INTERVIEW
  • 手仕事を通して、もっと自由になる。|【お母さんだから、できることvol.4】

移住、それから。

お母さんだから、できること

神奈川県相模原市・旧藤野町に暮らす4人の母の物語。それぞれの家族のかたち、一人ひとりのお母さんの姿。

手仕事を通して、もっと自由になる。|【お母さんだから、できることvol.4】

神奈川県
大和まゆみさん
「暮らしの手仕事  -くらして-」主宰
居住地: 東京都目黒区→神奈川県相模原市

何でも買えてしまう現代の暮らしのなかで、衣食住、自分の身の回りのものをすべて手作りするのはとても難しいことだ。けれど、自分が着ている服や食べものが一体どこから来ているのか、どうやって作られているのか、誰もが一度は疑問に持ったことがあるかもしれない。

神奈川県・旧藤野町(以下、藤野)在住の大和まゆみさんは、子育てをきっかけに子どもの服を作りはじめ、いまでは自分で綿も育てている。さらに羊を飼って羊毛まで。そんなまゆみさんが開催する手仕事教室に参加したという、同じく藤野在住の中村暁野さんは、自分の暮らしを自分の手で作ろうとしているまゆみさんの生き方に触れ、憧れを抱いたという。子どもの進学を機に都内から藤野へ移住して来たまゆみさんは、どうやっていまの暮らしを手に入れたのか。その活動に至るまでの背景について暁野さんが聞いた。

写真:加瀬健太郎 文:中村暁野 構成:薮下佳代

藤野で見つけた
新しい暮らし

旧藤野町にある「日連(ひづれ)」と呼ばれる通りの一角に、「餃子」「担々麺」と書かれた旗の揺れるお店があります。ここは藤野で人気の中華料理店〈大和家〉。地元の有機野菜や平飼い卵などこだわりの食材を使って作られる創作中華を求めてやってくるお客さんでいつも賑わっています。

その〈大和家〉の2階に〈暮らしの手仕事 —くらして―〉というお店があります。工芸品に手紡ぎの糸や布、オーガニックコットンの洋服などが並び、店主の大和まゆみさんによる手仕事教室も行われています。〈大和家〉を営む大和伸さんと、〈くらして〉を営む大和まゆみさんはご夫妻。1階と2階、ふたつのお店をそれぞれで切り盛りされているのです。

私がまゆみさんと出会ったのは、まゆみさんの手仕事教室でした。娘の小学校ではダンスの授業で絹のワンピースを着ることになっていて、裁縫のまったくできない私は四苦八苦。そんな人に向けた講習会があることを知り、藁にもすがる気持ちで〈くらして〉を訪れました。

手取り足取り教えてもらった長時間の制作の間に、まゆみさんとたくさん話をしました。子どもから大人まで幅広い人たちに手仕事を教えていること、手紬した糸はまゆみさんが畑で種から作った綿からできていること、羊を飼い羊毛も紡いでいること。そんな暮らしをしていることに驚き、憧れのような気持ちが生まれました。

「身につけるものを自分の手で作りたい」というまゆみさん。元々、都心で家を持ち、お店も経営されていたところからすべてをリセットし、藤野にやってきたという、その決断から藤野での新しい暮らしと、いまの生き方をみつけるまでのお話を聞きました。

家も仕事もない状態から
藤野へ移住

現在、高校生と中学生、2人のお母さんであるまゆみさん。もともとは婦人服のパタンナーとしてアパレル会社に勤めていました。出産後も働きたい気持ちはあったものの子育てと両立することは難しく、仕事を辞める選択をしたそうです。子育てを始めてみると、子どもに着せたいと思う洋服がなかなかありませんでした。そんな時、友人の紹介で海外のインポートブランドのかわいい子ども服に出会います。それをきっかけに、いまから17年前にはまだほとんどなかったネットショップを立ち上げ、子ども服の販売を始めました。自分のペースで運営していたネットショップに転機が訪れたのは、上のお子さんが幼稚園の入学を迎える時でした。

「幼稚園って上履き袋とか替えの洋服を入れる袋とか、いろいろなグッズを作らなくちゃいけなくて。仕事柄、作ることは簡単にできたんです。そしたら、ほかのお母さんたちに『うちのも作って欲しい』と頼まれるようになって。でもお母さん自身が作れるようになったらそれが一番いいなと思ったから、簡単に手作りできるキットを作ってみたんです。布は切ってあって、こことここを縫うだけと説明もつけて簡単に。生地はお母さんたちが好みそうなリネンのちょっとおしゃれなものにして。このキットをネットショップで販売してみたところ注文が殺到したんです。今はいろんなところでこうしたキットも売っているけれど、当時はなかったから」

そうしてお母さんたちが気軽に手作りできる入園準備グッズのキット制作とネット販売を行いながら、2人のお子さんの母親として過ごすうち、その後の人生に大きな影響を与える出会いが訪れます。

「上の子は都心にありながら自然に触れる環境の幼稚園に通っていました。大きな園庭でいろいろな動物を飼っていたり、親も味噌や納豆を作ったり、暮らしについて考える機会も多くて。まだ未就園児だった下の子を遊ばせる場所を探していた時、シュタイナー幼稚園の未就園児向けのクラスを知って通うようになりました。そこで自然療養の料理教室をされている方と出会い、食べ物について考えるきっかけをもらったんです」

店内に並ぶリネンやシルクのスカーフ。捨てられてしまうハギレを使い作られたターバンも。

まゆみさんの飼う羊の毛を刈り草木染めした羊毛セット。

そこから、自然の力を活かして作られた食材と伝統的な製法の調味料を使った食事を心掛けるようになったというまゆみさん。当時すでに東京で中華店を営んでいた夫の伸さんも、家庭での食事が変わったことで体調が変化していき、自然とお店で出す料理も無農薬野菜を使った無添加のものへと変わっていったそうです。そんな時、シュタイナーの一貫教育を行う私立のシュタイナー学園が神奈川県の藤野という町にあると聞き、学園のオープンデーに家族で行ってみることになりました。

「上の子が年中さんの時だったかな。興味本位でどんな学校か見に行ってみよう、くらいの軽い気持ちだったんです。そしたら夫がすごく気に入って。帰り道で『子どもをシュタイナー学園に通わせよう。藤野に越してこよう!』って。でも東京に家も買っていて、小学校も公園もすぐ隣という恵まれた環境だったし、夫のお店ももちろん東京。藤野に越しても、夫とバラバラの生活になるんだったら、どんなによい環境だったとしてもそれじゃ意味ないんじゃない?って。私は家族が一緒なら、東京でも藤野でもどっちでもいいと思っていたので『お店をやめるなら藤野に越してもいいよ』って言ったんです」

すると、伸さんは軌道にのっていたお店を突然閉め、家も売って、藤野に引っ越すことを決めました。ところがいざ移住してみると、思うようにはいかないこともありました。

「夫は藤野でお店をまたやるつもりだったんじゃないかな。でも来てみたら店舗物件がないんです。不動産屋さんに『ここは外食する文化がないから無理だよ』って言われて驚いて。結局、物件は見つからず、夫は友人の紹介でゴルフ場のレストランのシェフをすることになったんです。自宅からは遠くて朝4時に家を出て夜10時に帰ってくるような生活。子どもたちは楽しそうに学園へ通っていたけれど、家族として望んでいたのとは違う生活が数年続きました」

震災をきっかけに、
種をまき始める

そんな生活を変えるきっかけとなったのは東日本大震災だったといいます。上のお子さんは小学校2年生、下のお子さんが年長の時でした。震災直後でもゴルフ場の予約が入っては仕事に向かう伸さんを見て、まゆみさんの中で何かが切り替わったそうです。

「このままじゃいけない!と思ったんです。その後すぐに夫は仕事を辞めました。二人ともいろいろなことを見つめ直さなくてはいけないと感じていたんですよね、きっと」

まゆみさんはネットショップを続けつつ、震災後さまざまな情報が交錯する中、不安で心が揺れる日々が続いたといいます。そんな時、手紡ぎの布を作っている友人から綿の種をもらいました。以前、その人の作った布で体を洗ううちに湿疹が治ったことがあったそうで、綿の種を手渡され「藤野で綿を育てなさい」と言われて、始めてみることにしたのだそうです。

「それまで綿を育てるなんて考えたこともなかったんですが、今年種をまかないと来年はもう発芽しないというので、種を継がなくちゃと思って植えてみたんです。畑仕事なんてしたこともなかったんだけど、必死で育てて秋にふわふわのコットンボールができた時、これは神様の贈り物だと感じました」

畑に育つコットンボール。この実が弾けて中からフワフワのコットンが現れる。

収穫したコットンボールを黙々と糸紡ぎをしているうちに、不安だった気持ちが次第に整っていき、心の中に軸が生まれていくように感じたといいます。そうして自分と向き合う時間の中で〈くらして〉を立ち上げようという気持ちが生まれていきました。

「ネットショップのキット制作と販売は、必要としている人の助けになるかもと思って始めたことだったけれど、だんだんお金を稼ぐための手段になってしまったことがしんどくなってきていたんです。布ってどうやってできているんだろうなんて考えたこともなかったけれど、土からできていた。それを実感した時、とにかく種をまいて収穫をして、糸を紡いで、自分で一から作ることを始めてみようと思ったんです」


糸を紡ぐまゆみさん。まゆみさんが使っている紡ぎ機はでインドで作られた「チャルカ」という伝統的なもの。

手仕事は昔から
ずっとあった営み

そんなことを思ううちに、藤野で物件が出たという話が舞い込んできました。飲食店ができる物件で、2階にはまゆみさんがやりたかった手仕事や物販もできそうなスペースもありました。けれど、10年以上使われていなかったボロボロの物件だったため、相当手を入れないといけない状況でした。そこで、伸さんを応援してくれる仲間を募ることを思いつき、親しい人たちに話したところ地域ファンディングとして出資者が集まりました。

「藤野に来て7、8年が経って、人と人との繋がりができていると感じていました。お店ができたら食券と交換というかたちで出資してくれる人を募ってみたら、すごくたくさんの人が協力してくれて。それで無事に〈大和家〉をオープンすることができました。2階にはそのお金は使えないので、自分たちで最低限の改装だけしてお店を始めました」

地元の野菜や卵も、人との繋がりの中で、より顔の見える信頼できる材料を選べるようになった伸さんの創作中華は、外食文化がないといわれた藤野でたちまち人気店となりました。そして2階の〈くらして〉では、時代の中で作り手がいなくなってしまいつつある工芸品や、手紡ぎや手織り、草木染めされた衣類の販売と、手仕事の教室を始めました。そこからさらに、地域の繋がりで羊を譲ってもらえるという話が舞い込み、庭の竹林を切り開いて飼うことにもなりました。

手仕事教室では、春から秋はコットンボールの種まきから収穫、羊の毛狩り体験があり、冬には下着からワンピース、ブラウス、パンツまで計6着をすべて手縫いで作ります。自分の着る物を自分で作っていたまゆみさんが、一から丁寧に教えてくれるので、最初はとても完成できないと思っていた人でもみんな6着すべてを縫い上げるといいます。

「自分や家族のためにする手仕事を提案したいんです。手仕事ってみんなハードルが高い、技術がないとできないって思うかもしれませんが、実は昔から母親やおばあちゃんたち、誰もがやってきたこと。売り物みたいに美しく整っていなくてもいい。縫い目が揃ってなかったり、いびつだったりしていたとしても一目一目が愛しい、そんな自由なものだと思うんです」

自分で縫い上げた服を着るまゆみさん。気づけば上から下まで全身自分で縫ったものを着ている日もあるという。

「最後まで縫い上げられた」というひとつの経験から変わっていくこともあるんじゃないかとまゆみさんは言います。

「私自身、不安だった時に手仕事を通して自分の軸が作られていくのを感じました。最近は〈くらして〉に若い人がやってきていろいろな悩みを話していったりすることもあるんですよ。ここに来てから『仕事辞めちゃいました』なんて人も(笑)。しっかり働かないと、貯蓄しておかないと、と何でも周りと比べて不安になりがちな世の中に感じますが、そんなふうに不安にとらわれなくても意外と生きていけるんだって思うことって大切なんじゃないかと思います。

母になって、子どもの成長とともに私の働き方もその都度変わっていきました。子どもに着せたい服、子どもに持たせたいバッグから始まって、子どもが手を離れてきたら今度は自分自身が着たいものへ。子どもが小さいうちは家でできることをしていたけれど、今は人を招いてワークショップをしています。その時その時の自分と向き合って、その時にしたいことをすることが、いつの間にか未来につながっていた。自分で何かを作れたという一つひとつの経験って、その人の生きていく自信になっていくんじゃないかな。そして手仕事にはそんな力があるんじゃないかな、と思っているんです」

・・・・

《取材のおわりに》

自分の暮らしにもっと向き合いたい

「作ることって、生きていく自信につながると思うんです」というまゆみさんの言葉が強く印象に残りました。

バーバラ・クーニーという人が書いた『にぐるまひいて』という絵本があります。19世紀始めのアメリカの農村で暮らすある家族の一年が書かれた絵本で、畑を耕し、羊の毛を刈り、糸を紡ぎ、布を織って、一年かけて作ったものを市場に売りに行き、そのお金で必要最低限のものを揃えて、また一年間暮らしていく。自然に寄り添い、その恵みをいただいて、自分たちの暮らしを自分たちで作りながら生きていく。

私も娘もこの絵本が大好きで繰り返し読んでいるのですが、読むたびにうらやましくてたまらない気持ちになっていたのです。まゆみさんに出会った時も同じような思いが湧き上がりました。必要なものも、欲しいものもお金を通して手に入れる、そんな暮らしは便利だけれど、お金がないと生きていける気がしなくなって、いつも漠然とした不安がある。まゆみさんのように、暮らしを自分の手で築いて生きていけたら、この漠然とした不安もなくなっていくんじゃないだろうか、と。

作ることは長い間、人にとって生きていく根源にあることでした。そしてその根源に触れていない今の暮らしの中では、人は不安に駆られてお金に寄りかかりすぎてしまう。少なくとも、私はそう感じていたんだと思います。でも実感のともなう暮らしはあらゆる大変さとともにあり、そう簡単にできることではありません。でも、綿は育てられなくてもたとえば子どものお弁当包みを作ることから始めてみる。どんなものであっても形ある何かを作れたということはきっと、また何かを作れるかも、という自信につながっていくんだと思えました。わたしも暮らしを自分で築いていくことを始めたい。

その小さな始まりとして苦手だと思っていた手仕事を何か始めてみよう、そう感じたまゆみさんのお話でした。

 

手仕事を通して、もっと自由になる。|【お母さんだから、できることvol.4】
大和まゆみさん おおわ・まゆみ
1968 年、長野県生まれ。アパレルメーカーでパターンナーを約10年間勤めた後、出産を機に退職。都心で子育てをする中、さまざまな違和感を感じ、2007年、より暮らしやすい環境を求めて、家族とともに旧・藤野町へ移住。 震災後、綿の種を受け取ったことがきっかけで、未経験の畑仕事を始める。「モノで満たされなかった欲求がすべて満ち足りた感覚」を得たことにより、自分の手で育て・作ることの重要性に気づき、2012年、自ら“衣”を作るワークショップ「手仕事会」を始める。2015年11月〈くらして〉をオープン。衣食住の一番はじめである“衣”の自給自足を体験できる活動をしている。2人の息子の母親。

なかむら・あきの
1984年、ドイツ生まれ。多摩美術大学映像学科時代から音楽ユニットPoPoyansとして活動。映画音楽やCM音楽等を手がける。2010年に結婚・出産。家族のかたちや社会との関わり方に悩んだことがきっかけとなり、ひとつの家族を1年間に渡って取材し丸ごと一冊一家族をとりあげる雑誌『家族と一年誌 家族』を2015年に創刊する。取材・制作も自身の家族と行うのが雑誌のコンセプト。7歳の娘、1歳の息子の母親。
(更新日:2018.12.13)
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