REPORT

写真家・長島有里枝
“女性”という役割について考え、表現することで社会とゆるやかにつながっていく

兵庫県
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長年、「家族」や「ジェンダー」をテーマに作品を発表している写真家の長島有里枝さん。2015年10月から約半年間、デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)のアーティスト・イン・レジデンス招聘作家として神戸に滞在し制作した作品は、女性の創造性や女性の持つ技術に光を当てている。その成果発表展が、7月24日で会期を終える。捨てたいのに捨てられない思い出の詰まった衣服を身にまとった神戸の女性たちを写真におさめ、その古着をパートナーの母親と共に一枚一枚つなぎ合わせ、タープを制作。展示空間の半分を締める大きなタープの下に身を置き、綿密に縫われた古着たちを眺めていると、さまざまな思いが込み上げてきた。

複雑で、曖昧で、少し窮屈で、それでもやっぱり豊かな女性の人生について、アーティストであり、母親でもある長島有里枝さんに話をうかがった。

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パートナーの母親に作品制作を依頼
ほぼ面識のなかった関係から、共同制作者へ

 

地方に滞在して作品を制作するのは、今回が初めてですか?

そうですね、国内では神戸が初めてでした。ほとんどの場合、アーティスト・イン・レジデンスは1カ月なら1カ月通しで滞在するのですが、子どもと犬を置いて長く家を離れることができないので、半年ほど東京と神戸を行ったり来たりしていました。

神戸はどんな街でしたか?

もっとアップタイトなところだと思っていたら(笑)、気さくな街でした。同じお店に何度か通ううちに店主に顔を覚えてもらったり、お客さんも食事をした後、お店の人にちゃんと「ごちそうさま」を言ったり。東京から神戸に戻ると、自然と「帰ってきた」という感覚になっていきました。反対に東京に帰ると、人の多さとか余裕がない感じにイラっとして(笑)。滞在期間が終わるころは、住んでもいいと思うくらい好きな街になりました。

神戸には、パートナーのご実家があるんですよね。

そうなんです。担当者から「神戸にまつわる作品を制作してください」というお題をいただいたとき、真っ先におもいついたのは彼の実家、特にお母さんのことでした。ちょうど同じ時期、東京では自分の母と一緒に作品(テント)を作っていて、それと呼応する何かを彼のお母さんと作れるかもしれないと考えて。すでに親密な関係にある母とは、共同制作を通じてまだ知らない相手の側面を見出すことが目標だったけれど、神戸では反対に、ほとんど面識のないパートナーのお母さんと、共同制作を通じて一から知りあってみたい、というのが最初のアイデアでした。

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−ほとんど面識のないパートナーのお母さんに、興味を持たれたきっかけは何かあったのでしょうか。

パートナーのお母さんとは2回しか会ったことがなかったんですが、彼からよく話は聞いていました。洋裁学校を出ていて、デパートに勤めた経験があって、その経歴が偶然、わたしの母とまったく同じ。それで彼のお母さんには以前からすごく興味があったんです。作品制作を依頼したところ、快く引き受けてくれて、いろいろ話すうちに、パリでお針子になるという夢を抱いていたところまで母と一緒だったことがわかって、運命的なものを感じました。神戸では最初、ホテルに泊まっていましたが、そのうちお母さんが「うちに泊まりなさい」と言ってくださいました。滞在中はパートナーを介さずに直接やりとりをして、ようやく彼を交えて三人で会ったのはオープニングの日だったんですよ。

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女性をテーマに作品を作ることで、
世の中の見方が変わった

長島さんはこの数年、大学院でジェンダーについて学んでいますよね。

はい。武蔵大学の千田有紀先生に師事して社会学を専攻していました。当初、修士論文は家族研究寄りの内容を考えていましたが、あまりに難しいので、もっと自分らしいことをしようと途中で方向転換して。それから、90年代の「女の子写真」というカテゴリーがどうやって作られたのかというテーマで研究を始めたのですが、その過程で階級やジェンダーの問題についても知ることになりました。性別を「男」と「女」に二分化することは決して「自然」なのではなく、政治的なことなのだ、とか。ちょうど東日本大震災の直後で、自分は何をするべきなのか考えあぐねていたのですが、「女性」という役割について考え、表現するということが、いずれ社会的に不利な立場に置かれている他の人々の問題などともゆるやかにつながって、社会システムの構造を見直す際の指針になっていくのでは、と思うようになりました。

長島さんがジェンダーに興味を持ったきっかけを教えてください。

思春期に、「“女”になるのは嫌」と思っている子どもだったという自分の性質があったうえで、母や祖母の影響も大きかったと思います。女性は生きやすくなったと言われているけど、母親世代と私たちの悩みはそれほど変わらない気がします。祖母も母も、子どもの目から見てもはっきり、妻として母親としての役割に収まっているのが苦痛なのだとわかる人たちでした。そういった「思い」を母親は、息子ではなく娘にぶつけがちです。女の子は彼女たちの葛藤を引き受け、自分の未来を悲観しますよ。どんなに良い学校を出ても、なにかで人より秀でていても、女は自分の培ったものを家庭と引き換えに奪われるんだ、って。母や祖母をそういう場に追い込み、悲しい気持ちにさせるものが許せなかったし、自分もその連鎖の中から脱出したかった。

時代は変わっているようで、実はあまり変わっていない……

そうかもしれません。男の人は単純に上を、一番を目指していればよくて、でも女の世界はもっと複雑です。男性を追い抜かさない程度に有能であれとか、競争心がないと見せかけつつ他の女性には勝て、みたいな要求がいっぱいあるでしょう。喋らなさすぎても喋りすぎてもダメ、知っていることを知らないフリ、できることをできないフリしたほうが上手くいく場面が多いとか、褒められたら同性からのやっかみを恐れて、即座に謙遜しなきゃいけないとか。特にこの最後の気持ちは、男性には思いもよらないみたいですよ。女性ならみんな、深く頷く話なのに。

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「ちゃんとできていない」と苛まれている女性に、
「そんなことないんだよ」と、作品を通して伝えたい

今回の作品に対して、どんな反応がありましたか?

これまでと比べると、女性からの反響が大きかったですね。ただ、女性を代弁してるつもりはなくて、自分のために、言いたいことを言っているだけ(笑)。フェミニズムの用語に、”The personal is political”というのがあります。女性の個人的な問題は政治的な問題、つまり「わたしの問題」だと思っていることって、実は社会における性差の構造の問題をもろに反映してるんだよ、というような意味です。振り返るとわたしの作品には一貫して、この言葉の示唆することが貫かれていると思うし、だから共感につながるのかもしれない。

私もまだ小さい子どもがいるので、共感する部分がいろいろあります。

(急に時計を気にし始める長島さん……)。え!? 子どもがいるの? そうなんだ! 早く言ってくださいよ、もう17時過ぎているのに、これからお迎え? 大丈夫?  まさにこういう事だよね(笑)。子どもがいれば、時間に制限があるのは当たり前なのに、少なくともわたしたちの業界だと、それで時間を変更して欲しいと言ったら次の仕事が来なくなるかもしれない……という不安があって、言いづらいんですよね。

子どもが生まれると、自分のキャパシティは変わらないけど物理的にできないことがでてきますよね。長島さん自身は、家庭と仕事の折り合いをどうつけてきましたか?

育児を始めた頃は、かなり大変でした。育児書に書いてあるみたいに、「3ヶ月で楽に」なんてならなかったし(笑)。でも、今はもうだいぶ余裕が出てきました。子どもを持つ前、世界はスケジュールで動いていると思っていたけれど、いま、世界はなにひとつ予定通りに進まないところだと思ってます。そう切り替えてからは、何通りもの不測の事態を予測して、何事にも十分な時間をとってやっています。子育てはとても楽しい、でも地獄のような状況になる時もあるでしょう? そうなりたくないから、人にはなんでも率直に相談して、余裕を作るようにしてます。

ある日、勇気を出していまのパートナーに、炊事とか洗濯とかの“名前ある家事”は全部あなたの担当ね、と言ったことがあって。当然、反発を買いました。でも、名前すらない家の仕事のほうがずっと量が多いんですよ。例えば、毎日の献立を経済的、栄養学的な見地から考えるとか、換気扇フィルターの替えどきを見計らう、無くなる前に詰め替え洗剤を購入する、家族のレシートの清算、洗濯前の服のポケットをチェックしてシャツの袖と靴下を表に返すとか。子どもが小さいと、熱を出したときのさまざまな手配なんかも大変。小児科の順番を取って、学校に連絡して、親に来てもらう手はずを整え、ゼリーやヨーグルトを冷蔵庫にストックし、パジャマや枕カバーを数時間おきに変え、って挙げたらきりがない。幼稚園用のバッグをなぜかみんな同じ型紙で縫わなくちゃいけなかったり……。わたしはそういうこと全部やってて、むしろまだあなたの方が楽かなって思ってる、って言ったら、彼は狐につままれたような顔で「そうか」と納得してくれました(笑)。

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子どもの有無に関わらず、女性にとって難しい部分ですよね。

男性社会からすれば「できない」ように見えることは、単に彼らとわたしのやり方が違うだけだと思っています。仕事だけに集中していられないことは「悪い」ことじゃない。それなのに常に罪悪感、仕事においても家庭においても「ちゃんとできていない」という気持ちに、女性は苛まれがちです。そういう人には、「そんなことないんだよ」と言ってあげたい。直接すべての人に言うわけにはいかないけど、作品を通じて伝わればいいなと思っています。

作品を作ることは、わたしの場合ほとんどお金にならないんです。広告写真をどんどん撮って、都心に素敵な家を持ったりする友人や後輩はいます。そういうのに憧れたり、羨ましいと思うこともあるけど、やっぱり表現を通じて言いたいことをきちんと言うとか、女性を含む社会的に弱い立場にいる人たちに寄り添うという生き方が自分には合っている気がする。

今後も、女性をテーマに作品を作り続ける予定ですか?

今はまだ息子が中学三年生なのですが、あと数年すれば「母」という役割から解放されてもっと自由になる気がしていて。そのとき、作品は変わる気がしています。この15年ほどは、24時間しかない1日の中で、やらなければならないことを優先してきたし、そういう生活の枷を背負っていても可能な手法で作品を作ってきましたから。ジェンダーのことで言えば、「男」と「女」の二項で性を分割することそのものに意味を感じなくなっています。だからもしかすると、そのことに関わるなにかをテーマにした表現にチャレンジするかもしれない。それが何なのか、自分でもまだわからないんですけどね。

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profile

ながしま・ゆりえ/1973年東京生まれ。1993年、武蔵野美術大学在学中に『アーバナート#2展』でパルコ賞を受賞し、デビュー。1999年、California Institute of the ArtsにてMFA修了。2011年から武蔵大学人文科学研究科博士前期課程にてフェミニズムを学び、2015年同課程修了。2000年、写真集『Pastime Paradise』(マドラ出版)で第26回木村伊兵衛写真賞受賞。2010年、初のエッセイ集『背中の記憶』(講談社)で第23回三島由紀夫賞候補、および講談社エッセイ賞を受賞。写真集に『SWISS』(2010, 赤々舎)、『5 comes after 6』(2014, bookshop M)など。

写真:松木宏祐(ポートレート)、加納俊輔(展示風景)文:孫 奈美
写真家・長島有里枝 “女性”という役割について考え、表現することで社会とゆるやかにつながっていく

KIITO アーティスト・イン・レジデンス2015-2016
長島有里枝 成果発表展 「縫うこと、着ること、語ること。」
会期:〜2016年7月24日(日)11:00〜19:00
会場:デザイン・クリエイティブセンター神戸 2階ギャラリーC
住所:神戸市中央区小野浜町1-4
TEL:078-325-2235
入場無料
http://kiito.jp/

(更新日:2016.07.24)
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