特集 淡路島の食卓

淡路島の食卓MOVIE② 心と体と魂のための植物 「心に風」 映像・文/茂木綾子

2009年秋、スイスの小さな村ラコルビエールから、縁もゆかりもなかった土地・淡路島に一家で移り住んだ写真家の茂木綾子さん。スイスでは、湖のほとりのワゴン車に暮らしながら、生活・製作・交流を行うアーティストのコミュニティをつくり、淡路島では、廃校となった小学校でアートコミュニティ「ノマド村」を立ち上げ、そこで暮らしながらカフェを営んでいた。

それらの活動で共通しているのは、生活そのものが基盤となっていること。だから淡路島で暮らす一家のすぐそばにはいつも、みんなで取り囲む食卓があった。

3回にわたり茂木さんに淡路島を撮影してもらう「島の食卓」。誰と、どこで、どんなものを食べて生きていきたいか。食料自給率110%の淡路島の人々が、暮らしと向き合い新たに取り組む試みは、これからどんなふうに広がっていくのだろう。今回は、料理家のどいちなつさんとご主人の加藤賢一さん夫婦の食卓。

映像・文:茂木綾子

ゆっくりと、土を耕しハーブを育てる二人から、心に優しい風が吹く

前回の記事で掲載した「島の食卓」の運営メンバーでもあり、私の淡路島の親しい友人でもある、料理家のどいちなつさんとご主人でグラフィックデザイナーの加藤賢一さん夫婦の暮らしを短い映像にした。タイトルは二人の好きなナナオサカキさんの詩からとった。

ちなつさんは淡路島出身で、高校卒業後大阪、神戸そして東京と暮らしの拠点を持ち、料理家として活躍され、加藤さんは神奈川出身で、下北沢で気流舎という古本屋を営みながらグラフィックデザインの仕事をしていたが、東北の震災後移住を考え始め、自然とちなつさんの実家のある淡路島に帰って来ることになった。

私がちなつさん加藤さん夫妻と知り合ったのは、彼女が「季節の台所」という料理教室の開催場所として、私が廃校を利用して運営していた「ノマド村」でできないかと相談の電話を頂いたのがきっかけだった。年齢も近く子育てもしながらクリエイティブな仕事もして、他にもいろいろと話も合うので仲良くさせてもらっていた。

二人はちなつさんの実家に息子さんと両親と同居しながらの生活を送っているが、もうずいぶん前から自分たちの家を持ちたいという夢があり、あちこち島中を見て回っていたが、なかなかこれという物件に出会うことができず何年か経っていたところ、去年ちなつさんから、まずは畑を借りることにしたという話を聞いたように思う。しばらくすると「開墾を始めたから見に来て!」とお誘いがあり、3月頃その畑を初めて見学に行ったのだった。

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小雨が降るなか畑に辿り着くと、道はどん詰まりで、車を止め坂を登ると、草ぼうぼうの棚田が広がっていた。棚田の奥にはため池があり、その奥には小さな山がある。ちょろちょろと流れる川沿いを歩きながら森の中を奥へ進むと、小さな滝にぶつかった。この日の二人の目的は、滝に昔から祀られているお不動さんへお参りに行くことだった。滝壺から3メートル程上の岩の割れ目の中に、お不動さんを彫った石が嵌め込んであり、そのお不動さんに洗い米とハーブを供えて、お祈りをした。集落もない奥まったこの小さな聖地には、もう長いことお参りしてくれる人もなかったのかもしれない。久しぶりのお参りをお不動さんも喜んでくれたことだろう。

それから私は、淡路島へ帰る度に二人の畑の様子を撮影させてもらうようになった。どんな作品にしようとか、特にはっきりした目的もなかったのだけれど、この草ぼうぼうの畑を二人がどんなふうにしていくのか、ただちょっと興味があったのだ。

ちなつさんは草刈り機も使えず鎌で草を手刈り、加藤さんは一人草刈り機で来る日も来る日も草を刈る毎日。なんだか気が遠くなるな〜と思っていたが、次に訪ねるとそれなりに草が刈られ、所々に畝が立てられ、ハーブの苗が植えられていた。いずれは手作りで家も建てようと思っているらしい。なんとも気の長い話である。

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夏が来て、また二人の畑を訪ねると、あのみずぼらしかった畑には、いろいろな種類のハーブがもこもこと育ち、夏野菜も色とりどりに育っている。人の力ってすごい!と私は素直に感動した。その日はたくさん収穫して持ち帰り、家でちなつさんの美味しいお料理をいただいた。畑の帰り道には、昔牛乳の集荷小屋だったという小さな薄水色の可愛い建物に案内された。これを改造して、アトリエにするらしい。まだ中は廃品だらけで、瓦屋根も崩れかけている。これをまた二人でコツコツ掃除したり、リノベーションしたりして、いつか本当にまた素敵なアトリエに大変身するに違いない。

淡路島で農業を始める若者たちは今とても増えてきてるけれども、普通は米や玉葱、野菜などが多い中、二人は何故かハーブをメインに育てている。一番始めに育てようと思ったのはホワイトセージだった。加藤さんがどこからか種を仕入れ植えてみたが、全然芽が出てこなかったそうだ。やはりネイティブアメリカンたちのハーブだけに、日本の気候には合わないのかもしれない。でも何度か試しているうちに芽もでて増え始め、今はたくさんの株を育てている。他にもスイートグラス、レモングラス、ティートゥリー、ミント等々、たくさんの種類のハーブが育っている。それぞれのハーブが持つ個性的なスピリットが、私たち人間の心や体や魂にどんな影響を与えるのだろうか?そんな優しい植物たちを育て、共に暮らしている二人の姿を見ていると、植物や自然に日々癒されているのが伝わってくる。そんな彼らの暮らし方は、とてもマイペースなのに、意外にハイペースに前進しているのだということにだんだん私も気がついてきたのだった。

<<映像「心に風」>> 

淡路島の食卓MOVIE① オーガニック・マーケット「島の食卓

淡路島の食卓MOVIE③ハチミツと哲学の集い「ハチミツクラブ

 

茂木綾子

もぎ・あやこ/1969年、北海道生まれ。写真家、映画監督。東京藝術大学デザイン科中退。92年キャノン写真新世紀荒木賞受賞。97年よりミュンヘン、06年よりスイスのラコルビエールに 暮らし、ジュパジュカンパニーを設立。多彩なアーティストを招待し、生活、製作、交流を実験的に行うプロジェクトを企画実施。09年淡路島へ移住し、アーティストコミュニティ「ノマド村」をヴェルナー・ペンツェルと共に立ち上げ、様々な活動を展開。写真集『travelling tree』(赤々舎)、映画『島の色 静かな声』(silent voice2008)、『幸福は日々の中に。』(silent voice/2015)岡山、愛知、広島、群馬、新潟など各地で上映中。

心に風 心と体と魂のための植物
オンラインショップ https://kokokaze.stores.jp/

淡路島の食卓MOVIE② 心と体と魂のための植物 「心に風」 映像・文/茂木綾子
(更新日:2016.11.30)
特集 ー 淡路島の食卓

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淡路島の食卓
誰と、どこで、どんなものを食べて生きていくか。映像作家・茂木綾子さんが食料自給率110%の兵庫県・淡路島の食卓を撮影。そこから暮らしの姿を考える。
淡路島の食卓MOVIE② 心と体と魂のための植物 「心に風」 映像・文/茂木綾子

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