REPORT

1つのまちに依存しないかたち。
往復しながら地域で演劇をつくる【劇団「ままごと」座談会】

神奈川県
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「その時、その場で、その人たちとしかできない演劇」を掲げ、様々な場所で、地域の人たちと作品づくりを続けてきた劇団「ままごと」。

2009年に東京で旗揚げし、そこから香川県・小豆島をはじめ、愛知、福岡、神奈川など、各地を次々と移動しながら地域から連想する演劇を考えたり地元の人が出演したりと、地域と密に繋がり、上演を重ねてきた。彼らの基盤となった各地での公演。これまで訪れた地域や出会った人から、どのような影響を受け、どのようなことを見つけてきたのだろうか。

ままごと主宰の劇作家・演出家の柴幸男さん、俳優の大石将弘さん、端田新菜さん、制作の宮永琢生さん、加藤仲葉さんに、4月21日(土)から始まったままごとの新作公演『ツアー』の稽古場である、神奈川・急な坂スタジオで話を聞いた。

場所を問わず、強度のある作品はできる

イラスト:セキコウ

ただ場所を移動するだけでなく、各地でキャストを変えたり、話を練り直したりと、地域と密接な関係を築きながら作品をつくるスタイルは他の劇団と一線を画する。しかし、初めからそうではなかった。

2010年に『わが星』で岸田國士戯曲賞を受賞するも、東京から離れ、同年あいちトリエンナーレで次作『あゆみ』を発表。名古屋を皮切りに、大阪、福岡、新潟など3年かけて全国各地を訪れた。その間には『いわきのあゆみ』『弘前のあゆみ』など、地域の高校生らと上演したものも。場所や演劇経験を問わない自由な形態は後に彼らのスタイルとなる。華々しいスタートの一方、なぜ、地方都市にあゆみを進めることにしたのか。その経緯を、旗揚げメンバーである柴さんと宮永さんはこう話す。

ままごと『わが星』小豆島公演(2015)撮影:濱田英明

ままごと『わが星』小豆島公演(2015)撮影:濱田英明  人が生まれてから死ぬまでの約100年と、星が誕生してから消滅するまでの約100億年。団地で暮らす一家と星の一生を重ね、時報とともに奏でるラップに乗せて描いた柴さんの代表作。2009年の初演で第54回岸田國士戯曲賞を受賞。その後、2011年に再演、2015年に再々演された。

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劇作家・演出家の柴幸男さん。

柴:旗揚げ当初は、いろんな人に観てもらってどんどん劇団の規模を大きくして、率直に言えばお金も稼ぎたいと思っていました。なので、演劇の中心である東京で演ることは当然だと。ですが、旗揚げしてすぐに東京の狭さや堅さに、健康面も精神面も疲れて苦しくなっていって。今思い返せば無意識的に、ある種、逃避するように場所を変えてみたんだと思います。

東京でつくった作品を地方で上演するのではなく、できれば東京以外のまちでつくりたいと思っていました。2010年のあいちトリエンナーレはその足がけ。土地勘のある地元の愛知なら実家や稽古場などの見当がつくので、手始めにトライしやすいと思い、移動してみたのが最初ですね。

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制作の宮永琢生さん。

宮永:2010年に岸田國士戯曲賞を受賞して、仕事の依頼が急激に増えたんです。僕らはその賞をとることをひとつの目標に活動していたので、お互いにこの先どうしようかと迷っていた時期でもありました。商業的に大きな仕事の話もいただき、僕は「やりたい」と。一方の柴くんはどこか距離があって、結果「愛知にこもる」と言われて、正直「ええー!? 今このタイミングで?」って思いましたね(笑)。

でも、柴くんは多作な作家ではなく、ひとつの作品を丁寧につくるタイプなので、愛知にこもると言い出したのは、きっと自分の作家性を含め、自分の直感を信じたんでしょうね。『あゆみ』のようにひとつの作品を3年かけて様々な地域を訪れながらじっくり成長させていけたのは、いい挑戦だったと思います。

その結果、「場所を問わず強度のある作品はつくれる」と実感できました。地方でつくっても東京のお客さんに自信を持って見せられる、遜色ないものをつくれると感じられたことは、大事な気づきでしたね。

ままごと『あゆみ』(2011)撮影:青木司

ままごと『あゆみ』(2011)撮影:青木司   “初めの一歩”から“最後の一歩”まで、1人の女性の生涯を静かに見つめ描かれた作品。1つの役柄を複数の俳優が入れ替わりながら、全編にわたって歩き続ける芝居のスタイルが話題を呼んだ。2008年に短編として上演以降、再創作され、2010、2011、2012年と、各地で上演された。

歴代の『あゆみ』の公演フライヤー。

歴代の『あゆみ』の公演フライヤー。


柴:
作品をつくる過程で、創作する時間や空間、演じる俳優は重要な材料。誰が演じるか、どこでつくったかというのが、結構影響するのかもしれないというのが予感としてありました。愛知で『あゆみ』をつくりながら、東京で感じていた芝居の縛りから次第にほどけて、楽になっていった感じはあります。

「こうしなきゃいけない」と思っていたやり方が必ずしも正解でなく、どこでも誰とでもつくれたり、人や場所ごとにつくり方を変えたりしてもいいんだ、変わっていくんだと、その時に気づかせてもらいました。

愛知での上演後、「他のまちにはどんな人がいるんだろう」と思い始め、東京以外で独自の演劇文化を持っているまちや劇場を観たい、それをつくっている人に会いたいと、いろんな土地に行くようになりました。

小豆島との出会い。
生活の中から作品を生み出す

柴幸男『赤い灯台、赤い初恋』(2013)撮影:濱田英明

柴幸男『赤い灯台、赤い初恋』(2013)撮影:濱田英明

愛知で制作の加藤さん、東京で俳優の大石さん、端田さんと出会い、各地で魅力的な人や場所に触れながら成長してきたままごとにとって、さらなる転機となったのが2013年の瀬戸内国際芸術祭(以下、瀬戸芸)だ。

香川・直島を中心に、瀬戸内に点在する島々で芸術作品が発表される、3年に一度の芸術祭。大阪を拠点に活動し、瀬戸芸の小豆島地域ディレクターであった編集者の多田智美さん、UMAデザイナーの原田祐馬さんから声をかけられたのがきっかけで参加し、その後、小豆島での活動は5年におよぶ。

「これまで関わってきた地域を振り返るなら、小豆島なしには語れない」と話すほど、ままごとにとって所縁のある土地。メンバーそれぞれの小豆島との思い出話を繰り広げていこう。

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俳優の大石将弘さん。

大石:ままごととして最初に参加した2013年春の瀬戸芸で、僕は柴さんの発案で「おさんぽ演劇」と題した作品を演りました。僕や柴さんがガイド役になり、10人くらいのお客さんを連れてまちを案内し、要所要所でお芝居的な語りをする。まち案内と芝居の境目が曖昧な内容のものです。

大石将弘 おさんぽ演劇『さかのぼり、まだ見ぬ家へ』(2013)撮影:濱田英明

大石将弘 おさんぽ演劇『さかのぼり、まだ見ぬ家へ』(2013)撮影:濱田英明

僕は俳優なので、演劇をつくるのは初めて。朝から日が暮れるまで滞在していた坂手のまちを散歩して、地元の方に挨拶して、喋って、気になることを自分の中に溜めていきながらつくりました。すごく大変でしたけど、それが僕にとって「まちから演劇をつくる」原体験で、今でも断続的に続いていますね。

昨年、「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」というプロジェクトに参加したのですが、それは小豆島のやり方を活かしたんです。演劇的な手法を借りて、目の見えない人も見える人も一緒に作品のイメージが浮かぶような音声ガイドをつくりました。まちのスポットが美術館の作品に、まちのお地蔵さまがマルグリットの絵になったという感じで(笑)。

大石さんが参加した『視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ』の様子(2017)撮影:中島佑輔

小豆島の経験を通して、まちの観察の仕方が変わり、まちを見る解像度が上がった気がする。時間に余裕のない生き方をしていると目的地しか見えてなくて、20年以上暮らしていた地元(奈良県大和郡山市)でも気づいていなかった景色がたくさんあるなと。なので、最近は普段の生活でもあらためて地元を見直して、まちのことを知りたいなと思いますね。

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俳優の端田新菜さん。

端田:私が小豆島に初めて行ったのは2012年の冬。柴くんたちと初年度の視察という目的で。その時、生後4ヶ月の息子を連れて行ったんです。今思えばかなり無茶なことをしたなと思うのですが、その頃私は東日本大震災の風評被害にすごく悩まされていて。東京からとにかく離れたかったんです。それに、少しでも早く演劇活動を再開しないと復帰できなくなりそうという焦りもありました。

端田新菜『紙しばい』2(2013)撮影:濱田英明

端田新菜『紙しばい』(2013)撮影:濱田英明

『ままごとさんとあそぼうよ』(2013)撮影:濱田英明

『ままごとさんとあそぼうよ』(2013)撮影:濱田英明

その後、瀬戸芸でのままごと作品『港の劇場』に初参加したのは2013年の夏。島で閉園した幼稚園に残っていた紙芝居を自転車に積んで、「紙しばい」という旗を掲げて、路上で演っていました。柴くんが演出をつけてくれて。

ある日、在宅介護をされている自主サークルの方がたまたま紙芝居を見てくださって、「また見たいから☓☓日にも来て」と誘われて、メンバー全員で行ったんです。そうしたら、20人くらいのお年寄りが集まっていて。これは紙芝居だけでは間が持たないと、歌ったり踊ったり、メンバーそれぞれができることを演りました(笑)。最終的には、その方々の斡旋で小豆島の他のまちにも行くことになり、規模がどんどん大きくなってまちの事業として活動させてもらえたんです。

2014年、またみんなでその方々のもとへ行ったら、“劇団ままごと主宰・ままごとさんと遊ぼうよ!”と書かれた手書きのポスターをつくってくださっていて。それがすごく嬉しくて……。

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5年間の小豆島の思い出を話し始めると、「あぁ〜どうしよう、いろいろありすぎて話が着地しない!」と頭を抱える端田さん。

初めて行ったときは息子の世話と自分の活動のことで頭がいっぱいで、島の景色さえまともに見る余裕がなかった。そういう中でも滞在し続けたことで、だんだんと島の方々との交流が生まれていきました。エネルギーのあるみなさんからは学ぶことばかり。

これまではその場の流れに身を任せて演じていたけれど、観たいとおっしゃってくれる皆さんにもっと考えて芝居をお見せしたいと、小豆島でままごとと一緒に活動していた俳優の名児那ゆりさんと、『paco(パコ)』(小豆島での活動拠点「遊児老館」にちなみ、Play All Child Oldの頭文字から命名)という活動を始めました。

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制作の加藤仲葉さん。

加藤:私は2014年にままごとの劇団員に正式加入して、その年の夏にメンバーとして小豆島に渡りました。滞在中、一番印象的だったのは、生活があった上で創作活動をしていたこと。

朝・昼・晩、その場にいる全員で分担して食事をつくり、食べ、片付け、そして創作活動をする。当時2歳だった新菜さんのお子さんも一緒に滞在していたので、彼と母親としての新菜さんの生活を含め、みんなが自分のこととして考え、毎日動いていました。都市にいるとつい抜け落ちてしまいがちな〈生活〉の部分が仕事といっしょくたになった感覚で、大変ながらも私には心地よかったですね。

ままごと出前公演(2014)撮影:濱田英明

ままごと出前公演(2014)撮影:濱田英明 

また、制作という仕事柄、まちの方々との間でお話をすることが多くありました。これまで関わってきた公演では、我々つくる側も受け手(劇場や主催団体)側も、ある程度共通の言語で話して通じ合えるのですが、小豆島で上演する時は、より丁寧にお互いの疑問点を聞きとったり伝えたりしないといけないというか……。“当たり前”の感覚が少しずつ違う中で、目的を成すためにどうしたらいいかということに、すごく時間をかけて取り組ませてもらいました。

小豆島以外にもいろいろなところで活動をしていますが、そういう関わり合いができたり、させてもらえたりすることが、私にとっては嬉しくて楽しいことなんだと、最近あらためて思うようになりました。

『うたう火の用心』(2014年)撮影:濱田英明

『うたう火の用心』(2014年)撮影:濱田英明

宮永:2013年の瀬戸芸で「醤の郷+坂手港プロジェクト」のディレクターを務めた椿昇さんがその年に掲げたコンセプトが、「観光から関係へ」。たしかに、島の人にとって外部から来る何者かもわからない人を受け入れるのは難しいこと。彼らとの関係性ができてこそ作品が生まれると僕らは解釈し、なるべく長期間滞在しました。

東京だと〈創作〉と〈生活〉の時間が切り離せたけど、島での創作はまず生活ありきで、そこからどんな演劇が生み出せるか。生活の中で見つけたものが作品になっていくのは今までに無かった経験でしたね。

2016年の2度目に参加した瀬戸芸では、坂手港の観光案内所に喫茶店「喫茶ままごと」を開きました。僕がマスターになり、コーヒーを淹れたり、小豆島特産のそうめんを出したりしながら半年ほど営業していました。制作という裏方の立場ですが、自分なりに表現できる場、島の人や観光客の方々との関係性が生まれる場をつくりたかったんだと思います。

2016年の瀬戸芸で開いた「喫茶ままごと」の入口

2016年の瀬戸芸で開いた「喫茶ままごと」

2016年の瀬戸芸で開いた「喫茶ままごと」

実は今年、小豆島に移住しようと思っていて。旅館とかやってみたらおもしろそうだなと(笑)。5年、10年と長く関係を続けながら作品を生み出すのは劇場ではできないこと。これまでの関係性をもう一歩変えてみたら、また新たに変なことができるんじゃないかと思っています。

柴:メンバーの誰も何も所縁がなかった小豆島でここまでままごとの活動が続いたのは、アーティストが自由に泊まれて稽古もできる、「エリエス荘」という“たまり場”があったことが絶対的に大きいですね。その一点に尽きると言ってもいい。残念ながら今年なくなってしまうのですが……。

地域の人が親切だったり自治体が乗り気だったりすることは、他のまちでもあること。手続きさえすれば、自由に活動できる基地のような場所があり続けたことで、僕らも行きやすいし、島の人や主催側も呼びやすかったはず。演劇以外にも、地元の人、編集者、様々なジャンルのアーティストたちと交流できるのも魅力で、「あの人がいるなら行こう!」となりましたし、僕らの活動の幅も広がりました。

東京と地方、往復の関係をつくっていきたい

メンバーそれぞれの言葉の端々に感じる、ルールからほどかれ、地方での偶然の出会いを作品に取り入れてきたよろこび。様々な地域で演劇の旅を続けてきたままごとは、昨年、久しぶりに東京の劇場に戻ってきた。

「かつて東京で活動していたときには手にできなかったものたち、近くにあっても見えなかったものたちを、東京の舞台に連れていきたい」(ままごとの新聞No.20より柴さん談)と、5つもの作品をつくり、上演した。そして、彼らはまた新たな旅へ出かけるという。

その旅を共にする作品が、421日(土)から横浜のSTスポットで始まった新作公演『ツアー』。新しい何かに出会うことにワクワクし、希望を見つめる彼らの視線の先には、どのような演劇を見据え、どのような出会いが待ち受けているのだろうか。

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新作公演『ツアー』は上演時間約45分間の作品。キャストは、大石さんと端田さんに加え、柴さんが講師を務める多摩美術大学で演劇表現を学んだ小山薫子さんの3人。

柴:昨年は、東京以外の地域でやってきた5年間の活動を思い出しながら、東京で作品を発表して見てもらったので、「また旅に出るのかな」という予感がしていて。僕たちは行った場所で都度人を集めて演劇をつくってきたので、もう一度同じようにやろうというのが難しいんです。

なので、今回は少人数でできる短い作品をつくって、それを持ち運ぶイメージ。まさに“ツアー”のように身軽に各地で上演できればいいなと。小豆島での経験から、「生活する場所を変える」「短い時間でも移動してみる」ということで、考え方や人に影響を与えることができるんじゃないかと思ったんです。そういう思いを軸に、旅や観光を題材につくってみました。

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以前は逃げるというか、意図的に東京を離れましたが、今は“往復の関係”がつくれたら、それが一番楽しいんじゃないかなと思っています。東京とそのほかのまち、日本と海外を行ったり来たりするような。

仕事があるから東京を離れられないというのは、自主的に選んで住んでいるのではなくて、それは都市に巻き込まれ、恐怖に支配されている状況。それはやっぱりよくない。いくつかの場所に住むところや仕事のポイントがあって、それらを行き来しながら見えることやできることがあるはずなので、東京に限らず、1つのまちに依存されない形でありたいですね。

演劇というのは、ある種の自由度を持って生きているからできることのはず。いわゆる会社と契約して働いている人は、気軽にいろんなところに行ったり住んだりできないですよね。だから、僕らのような演劇や芸術活動をする人は、リスクを背負って、ほかの人たちができないことをやる義務があると思うんです。そこで得たものを見せて、何か違うことを提示する必要がある。そういう意味でも、今後も1つの場所にとどまらず、自由に視点を変えて往復しながら演劇をつくっていきたいですね。

PROFILE

_92A7563柴幸男
劇作家、演出家。1982年生まれ、愛知県出身。劇団「ままごと」主宰。「青年団」演出部所属、多摩美術大学講師、四国学院大学非常勤講師もつとめる。2010年『わが星』で岸田國士戯曲賞を受賞。東京の劇場から北九州の船上まで、新劇から学芸会まで、場所や形態を問わない演劇活動を行っている。

_92A7514宮永琢生
制作・プロデューサー。1981年生まれ、東京都出身。企画制作・プロデュースユニット「ZuQnZ(ズキュンズ)」主宰。柴と共に「ままごと」を立ち上げ、全作品の製作総指揮を務める。近年は劇団のプロデュースに加え、《観客との関係性》に主軸を置いた演劇作品・演劇空間の創作・プロデュースを積極的に行っている。

_92A7499大石将弘
俳優。1982年生まれ、奈良県出身。「ままごと」「ナイロン100℃」に所属。俳優としての活動の他、多摩美術大学非常勤講師、「スイッチ総研」の副所長、小中高校や地域で行われる演劇ワークショップのファシリテーターとしても活躍する。
https://masahiroooishi.portfoliobox.net

_92A7540端田新菜
俳優。1977年生まれ、京都府出身。「青年団」「ままごと」に所属。自身の出産や小豆島での活動をきっかけに、2017年より俳優・名児耶ゆりとユニット「paco」を始動。こどもと音楽の未来をつくる「おこわ」に参加。

 

_92A7575加藤仲葉
制作。1977年生まれ、愛知県出身。2010年のあいちトリエンナーレで『あゆみ』の制作助手を務め、2014年より「ままごと」に所属。現在、名古屋を拠点に活動中。他の劇団の公演制作や、公共ホールでの市民劇制作なども手がける。

文:羽佐田瑶子 写真:小宮山桂




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ままごと
「演劇をままごとのようにより身近に。より豊かに」。2009年に旗揚げされた劇作家・演出家の柴幸男の作品を上演する団体。劇場作品に加えて、近年は小豆島や公園などの公共空間で、"その時、その場所で、その人たちとしかできない演劇"を創作・上演している。2014年より、劇団ホームページで過去の戯曲を無料公開する「戯曲公開プロジェクト」を開始。新作公演『ツアー』は、2018年4月21日(土)〜30日(祝・月)まで横浜・STスポットで上演中。同作は今後全国各地で上演予定。http://www.mamagoto.org

(更新日:2018.04.27)
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