INTERVIEW
  • 自分の「やりたい気持ち」を大切に。 正直に、ただ進んでいくだけ|【お母さんだから、できることvol.2】

移住、それから。

お母さんだから、できること

神奈川県相模原市・旧藤野町に暮らす4人の母の物語。それぞれの家族のかたち、一人ひとりのお母さんの姿。

自分の「やりたい気持ち」を大切に。
正直に、ただ進んでいくだけ|【お母さんだから、できることvol.2】

神奈川県
飯田知子さん
「MOMO ice cream 」主宰
居住地: 東京都八王子市→神奈川県横浜市→相模原市
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「お母さんだって夢をあきらめたり、やりたいことを我慢したりする必要なんてないんだ」

 

神奈川県・旧藤野町(以下、藤野)に移住した中村暁野さんは、そんなふうに思えるお母さんたちと出会った。子どもや家族との暮らしを大切にすることは、実は自分の気持ちを大切にすることに繋がるのかもしれない。子育てのこと、仕事のこと、移住のこと。もちろん大変なことも、しんどいなと思うこともたくさんあるけれど、自分を見失わないように、自分を大切に。

 

そんなふうに向き合うお母さんたちに出会い、自分もそうありたい、変わりたいと思ったという暁野さん。悩みながら、とまどいながら一歩ずつ。お母さんたちの、まっすぐな思いを暁野さんが聞いた。

 

写真:加瀬健太郎 文:中村暁野 構成:薮下佳代

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お母さんの中にある
好きなことへ向かう気持ち

春はグリーンピースやビーツ、夏には桃に梅、秋になったら栗やかぼちゃ、そして冬には春菊まで。季節の野菜や果物を使ってその時にしか食べられないアイスクリームを作るのは「MOMO ice cream」の飯田知子さん。2017年春、私が藤野に越してきたまだ数日のある日のこと、自治会長さんに最近越してきた家族がもう一組いるからと紹介されたのが“知ちゃん一家”でした。

互いの家と家は歩いて2分ほどの距離、それぞれ小さな子どもが2人いるという共通点もあってすぐに親しくなった知ちゃんから「アイスクリーム屋さんを始めたい」という夢を突然聞いた時は「それは素敵!」と思ったことをよく覚えています。その後の知ちゃんの動きは驚くほど早く、翌月には地元の農家さんに提供してもらった野菜や果物でアイスを作り始め、そこからは毎月のように新作アイスを考案しては地元のイベントで振る舞うことを始めました。今では藤野でアイスといえば「MOMO ice cream」と知られるほど地元の人に愛さているアイスです。

MOMO ice creamの名前の由来は知ちゃんが大好きだというミヒャエル・エンデの『モモ』から来ている。よく見ると物語で重要な役割を果たす亀が看板に。

MOMO ice creamの名前の由来は知ちゃんが大好きだというミヒャエル・エンデの『モモ』から来ている。よく見ると物語で重要な役割を果たす亀が看板に。

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知ちゃんを見ていてすごいなと思うのは、日々アイスクリームの試作や仕込みに向き合う姿勢もさることながら、子どもがまだ小さい時期にもかかわらず、たった1年で一からここまで立ち上げたということ。「いつまで」という期限もなければ、仕事になる保証もない、動機はただただ自分の「やりたい気持ち」だけ。あきらめず動いて、実現していくには、相当な根気と本気がなければなかなか続けることはできません。現在、実店舗のオープンにむけ、着々と突き進んでいる知ちゃんの原動力は何なのか。そしてそもそもアイスを作ろうと思ったきっかけは? ずっと聞きたいと思っていたそんな話を、じっくり聞かせてもらうことにしました。

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あんずのケーキを持って知ちゃん宅を訪れた。こうしておやつや食事を持ち寄ってどちらかの家でお茶をすることが多い。

あんずのケーキを持って知ちゃん宅を訪れた。こうしておやつや食事を持ち寄ってどちらかの家でお茶をすることが多い。

テキスタイルの道から
アイスクリーム作りへ

美大でテキスタイルを専攻し、20代の頃からずっとテキスタイルの仕事をしていた知ちゃんは、大学卒業後に憧れのテキスタイルデザイナー須藤玲子さんの会社に入り、朝から晩まで働いては、世界中を飛び回る日々。働き出して3~4年はすごく楽しかったという知ちゃんですが、だんだん苦しくなっていったといいます。どうしても入りたかった念願の会社に入ったのに、なぜ?

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須藤さんの作るテキスタイルが収められた作品全集。今も自宅のすぐ手の届く棚に飾られている。

須藤さんの作るテキスタイルが収められた作品全集。今も自宅のすぐ手の届く棚に飾られている。

「須藤さんみたいになりたい!と思って会社に入ったけれど、近くなるほどにすごさを痛感して、私はこの人みたいにはなれないって思ったのかな。その頃、大学時代からのパートナーと結婚したんだけど、29歳の時に体調を崩して入院してしまって。絵が苦手な自分には向いていない仕事だと気づいて、テキスタイルの道を退職してからは今度は背伸びせずに素直に自分の好きなことを仕事にしてみようと考えました」

“自分の好きなこと”とは、高校時代、テキスタイルと同じくらい迷っていた飲食の道だった。知ちゃんが選んだのは料理でも焼き菓子でもパンでもなく、アイスクリーム。フランスを旅した時に出会った、あまりにもおいしいアイスクリームは、ほかのどんな食べものよりも “ワクワク”する特別なものだった。

「とはいえ、アイスクリームを作ったこともなかったから、本を見つつ独学で作り始めたんです。どこかで修業することも考えたけれど、もう30歳だったしパティシエの人が作るようなアイスを目指すんじゃなくて、自分なりにやってみようかなと。アイスはありとあらゆるものが素材になるし、アイスキャンディーもアイスサンドもパフェもケーキにもできる。友人・知人を通して食べてもらううちに仕事として軌道に乗ってきたなと思ったところで、1人目の子どもが生まれて、休業状態になってしまったんです」

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不安だらけの子育てと向きあう
日々の中で生まれた覚悟

2012年に長男の歩太郎(ほたろう)くん、2014年には次男の道(みち)くんが生まれました。やりたい仕事を始めた矢先の妊娠、初めての出産、子育てに必死だったという知ちゃん。近所には子育てしている友だちもおらず、わからないことらだけ。仕事で忙しい夫に頼ることもできず、1人で不安を抱えていた時、旧友の紹介で「森のようちえん」の存在を知って子どもを通わせることにしました。

お母さんたちが中心になって、園舎を持たずに自然に触れながら外で目一杯遊ばせながらのびのび育てる「森のようちえん」という活動は“公園と家の行き来だけで精一杯になりがちな都会での子育てとは違って、とても魅力的に思えた”という知ちゃん。

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「長男が1歳半くらいの時に入って、それから3歳半まで、途中で次男の誕生を挟みながら通いました。お母さんたちが協力し合って自主運営でやっているので、私もやることがたくさんあって大変でしたけど、こうやって過ごすことが子どもに良かろうと思いながら頑張る日々でした。たくさんのお母さんたちと出会い、子どもたちと過ごせたきらきらした時間だったけれど、子どもと四六時中関わる活動をする中で、私は子どもと遊ぶことが苦手なのだと思い知らされたんです」

そんなふうに子どもと向き合う日々に苦しさを感じていた知ちゃんの「育児しかない生活は辛かった」という言葉は、私自身の言葉のように感じました。みんなやっているはずのことを辛く感じてしまう私は駄目な母親なんじゃないか。そんなふうに辛いと感じる感情すらも自己否定に繋がってしまう。誰に何かを言われるのも苦しいけれど、自分で自分を否定してしまうことも、とても苦しい。そんな日々の中で藤野への移住は、知ちゃんにとって大きなできごとでした。

「その頃、家を探していたんです。上の子が小学校にあがるまでにどこかへ引っ越したいなというのはあったけれど、最初は“移住”とか全然意気込んでなくて。でも自然が多いところ、けれど夫の仕事を考えると駅からそんなに離れ過ぎず……でもそんな簡単に条件に合うところはみつからなくて、どんどん沿線を下っていったら藤野に辿り着いた(笑)。駅に降り立った時に『いいかも!』って思ったんです」

流れに身を任せて、藤野にたどり着いた知ちゃん。そこから一旦置いたままになっていた、やりたかったアイスクリーム作りへの夢がむくむくと立ち上がってくる。

暑い季節にはさっぱりとしたソルベ類も多く作る。すもものソルベは色も鮮か。近所の友人に頼まれてお誕生日のアイスケーキも作る。デコレーションはその時の感覚を大事に即興で。

暑い季節にはさっぱりとしたソルベ類も多く作る。すもものソルベは色も鮮か。近所の友人に頼まれてお誕生日のアイスケーキも作る。デコレーションはその時の感覚を大事に即興で。

「引っ越したらアイス作りの活動をしようというのは決めていました。それはやっぱり子育てに向き合っていた4年間がしんどすぎたのが大きかった。森のようちえん時代、良かれと思って毎日子どもと向き合って、でも毎日イライラしていて。全力で子どもと向き合った結果、お母さんがイライラしているなんて本末転倒だなあって気づいて。子どもにイライラしている姿を見せるよりも、好きなことをしている姿を見せたいって思ったんです」

保育園に子どもを預けたことで「すごく変わった」という知ちゃん。子どものいない開放感を感じつつも、お金を払ってまで子どもを預けたからこそ、自分にもウソをつけなくなった。「いま、やるしかないんだ」と覚悟が決まった。そこからのスピードは驚くほど早かった。

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「藤野は、何でもあると言ってもいいぐらい食材に恵まれた土地でした。ビオ市(藤野で開催される地元のオーガニック野菜やお惣菜が集まるマルシェ)の主催者の方と知り合って、農家さんを紹介してもらいグリーンピースをわけてもらったのがきっかけで、野菜でアイスを作ってみたらすごくおいしくて。アイスって何でもできるんだということを再確認しました。藤野にいると季節の食材にたくさん出会えるから、新しい野菜や果物に出会うたびに新しいアイスを作ってはご近所の人に食べてもらって。そうやっていつしか忙しい1年になっていたんです」

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知ちゃんがお世話になっているというコジマ農園の小島信之さんの畑へ。小島さんは、子ども時代、過保護だったという母親との関係について「俺のことはいいから、かーちゃんはかーちゃんのやりたいことをやってくれ!」と思っていた話をしてくれました。

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そして現在、実店舗オープンに向けて準備中という知ちゃん。おそらく子どもが小さいうちは週に3日、平日にしか開けられないけれど、そうやって自分のやれる範囲で始めるということも、ひとつの信念。自分のやりたいことに舵を切ったこの1年、子どもたちとの関係や抱えていたしんどさに何か変化はあったのだろうか?

「もちろん今でも育児で悩むことはたくさんあるしイライラもあるけれど、毎日すごく楽しい。いろいろ大変な世の中だけど、子どもたちはそれぞれ好きなことを見つけて、自分で自分の仕事を作れる人になってほしい。その気持ちを伝えるためにも、お母さんがやりたいことを頑張る姿を見せることって意味があるんじゃないかなと信じています。いつか『僕のお母さん、アイス屋さんなんだよ』って友だちに自慢してもらえたら、すごくうれしいなって思います」

 

・・・・

《取材のおわりに》

子どもと向き合うことは、自分と向き合うこと

子どもと「向き合う」ことは、子どもと「過ごす」ことがすべてじゃない。今回、知ちゃんの話を聞いて改めて、そんなことを思いました。「おかあ、おかあ」と代わる代わる呼ぶ2人の息子さんと過ごしている知ちゃんは、子どもと遊ぶのが苦手とは思えないほど、私からは実に「よいお母さん」に見えます。でも「よいお母さん」ってなんだろう、ということをちゃんと考えたことってなかったかもしれないと気づいたのです。

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「子どもと向き合う」ことって、自分が本当はどうしたいのかということを問う、「自分と向き合う」ことでもあるのかもしれません。そう思うと、悩んで、選んで、自分で決めた道をひたむきに進むお母さんの姿こそ、その人にとっての「あるべき姿」なんだと思えてきます。子どもにとって母親は、一番身近で最初に触れるひとりの大人であり、ひとりの人間でもあります。母親の生きる姿を一番身近で見ている存在が子どもなのかもしれないと思ったら、誰と比べるでもない、自分の選んだ姿で子どもの前に立っていたい。

言葉にするといとも簡単な「自分と向き合う」ことが実はとっても難しいことでもあると思うからこそ、ただただ自分にとっての「あるべき姿」を私ももがきながらつかんでみたい。同じようにもがきながらも、彼女の「あるべき姿」に向かっていっている知ちゃんの話から、そんなことを思ったのです。

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自分の「やりたい気持ち」を大切に。 正直に、ただ進んでいくだけ|【お母さんだから、できることvol.2】
飯田知子さん いいだ・ともこ
1980年、東京都生まれ。多摩美術大学テキスタイルデザイン専攻卒業。テキスタイル関係の職を経て結婚、出産。男児2人の母になる。2010年”MOMO Ice Cream"としての活動を少しずつ始める。育児休業を挟み、2017年、山梨県との県境にある神奈川旧藤野町に移住。有機農家さんとの出会いに多く恵まれ、2017年から本格的に活動を再開。現在は実店舗のオープンに向けて準備中。

 

なかむら・あきの
1984年、ドイツ生まれ。多摩美術大学映像学科時代から音楽ユニットPoPoyansとして活動。映画音楽やCM音楽等を手がける。2010年に結婚・出産。家族のかたちや社会との関わり方に悩んだことがきっかけとなり、ひとつの家族を1年間に渡って取材し丸ごと一冊一家族をとりあげる雑誌『家族と一年誌 家族』を2015年に創刊する。取材・制作も自身の家族と行うのが雑誌のコンセプト。7歳の娘、1歳の息子の母親。
(更新日:2018.10.09)
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