特集 “偏差値”を育てない、
豊岡市の教育

地域の子どもは地域で育てる! 安全な食と多世代交流から地域社会を見つめ直す

教育の現場は、学校だけではない。大人たちが、地域の子どもに教えられることはたくさんあるし、かつての子どもたちは地域の大人との触れ合いを通して、さまざまなことを学んできた。そんな健全な地域社会を取り戻すべく、豊岡市で立ち上がった大人たちがいる。地元の農作物を学校給食に提供するプロジェクトを進める「未来の種」と、高齢者と子どもが自然のなかで遊ぶ「やしろジッバー」。ふたつの事例は、現代における地域社会のあり方を考えさせてくれる。

きっかけは、子どもの素朴な疑問から

ひと昔前まで、子どもの育つ環境には両親以外に、祖父母や親戚、あるいは近所の人など、何かと世話を焼いてくれる大人がたくさんいた。しかしながら都会だけでなく地方でも、地域内のコミュニケーションが希薄になるにつれ、“世話好きな”大人の数も減っている。そんな現状に一石を投じるべく、豊岡の大人たちが立ち上がり、ユニークな取り組みを行っている。

食の安全は、子どもを持つ親なら最も気がかりなことのひとつ。親が食材を選び、手作りしたものを食べさせるのが一番だが、子どもの成長につれて難しくなるのは避けられない。そういった意味でも、学校給食の安全性の確保は非常に重要といえる。

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豊岡市のほぼ中央に位置する、農業の盛んな中筋地区で3月にできたばかりの「未来の種」という会社は、そこに着目。残留農薬を国基準の10分の1以下に抑えるなど、一定の基準をクリアした豊岡市の農産物および農産加工品に付与される市独自のブランド「コウノトリの舞」。これを認証取得した地元産の野菜を、学校給食に提供しようと奮闘しているのだ。

会社設立のきっかけは、中筋地区で「旬を楽しむ会」というイベントを企画した一昨年の秋に遡る。おばあちゃんの手料理のような各家庭の食卓から消えつつある献立と、今どきのメニューを織り交ぜたビュッフェスタイルで、さまざまな料理を提供。その際、地元でどんな農作物を作っているのか、集めて並べてみたところ、63品目もあった。

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「せっかくだからと、それらの名前をゲーム感覚で書かせてみたら、子どもたちは8割方知っていたんです」と話すのは、未来の種の代表を務める今井悟さん。それを機に旬を楽しむ会は定番化し、四季折々で開催されるようになったのだが、今井さんはその中で思いがけない質問を受ける。

「小学6年生の子どもがふと、『中筋で取れたこの野菜は、給食に使われとるの?』と聞いてきたんです」

地元産の安全・安心な農作物を学校給食に

豊岡市の学校給食では、コウノトリが住みやすい環境作りの一環として作られた地元産の米「コウノトリ育むお米」が使われている。しかし、今井さんが給食センターを訪ねてみると、野菜の自給率は15.2%で、農業の盛んな場所としては低いことが判明。何とかしなければと、まずは地元産の玉ねぎ、じゃがいも、にんじんを使ってくれるよう直談判した。

「了解はしてもらえたのですが、作業効率上、2Lサイズ以上のみという条件がありました」

徹底した管理のもとで栽培を行っている玉ねぎ畑。「コウノトリの舞」の一定基準を満たしたら、これらは雪室に入れられる予定。

徹底した管理のもとで栽培を行っている玉ねぎ畑。収穫後は雪室に入れられる予定。

 

2Lサイズとは、玉ねぎでいったらソフトボール大くらいで、結構な大きさ。これまで農家が、学校給食への提供に二の足を踏んでいたのは、そういった野菜をつくるときに出る規格外の野菜の行き場がないことが、大きな理由のひとつだった。

そこで今井さんは、規格外の野菜を豊岡市外で売るルートを確保することで、学校給食への野菜提供の道を開いたのだった。あとはこれらの野菜を通年提供できれば、自給率は楽に50%を超える。しかし、問題はどうやって通年確保するかだ。そのために作った設備があるというので案内してもらうと、田んぼの真ん中の休耕地に大きなコンテナが鎮座している。それは雪を使った天然の冷蔵庫「雪室(ゆきむろ)」だった。

電力を使わずに地元の野菜を大量に保存するために計画された「雪室」。室温や保存した野菜の糖度などのデータを集め、来年度の実用化を目指している。

電力を使わずに地元の野菜を大量に保存するために計画された「雪室」。室温や保存した野菜の糖度などのデータを集め、来年度の実用化を目指している。

「ソーラーパネルで電力を確保する冷蔵庫など、さまざまな視察と研究を重ねた結果、辿り着いたのがこの雪室。ひとつのコンテナに雪を11トン、野菜を5トンくらい入れて、10月まで庫内を1℃に保つことのできる試算です」

平成29年度夏からの本格供給を目指し、地元産の安全な食材が提供できる環境づくりを進めている。それが実現したあかつきには、大人たちもさらに胸を張って、子どもたちに豊岡の食の豊かさを自慢できるだろう。

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子どもがお年寄りと遊ぶ聖域

山がちな地形が広がる、日高町八代地区。見晴らしのよい小高い山のてっぺんに立つログハウスが、「やしろジッバー」の本丸だ。やしろジッバーは「地域の子どもは地域で育てる」をモットーに、八代地区の「ジイさん」と「バアさん」によって2006年に発足した団体。自分たちが幼少期に経験した自然体験を通して、子どもと高齢者の世代を超えた交流の場を提供している。

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学校のカリキュラムではなかなか教えることのできない、学びや体験が可能なセカンドスクールはさまざまあるが、やしろジッバーは比較的早くからその重要性に着目してきた団体のひとつ。子どもを自然のなかで思いっきり遊ばせたい親や、核家族で祖父母との交流を持てない子どもの親などに人気となっている。

芝生の広場や、6メートルものやぐらを持つ巨大なすべり台、木の枝に括られたブランコ、木と木の間にロープを渡したアスレチック遊具、お絵かきや工作を楽しめる木工小屋、生き物探しができるビオトープ……。

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森の中にある「八代っ子自然ひろば」は、子どもだけでなく、大人も胸躍る空間なのだが、これらはすべて誇り高きジッバーの手作り。「ジイちゃん、バアちゃんがこれくらいはやらんとね、若い者に任せておけんよ!」と代表の“しげちゃん”こと三好重康さんは、目を細めて笑う。現在のメンバーはジイさん6名、バアさん4名の計10名。三好さんはそのなかでも“若手”の72歳で、最高齢の“のぶちゃん”こと小林信夫さんは今年80歳になる。

左から、小林信夫さん、三好重康さん。

左から、小林信夫さん、三好重康さん。

 

現在は月1回ペースの開催で、主に参加するのは就学前の子どもから小学生。大人は基本的に立ち入り禁止で、八代っ子自然ひろばは子どもとジイさん、バアさんの聖域なのだ。

「危ないことはもちろん注意しますが、とにかく自由にやりたいことをやらせるんです。子どもにとっては天国ですよ」と三好さん。

「山の奥のほうにちょっとした隠れ家をこしらえてみたり、ビオトープの生き物を捕まえて、紙コップに入れて持ち帰ったり。竹とんぼや竹鉄砲、どんぐりのコマ作りなど、私らが昔やった遊びを教えたりもしてますよ」と小林さん。通常の活動のほかにさまざまなイベントも行っていて、そんなときは外に設置されたピザ窯でピザを焼いたり、敷地内で育ったなめこでみそ汁を作ったりなど、バアさんたちが大活躍。

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[写真提供:やしろジッバー]

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体験よりもいい薬はない

広大なこの土地の持ち主である三好さんは、28歳のとき、若者の語らう場がほしいからと、犬小屋さえ作ったことがなかったのに、見よう見まねでログハウスを製作。遊具もそうやってどんどん増えていったのだが、その試行錯誤ぶりが面白い。

たとえば、小林さんが説明しながら即興で名付けた「一寸法師型すべり台」。なぜ一寸法師かというと、プラスチックのたらいに入ってすべるから。なかなか斬新なアイデアだが、実はこれ、作ってみたものの、すべりが悪くて生まれた苦肉の策。「初めて作るから、できてみないとわからんこともあるんです!」と三好さんも照れ笑いするが、ほかに類を見ない独創的なすべり台は、子どもたちに大人気。

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大人をあえて立ち入り禁止にしているのも、真っ当な理由がある。親はわが子を心配して、「あれもダメ、これもダメ」とつい口を挟みたくなるけれども、自然遊びに危険はつきもの。その危険を知ることこそ大事だと考えているからだ。三好さんは説明する。

「ある程度の軽いケガは、むしろここでしたほうがいいと思うんです。体験よりいい薬はありませんから。なんぼ頭で考えても、身につくのはやっぱり自分の体で覚えたこと。それは一生の財産になります」

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[写真提供:やしろジッバー]

子どもにエネルギーをもらっているから、気持ちだけは若いと話すおふたり。「今が人生最高の時期」と断言するところもかっこいい。そんなジイさん、バアさんたちと自然のなかで過ごす日々は、おふたりが力説する通り、子どもにとってかけがえのない財産になるだろう。

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未来の種株式会社
一定基準を満たした農産物などに付与される「コウノトリの舞」。この市独自ブランドの認証を受けた野菜の学校給食提供を目指して設立された株式会社。

お問い合わせ先:0796-23-5344




5やしろジッバー
高齢者の知恵が生かされた遊び、人や自然とのつながりを学べる場を提供する組織。県の補助事業を受けてスタートし、現在は独自で運営している。
開催時間:第3土曜日13:30~16:00
※詳しくはお問い合わせください。
場所:八代っ子自然ひろば(豊岡市日高町八代)→地図はこちらから。
お問い合わせ先:0796-42-1504(担当:三好)

(更新日:2016.03.24)
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