樹農園「蔵王ウッディファーム」とコラボレーションしたオリジナルのグラノーラも作っている。

「ぼんやりとですが『山形の食材を使った何かがつくれないかな』と思い始めた時、ウッディファームさんと出会って。作っているドライフルーツをいただいて食べた時、初めてのおいしさに感動しました。ウッディファームさんにも私の作るお菓子に興味を持ってもらえたので、そこから一緒になにか作りましょう!と話が進んでいきましたね。私が前から作りたかったグラノーラに赤すももやラフランスのドライフルーツを混ぜて……ってそんなドライフルーツめずらしくないですか?地元の人は驚かないけれど、県外から来た私はその種類にいちいちびっくり。でもその感覚をいかしていきたいと思っています。柿のドライフルーツをクッキーに練り込んでみたり。生産者さんとつながって、あれこれ相談しながら作り上げていくのはすごく楽しくて何よりおいしい!」

 

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誰かが山形を訪れるきっかけとなるような場所を作りたい

川地さんが作る金属工芸品やお菓子は、ひとつの食卓に集まるようにできている。どちらかひとつでは完成しない風景。お皿やカトラリーも実際に使ってみて、足りないものを補ったり、棚の奥にしまっておいてしばらくながめて作りかえたり。それは、気がつかないようでいてほんの少しずつ変化していく日常の暮らしとよく似ている。リビングにある黒板にふと目をやるとは旦那さんが書いたであろうスケジュールが……。

09「最初は私が書いていたんですけど面倒くさくなっちゃって。今は夫がひとりで書いていて……ああ、字が間違ってますね~。本人は一生懸命書いているみたいですけど字が雑だとか、びっくりマークが多いよ!って注意しています」

これもまた、愛しい家族の風景。

「今はこじんまりやっているけれど、いずれは山に工房を持ちたいなあと思っています。金属の作業はものすごく大きな音が出るので、山奥へ行って思い切り作業がしたいと思えばすぐに行けちゃう距離がここならでは。お菓子を売る場所も持っていないので、工房近くに小屋を作って販売もできたらいいなと思っています。早くてもきっと5年計画くらいですけれど。こうして私が今山形に偶然いるように、その場所がだれかにとって山形を訪れる小さなきっかけになれたらうれしいですね」

PROJECT これまで関わったイベントの一部をご紹介

  • はじめての北国・山形で、 金属と食材に囲まれながら、 食卓を彩るものを作る
    「叩いてつくる真鍮のお皿とエトセトラ」
    2014年9月7日
    山形市の鎌田工務店にて行われたワークショップ。2013年に引き続き、2回目の開催。講師として、金工作の魅力を体感できるワークショップに。金属をひたすら叩き磨いて作る一点もののお皿つくりに、子どもから大人まで夢中になった時間。
  • はじめての北国・山形で、 金属と食材に囲まれながら、 食卓を彩るものを作る
    「川地あや香/カワチ製菓展」
    2014年11月15日~30日
    東京・中目黒のdessinにて行われた個展。川地さんが制作した、滋味深い焼き菓子と一緒に、食にまつわる金工作品が並んだ。手作りの焼き印や真鍮、ステンレスのカトラリーなど、ふだん山形で作られたものにまんべんなく出会える場に。
  • はじめての北国・山形で、 金属と食材に囲まれながら、 食卓を彩るものを作る
    「サンデーマーケット」
    2014年12月7日
    東京・三軒茶屋の生活雑貨をあつかうセレクト・ショップklala主催のマーケットに参加。真鍮、ステンレスのティースプーンやお皿、ウッディファームのドライフルーツをたっぷり使ったフルーツグラノーラ、クッキーなど川地さんの定番がずらり!
はじめての北国・山形で、 金属と食材に囲まれながら、 食卓を彩るものを作る
川地あや香さん かわち・あやか/1983年、岐阜県多治見市出身。金属工芸家。お菓子職人。2009年、東京芸術大学・大学院 工芸科鍛金専攻修了。卒業後は東京のカフェ/小売店に就職しながら、作家活動を続ける。2012年、結婚を機に山形県へ移住した。HP
(更新日:2015.01.04)
特集 ー 手を動かす人たち

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手を動かす人たち
壮大な自然と色濃い文化が暮らしに根付く、東北の地、山形県。ここに移り住み、自ら手を動かして「暮らし」と「仕事」をつくる人たちに会い、話を聞いた。
はじめての北国・山形で、 金属と食材に囲まれながら、 食卓を彩るものを作る

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