特集 だまされない人たち

「絵が売れない」と嘆く時代を終わりにしたい。画家として、絵を取り巻く社会を切り拓く。

「他にも何か仕事やってるんだよね?」
職業を言うと、いつもこんな反応が返ってくるという。

神奈川県逗子市にアトリエをかまえる本間亮次さんの職業は画家だ。約8年前から絵を描くことで生計を立てている。朝起きてから寝床につく直前まで筆を走らせ、絵の具にまみれながらキャンバスと向き合う日々。絵をひたすら描き続ける寡黙なイメージのある画家だが、本間さんの場合はちょっと違う。

画家はなぜ絵だけで食べていくことがこれほどまでに難しいのか。画家の置かれている状況や、絵画を取り巻く環境と向き合い切り拓く、現代画家としての挑戦の日々を聞いた。

文:兵藤育子 写真:阿部 健

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「あなたの仕事は、
自分を天才だと信じること」

画家は誰もが知っている職業だけど、どうやってなるのか、あるいはどうやって生計を立てているのかなど、その世界にいない人にとってはイメージしにくい職業といえるかもしれない。横浜市六浦出身の本間亮次さんは、5年ほど前から逗子のマンションの一室にアトリエを構え、自らの作品に囲まれながら、日々絵を描いている。

もともと本間さん自身も、画家が職業として成立するなんて考えたこともなかったし、だからこそ美大で絵を学ぼうと思ったこともなかった。それでも絵で食べていけたらという思いを捨て切れなかった本間さんは、一緒にライブペインティングをしていた友人の紹介で、著名な洋画家・山川茂さんのもとに2010年から2年間、住み込みで弟子入りすることになる。

静岡県伊東市にある山川茂さんのアトリエ兼ご自宅。部屋、階段や廊下など、あらゆる場所に山川さんの絵が飾られている。

静岡県伊東市にある山川茂さんのアトリエ兼ご自宅。部屋、階段や廊下など、あらゆる場所に山川さんの絵が飾られている。

「一度あいさつに行ったら、次は親と来るように言われて、伊東の山奥にあるアトリエに父親と二人で行ったんです。そうしたら、初対面だったマダム(山川さんの妻の陽子さん)にいきなり、『あなたは自分のこと天才だと思ってる?』って聞かれて。その強烈な一言に戸惑ったんですけど、たしか、人生は楽しいと思ってますみたいに答えたら、『今日からあなたの仕事は、自分を天才だと信じることよ』って言われて。翌日にはアトリエに引っ越してました」

2015年に90歳で亡くなられた山川茂さんは、絵を描きながら横浜港で働いていたが、1972年、47歳のときに会社を辞めて単身フランスへ。その2年後には350年もの歴史を持つ国際公募展「ル・サロン」で金メダルを獲得し、1978年には「カチア・グラノフ」というパリの格式高い画廊で初個展を開催する。日本人としては藤田嗣治氏、荻須高徳氏に次ぐ快挙だった。

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画家になりたい一心で、フランスへ旅立った頃の山川さん。

フランス時代の山川さん。

本間さんを含む4人の弟子たちは、山川さんのことを「ムッシュ」、陽子さんのことを「マダム」と親しみを込めて呼ぶのだが、マダムは初めて会ったときの質問の真意を、こう説明してくれた。

「絵描きになるような人は変わり者ばかりだけど、どこまで才能を掘り下げられるか、自分を信じることのできる人は伸びるんですよ。リョウ(本間さんの愛称)は何を考えてるかよくわからなかったけど、自分のことを好きなら大丈夫だと思ったの」

写真上:「マダム」こと、山川陽子さん。写真下:山川家では13匹の猫を飼っている。他の家の猫が紛れ込んでくることもあるのだとか。

山川家では13匹の猫を飼っている。他の家の猫が紛れ込んでくることもあるのだとか。

生きるために描くこと

ムッシュは全身全霊で絵を描き続けた画家だった。本間さんが弟子入りしたとき、ムッシュはすでに80歳を超えていたが、自らの内面に入り込むかのように絵を描き続け、創作意欲はまったく衰える気配がなかったという。

同じアトリエでムッシュと背中合わせになってイーゼルを立て、気迫を常に感じながら一日16時間絵を描く日々は、本間さんにとってまさに修行だった。

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亡くなった今もそのままの形で残されている、山川さんのアトリエ。修行時代、本間さんはこの空間で山川さんと一緒に絵を描き続けた。窓の外には緑が広がっている。

亡くなった今もそのままの形で残されている、山川さんのアトリエ。修行時代、本間さんはこの空間で山川さんと一緒に絵を描き続けた。窓の外には緑が広がっている。

「ごはんと寝るとき以外はずっと絵を描いてました。最初の数カ月は本当につらかった。何がつらいって、絵を見る力もまだなかったから、ずっと描いてはいるんだけど自分の絵がよくなっているのか、悪くなっているのかもわからなくて、それがとにかく不安だった」

アトリエには、常に目に入る位置にムッシュ直筆の画家としての心得が貼られている。山川家には、絵は売らなくてはいけないという教えがあった。本間さんはここで、画家が生きるか死ぬかギリギリの精神状態で絵を描いていることを体感する。

「もちろん表現自体はお金のためではないですが、副業していたり趣味ではなく、職業として画家である以上、それは当たり前のことなんですよね。生きているだけでお金はかかるから、絵が売れないと、ただ単純に生きていけない。

絵が売れないのは努力不足、個展は赤字で帰ってくるなと、そこはみっちり教えられました。どんなに体調が悪かろうが、筆が進まないと感じる日でも、絵で生活していくためには、ただひたすら描くという選択肢しかないんです」

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だからこそ、マダムから最初に言われたように、自分の才能を信じなければ描き続けることができなかった。

「絵描きだから無茶苦茶でいいっていう考えを私は持っていなかったから、言葉づかいや礼儀作法など、これから社会に出てもみっともなくないように、この子たちをしつけようと思ったの」

自身も絵描きであるマダムは、弟子たちがいずれ巣立って、画家として世の中を渡っていけるよう、さまざまな面でその準備をしていたのだった。

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日本は絵が売れない、
と嘆く時代を終わりにしたい

修行を終えて独立したのは、2012年。以来、もともと馴染みがあって知人も多い逗子市にアトリエを借りて絵を描いている。本間さんのような専業の画家は同世代、あるいは上の世代を見ても多くなく、絵を売って食べていくことは、現代の日本において決して容易ではない。

事実、本間さんも家賃7万5千円のこのアトリエを借りて間もない頃、個展が終わったらまとめて払うという約束で8カ月滞納したことがある。

画家はなぜ絵だけで食べていくことがこれほどまでに難しいのか。「いい絵を描けば売れる」というのは正論だが、いい絵を描くことだけに没頭していても、環境そのものは変わらない。本間さんは、絵で食べていく覚悟を決めた画家たちが生きやすい社会にしていくためには、どうしたらいいかを考えはじめた。

「『日本人って絵に興味ないよね』とか、『海外の方が絵を買う文化があるよね』って言われることが多いんですが、僕は今の状況を悲観したり嘆く時代を終わりにしたいと思っています」

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絵を買う行為はいまだごく一部の人に限られている。画家の置かれている状況や、絵画を取り巻く環境をどう変えていくべきか。本間さんは、マーケットを耕していく必要があると考えている。

「絵の価格って、最初から何十万円もするのではなくて、大半の画家は10万円以内からスタートすると思うんです。これって、一般の人たちにも手が届きやすい価格帯なんですよね。絵だけで生活する手前の段階の画家たちにとって、そういう層の人たちにファンになってもらったり、注目されることはすごく大きな意味がある。
だけど、多くの一般家庭の人たちは普段、ギャラリーや百貨店などの絵が売っている場所に行かないですよね。だから、マーケットを広げていくためには、今まで興味がなかった人たちに興味を持ってもらう機会が必要だと思ったんです」

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画家としての役割。
壁から文化を変えていく

そこで本間さんが着目したのが、普段絵画に触れる機会のない人たちが訪れる地域のカフェやレストランなどの飲食店であり、空いている“壁”だった。壁を、お店とお客さんと画家がつながるひとつの“場”ととらえ、飲食店へ絵の展示販売の営業をはじめた。

「いつも行くお店に、絵が飾ってあって、『この絵を部屋に飾ったら気持ちいいかも』とか、最初は絵に興味を持てなくても、入れ替わったことで『雰囲気が変わったな』とか、気づきのきっかけがつくれたらと思ったんです。長期的なスパンで考えているので、そういう人たちに、いつかお金を貯めて自分の部屋に絵を飾りたいなって思ってもらえれば、たとえ僕の絵が売れなかったとしても意味があると思っています」

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逗子駅から徒歩約5分ほどの場所にある、ダイニングバー「想 SOU」の店内。2階のスペースで、本間さんの絵が展示販売されている。

逗子駅から徒歩約5分ほどの場所にある、ダイニングバー「想 SOU」の店内。2階のスペースで、本間さんの絵が展示販売されている。

そんな活動をしているある日、逗子市にある昼はラーメン専門店、夜はダイニングバーの「想 SOU」のオーナーに、「壁に絵を飾りたいんだけど、いくらくらいで買えるのかな?」と声をかけられた。

「空間に絵を飾りたい店側と、絵にそれほど興味のない人にも見てほしい僕の思いがうまく合致して、飾ってもらっています。お店側にもそういう需要があるってことにこの時気がつきました」

現在は他にも、飲食店経営者のお客さんが多い横須賀のスナックで、そして夏には「宮越屋珈琲 町田店」でも展示販売することが決まっている。ゆくゆくは大手コーヒーチェーン店でもこうした取り組みができればと考えている。

「今の僕が言うと傲慢に聞こえるかもしれないけれど、作家側が消費者の感覚を育てていくことも必要だと感じています。それに、画家の絵がギャラリー以外の場所でも評価されていけば、絵画業界全体も活性化されていくと思うし、もっとおもしろくなっていくんじゃないかな」

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経営面や将来のヴィジョンを見据えるのは、芸術活動とは対極のことかもしれない。しかしその両方に挑戦しようとするのが、本間さんの才能なのだ。

「画家として絵を描くことも、それ以外の活動も、自分の役目だと思ってやっています。今はもう競争したりひがみ合ったりするんじゃなくて、それぞれが得意なことに真剣に取り組むことで、職業としてもっといい環境をつくっていけたらと思います。生活に困窮せずに絵が描ければ、もっと絵を描く人が増えるし、そうしたら業界全体ももっとよくなっていくんじゃないかな。簡単なことじゃないですけどね」

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個展「本間亮次展2017」
会期:7月18日(火) 〜7月24日(月)   10:00〜19:00
場所:8Kギャラリー“A”(神奈川県横浜市金沢区瀬戸17-9 アオキビル5F)
アクセス:京浜急行金沢八景駅より徒歩1分
tel:045-788-3950
HP:http://ryoji-homma.com/category/blog/

「絵が売れない」と嘆く時代を終わりにしたい。画家として、絵を取り巻く社会を切り拓く。

PROJECT これまでのプロジェクト

  • 「絵が売れない」と嘆く時代を終わりにしたい。画家として、絵を取り巻く社会を切り拓く。
    子どもたちと自動販売機ラッピング
    子どもたちとともに一緒に油絵を制作し、自動販売機をラッピングするプロジェクト。2016年には、神奈川県横須賀市にある「長井海の手公園ソレイユの丘」で9台の自販機のデザインコンテストも行い、これまで2000人ほどの子どもと絵を描いてきた。「自分の描いた絵を褒められた経験が、絵に対する興味の始まりになればいいなと思っています」(本間さん)
  • 「絵が売れない」と嘆く時代を終わりにしたい。画家として、絵を取り巻く社会を切り拓く。
    取り壊されるガラスに描いた壁画
    新店舗オープンのために、取り壊されるガラスに描いた壁画。かねてから、街がもっとカラフルな絵で溢れたらと考えている本間さんの絵が、学芸大学駅のひっそりとした裏路地に1カ月限定で展示された。描いているときには、街行く人に「次は何ができるの?」「できたら行くね」と声をかけられ、制作がコミュニケーション・ツールにもなっていたという。
  • 「絵が売れない」と嘆く時代を終わりにしたい。画家として、絵を取り巻く社会を切り拓く。
    シルクスクリーンTシャツ制作
    「価格的に手が届かない」という若い世代の人たちに、もっと身近に作品に触れてもらえるようにとスタートした、シルクスクリーンTシャツ制作。夏の個展にて実施している。
  • 「絵が売れない」と嘆く時代を終わりにしたい。画家として、絵を取り巻く社会を切り拓く。
    壁プロジェクト
    飲食店の壁で絵を展示・販売し、空間を飾りたい店側と絵を売りたい画家と今まで絵に触れる機会が少なかった人たちをつなげ、絵に興味を持ってもらうきっかけを提案している。
「絵が売れない」と嘆く時代を終わりにしたい。画家として、絵を取り巻く社会を切り拓く。
本間亮次さん

ほんま・りょうじ/1987年、神奈川県生まれ。2005年よりイラストレーターとして活動しながら、各地でライブペイントを行う。大学卒業後、スペイン・ロタに3カ月滞在。毎日路上で絵を描き、画家になることを決意。帰国後、2010年10月から2年間にわたって、“野獣派画家”と呼ばれる洋画家の故・山川茂さんに師事。2012年独立。2011年、「日本清興美術協会展」評論家賞受賞。2016年、同展にて清興優賞受賞。7月18日~24日、神奈川県横浜市の8Kギャラリーにて「本間亮次展」を開催。
HP:http://ryoji-homma.com
FB:https://www.facebook.com/ryoji.homma.3
instagram:https://www.instagram.com/ryoji_homma/

(更新日:2017.07.14)
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写真、言葉、演劇……etc.表現する人たちの作品や思考は、私たちの頭と心にゆらぎをもたらす。それぞれの活動や生き方を通して日常と社会の見方を考える。
「絵が売れない」と嘆く時代を終わりにしたい。画家として、絵を取り巻く社会を切り拓く。

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